第4話 密輸品と一枚の金貨の行方
「ほんとに金貨だね。しかもこんなにたくさんの……」
ボクは生まれて初めて金貨というものを目にし、そしてその一枚を手に取ってみると、その輝かしいほどの光に魅了され、金貨から目が離せなくなってしまっていた。
この世界の通貨は基本的に『シルバー』と呼ばれる少量の銀に、鉛や他の金属を混ぜて作られた物が広く一般的であり、『金』などは庶民にとって一生に一度すらお目にかかれない代物であった。この小さなコイン状の物たった一枚で、家族四人が働かなくとも何不自由なく半年以上は食いつなげる程の価値を持っている。もしそれがボク達の目の前に何十、いや何百枚もあるとしたら……。
「父さん、これがあればボク達も楽に暮らして……」
「アイル……これは密輸品の金貨だぞ! そのことをちゃんと理解しているのか?」
「密輸品?」
ボクの言葉を遮るように父さんは静かに『この金貨が違法に密輸されている物』だと言った。確かに二重底で隠されていたのだから真っ当な代物ではないことくらい子供のボクでも理解できることだった。
でもお城で仕事をしている両親を持っているボクの家でさえも、決して楽な暮らしをしているわけではなかった。特に未だ魔王軍の爪痕が残るこの街では食べ物などが慢性的に不足しているため、小麦だけでなく大麦・大豆そして庶民の主食であるジャガイモなどの価格は上り調子で、しかも農家などは出来たばかりの作物はもちろん、まだ成長途中で半分にも満たない野菜まで、税として国から強引に奪われていたのだ。
「ああ、通常こういった金貨を国内に持ち込む場合には、その量に応じて国に対しての『税』を納める決まりになっている。それはこの国の急激な貨幣価値の暴落や、食料などの買占めによる転売を防ぐ目的のためにな。でなければ意図的にそれらが行われてしまうと、庶民の暮らしは今よりも悪くなってしまうんだぞ」
「そ、そうなんだぁ」
父さんの話は難しく正直半分も理解できなかったが、この密輸された金貨によってボク達の暮らしが良くなるどころか、逆に悪くなる事だけは理解できた。
「じゃあこの金貨はどうするの? さすがにこのままにはして置けないよね? だって密輸品なんでしょ?」
「ああ、もちろんだ! さっそく護衛騎士中隊長である『ギィーネ様』に報告しようと思ってる」
こういった場合にはまず自分の直属上官に報告するのが『騎士の責務なんだ!』と父さんは言う。そこから上へ上へと報告がなされ、然るべき所で正しい処置をするらしい。でなければ軍隊である騎士でさえも規律を保てないのだとか。もしたった一人でも規律を守らないのが出てしまうと、その隙を敵に突かれてしまい、軍が全滅してしまう恐れもあるとの事。
ボクにそんな説明をしながら父さんはこの金貨が誰かに見つからぬようにと、すぐに麻布の中へと戻した。そして布を被せ底板をはめ込んでいく。ボクはそれを見ながら、父さんに返しそびれてしまった右手に握っている一枚の金貨を、そっとズボンの右ポケットに入れてしまった。正直この時は何でそんな事をしてしまったのか自分でもよく分からなかった。だが、この一枚の金貨によってボク達家族は不幸のドン底へと叩きつけられてしまうとは、まだ子供のボクには夢にも思わなかった……。
「ふぅ~っ。こんなところか。うん? なんだアイルさっきから黙っているが……どうかしたのか?」
「えっ!? あっ……いや……その……」
父さんからいきなり声をかけられ、ボクは右ポケットにある金貨がバレやしないかと心配になってしまう。きっと見つかれば怒鳴られるだけでは済まないと思い、そして動揺を隠すようにこんな適当な言葉を口にした。
「あっ、いやね。金貨が隠されてるのって、この箱だけなのかなぁ~っと思っちゃってさ。まぁ勘違い……だとは思うんだけどね。あはははっ」
ボクはそんな乾いた笑いと共にそんな言い訳をしながら、誤魔化すように両手を激しく左右へと振る。
「アイルは他にもあると言うのか? ふーむ……確かに密輸品がこの箱だけとは限らないよな……。うん、他も一つ一つ確認していくから手伝えアイル!」
父さんはボクその言葉を聞くと顎に右手を沿えると下を向いて何かを考えるような仕草をしていた。そして納得したのか一度頷くと顔を上げてボクのその言い訳に賛同して、他の箱も調べると言い出した。
そうしてボク達は他の騎士に見つからぬよう、いつもと同じ木箱の確認作業をしながら例の紋章を探す事にした。すると先程の砲弾が入れられた木箱と同じく、紋章が描かれた木箱がいくつも見つかる。それはジャガイモの下や麻布の織物の中に数々の密輸品が巧妙に隠されていたのだった。金貨の他に密造酒のワインや高級な絹の織物、それに貴重な動物の毛皮や何かの書類のような物まで次々と見つけた。
