第5話 護衛騎士中隊長ギィーネとの出遭い
「密輸品だと? …………してその中身は何だというのだ?」
『密輸品』と聞いた一瞬、ギィーネ中隊長の左眉が少しだけつり上がり、爪を研ぐ動作のまま再度父さんの方に視線を差し向けた。そして何かを考えていたのか、少し間を置くと眉が元に戻り、その中身についてを促した。
「はっ! 密造酒のワインに絹の織物、捕獲が禁止されている動物の毛皮とそれに…………『大量の金貨』であります!!」
「(……えっ? なんで……)」
ボクはその父さんの言葉を聞き、少しだけ違和感を覚えた。だがそんな考えもギィーネ中隊長の大声でかき消されてしまう。
「な、なんだと大量の金貨があるのか!! それはどこにあるというのだ!? ええい、さっさとそこに案内せぬかっ!!」
『大量の金貨』と聞いた途端、先程までとは打って変わったような態度になり、爪砥ぎを放り投げまさに机に両手を置き身を乗り出しながら、すぐにその場所へと案内するよう怒鳴り散らした。
ギィーネ中隊長の怒涛とも言える必死さに圧倒され、ボクと父さんは急ぎ案内することにした。
「ふははははははっ。これは凄い! 凄い発見だぞレインよ!! よくこのような二重底で隠された金貨を見つけてくれたものだな!! オマエの働きには感謝するぞ!!」
ギィーネ中隊長は先程までの仏頂面から満面の笑みとなりながら、父さんの肩を叩き大きな笑い声と共に、両手で鷲掴むように金貨を握り締めて自分の顔へと押し付けていた。それはまるで十数年も会っていなかった旧友と再会したような、いいや長年生き別れた家族にようやく巡り合えたかのようにも思えてしまう。
そしてその存在を改めて確かめるよう両手を開き木箱の中へと落としてゆく。
ジャラッ、ジャラッ、ジャラッ……。金貨同士がぶつかる重くて軽い音をわざと立ち響かせている。
「くくくっ……くわあぁ~っ、はっはっはっ……」
ボクと父さんには一切目もくれず、金貨だけを見つ不気味な笑いをしているギィーネ中隊長をその真横で見ていた子供のボクにとって、その姿は異質とも狂気の念とも思ってしまい、そして何故だか得も言えぬ恐怖を懐いてしまうのだった。
「はっ! ですがこれを発見したのは私ではないのです……」
父さんは一瞬褒められ嬉しそうな顔をしていたが、すぐさま引き締めやや言いにくそうに告げた。
「うん? レインよ、オマエが見つけたのではなかったのか? 先程はオマエが見つけたと言っていたであろうが……ならば誰がコレを見つけたと言うのだ?」
ようやく金貨から目を離し、こちらを見ているギィーネ中隊長は不思議そうな顔をしながら、要領を得ないと言った感じで父さんにそう訪ねた。
「はっ! 実は息子の……このアイルが見つけたんですよ! ほんと子供ながらに大したヤツなんですよコイツは! な、アイル!」
そして父さんはボクを一歩前に出すと両肩に手を置きながら、普段戒めるため絶対に褒めない父さんがボクを褒めちぎり、敬語ではなくいつもと同じ口調でギィーネ中隊長へと自慢していた。きっと上官への敬語を使うのを忘れるほど、父さんは嬉しかったのかもしれない。
「う、うん……」
ボクは父さんから褒められてしまい、戸惑いと困惑とが入り混じり目を白黒させながら頷いた。
「うーむ。そうだったのか……よくやったな!」
「は、はい……」
ギィーネ中隊長はボクの身長に合わせるよう左手を膝に乗せ前屈みとなり、そして右手でボクの頭を撫でた。だがそれは父さんとは違い、何故か嫌な感じがした。
父さんの手は硬くゴツゴツしているのだが、ボクの頭を撫でてくれる時には優しさと温かさが伝わり心地が良い。だがギィーネ中隊長のそれは負の感情とも言うべきか、どこか分からない違和感があった。もしかするとそれはボクの嫌いなタバコの苦味のせいだったのかもしれない。
