第6話 一つの飴と報奨金の重み
「それでどうするのですか? 場内の騎士に疑いがある以上、上官へも当然協力を仰げませんよね?」
「ああ、実はそうなのだ。そこでワシが個人的に雇っている私兵を使おうと思っていたところだ」
ショックを受けるボクを尻目にギィーネ中隊長と父さんは話を続けていた。
「そうですか。私兵をお使いになる……のですか。それならば安心できますね!」
「うん???」
話を聞いていなかったボクは一瞬だけ父さんの顔色が何故変わったのか、その理由が分からなかった。
カランカラーン、カランカラーン。街中央にある教会の鐘音が僅かながら部屋の中にいるボク達まで聞こえてきた。
「おや、もう昼のようだな。この件に関してはワシに任せておけ! 午後からも引き続き仕事に励むように。それとまた金貨などの密輸品を見つけたら必ずワシに直接報告するように、よいな?」
「…………はっ! 了解いたしましたギィーネ様っ!!」
父さんは姿勢を正し、敬礼をして回れ右をして退室しようとする。ボクもそれに倣い右手を斜めにして額に当て、敬礼の真似事をして父さんの後に続き出ようとする。
「ああ、忘れておった。アイ……ル……君だったか? キミは少し待ちたまえ」
「へっ?」
ボクはまさか呼び止められるとは思わず、情けない声を出し立ち止まってしまう。
「な、なんでしょう……か」
もしかしたら先程の敬礼か何かで粗相が合ったのではないかと不安になり、泣きそうになりながら少しだけ振り向いた。するとギィーネ中隊長は椅子から降り、一旦ボクの方へと歩み寄って来たのだが途中で引き返し、机上にある小さな箱を開け何かを摘まむと再びこちらに向け歩いて来た。
そしてボクの目の前まで来るとその大きな体が影となり、ギィーネ中隊長の表情が見えなくなってしまう。
「両手を前に出しなさい」
重々しい声と共にそう命令された。
「…………」
ボクは怖くなり目をぎゅっと強く瞑り、自分の目の前に両手を差し出した。きっと鞭か何かで叩かれてしまうかもしれない。
だがそんな思いとは裏腹に優しい声をかけられ、そして手に軽い何かを乗せられた。
「おや? 飴は嫌いかね?」
「……えっ? 飴???」
そこでようやく目を開けると手には小さな包み紙に包まれた一つの飴が乗っていた。
「生憎と、飴はそれが最後の一つでね。悪いね……それしか無くて」
「……あ、いえ。あ、ありがとうございます」
ボクはお礼を言って頭を下げた。まさか高級品である飴を貰えるだなんて夢にも思わなかった。
「実はワシにもキミと同じくらいの息子がいてね、よく飴やお菓子をお土産として強請られてしまっていてな。それにワシ自身も仕事の合間などに飴を食べたりしているのだ。がっはっはっ」
「そう……なんですか?」
そしてちょうど良い高さだったのか、そのまま頭を撫でられてしまう。
「それと……これはオマケだ」
「えっ? オマケ???」
ギィーネ中隊長はボクの頭を撫でるのを止めると懐から何かを取り出し、まだ飴が乗っている手の平のその上へと乗せた。
「わわっ!? お、おもい~っ!!」
手の上に乗せられたのはパンパンに膨らんでいる麻袋だった。いきなり乗せられたのと袋の重さで思わず重心を取られてしまい、前に倒れてしまうところだった。
「重い? あ~っはっはっは~っ。そうかそうか、それで重いのか? ふふふっ……それが本当の金の重さと言うやつなんだぞ。ま、少ないが中には100シルバーほど入っている。何分、ワシの個人的な金なのであまり多くはないのだがな」
ジャラッジャラッ。子供のボクにとってその袋はとても重く、またコイン状のモノなので両手で持っても容易にバランスを崩してしまい、中に入っているであろうシルバー同士がぶつかり合い特有の音を奏でてしまう。
「ギィーネ様っ!」
「よいよい、よいのだ。何せこれは正当な『報奨金』なのだからな」
「で、ですがその額は子供のアイルにはあまりにも多すぎますよ!」
「ふふっ。相変わらず硬いのだな、レインよ。この子は国のために働いたのだからこの程度は当然ではないのか? それにもし正規に上へと報告してもこの子は子供故、こうして金としての報奨金を支払われない可能性もあるのだ。それではあまりに可哀想ではないか、なぁ?」
ギィーネ中隊長は父さんを言葉と左手を上げ静止させると、そう同意を得るかのようにボクを見ながら笑い、頭を撫でてくれた。それは最初見た時に思ってしまった『怖い』という印象とは違い、何故だかとても優しい感じがした。さっきボクと同じくらいの子供がいると言っていたから重ねているからかもしれない。
「そんなことよりも、もう昼であろうに。早く昼食を取りに行かねば二人とも食っぱぐれてしまうぞ。それでもよいのか?」
「……本当によろしいので?」
ギィーネ中隊長はまるで誤魔化すかのように昼食の話を持ち出し、そこで会話を切ろうとした。そして父さんが再び確認すると『しつこいぞ』っと言うように右手を上げ払われ、それ以上尋ねることを許さない。
「はっ! それでは失礼いたしますギィーネ様っ!! (ほらアイルもちゃんとお礼を言わないか!)」
渋々ながら納得したのか、父さんはギィーネ中隊長に対して退室の挨拶と敬礼をしながら、ボクにだけ聞こえるよう小声でそう言い、後ろ手で左手を仰ぎ前に出るよう誘導してくれる。
ボクも慌ててそれに倣い報酬である重い麻袋を落とさぬよう胸元へと抱き寄せると、敬礼の代わりに頭を下げ挨拶をすることにした。
「あ、あの! 護衛騎士中隊長ギィーネ様、あ、ありがとうございました」
「うん? ふふふっ……うむ」
緊張から声が上擦り、変なアクセント交じりになってしまう。それを見ていたギィーネ中隊長はやや目を丸くし、少しだけ笑うとまるで感心するように頷き右手をゆっくりと広げ扉に向け動かし、退室するよう示した。
「ふぅーっ」
「大丈夫、父さん?」
どうやらボクよりも父さんの方が緊張していたのか、部屋を出た途端大きな溜め息と共に肩から力を抜いて楽にしている。
「……ああ、大丈夫だ。それよりも早く食堂に行って昼食を貰って来よう。無くなってしまうからな」
「う、ん」
どこか様子のおかしい父さんに対し戸惑いつつも、お腹が空いているのも確かなので黙ってそれに従い銀貨の入った麻袋を抱きしめたまま、お城の中央にある食堂へと向かう事にした。
第7話へつづく