3 厄介な奴が増えた。
「はいはい、今出ますよー」
インターホンを鳴らさず、あえてノックをしてくる。これは先ほどレイルがしてきた行動と全く同じだ。つまり、同族に違いない。だからこそお迎えだなんて言えたのだ。
普通の人ならどうするだろう。チャイムを鳴らして、少ししたらノックをするものではないか。少なくともウチに来る宅配便のおじさんがそうだ。いや、そもそも現代日本においては、民家でのノック自体が廃れつつある風習だとも思うが。
どのような人物が扉の外に居るのか。それを警戒しながら、恐る恐る玄関を開放する。
「お忙しいところ失礼。人を訪ねてこちらへ参った次第です」
追っ手だなんて言うから、てっきり黒服の男性が複数人で来るものかと思った。
だが、目の前に居るのは先ほどと同じく少女が一人。身長は自分よりやや低い程度で、レイルよりは高い。
真面目そうな面持ちをしていて、その赤髪、そしてキッとした目つきのせいか、学があるように見える。
「失礼ですが、こちらに私のできあい……敬愛する派手な格好をなさった殿下の匂いがしまして」
「……レイルって人で間違いない?」
「はい。間違い、ありませんん」
呼吸が粗い。急いでここまで来たのだろうか。
家出に気付いてから急いでここまで来てくれたなら、労うべきか。
「とりあえず上がっ」
「レイル様ぁああああーーーー!!!!」
「うべっ」
押しのけられた。
その間僅か0.2、3秒刃向かう術もなく。
ああ、またしても想像とかけ離れた性格だった。
大多数の宇宙人は、こんな頭のネジが数本吹っ飛んだような性格をしているのだろうか。
思えばさっき敬愛の前に『溺愛』とか言いかけてたし、相当拗らせてるぞ。
「って、靴のまま上がるなぁ!!」
法にあらば法に従え。風習があらば風習に従え。ここは彼女らの星ライフェリスとは違って、日本だ。
……というより、後の掃除が大変だし面倒なのでやめて頂きたい。面倒臭いことは苦手なのだ。
「レイル様!? レイル様はどちらに!?」
「ああーー! 荒らすな荒らすなぁ!!」
全力で扉を開けて回るのはやめてくれ。後で閉じるのが面倒なんだから。
だが幸い、荒らしは直ぐにキッチンの方へと向かっていった。これでレイルを直ぐに回収して去ってくれればいい。
「匂いがするぅうううう!! レイル様のいい匂いがするぅうううううう!!」
だがおかしい。荒らしによる呼びかけは止まない。その悲鳴にも近い興奮した声は、部屋は愚か、家全体に響き渡る。これ以上大きな声を出されたなら、近所の人にまで聞こえてしまうかもしれない。それだけは勘弁してほしい。ツケは大体こちらに回ってくるから。
これ以上荒らされても困るので、自分も急いでキッチンへと向かう。
「…………?」
移動の最中に突如家全体は静まり返り、音が一切立たなくなった。
捕獲完了か……?
恐る恐る部屋に顔を覗かせ、中の様子を見つめる。
確かにレイルの姿は見えない。荒らしは、先ほどまで彼女が座っていた椅子の匂いをゼロ距離で嗅いでいた。
そしてこちらを見るなり、主人を失った中型犬のような眼差しで、
「居ない!!」
と吠える。行動が犬のそれであったことからもピッタリだろう。彼女の呼び名は犬のが良いかもしれない。我ながら名案である。
「どこにやったぁ!? いい匂いのレイル様をどこへやったんだオラぁ!?」
「何突然キレてんの!? それと悪いけどキモっ!!」
必死すぎる。興奮しすぎて何を言ってるんだか自分でも分かってなさそうだ。
「ハァ、ハァ……」
「ちょっとは落ち着いたら?」
「なりませぬ。レイル様を見つけるまでは……なりませぬ!」
「うーーん、そうは言われてもなあ。さっきまでここに居たんだけど……」
「いい匂いはスウウウウウウウウウここで消えておられます」
いい匂いって言った側から沢山吸うな。
でも、本当に何処へ行ったのやら。辺りに気配は感じられないし、かといって、窓から外に出たようにも思えない。
どこへ行こうと別に良いのだけれど、早いところ犬と一緒に星へ帰って頂きたいという思いの方が強い。
「手当たり次第に探すしかないかぁ」
「協力頂けるならば嬉しい限りです」
突然素に戻られると、それはそれで扱いに困る。
「ところで、貴方はレイル様とどういった関係で?」
「単なる被害者だよ。というか、こんな遠い星に友達なんて居ないでしょ」
「……確かに、仰る通り。ただ、およそ数時間で急激に発展して彼氏とかになって無いとも限りませんし」
「ははは、無い無い」
「私は知っております。この星には、出会って三秒で合体するカップルも居るということを」
「ねえよ。どこ情報だよそれ」
話が変な方向に逸れてきた。純情な青少年の自分にはよく分からない話である。
「まあその、疑ってしまったことをお詫びいたします。それよりも、レイル様を探さなくては……」
「あのさ、見つけた後でいいから片付けてもらっていい?」
「……我を忘れておりました」
「あと、靴を玄関に置いてきて」
「……御意に」
今更気付いたのか。
これほどまでに勢いをつけてやって来る追っ手を見るに、レイルはそれだけ愛されるに値する王女だったのだろうか。
「……そうは見えないけどな」
「如何を?」
「いや、何でも」
彼女の持つ理想を、わざわざ崩してやる必要はないのだ。
主人に従順なのが犬なのだから、別に暴露したって良いのだろうが、そういうのはあまり好きではないのだ。