現実はゲームじゃない
昨日より二時間以上も帰るのが遅くなり、コマチには申し訳ないと思っていた。コマチは昨日と変わらず、ずっと焼却炉の横で待っていてくれた。小さくゴミのように丸まって。
「遅くなってごめん」
「クラブに行ってたんでしょ。謝ることなんてないわ」
本当に僕のためになら苦労を惜しまないんだなあ、コマチは。いったいMP0団体に幾らの支払いがされているのか末恐ろしくなってしまう。まさか、数百万単位の額が……動いているのか?
「明日からも遅くなる。それに、一人で待っていても寂しいだろ」
「いいのいいの。一人でいるのは慣れているから」
「慣れている?」
「え? ええ。ああっと、ほら、……江戸時代でも隠密行動とかがあって、天井裏や床下でずっと息を潜めて耐えていたことがあるのよ」
「……」
また嘘をついちゃって、顔に書いてあるぞと言いたい。くノ一忍者のような体形には、とても見えない。太ももとかお尻とか……。
「だから、一人ぼっちには慣れているのよ。あはは、早く帰ろ」
「はあ……」
本当にまだコマチは自分の居場所に帰らないんだなあ。やれやれ、もう四日目だ。明日で支払額が――十万円を超えてしまう?
「ゲームなんかしていて楽しいの?」
夜は部屋でゲームをしていると、暇を持て余しているコマチがちょくちょう話しかけてくる。
友達と競い合っているバズドラと呼ばれる人気のパズルゲームだ。楽しいからやっているのに、楽しいのかと聞かれると、どう答えていいのか迷ってしまう。
「楽しいよ。……女子ってゲームはやらないんだな」
「だって仮想空間なんでしょ。いくら頑張ったって意味がないじゃない」
毎日何時間ゲームをやっているのだろう。それを意味がないと言われるとイラっとする。
「意味はあるさ。少しずつ成長して強い敵を倒す。成長と達成の繰り返しさ」
「子供ね」
カッチ~ン!
……怒るのは、それがあながち自分でも気にしていることを言われたからだ……。本当は僕だって、中二にもなって小学生と同じゲームに熱中していることに恥ずかしさがあった。
「コッコッコ、このゲームは惰性で続けているだけだ。隣の部屋にあるパソコンのゲームはもっと大人向けで難しいんだぜ」
マウスとキーボードを同時に巧みに扱う必要があり、。小学生なんかには到底できない。ネット上の友達に教えてもらった「R15指定」の難しいゲームで、同い年の友達はやっていない。
――クリアーするのだって難しい。まだクリアーしていない。
「一緒でしょ」
「違うもん」
思わず「もん」って言ってしまった。
「じゃあ逆に聞くけど、女子が好きな映画やテレビドラマはどうなるんだ? 毎朝やっている十五分ドラマだって、胸がキュンキュンするような青春映画だって、自分は何も頑張らなくても最後は同じ結末に辿り着くじゃないか」
せいぜい頑張ると言ったって、小遣いで欲しい物を買わずに我慢し映画代を捻出するくらいの頑張りだ。
「なにもしなくてもラストに辿り着き、感動しただの駄作だっただの。ゲームしているより時間の無駄だぜ」
「むむ」
眉間にシワを寄せるコマチ。
「ゲームは自分でキャラクターを操作しない限り、エンディングには辿り着けないだろ。プログラマーが作ったシナリオ通りだとしても、プレイヤーの頑張りがなくちゃクリアーはできない」
人差し指を立てて理論的に解説する。賢い大学教授のような仕草を真似してみる。
「放置ゲームだって、そのゲームを始めるといった「行動」を起こさない限りクリアーはできない」
「はい!」
いきなりコマチが右手を上げた。生徒のように挙手した――。銀色の挙手だ。
「はい、コマチ君」
学校の先生のように挙手した生徒に発言の機会を与える。
「それだけ分かっているんだったら、どうして鷹人は現実で行動しないのよ」
「はあ? そりゃあ……現実とゲームは違うからさ」
セーブもロードもできないだろ。
「命だって一つしかない。後先のことを考えたら、どうしても慎重になる必要がある」
臆病者にもなる。
「じゃあさあ、命に関わらないことになら臆病じゃなくてもいいんじゃないの?」
「……」
「彼女、欲しいでしょ。リア充は楽しいわよ」
「……」
くっそ~……。ゲーム好きだと馬鹿にされたから少し熱くなってしまった。クスクス笑われているのが悔しい~。コマチは僕を怒らせても嫌われてもへっちゃらなのだろう。MP0団体にそう報告すればいいだけなのかもしれない。
もし、この現実が仮想空間だったとしても、僕は自分の思い通りに行動することができるのだろうか……。
言いたいことを言い合えるのだろうか……。
少なくともコマチは、言いたいことを僕以上に言えている……。