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破られた退部届

 

 一年の春休み、男子バレー部は他の中学校と練習試合があったのだが、僕は無断で休んでしまった。次の日、そのことに腹を立てたキャプテンは、練習前に僕を呼び出し、休んだ言い訳を何も聞かず、「二度と来るな!」と怒鳴った。

 それが悔しく、そのことについて誰も僕の味方をしてくれなかったことが凄く哀れに感じた。

「こんなくだらないクラブ、辞めてやる!」

 抜け出した練習。なにごともなく続く練習。汗水流してきた日々の虚しさ……。

 その日を境に、僕には他の部員からも一切連絡がなくなった。まるで誰かが全員に連絡を取り合うなと緘口令でも敷かれたかのように。


 誰が言っていたのかは容易に察することができる。人間の嫌な部分を知ることが人生においての成長だと……前向きに考えるようにした。


 練習試合の前日、連絡網で順番に次の日の出発時間と集合場所が伝えられた。だが、僕にだけは連絡が届いていなかったのだ。


 普段の練習時間に中学の体育館に辿り着いた僕は、誰もいない体育館に唖然とした。

 練習が休みになるのなら、連絡が来るはずなのに……。連絡網で僕に連絡をするのは、あいつ……佐原だ。僕のことを嫌いなのは知っていた。だが、連絡すらしないなんて……。

 次の日、僕はそのことをキャプテンに言いつけてやろうと思っていた。だが、キャプテンは急に怒鳴ったんだ。

「練習試合に無断で休むような奴はうちのクラブには要らない! なにをやってたか知らないが、二度と来るな!」

 

 どうしてこうも物わかりが悪い人間がこの世には多過ぎるのか……。どうして人の話を聞こうともせずに自分の正しさを決めつける身勝手な人間が多過ぎるのか……。


 話しても無駄だ――。

 まして、自分が謝る必要なんてない――。


 なにも言わずに体育館を後にした。

 別にクラブが好きでたまらなかった訳じゃない。嫌な奴も多かったから辞められてせいせいすると……思っていた。



 気が付くと紙にびっしり書いていた。僕が受けた嫌がらせを担任や顧問の先生が知ったとしても、もう、二度とクラブへ戻るつもりはない。


 戻れるはずなんか……ない。


 休み時間になると、二年二組の教室を出て職員室へと向かった。手には退部届を握っている。もし受理されなくても関係ない。僕がクラブを辞めるのは僕の意思だ。僕の自由だ。

「失礼します」

 職員室へ入ると、僅かだが独特の煙草の臭いがする。今は禁煙だが、数年前までは先生は平気で煙草を吸いながら生徒と話をしていた。そのヤニの臭いが壁や天井に染み付いているみたいだが、特に嫌いな臭いではなかった。

「おお、烏頭(うず)か。久しぶりの学校はどうだ」

「……どうだと言われても……」

 担任の頭の中は一体どうなっているんだ。もっと他に言いようくらいありそうなものだ。

「それより、先生。僕はバレー部を辞めます。これが退部届です」

「え? なんで」

 担任の雲雀(ひばり)先生は、退部届を受け取ろうともしない。

 いやいや、登校拒否になりそうな……いや、実際になっていた生徒の退部届を受理しないつもりなのか? ヒバリだなんて可愛らしい苗字をしているが、中身は体育会系丸出しの熱血教師で、今の常識がほぼほぼ通じない。平気で体罰を与える。女子更衣室を点検する。授業中に鼻くそを親指でほじる……。教室のベランダで煙草を吸う。

 生徒に嫌われるようなことをワザとやっているようにしか見えない。そんな雲雀先生は、生徒の間では「ヒバリゴン」と呼ばれている。

「もう、辞めると決めたんです」

 突きつけた退部届を仕方なく受け取ると、読むことなくヒバリゴンは目の前で破り、ゴミ箱に捨てた。

「なにするんですか先生!」

「お前、ちょっと甘いんじゃないか?」


 ――甘い? 甘いってなんだ!


「キャプテンに、「二度と来るな」と言われたぐらいで行かなくなってどうする」

「え?」

 ヒバリゴンは黒縁眼鏡をクイっと上げた。なんでそのことを知っているんだ?

「いや、今のは忘れろ。……だったら、わしが顧問をしている「男子柔道部」へ来い」

 親指を「グッ」のジェスチャーで、目からキラキラ光線をだして誘ってくる。

 鳥肌が立った。全身が身の危険を感じている――。

「……なんで男子柔道部なんですか」

 そもそもうちの学校に女子柔道部なんかない。男子と付ける意味はない。

「部員が少ないからだ」

 個人的理由……先生のご都合? 生徒の悩みを逆手にとって、自分の部員の増員を考えているのか。

 ――教師の風上にも置けないっ!

