第2話 両親の教えとジャガイモ
そして父さんに連れられてボクはお城までやって来た。太く立派な木で作られた丈夫なつり橋を渡り、鋼鉄の大きな格子がある正門を抜けると大きな広場に差し掛かった。
そこにはお城を修復するための木材や石材、鉄材や砲台の砲身などの部品と一緒に日々の食料を賄う『ジャガイモ』や『葉物野菜』などが所狭しと乱雑に同じ場所に置かれており、手元にある『物品リスト』を見なければどこに何があるのか把握できないほどだった。
「わぁ~っ。ジャガイモだぁ~♪」
ボクは木箱いっぱいに詰め込まれているジャガイモを前にして飛びついてしまう。
「あっこらアイル! それはみんなの物なんだから勝手に持って帰ったりするんじゃないぞ! いいな分かったな!!」
『絶対にだぞ!』っと再度念を押すようにボクに忠告した。
何故父さんがジャガイモ一つでこんなに怒るかと言うと、今のこの街は……いや、この世界は魔王軍によって攻められ人も武器も日々の糧である食べ物すら慢性的に不足していたのだ。本来なら政府指導の下、国を支える民にも配給しなければならないのだが、『まずは自分達の分からだ!』っと政府の管轄化にある施設やお城などの兵士や騎士に優先的に食べ物が配給されていた。もちろんそれだって満足な数量はなく、その家族にすら秘密にしなければならないほど困窮している。っと父さんは説明してくれた。
「う、ん。分かってるけどぉ……」
正直ボクには父さんの話が難しくてあまり理解できなかったけれど、『悪い事をしてはいけない!』ってお城の護衛騎士である父さんの信念だけは伝わってくる。それでも『家で待っている母さんにもこのジャガイモを持ってってあげたい』と思ってしまい歯切れ悪く答えてしまう。
「オマエの考えてることくらい本当は父さんだって分かってるさ。でもな、アイル。だからと言ってそんな事をしてしまえば、盗賊なんかと一緒になってしまうんだぞ。それに最近はただでさえ配給品が少ないのだから騎士がそんなことをしたら、民衆が暴動を起こしてしまい……」
「……父さん?」
父さんはそこで言葉を止めてしまった。ボクは心配になり、やや俯いている父さんの顔を覗きこんでしまう。
「あっ、いや……なんでもない。そんなことよりも早く品物をリストに書き留めて、ここを整理してしまおう。まず仕事をするには身の回りの環境が大事だからな!」
これは父さんの口癖だった。『身の回りが汚れてしまうと良い仕事はできない。何時如何なる状況下でもそれが大切なんだ!』といつも言っていた。これは何も仕事の時だけでなく、戦場で戦う際にも同じだと言う。
まず自分が置かれた状況や地形、味方や敵の配置それに武器や防具などを瞬時に判断する。そして自分の身の回りにある物や人などを上手く使い、少しでも戦闘を有利にするのが要であるそうだ。もちろんこれは個単体でも活かせるが真にその価値を見出せるのは軍であると解いていた。味方がまた敵が多いからこそ、その状況下でも冷静に物事を考えれば勝ちを拾えずとも負けないのだと言う。
父さんはこれを『空間把握』などと名付け、戦略などに生かすのが得意中の得意だった。
対して母さんは大きな盾を利き手である右手に持ち、左手には剣を持ち戦闘をこなす。本来ならばこれは真逆の持ち方である。だが母さんは大きな盾をまるで剣のように軽々と使い、相手の空間つまりは間合いを潰す事により父さん同様に戦闘を有利に進める。
母さんはこれを『空間支配』と呼んでいた。
また利き手ではない左手ではどうしても火力不足になってしまうのだが、母さんはその火力を求めていない。まず盾で相手の間合いを潰して左手の剣で足や腕などにダメージを負わせ出血させ、少しずつ相手の体力を奪い動きを鈍らせて戦闘を有利に進める。もちろんそれでは急所を狙い一撃で倒すことができないのだが、自分が怪我するリスクを極端に減らすと同時に相手を確実に倒すのだ。
二人はいつも一緒の戦場へと赴き敵大将を討ち取るなど派手な戦果こと無かったが、確実な戦果を上げ評価されていた。だが周りからはその戦略・考えはあまり理解されず『あれだけ戦場をこなしているのに何故今も生き残っているのか?』と不思議に思われているらしい。
「うん。じゃあ今日はまずこの木箱から始めるか……っておいアイル。聞いているのか?」
「あ、うん。だ、大丈夫だよ」
そうしてボクと父さんはまず箱の中には何がどれだけの数量入っているかなど、一つ一つ中身を開けてながら調べる作業をすることにした。
「まずジャガイモが木箱で10箱分だな。……たったこれだけでは今日の昼食だけで無くなってしまうだろうなぁ~。けれども仕方ないよな」
「え、えっと、ジャガイモが10箱だね。うん」
父さんは渋い顔をしながら木箱を開けて中身を確かめ、ボクは品物名と数を書き留める。
箱の中には小さく不揃いのジャガイモがたくさん入れられていた。今朝収穫したばかりなのか、泥も所々付いて雑草のようなものも何本か一緒に入っていた。このジャガイモは国の復興税の名目で各家々を回り、無理無理奪い取ったものだった。最近では食べるものに困った街の人達は草の根を集めたり食べたり、自分の娘や息子を売ってお金にしている人もいると聞いたことがある。
「よい、しょっと……ふぅ~っ。おいアイル、ちゃんと木箱の上に目印の札を置いておくんだぞ。じゃないとリストを作っても無意味になってしまうからな!」
「分かってるってば!」
ボクは父さんに言われる前に、木で作られた札を置いていた。こうして上に札を置いておけば箱の中をイチイチ開けなくても誰でも確認する事ができるのだ。
紙は貴重品なので毎日使う物は主にこうした木札などが使われている。もちろんこの他にも木巻や竹巻、動物の毛皮を使った洋紙などもあるのだが、紙や洋紙には贅沢品と位置づけられており国から税金がかけられ一部の貴族や王族、お城で使う命令書などにしか使われない。
そうして一つ一つの品物と数をリストと照らし合わせては書き留める地味な作業が続いた。そんなとき、ある物が目に付いた。それは階段下の隅に置かれ、まるで誰の目にも止まらないよう誰かが意図して置いたような木箱だった。
「あれ? これって昨日調べた木箱……だよね? ならこれは……」
ボクは不思議に思いそっと上にある木札を手に取ってみる。そこには『砲弾』と書かれ、確かにそれは昨日自分が置いた木札に間違いはなかった。だが昨日は7箱だったのに今は8箱に増えていたのだ。もし誰かが盗んでいったとしたら減るはずなのに逆に一箱増えていたのだ。
もう一度だけ改めて正確な数を確かめるため、ボクは木箱を一つ一つを指差しながら数えてゆく。
「6、7……8っと。……やっぱりだ。昨日より一つ増えてる。あれここにあるのは何かの絵だよね?」
それに木箱には昨日まで無かった小さな紋章のようなモノが刻まれていたのだ。しかもわざわざ一目では分かりにくいよう、持ち手部分で隠すように……。
ボクは背が小さいからコレに気付けたけれども、背が高い大人ならわざわざしゃがんで確認しないとコレには気付かないと思う。『これは何かがおかしいぞ……』そう思い、思い切って父さんに声をかけてみることにした。
第3話へとつづく