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エピローグ 少しは心が近付いた?

    ☆★☆


 戦いの行方は、既に定まっていた。

 膝から崩れ落ちていたガランは涙目でこちらを睨みながら、立ち上がって全速力で家から出て行こうとする。

 俺はそれを呆然と見つめているだけだったが、ミーアは武器を構えている。どうやらただで帰す気は無いらしい。


「退場するなら……」


 その言葉に、歩みを止めてしまうガラン。

 ミーアの殺気からして、止まるべきでは無いと思うのだけれど。

 いや、違うな。まさか、寧ろ殺気のせいで動けないのか。

 彼女は構えた剣を、まるで殴りかかるかの如く全力で振り回す。


「ゲーム終了ッ!」


 剣の裏、刃のない向きをガランの背中にブチ当てる。それでもやはり細いのだから、あまりにも痛そうだ。

 それなりに力もあったのか、そのままリビングから玄関に向かって転がっていく。まるでパターゴルフのようだと思う。


「ライフェリスへお帰りくださいませ」


 玄関の靴置き場をカップとするならば、見事にボールはカップインした。

 廊下を出て左手にあるはずなのに、なんてコントロールだ。


「あー、可哀想にな」

「不法侵入の報いも受けて頂きました。許可無く屋内に入るなど言語道断です」


 それに、レイルにも怖い思いをさせてしまった訳だしな。

 今の峰打ちは、言わば悪いことをしたツケか。


 痛そうに背中を抑えながら立ち上がるガランは、こちら側を見るなり、笑みを浮かべる。

 先ほどまでの気持ち悪いニヤけ顔ではなく、人並みに正気と理性を持った、安定した思考を持った表情だ……。


「……俺の負けだ。楽しかった、ありがとう」


 この短時間で一体何があったのか。それを思わせる程の潔さだ。まるで、スポーツマンシップに則った選手のような立ち回りである。

 だがやはり、真剣な表情をすればそれなりにかっこいいではないか。俺の想像は間違っていなかった。


「血で血を争うような戦いよりも、こっちの方が遊び甲斐がある。国技としてもアリだ……じゃあな」


 そう言い残して外への扉を開くと、ガランはそのまま消えてしまった。

 これで終わった……終わったのだろうか。


「あいつ……何だかんだいい奴なのかな」

「思想が一貫しているのです、良くも悪くも……。ともあれこの様子なら、レイル様を直接見た訳でもなさそうですね」


 たしかにあいつがレイルに遭遇していたなら、何をしでかすか分かったものではない。常人には到底理解の及ばない変質的行動を彼女に取らせる危険すらある。

 だから、彼には理想を妄想に留めて貰えて良かった。そして、レイルがガランの顔を見ることなく終わって良かった……。


 ところで……。


「なあ、レイルどこにいると思う?」

「お手洗いから強い匂いはありましたけど……」


 ミーアがそう言うので、トイレの扉を開けてみるが、そこにレイルの姿はない。

 彼女曰く、ここに長いこと待機していたようではあるらしい。だとするならば……。


「移動したか……言った通りに出来たんだな……」


 レイルも何だかんだ、言われたことはしっかり取り組んでるんだよな……。儀礼があったがゆえのものだろうか。不思議な行動があったために、おバカなのではと思っていたが、どうやら地頭はかなり良さそうだ。

  

 しかし、捜索は難航する。

 照りつける日光のせいで、室温がどんどん高まっていく。流石に蒸し暑いので、クーラーを入れての捜索を行う。それでもレイルは見つからない。


 ふと暑さをイメージした俺は、ある場所を思い出す。

 昨日は調べて、今日は触れていないあの場所……。


「まさかさ……まさかだよ?」


 この炎天下の中、屋外のあの場所へ行くだろうか。だが、ワープして安全そうな場所といえば、あそこぐらいしかない。


「まさか、お庭の……」


 ミーアもピンと来たらしい。二人して表情が曇る。暑い中、あの金属の中へ入るのはあまりに危険だ。


 俺たちは急いで裏庭の、あの倉庫へと向かう。


「レイル様!! ご無事ですか!?」


 ミーアがかなりの大きな声を出して呼びかけるが、返答はない。

 不安になったのか、彼女は急いで扉を開く。

 うわ……凄い熱気だ。日当たりのせいか、非常に熱が籠もっている。

 こんな場所に長いこと居たら……。


「レイル様……? レイル様!!」


 やはり限界が近かったようだ。レイルは弱々しく倉庫の中で倒れていた。

 おまけに全身が真っ赤になっている……。脱水か……!