「……絶対に嫌です」

「だったらクラブを辞めずに続けろ。そうじゃなければ、柔道部へ強制連行する」

「……そんな無茶な」

 ヒバリゴンは黒帯の持ち主で、首と手首と足首……とにかく体中すべての首が太い。性格や態度も図太い。生徒の気持ちなんて考えもしない。


 家族ですら、子供の気持ちなんて考えてもいない――。今はそういう時代だとネットの友達はみんなが言っている。これ以上、この先生と話しても無駄だ。話がズレ過ぎている。生徒とコミュニケーションがとれない「コミュ障先生」なんだ。


 早々に立ち去ろうとしたとき、ふとコマチの顔を思い出した。ひょっとすると先生はなにか知っているのかもしれない。大人の情報網は子供のそれを遥かに凌ぐともネット仲間は言っていた。

「ところで先生、うちの母から休み中、なにか相談の連絡とかありましたか?」

「はあ? ないぞ、「どうせ五月病だろうからすぐに登校します、ハッハッハ」と笑っていたぞハッハッハ」


 頭がズーンと重くなる……。五月病って……まだ四月なのに……。――母は僕が学校に行かなくなったことを、そんな安易に考えていたのか……。


「失礼しました」

「おう。ちゃんとクラブへ行くんだぞ、それが嫌なら明日から柔道着を持ってこい!」

「……はい」

 空返事をして職員室を出た。なぜだか職員室へ入る前よりも気分が落ち込んでいることにガッカリしてしまう。


 だが、学校と母は本当にコマチと無関係なのか? ――いや、そんなはずがない。しかし……。だったら一日でも早くコマチには帰って貰わなくてはいけない。これ以上、無駄な出費を増やす訳にはいかない。


 ――いや、コマチはなんと言っていた? 三十日以内に彼女を作らせると言っていたか?

 ――だったら、僕に彼女ができるまで居座るつもりだろうか――。


 ――それは困る! 何度も言うが、僕なんかに彼女が出来るはずがない。勉強は中の下。趣味は部屋でずっとゲーム。クラブも辞めた。学校も嫌になれば行かない。行かなくてもいいと安易に考えている……。もし、僕みたいな女子がいたら、好きになんかならない……。

 元気で活発的な女子しか、好きになれない……。


 好きな女子どころか、女の子にすら気軽に声を掛けられないのに、どうやって彼女なんて作ったらいいんだ――。


 もし彼女ができるまでコマチに居座られ続けたら、我が家の家系は火の車状態だ!  新築に続いて、今住んでいる借家すら手放さなくてはならない。そうなれば住む場所はなくなり、工事現場や空き地にブルーシートを張って、その下で生活しなくてはいけない。


 俯き加減で階段を上がり二年二組の教室へ向かい歩いていると、二年三組の教室から女子が数人出てきた。


 その中に……いた。僕が密かに思いを寄せている二年三組の檜菜穂(ひのきなほ)って女子が。

遠くても見間違えることがなく分かるのが不思議だ。


 話したことはない。女子の中で一番可愛いと思って遠くから見ているだけだ。同い年……いや、一年から三年全員の女子の中でダントツに美人で、すらりとスタイルもよい。歩く「宝船歌劇団」と呼ばれている。


 高嶺の花なのだ。

 あんな上級大将のような女子……僕とは絶対に吊り合わないだろう。


 三十日以内に彼女を作れとコマチは言った。だが、ランクを落とせばなんとかなるようなものなのだろうか? ゲームでも一番最初から最難関ラスボスなんて倒せないだろ? まずはスライムからだろう。

 いきなり「HARD」モードからゲームするマゾなんていないだろ。やっぱり「EASY」か「NORMAL」でクリアしてからの「HARD」だろ?

 ヘヤ―スプレーでも最初はノーマルだろ! スーパーハードはそれで物足りない寝癖が付いている時だけだろ?


 どうでもいい女子達に囲まれた憧れの檜菜穂は、キラキラ光り輝くオーラを身にまとっているようだ。すれ違ったとき、フレッシュフローラルのいい香りが漂い、学校に来たことを少しだけ良かったと感じさせてくれる。


 たぶん、他の男子もあの香りと美貌と容姿に骨抜きにされてしまうんだ。



 クラブには行かずに帰ることにした。退部はできなかったが、やはり行きづらい。どんな顔をして行けばいいというのだ。


 それと、コマチをずっと待たしておくのも気の毒に感じていた。


「おーい、どこだ?」

 焼却炉の近くには誰もいない。恐る恐る焼却炉の中を見ると、燃え残った煤や灰ばかりだ。

「早かったじゃない」

「うお! ビックリした!」

 どこから現れたんだ? 銀色のインビジブル全身タイツがまんざらでもないと思ってしまった。

「ずっと焼却炉の後ろに隠れていたわ。お疲れさま。帰りましょ」

「あ、ああ」


 朝と同じように校門は通らず、山沿いの小道から下校した。

「もう学校に行ったんだから、コマチは帰っていいよ」

 夕日を背にして湖岸道路をゆっくり二人で歩く。

「帰る? どうして? まだスタート地点にも立っていないじゃない」

「学校に行ったんだから、もうそれでいいじゃないか」

 僕が学校に行けるようにするのだけが本当の目的だったんだろ。彼女ができるかどうかなんて……オプションサービスのようなオマケなのだろう。


「それに、彼女なんかできるわけないんだし」

「そうかしら?」

「なんでだよ」

 どんなにおだてられたって、自信なんか湧いてこない。むしろ、それだけには自信がある。

「……だって。鷹人、わたしとまだ出会って三日しか経っていないのに、もう学校に行けたじゃない」

「――それは」


 お前のせいだろーが! とは言えなかった。

 コマチのおかげで……とも、言えるはずがなかった。


「未来の可能性は無限大なのよ」


挿絵(By みてみん)

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