佐原淳の言い訳
「お前、自分だけ良い者ぶるなよな」
嫌な奴はいつだって容赦がない。
お互いが嫌い同士なら、わざわざクラブの時間以外に近付いてこなければいいのに、それが佐原にはどうして分からないのかが解らない。
コマチと別れて下駄箱で内履きに履き替えていたところへ朝一番から僕を不機嫌にさせる。
「なんだって」
「ずっと黙っていたけれど、春休みの練習試合の連絡、俺はちゃんとしたんだからな!」
「嘘つけ! 何も聞いていないぞ」
前日の練習の時にも聞かされていない。急に決まった練習試合だったから、連絡網で佐原から連絡は回ってこなかった――。
「お前の家だけ固定電話がないだろ。俺は連絡網に書いてあった電話番号にちゃんと連絡したんだぞ。なのに繋がらなかったんだ! それを俺のせいにするんじゃねーよバカ!」
「嘘つけ!」
「嘘なものか!」
一年の入部したての頃に作成された連絡網……。当時スマホを持っていなかった僕は……。
ハッとした――。
――母の携帯電話の番号を記入していた。
一年間もの間、連絡網は一度も使われることがなかったから、そのことをすっかり忘れていた。連絡順も一番最後だったから誰にも連絡しなくていいと鷹をくくっていた。
母は朝早くから夕方まで仕事をしている。製造ラインの仕事だから休憩時間も分単位で決まっていて、仕事中に携帯電話に出ることなんかできない。
――だったらせめて、留守電に内容を入れておけよ――とは……偉そうに言えなかった。母は相手の分からない番号からの通知をわざわざ僕に教えたりはしない。間違い電話や悪戯電話と思ったのかもしれない。色々なところから詐欺の電話が掛かってくるそうだ。
僕は悪くないと思っていた……絶対に佐原の嫌がらせだと思っていた。だが、本当は違った。
「……」
なにか言い返してやりたかったのに、言い返すことができず、なにも言えなかったことが恥ずかしかった。
謝ることすらできない……。
「だからお前はムカつくんだよ」
吐き捨てるように言い、面白くなさそうに階段を上がっていった。
「……」
だから佐原はずっと僕を睨んでいたのか……。
すまなかったと言えなかった。そんなところもムカつくのだろう……。
「それは嫉妬ね」
「嫉妬だって?」
夕方、帰り道でコマチに佐原のことを話すと、佐原が僕に嫌がらせをしてきたのは嫉妬だと言い切った。
「だって、その事件がある前からもずっと意地悪されてきたんでしょ」
「あ、ああ」
「誰だって他人が羨ましくて腹が立つことがあるもの」
「でも、僕には嫉妬されるようなことは何もないはずだ」
家庭環境だって裕福じゃないし成績もよくない。クラブでだってレギュラーじゃないし、佐原とは狙っているポジションも違う。
「背が高いじゃん」
……がっくりくる。
「はあ? それだけのことであの佐原が嫉妬するはずがないだろ。それに僕より背が高い同い年もいるんだ。僕だって頑張ればレギュラーが取れるかもしれないけれど、友達と争ったり喧嘩したりしてまでなりたいとは思わないよ」
「ああ、なるほど。じゃあそれね」
……じゃあそれねって? 僕は少しも理解できないでいた。
「レギュラー争いをして奪う、なんとしても勝つ、チーム全体がそう思っているのに、負けてもいいじゃないかなんて思っているメンバーがいたら許せないのよ。その佐原って人は」
……佐原の気持ちなんて考えてもいなかった。
僕に嫌がらせをしてただクラブを辞めさせることだけを考えていると思っていた。だから嫌な奴だとしか思っていなかった。
だから佐原も、嫌な奴だとしか僕をみていなかったのか……。
「どうしたらいいんだろう」
「やりたいようにすればいいのよ。鷹人は鷹人だし、佐原は佐原。考え方も違うのは当たり前よ。命懸けのゲームじゃないんだから、勇気を出してゲームの主人公みたいに自分が思った通りにすればいいのよ」
「そうか……」
答えはコマチが与えてくれるものじゃない。自分で探さなきゃいけない……。
明日、佐原に謝ろう。……嫌な奴だけど、佐原が連絡網に電話を掛けてきたのは間違いないはずだ。
クラブの全員にも心配や迷惑を掛けたのは事実なんだから、それに対して謝るのは……常識なんだ。