第7話 質素な具のスープと二つのジャガイモ
「やはり出遅れたか」
「お昼になってから大分時間も経つもんねぇ~」
食堂は既にたくさんの食事をする騎士達でごった返し、座る場所が無いほどだった。まぁ食堂と言っても厨房に木のテーブルと長椅子を置いただけの簡素な場所なんだけどね。
「ほらほら~、ちゃんと並ばないとスープをよそってあげないからね! あっ、食べ終わったら食器はそっちに片付けておいてね! コラーッ、人のジャガイモ盗っちゃダメでしょ!!」
調理場を仕切っているのは、ボクより少しだけ背の高い女の子だった。自分よりも遥かに大きな体をした屈強な騎士達を怒鳴りつけ、命令している光景が目に入った。
「やぁジャスミン、今日は少し遅くなったがまだ大丈夫かな?」
「うにゃ? あ~っレインじゃんか! いつもはちゃんと時間守るのにさ、一体どうしたの???」
その子は木のオタマ片手に笑顔で首を傾げながら、父さんに気付くと気さくな受け答えを始めた。
「ちょっと用事があって、な。……それにしてもジャスミン。相変わらず怖いもの知らずで頑張ってるな」
「にゃはははっ。うん、まぁね♪ 今はお城の調理場を仕切るんだもん、これくらい当然だよ~。あっ、今日もアイルは来てたんだね♪ コンニチハ~」
「ジャスミンお姉ちゃん、コンニチハ!」
ボクも釣られて笑顔になりながら、挨拶をする。
ジャスミンお姉ちゃんは長い黒髪に整い少し大人びた顔立ち、白と青を基調にしたロングスカートに皮の半袖ジャケットを羽織り厚手のブーツを履き、ショルダーバックを斜めがけしていた。
昨日ふと気になり、バックの中身を訪ねると『香草』や『貴重品である胡椒』などが入れられているとの事。また斜めがけしているのは『将来パイスラ要員になりたいから!』とかなんとか。
正直ジャスミンお姉ちゃんの言ってる意味は分からないけど、凄い目標があることだけは伝わってきていた。
「はいはい、二人とも早く食べて午後からもお仕事頑張ってね♪ あっ、ジャガイモはいつもどおり一人二つまでだから間違えないようにね!」
ジャスミンお姉ちゃんは木の器を手に取るとオタマでスープをよそい、ボクと父さんに渡してくれた。そして隣の箱に積み上げてある茹でたジャガイモは、自分達で持って行くよう言ってくれた。
「いつもありがとうな、ジャスミン」
「ん♪」
父さんが礼を言いながらスープを受け取ると、ジャスミンお姉ちゃんは忙しいのか、オタマを少し上げ答え次々スープをよそっていた。ただそれだけの事で感謝の言葉が互いに伝わるらしい。
何でもジャスミンお姉ちゃんは、父さんが騎士を目指していた子供の頃からずっと調理場で仕事をしていたと言う。ボクと見た目も身長もあまり変わらないのに、もしかすると父さんより実は年上なのかもしれない。
「さて、ここでは座る場所がないからあっちで食べるか?」
「うん」
未だ戦場さながらの殺気に包まれた厨房ではお腹を空かせたみんなが食事をし、座る場所さえなかった。ボク達は厨房を後にすると座れる場所を求め、いつもどおりの階段へと向かう事にした。
「よし、ここでいいか」
父さんは階段を椅子代わりに座るとさっそく食事を始めた。食事をするのには決してマナーが良いとは言えないのだけれども、忙しい人達は仕事をしながら立ったまま食べることもあるらしい。見れば到るところで作業をしながら食べている騎士も少なくなかった。
「あっ、ちちっ。このジャガイモまだ熱いね」
「そうか? ほら貸してみろ」
ジャガイモの皮を剥こうとすると未だ熱を持っているのか、湯気が立ち昇り指と指を素早く擦り合わせ熱さから逃れようとする。そんなボクを見兼ねてか、父さんは持っていたジャガイモを手に取ると食べ易いよう丁寧に皮を剥いてくれた。
「ほら、これならどうだ?」
「ありがとう、父さん」
ボクはその皮を剥いてもらったジャガイモを受け取るとそのまますぐに頬張る。
「ほぉっ、ほぉっ、あちちっ、ほっ……ごくん」
ジャガイモはまだ熱く口の中を火傷せぬよう、冷ますように口を開けながら咀嚼し食べ進めていく。
「ふふっ。んっ……ズッッ」
そんなボクを微笑ましくしながら、父さんは先程剥いてくれたジャガイモの皮を自分のスープへと入れ、皮の付いたままのジャガイモを一口齧ると、木の器に直接口をつけながらスープを飲んでいく。
スープと一口に言っても、その中身は人参の皮や葉物野菜の硬い芯部分にヒヨコマメなど豆類ばかりで、肉などは一欠けらも入ってはいなかった。食料が豊富なときには、決してジャガイモの皮などは食べないのだが、今は戦争が終わったばかりなので食料の備蓄どころか、その日食べるのも苦労するほどなので、例え野菜の芯や皮などでも、とても貴重な食料になっていた。
またジャガイモは敢えて蒸かさず、茹でただけである。本来なら蒸かした方が美味しく栄養価も高いのだが、それにはちゃんとした理由があった。
まずこの城には数百を超える騎士が昼夜を問わず働いており、そのため短時間で大量に調理する手前、蒸かすのは手間と時間がかかりとても間に合わないのだ。また蒸かすのには、専用の調理器具が必要と共に上と下とで火の通りにムラが生じてしまい、イチイチ刺し串をして火が通っているかの確認の作業が必要になってくる。
だがジャガイモを茹でるだけなら大鍋に湯を張り、ジャガイモを洗って鍋に放り込むだけで済む。またそれと同時にオタマで掻き混ぜるだけで、すべてのジャガイモに均一に火が通る事で確認作業が圧倒的に少なくなり、結果として人手と時間を節約できるのだ。
またジャガイモの皮を剥かないのも作業の手間と煮崩れ、また時間経過による水分の渇きを防ぎ長持ちさせる目的があるのだ。それと同時にジャガイモの皮にはカリウムなどの栄養素が多く含まれており、汗をかきながら働く騎士によっては欠かせない食べ物の一つである。
またその茹で汁は捨てずに、次の食事でスープを引く際の出汁へと使われる。ジャガイモは茹でると成分が湯の中へと溶け出し、その澱粉質により粘度が出る。その粘度がスープの温かさを保つと共に、腹持ちを良くしてジャガイモの甘さを際立たせ、貴重な砂糖などの調味料を使う必要がないのだ。また葉物野菜の芯や人参の皮からも、甘味が滲み出ると同時に具の代わりも担っている。
第8話へつづく
※パイスラ要員=ショルダーバッグの紐の部分を胸の谷間で挟むようにかける事で、大きな胸と谷間をより強調する読者待望のお色気サービスを指すある意味魔法の言葉なのであ~る
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