そして他の木箱にもある密輸品を調べて見せたのだが、ギィーネ中隊長は「ふむ、そうか……」と気の無い返事をするだけで金貨ほどは興味を示さなかった。
「それでギィーネ様、あれらの密輸品はどうなさるのですか?」
「ふぅーっ……ふーむ」
そうして密輸品を粗方確認すると、ボク達は中隊長専用の部屋へと戻って今後どうすればよいのかを父さんは聞いたのだが、肝心のギィーネ中隊長は椅子に深く腰を降ろし後へと凭れ、まるで何かを考えるよう前で手を組み深く溜め息をついていた。
「当然上官へと報告するのですよね?」
「…………」
「まさか違うと……言うのですか?」
そんな態度に疑念を持ったのか、父さんはやや険しい表情と口調になっていた。だがそれとは対象的にギィーネ中隊長は口髭を触るだけで何も答えない。
ギィィィーッ。そして今度は浅く座り直すと組んでいた手をそのまま机へと乗せ、こう言った。
「……いいや、オマエの言うとおりだ。これは上に報告すべき事案だとワシも思っている」
「そうですか! じゃあ……」
父さんはその言葉を聞くと先程まで曇っていた表情が明るくなり、更に言葉を続けようとするがギィーネ中隊長が右手を『待て!』といったように突き出しピシャリっと止めてしまう。
「だがな、ワシは今はまだ報告するのは時期相応だと考えておる」
「えっ? で、ですがぁっ!!」
バンッ!! 父さんはその言葉を聞いて机へ両手を叩き抗議しようとする。だが再び右手で静止させられ、口を噤まされてしまうのだった。
そしてギィーネ中隊長は勢いある若者を戒める、もしくはやや馬鹿にするように右の口元を少し上げてこう口にした。
「ふふっ。早とちりするでないわ。今は……というだけで報告しないとは言っておらん。ワシも先程木箱を目にしたのだが、あれには『紋章』が付いてあったであろうに? つまりそうゆうことなのだ。ワシはそこを危惧し、考えていたのだ」
「あっ……そ、そうですよね。ギィーネ様、大変失礼いたしました!!」
たったそれだけで察したのか、父さんは顔色を変えすぐさまギィーネ中隊長への無礼を詫びる。
「いやいや、よいのだよいのだ。血気盛んな若者はやはりそうでなくてはな! これからこの国はレイン、オマエのような者が柱とならねばいかんのだぞ! がっはっはっはっ」
「はっ! 恐縮であります!!」
ギィーネ中隊長は椅子から腰を上げると机前で敬礼している父さんの左肩をバンバンっと叩きながら褒め、大口を開けて盛大に笑っている。
終止その光景を目の当たりにしていたボクだったが、どうゆうことか分からず首を傾げることしかできなかった。たぶん二人には……いや騎士同士にしか分からない事柄だったのかもしれない。だが先程会話に出て来た『紋章』が関係しているのは子供でも理解できた。
「……つまりアレを囮にするわけなのですね?」
「ああ、そうだ。今ここであの密輸品だけを押収するのは簡単であろう、だがそれでは意味が無いのだ。元を断たねば次、またその次……っと今よりも更に巧妙に隠し、密輸は行われ続けてしまう。それにこれは……」
ギィーネ中隊長は再び椅子に腰掛けながら重々しくも説明し、最後は少し間を置いてこんな言葉を口にするのだった。
「これは騎士の誰かが……いや、組織的に密輸している可能性が大いにあるのだからな!」
「っ!?」
ボクはその言葉を耳にし、信じられないといった気持ちになってしまう。まさか憧れだった騎士が、今の今まで夢みていた護衛騎士の人達が密輸を行い不正な事をしているとはとても信じられなかったのだった……。
第6話へつづく