そして父さんはその中の一枚を手に取り記されているものを読みながら、金貨を見つけた先程とは比べ物にならないくらい激しく動揺していた。
「なんでこんなものまで……」
だがボクがその紙に書かれている内容を聞いても『な、なんでもない……』と誤魔化すだけですぐに木箱の中へと戻す。きっと何かいけない悪い事が書かれていたのかもしれない。
「じゃあアイル。一通り確認し終えたところだし、一緒にギィーネ様の所へ向かうぞ!」
「えっ!? ぼ、ボクも一緒に行っていいの?」
「もちろんだ。なんせアイルは初めにを発見したんだぞ! オマエが行かなくてどうする?」
「そっかそっか……護衛騎士中隊長に会えるんだぁ♪」
護衛騎士には父さんのように何の役職にもつかない『騎士』を数多く束ねる『小隊長』と言う役職があり、次いでその小隊長を多く束ねる『中隊長』、そして中隊長を束ねる『大隊長』っと身分が上がるに連れ、数え切れないほどそれこそ数千の、いや数万の騎士を持つ事になる。騎士を夢見るボクにとっては中隊長や大隊長は憧れとも言える存在だった。このときまでは……。
そうしてボクと父さんは急ぎ中隊長がいるという専用の部屋の前へと赴いた。
「んんーっ。いいかアイル、決して粗相のないようにな? いいか?」
「う、うん!」
父さんはガラにもなく緊張しながら身嗜みを整えていた。ボクもそれに倣っておかしなところがないかとパッパッと服を叩く。そうしてお互いに頷くと父さんは一歩前に出てドアの前へと立った。
コンコン。父さんは部屋のドアを軽く二回鳴らす。上官の部屋に入る際には必ずノックと用件を必ず述べるのが礼儀であった。
「ギィーネ中隊長! 小隊長の『レイン・ツヴァルト』でございます。至急ご報告したいことがございまして、訪ねました!!」
父さんは部屋の外だと言うのにキチンっと背筋を伸ばし、胸を張って声を張り上げ用件を述べた。
「……入れ」
少し間を置き、重々しい声と共に入室を許可された。
「はっ!」
父さんはそう短く返事をすると茶色く重い扉を開け、入室する。ボクも遅れまいとその後ろに付いて部屋へと入る。
「それで……何の用なのだ?」
部屋には数多くの本棚や甲冑飾り、それに見るからに値段が張りそうな花瓶などがいくつも置かれており、そしてドア真正面の机には重々しい雰囲気の男性が椅子に座っていた。ヒゲを立派な生やし、見た目的には父さんよりも年上に見える。だがとてもじゃないが騎士とは思えないような格好をしているのも事実である。シャツにネクタイと紺色のコートを着込み、右手にはいかにも高級そうな金色の指輪などをたくさんしていたのだ。
『この人が本当に護衛騎士中隊長なのだろうか?』そんな疑うような目で見ていたせいか、その椅子に座っている男性からいきなり声をかけられてしまう。
「このような所にどうして子供がいるのだ! それになにやらワシを見ているその目が何かを言いたげであるぞ!!」
まるで自分の顔を見ていること事態、無礼な態度を取っていると戒めるような眼つきと怒鳴り声で父さんの右にいるボクの方を指差していた。
ボクはいきなり怒鳴られ怖くなり、咄嗟に父さんの背中へと隠れてしまう。
「し、失礼いたしましたギィーネ中隊長! この子は私の息子であります!! (こらアイル、ギィーネ様に挨拶しないか。さっき約束しただろ?)」
父さんは中隊長に敬礼をしながら、失礼を正すようボクにだけ聞こえるような小声で声をかけてくる。
「あ、アイルって言います。その……あの……」
ボクは父さんの言われるがまま、隠れていた父さんの背中からおっかな吃驚っと言った様子で前に出てギィーネ中隊長へと名前を告げた。だが中隊長の顔を見ていたことにどう謝ればよいのか分からず、口篭ってしまい言葉が続かない。
「アイルはその……騎士に憧れてまして中隊長のような偉いお方を目にするのは初めてなもので、たぶん緊張しているんだと……」
『だから他意は無いですから……』っと言葉を続け、父さんがボクをフォローしてくれた。
「……ふん! それで何の用なのだ? ワシは今忙しいのだぞ、それ相応の用件なのであろうな?」
誤解が解けようやく納得したのか、ギィーネ中隊長はボクから視線を外し父さんの方に目を向け部屋を訪ねた用件を聞いていた。だが、それもすぐさま目線を下に向け何かをしているようだ。
スッスッスッ……。軽く何かを擦るような音が聞こえ、背の低いボクはそれを見るように爪先立ちするとそれが見えた。どうやらギィーネ中隊長の忙しいとは爪砥ぎのようだ。先程聞こえた軽い擦り音は右の人差し指の爪を鑢で研いでいた音のようだ。
「はっ! 実は先程の事なのですが、城に搬入される物資の中に密輸品を発見したのであります!!」
父さんは改めて姿勢を正すと、事態の詳細を話し始めた。
第5話へつづく