キャプテンはやはり嫌な奴?
少しずつだが学校とクラブに行くのが楽しくなっていた。
友達は以前と同じように話しかけてくれるし、佐原も目立って意地悪しなくなった。というか、僕が一生懸命クラブをやっているのが伝わっているのかもしれない。
――だが、悪いことはいつも突然訪れる! それは――、
――キャプテンが僕の憧れ、檜菜穂に告白をしたという噂――。
練習後の体育館にモップ掛けしている時、あの佐原が教えてくれた……。
クラブが終わると当番で片付けをしなくてはならない。ネットの支柱を運ぶ役とネットをクルクル巻いて片付ける役、モップ掛けと窓を閉める役などがあり、一年の新入部員が入ってくるまでの間、二年だけでそれらをこなさなくてはならない。
佐原と二人でモップを掛ける当番の日だった。沈黙を破ったのは佐原だった。と言うか、佐原の方から話しかけてくるのが常だった。
「お前、もしかして檜菜穂を狙ってる? だったらやめとけ」
「……」
あの一件から佐原とは和解したと思っていたのは僕の方だけだったのかと思った。
なぜ僕が檜菜穂が好きなのを知っているんだ――誰にも話したことがないのに!
さらに、その確証もとらず、「やめとけ」っていったいどういうことだ――!
体を激しく動かしていないのに心臓がドキドキ音を立て、練習の時とは違う嫌な汗が顎から胸元へと伝い流れ、ゾゾっと寒気がした。
慌ててはいけない。
落ち着いて平静さを保たなくてはならない――。
「な、な、なに言っているんだ。僕は別に檜なんか狙ってねーよ。誰だよそれ」
一度立ち止まってしまっていた。ゆっくりとまた歩き出す。
「……お前、嘘つくのも下手だし、すぐ顔に出るから分かりやすいよな。たぶん、バレー部の全員が気付いているぜ」
――バカなそんな~――!
なぜそんな機密事項が情報漏洩されているのかっ――!
佐原だけじゃなく、二組の友達までもがそれを知っているのか――? だが何故だ。僕は檜と話すらしたことがないんだぞよ。なのに、なぜそんなデマが広まってしまうんだ――。
「キャプテンも檜菜穂を狙ってるんだぞ。やめとけとは言わないが、お前も狙うのならそのことだけは覚悟しとけよ」
さっきは「やめとけ」と言ったじゃないか。確実に。モップ掛けのスピードを上げて先に佐原が進んでいくと、慌ててスピードを上げて追いついた。
「……それは本当なのか。キャプテンが檜菜穂を狙っているって……」
小さな声で問い掛ける。目線は二人とも前を向いたままだ。
……ひょっとして、これが女子の間で広まっている……。
恋バナ?
「ああ。キャプテンが檜のことを狙っているのは小学校の時から有名だったからな。俺は小学校が一緒だからよく知ってるのさ。小学校の頃から檜は可愛かったからなあ」
「……」
小学校が一緒というのですら羨ましい。そして、その情報網も羨ましい。堂々と檜が可愛かったなんて口にできるのも羨ましい。
今はただただ、佐原に嫉妬している――。
「それで、中学三年になった時、キャプテンの方から告ったらしいぜ」
「ま、ま、マジでか……」
告る。告白する。好きですと自分の気持ちを伝える。
僕にはできない――!
臆病者で自分に自信のない僕には到底真似できない――!
「それで、どうだったのか佐原は知っているのか」
すると少し上向き加減で笑っていやがる――。ああ、聞きたいようで聞きたくない――。絶望と絶望。どっちにしても絶望だ――。
「しーらないっと」
くっそー、滅茶苦茶気になるじゃないか――!
気になって眠れないかもしれないじゃないか――!
モップを体育館の外でバタバタして片付けると、佐原は走って更衣室へと向かった。僕と違って列車通学の人は急がないと次の列車まで一時間以上待たなくてはならないからだ。
なぜ佐原はそれを僕なんかに教えてくれんだ……。そのくらいは鈍感な僕にだって分かる。
佐原も檜菜穂のことが好きなんだ――。
佐原になんか負けるとは思わない。だが、キャプテンが檜菜穂を狙っているなんて……。またハードルが一つも二つも高くなったことだけは事実だ。