高いハードルは下げればいいんじゃなかったのか!
三十日という呪縛。
金銭面もそうだが、コマチの言っていた三十日間の区切りには、なにか他にも訳があるのだろう。例えば……三十日間を過ぎると、支払い額がガクッと下がるのかもしれない。我が家からMP0団体へ支払う額はそのままで、MP0団体からコマチへ支払われる額が下がるのかもしれない。僕だったら……必死になるだろう。
そんなことを考えながら体操服から制服に着替えると、誰もいないのを確認して校門のところでコマチを待った。
校門の裏から現れるコマチ。見つかるかもしれないからそんな安易なところに隠れるなと説教してやりたい。
「お前なあ……。小学生のかくれんぼでも、もう少しまともな所に隠れているぞ」
「大丈夫よ。インビジブル全身タイツ着ているから」
「それが逆に危ないんだっつーの!」
アハハッと笑うコマチに、ツッコミを入れた僕も釣られて笑ってしまう。周りにはもう誰もいない。
赤い太陽は沈み、空は黄昏時の茜色をしている。
「あのさあ」
「なによ」
「僕が付き合う女子って、別に檜菜穂じゃなくてもいいのか?」
「え?」
眉間に少しシワを寄せながら難しい顔をする。初めて見るコマチの表情だ。湖から吹いて来る風が、夕方は少し肌寒い。
「つまり、ハードルが高過ぎるから、せめて一番好きな女子じゃなくて……二番目。あわよくば三番目に好きな女子に変更しちゃ駄目なのか」
僕よりも背が高くてジャンプ力もあり、成績も上位でイケメン。試合中でも多くの女子からキャーキャー声援を受けているキャプテンが、檜菜穂に告白していたという事実に……自信喪失していたのだ。
悔しいがキャプテンには叶わない……。二人はもう付き合っているかもしれない。ひょっとすると、二人で手を繋いだり、どこかで二人きりになっていたり、チュッチュッしていたりするかもしれない――と想像し、慌ててそれを振り払った。
中学生がキスなんて、早過ぎる――! 胸の辺りが苦しくなってくる――!
「ふーん。じゃあ、鷹人は一番好きな女子が難しそうなら、二番目でいいんだ」
「二番目……」
コマチに二番目と言われると……情けなく聞こえるが、限られた期間と限られたお金しかなく、短期決戦にもつれ込むのなら……、
――背に腹は代えられないのだ。
「……ああ」
「――ふざけないで! そんなんじゃ未来は変えられない」
……思いっきり今、「未来」って言いやがった……。変わる未来はいいが、変えないといけない未来って……なんなんだ? 妙なプレッシャーがのしかかる。
「無理やり変えないといけないのか、未来って」
「本当にそれでいいわけ? 目標達成のためならハードルをいくらでも下げられるわけ?」
ちょっと怒っている。僕の話も聞いてない……。
「なに怒っているんだよ」
「だったら、鷹人のハードルは、わたしなんかでもいいわけ?」
……。
……。
一度ゴクリと唾を飲む。――聞かなくても分かるだろと――言えなかった……。
「そんなことじゃ駄目なんだから……。目標を立てたなら、簡単に諦めたりしたら駄目なんだから……」
背中を見せるコマチの銀色全身タイツが、夕焼け空と同じように茜色をしていた。