「ミーア、急いでリビングへ!!」

「し、承知しました!!」


 先ほどクーラーで冷やしておいて正解だった。

 医者へ行けない以上、自分の知識を最大限に駆使して助け出すしかない。


 リビングに戻って、彼女をソファーへ寝かして貰っている間に、自分は冷蔵庫を開く。運良くスポーツドリンクがあった。

 コップと共に、彼女のもとへ持っていく。


「レイル様、すぐに助かりますからね……」


 ミーアは応急処置を理解しているのか、頭より足の方が若干高くなるように寝かしてくれていた。正直、自分だけではこの対処は出来ていたか分からない。


「レイル、水持ってきたぞ……」


 常温ではなく冷えている上に、横になっているので、一気に飲ませるのは危険だろう。

 こちらでコップに少しずつ入れて、ゆっくり飲ませていく。


「ミーア、ちょっとお願いしていい? 少しずつでね」

「了解です……」


 洗面所へ行って、濡れたタオルを用意する。これを額に乗せるだけでも違うはずだ。

 絞ったタオルを持って、レイルのもとへと急ぐ。

 意識朦朧としているレイルを見ると、何だか胸が苦しくなるな……。

 レイルが契約者であるがゆえなのか、非常に申し訳ない気持ちで溢れてくる。


 額に濡れタオルを乗せ、しばらく様子を見ていると、レイルの口が言葉を紡ぐ。


「ルオン、さん……」

「どうした? レイル……?」


 応えは返ってこなかった。気力もあまり無いだろうし、無理はしてほしくない。

 けれど、言葉を発した後の彼女は、どこか表情が緩んでいるような気がした。


「側に居てあげてください。押しつけがましいとは存じますが、よろしくお願い致します……」

「ああ、分かった」


 そう言うと、ミーアは一人キッチンへと向かっていく。

 自分には、ちびちびと水分を与えて、身体を冷やしてあげることしか出来ない。きっとミーアならそれ以外の処置も知っているだろうに、どうして自分に任せてくれたのだろう……。


「ルオン様、冷蔵庫の物は使用してもよろしいですか?」


 キッチンから声が聞こえてきた。

 そうか、昼食を作ってくれるのか……。


「いいよー、好きに使ってー」


 元々事が落ち着いたら、彼女らを労う意味で俺が作ろうとしていた。

 だから少し複雑な心境だけれど、彼女が作りたいというのなら、邪魔をすることもないか。それに、朝食が美味しそうだったから、それなりに信頼は置いている。キッチンは彼女に任せても問題ないはずだ。


 ……そっか、朝食食べてないんだったな。すっかり忘れてた。

 自分の空腹を忘れるだけ、心の余裕が奪われてたんだな……。追っ手による焦りのせいか。


 意識していないと、物事を忘れてしまう。そう思うと、何だか不思議だな。

 逆に、今、何かに意識を向けるとしたら……どうなる?


 今、目の前に居るのは、調子を崩して倒れた少女……。

 サラサラな綺麗な水色の髪で、目は……今は瞑ってるから見えないけれど、吸い込まれるような、これまた水色の瞳。

 童顔だがはっきりした顔立ちで、ずっと見ていたら、それこそ魅了されかねないような……。


「レイルってかわいいよな……」

「……にへへ」

「あっ」


 聞かれてしまった。思わず飛び出た言葉を。

 自分の心に留めておくつもりだったのに、ついつい意識をレイルに向けていたら……。

 お馬鹿だな俺。意識どこかに向けてたら、何か忘れるって今気付いたばかりなのに。


 こういうのって、結構恥ずかしいんだなあ……。顔が熱い。


「き、聞かなかったことにして、な……?」

「……やだ」


 微笑みながら、レイルはゆっくり答えてきた。こやつ、こんな時でも弄るのは心得てんのな……。


「もう、元気になったらいつか仕返ししてやるからな……今は大人しく看病されてろよ」

「……やさしい」


 返事のつもりで、彼女の頭を撫でてやる。

 ほにゃりと笑みを浮かべた彼女は、先ほどよりも可愛らしくて、思わずドキッとしてしまった。自分が年頃の男子であるということを、一瞬でも思い出した瞬間だ。

 ブンブンと首を横に振って、胸の高まりに喝を入れる。俺って奴は……。


「冷やしうどんでよろしいですかーー?」

「いいよー! ありがとう!!」


 彼女らと共に過ごす生活は、まだまだ慣れないことだらけだな……。どうしても、違和感を感じることがある。

 それでも俺は、そんな二人を受け入れ、そして認めることができた。もしかしたらきっと、二人も同じなのかもしれない。

 ミーアは最初こそ俺を疑っていたのかもしれないが、今の状況を見るに、きっと少しは信用をしてくれているのではないかと思う。


 これからもきっと、追っ手はこの家にやって来るのかもしれない。

 だけど、俺は覚悟を決めて契約者になった身だ。

 ミーアと共にレイルを[かくまう]こと。それが俺の絶対的な目標であって、義務でもあるだろう。


 どんな連中がやってきても、俺は絶対にレイルを[かくまう]。

 そいつらがやって来るそれまでの間は、俺が彼女らの知らないことを教えてあげよう。

 本でも、インターネットでも、情報は集められるから。


 彼女の世界や、知見を広げて楽しませよう。


「出来ましたよー! そちらに持って参りまーす!!」

「レイル、食べられる?」

「そろそろ、大丈夫そうです……!」


 もし仮に、連れ戻されてしまったとしても、決して悔いが残らないようにするために。

 そして、追っ手が諦めてくれて、彼女らが自由になるのならば、それが最高だろう。


 どちらであっても、全員が笑顔で終われたなら、それ以上に良いことはない。


「あっ、美味しい……」

「……! ありがとうございます、ルオン様!」

「よかったね、ミーア!」


 今年の夏休みは、予定よりも賑やかになりそうだ。

 それだけでも、楽しみが湧き上がってきて、堪らなくなってきた。


 この後は、二人と何をしよう。

 考えれば考えるほど、俺の顔には笑みがほころんでいくのだった。

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