いったいどっちだ!
「まずはきっかけ作りよ」
僕だけ夕飯を食べ風呂に入り寝る前のひと時、コマチと相談していた。
「話していて面白くない男は、いくらイケメンでも駄目だからね。そのバレー部のキャプテンは喋りが下手くそなのよ」
……よく知りもしないキャプテンのことをこれほどにまでディスれるとは……。大したものだと感心してしまう。
キャプテンは檜にフラれたと――コマチは断言した。
「クラブも違い年齢も違うでしょ。中学三年生はクラブ活動が終われば受験勉強に忙しくなり、恋や愛だにうつつを抜かしている場合じゃないの。付き合ったって直ぐに別れるのは目に見えているわ。だったら付き合わない方がお互いのためよ」
「お互いのため……」
「そうよ。それに、檜菜穂はキャプテンのことなんか好きじゃないのよ。本当に好きなら小学校の時から付き合っているでしょうし、わざわざ告白しないといけないシチュエーションにはならないでしょ」
「……そんなことがよく分かるなあ」
コマチは心理学者か、「心と気持ちのカウンセラー」なのだろうか?
「分るに決まってるじゃない。テレビドラマとか恋愛小説とかでもありがちなパターンよ。そしてなにより、実際にもよくある話だわ」
指を立てて偉そうに語り始めるコマチ。くやしいが、女子は……男子よりも一歩も二歩も先に進んでいると認めざるを得なかった。
「わたしが調べたところ、檜菜穂って賢そうだから、そんなちょっと考えれば分かる恋愛の落とし穴なんかには絶対に引っ掛からないわよ」
恋愛の落とし穴……。
恋バナをしている時のコマチの目がキラキラしているのが……なんかムカつく。帰り道の哀愁漂う背中はいったいなんだったのだ――。ころころ表情と感情を変えて、まるで人の恋路で遊んでいる……。
リアル恋愛シミュレーションゲームでも楽しんでいるようだ――。
「だから、鷹人はがんばってね」
「……あのなあ、どこからどうなってそんな励ましの言葉が出てくるんだよ」
超絶自信喪失状態勃発中だぜ――。
「あと、手を繋ぐのも大切よ~」
「子供じゃあるまいし、手なんか繋げるかよ」
「あらら、体育祭のフォークダンスやラジオ体操で女子と手を繋ぐのって楽しくなかった?」
「ああ?」
体育祭ではないが、中学一年の夏休みに林間学校でキャンプファイヤーの周りを手を繋いで踊ったのを思い出す。あの時、もうワンフレーズだけ曲が長かったら僕は檜菜穂と手を繋げたのに――。
淡い思い出さ……フ。
「……そりゃあ、楽しいさ。お目当ての女子と手を繋ぎたいって願望もあるけどさあ」
「でしょ?」
「だけど、女子と手を繋いでいるところを誰かに見られたら、恥ずかしくて学校に行けなくなるぜ。冷やかされるのが怖くなってまた引きこもり不登校に逆戻りさ」
そのリスクは告白してフラれても十分にありうる。恥ずかしくてたまらないだろう。
「それは大丈夫よ。もう鷹人はそんなことくらいで学校を休んだりしないわ」
「はあ?」
他人事だからって簡単に考えていないか? コマチはクスクス笑っている。
「だって、目標のハードルが高いから、今まで難しくて越えられないと思ってたハードルなんて、校庭に落ちた石ころのような物でしょ。簡単に超えられるし、蹴っ飛ばせる」
……たしかにそうかもしれない。僕はコマチと会うまでは学校に行くタイミングが分からなかった。それが、どうしても学校へ行かなくてはいけない環境と、さらにはそれをも凌ぐ無理難題へのチャレンジが、いつの間にか僕の足を学校へと向かわせ、クラブへと向かわせ、そしてさらには檜菜穂へ向かわせようとしている。
人気ナンバーワンの檜菜穂なら告白してフラれても、当たり前過ぎて噂にすらならないのだろう。
「人生はね、目標の設定とそれを達成するのを繰り返してこそ楽しめるものなのよ」
「……コマチ、人生を悟った和尚さんのようなことを言うなあ」
「ちょっとそれ褒め言葉なの?」
「んなわけないだろ。どうせ誰かの受け売りだろ?」
「ギク」
……ギクって言うなよ、ギクって……。
「とにかく、どうせ駄目ならハードル下げたらいいのよ。まだ時間はタップリあるわ」
「ああ、そうだな」
……ん? 今、さらりとハードル下げたらいいって言ったが、実際のところはどうなんだ?
僕が付き合う必要がある相手は……本当に檜菜穂なのか?
ベッドに横になってから気が付いた。
「――! ラジオ体操で手は繋がないだろ!」
ベッドの下ではモーフにくるまってコマチがスースーと可愛い寝息を立てていた。
今日もしばらくは眠れないのかもしれない……。
ああ……ツッコミ入れるのが遅すぎたかなあ……。