未来が変わった
次の日の放課後、準備運動の前にコートの中で謝った。
「春休みの練習試合に行けなくてすみませんでした。そのことで迷惑を掛けてしまいすみませんでした。これからはクラブを一生懸命頑張ります――」
頭を下げた。
許して欲しいとは思っていない。モヤモヤした気持ちがずっと晴れないのが嫌だったからだ。僕は僕のために謝っているんだ……。
だけど、本当は許して欲しかったんだ。
「誰も迷惑だなんて思ってないぞ」
「そうそう、これからも頑張れよ」
キャプテン以外の先輩がそう言って靴紐を結び続ける。佐原は両手を腰に当ててじっと僕を見ていた。次期キャプテンのように見える。
「当たり前だろ。クラブを一生懸命頑張るなんて――」
やはり言い方はキツイ。……いつも通りだ。
「佐原の言う通りだ。勝つために頑張るのは当然だ。だから今日も気合を入れて練習するぞ」
キャプテンがそう言って肩をポンと叩き、
「準備運動」
「「はい!」」
いつものようにクラブが始まった。
今日は体操服がいつも以上に汗でくっ付いた。以前は汗をかくのが嫌いだった。一生懸命頑張っているのは、格好が悪いことだと思っていた。努力とか友情だとかが古臭いと思っていたが……本当は違ったみたいだ。
練習が遅くなると、制服に着替えて帰らなくても怒られない。そんな暗黙の校則がうちの学校にはあった。
「今日はいつも以上に汗かいたから汗臭いかもしれない。あんまり近くを歩かない方がいいぞ」
「大丈夫、わたしのインビジブル全身タイツも汗臭いかもしれないから」
「……」
そっちは冗談に聞こえないのがちょっと怖いな。一週間近く洗濯すらしていない……。
コマチと肩を並べて歩いていた。時折、車が湖岸道路を走っていくが別に見られても構わない。学校の近くじゃないから恥ずかしくもない。薄暗いから誰だかも分からないだろう。
「僕は今まで何事に対しても一生懸命じゃなかったのかもしれない。勉強もクラブも中途半端なことばかりしていたんだ。本当はクラブも辞めたくて、そのきっかけを探していたのかもしれない」
……それに気付いていたから担任のヒバリゴンは僕の退部届を目の前で破って怒ったんだ。
全部お見通しだったんだ……。
「だから、コマチには感謝しているよ」
「え、わたしに?」
急に話をこっちに振らないでよって顔をしている。気のせいかもしれないけれど、頬が少し赤らんでいる。
「ああ。だって、学校にあのまま行ってなかったらと考えると、今、僕はここを歩いてなんかいない。もしあのままだったらと考えると、怖いくらいなんだ」
湖にはいつもの鳥居が立っている。ここ数日、毎日コマチと見る景色だが、今日はいつも以上に鳥居が赤く、水面が輝いている。
「ウフフ。わたしはなにもしていないわよ。頑張ったのは鷹人じゃん」
……それを頑張らせてくれたのが、コマチなんだよと……もう少しのところで口から出そうになった。いや、言いたかったのに言えなかった。
「それに言ったでしょ。未来が変わるんだって」
「え、ああ。そんなことも言ってたっけなあ~」
「あ、ちょっと! その部分は重要なんだからちゃんと覚えておいてよ!」
「ハハハ、はいはい」
確かにいい言葉なのかもしれない。未来が変わるって。
僕の行動で数百年後の未来の世界がどう変わったって、それはどうでもいいことだ。でも、コマチが来てから一週間先の未来……今が確実に変わったのは紛れもない事実だ。
――未来が変わるのは、今を変えることの繰り返しなんだ……。