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一番がいなくなれば、二番が一番

 

 とりあえず学校に行ったことで母は安堵したのだろうか……。翌朝、リビングのテーブルには朝食と弁当が置かれていた。コマチにかかる費用が心配でならない僕は、次の日も学校へ行かざるを得なかった。


 学校近くまで今日も見張るように着いて来る銀色全身タイツ。仕事熱心なのは頭が下がるが、度が過ぎているようで頭が重い。

 二日目の登校は、昨日より足取りは軽かった――のだが! 校門の近くでコマチと別れ、下駄箱から教室に向かおうとすると、急にヒバリゴンが僕の姿を見つけて腕をつかみ、職員室へと拉致した。

 昨日、クラブに行かずに下校したことをカンカンに怒っていた――。


「本気で柔道部に入りたいのか! んー!」

 普通の先生なら学校へ登校しただけでも、「偉いね」とか「この調子で明日も来てね」とか言いながら優しく接してくれるのが世の常識ではないだろうか。


 頬っぺたをギュ~っと抓られる。これは物理的暴力――体罰だ!


「イデデデデ、勘弁してください先生。暴力反対」

 ヒバリゴンには常識が通じない。

「だったら、バレー部に顔出してから帰るのが常識だろ!」

「……」

「顧問に聞いたら、お前、春休み中の練習試合をすっぽがしたそうじゃないか!」

 すっぽがした? クラブの顧問もヒバリゴンもそう信じているのか――。


「……それには訳があるんです」

「だったら何故それをちゃんと説明しないんだ!」

 簡単に言いやがって……? いやいや、昨日そのことをビッシリ書いた退部届を目の前で破り捨てたくせに――!


「……練習試合のことを僕にだけ連絡しなかった奴がいるんです。それなのにキャプテンは僕の言い訳は聞かずに怒って、「二度と来るなっ」て言ったんです」

 あの時のことは、今思い出すだけでも悔しくてたまらない――。


「だから、二度とあんな部活には行きません!」

 連絡網でわざと連絡しなかった一組の佐原がキャプテンに僕がサボりだと嘘を吹き込んだんだ!

「嫌な奴がいるんですよ! 僕が練習しているときも邪魔ばっかりする奴が!」

 少し声が大きくなってしまい、職員室の先生がみんなこちらを向いたその時――、


「そんな奴――、世の中には山のようにおる!」


 ヒバリゴンが鼻の穴を大きく開き、職員室内に響き渡る大声でそう怒鳴った――。


 急に大声で怒鳴るヒバリゴンに畏縮してしまう。恐怖に下唇がプルプル震え出したのは初めての経験だ。


 それに、山のように……嫌な奴がいるだって?


「いいか、学校やクラブや人が集団で活動する場には、必ず人間関係のいざこざなんて付いて回るものだ。それが嫌だからって戦わずに逃げていれば、いずれは誰とも喋れなくなる。人間の好きだ嫌いだってやつは質が悪く、人が二人いるだけでどっちかが好きで、どっちかが嫌いになるからだ。たとえば、お前が嫌いなやつが転校していなくなったとしたら、次は誰が嫌いになる? 言ってみろ――」

「……それは……」

 佐原の次にキャプテンの顔が浮かんだ。そして、練習に厳しい先輩やレギュラーになるためにポジション争いをしている奴……。今まで次に嫌いな奴だとは考えもしなかった。

「「嫌いな奴がいなくなればいい」っていうのは間違えている。そのうち大好きだった人さえ嫌いになってしまうだろ」

 ……胸が痛んだ。

 学校を休んで家にいた時、母の存在がうっとおしく感じたのも事実だった。自分がやっていることを引け目に感じていた。学校にも行かずにいる僕のことを、きっと鬱陶しく思っていたはずだと。

「どこかで歯を食いしばって頑張り、嫌いなことから逃げるのを止めなければいけない時がくる。――それが今日の今だ――」

 職員室の中がしーんと静まりかえっていた。

 ヒバリゴンに怒られるのがこれほど恐ろしいと思っていなかった。先生は大人だ。生徒の前では先生役を演じているが、自分の考えを……芯のようなものを強く持っている。僕達が校則やルールを破るように、先生だって自分の考えでそれを破ることができるのだ。自分の考えと責任で――。


 だから職員室で校長が見ている前でも堂々と僕の頬っぺたを抓り続けているんだ……。


「……分かりました。今日から……クラブに行きます」

 小さな声は他の先生全員に聞こえたかもしれない。

「よし」

 抓られていた頬っぺたをようやく放すと、ヒバリゴンの大きな掌が僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


 父親にはされたこともない。大人の手の大きさに、なぜだか悔しさを覚えた。



 足取りは重かったが放課後、クラブに顔を出すことにした。


 最初はみんなの目つきが冷たくて怖かった。昨日、教室に入った時と同じで誰も話し掛けてこない。当然なのだろう。僕のせいで全員が先生に呼び出されて事情を聞かれたのだから。

 そのことについてみんなに謝らないといけないのだろうか……。体育館の扉から中へは入れずにいた僕の所へ最初にやってきたのは、キャプテンだった。

烏頭(うず)……お前の理由も聞かずに、二度と来るななんて言って……悪かった」

「……」

 キャプテンは僕より顔半分は背が高いが、頭のつむじが見えるくらい頭を下げた。

「い、いえ……」

 どう答えていいか分からなかったが、キャプテンはそれだけ言うと、いつも通りに準備運動を始めるように号令をかけてコートへと戻った。

「準備運動!」

「「はい!」」

 コート全体に丸く部員が輪を作り、号令に合わせて屈伸などの準備運動を始めた。僕もその輪に入り、春休み前のように準備運動をした。それだけで胸のわだかまりが少しずつ解けていく気がした。

 輪の対面には佐原が面白くなさそうな顔で僕を睨みつけていた。



 久しぶりに体を動かすと、一週間で体が鉛のように鈍っていたことに気付かされる。 家で毎日ゲームばかりして過ごしたいと思っていたが、学校で体を動かすと、自分一人だけではできないことの楽しさや有意義さに気が付く。

 そこには友達の存在も大きい。もう話しもしてくれないと思っていた同じ二組のバレー部メンバーが前と同じように話しかけてきてくれた。学校を休んでゲームばかりやっていたものだっから、ゲームのランクが上がり過ぎたことを単純に嫉妬された。

「俺も一週間ぐらい学校休もうかなあ~」

「ははは、そうしろよ」

 簡単に言えるのは、友達が言っていることが冗談だと分かるからだ。


 本当なら絶対に勧めたくない。学校を休むだなんて……。

 一度行かなくなった学校に行くのは容易くない。


 ……コマチのような助っ人……いや、脅迫者が必要になるかもしれないのだから。


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