17 ガラン・アタック!
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静寂に包まれたホシノ家。
そこで聞こえるとすれば時計の秒針の音と、そして、時折窓を揺らす風の音だけ。
その静けさをじわじわと浸食する、禍々しい邪気。
王女が息を潜めるこの家に近付く、変質者な無礼者。
「ついに……つーいーにっ! レイル嬢に見合う男は拠点へと進入するぅ!! Foo!!」
この男の行動に不快感を持つ者は少なくない。
『だが俺は楽しいのだ。楽しい事を邪魔するな。楯突く奴はたたっ切る』
ガラン・ゲャンティーユ・ブレイカーが今、入場する!
「邪魔するぞいぞいっとぉ」
ガランはノックもせずに家へと入る。
レイルが施錠のようなカラクリを扱うことは出来ない。そのため引けば簡単に扉は開く。このゲームは、招き入れる前提で始まるのだ。
「おぉ? 何だこの紙ぃ。いい匂いがするじゃないかぁ……」
不自然に置かれたメモ書きにはやはり注目する様子。
ピラリと捲ると、王女レイルの文字が書かれているではないか。
当然、本当に彼女が書いたものであるが、そのことをこの男は見事、瞬時に見抜いた。流石はレイルを偏愛する変態である。
『私は家のどこかに隠れています。あなたが大きな声を発してから、地球時間にして15分以内にレイルを捕まえることが出来たらあなたの勝ちです。素直に言うことを聞き入れましょう。制限時間が過ぎた場合はあなたの負けです。大人しく自分の星へ帰ってくださいませ』
メモ書きにはそのように書かれていた。
これを読んで、ガランが最も着目した点は当然『素直に言うことを聞く』だ。
「へへー、要するに、かくれんぼって奴だぁ。レイル嬢もプリチィな趣味をお持ちでぇ……」
などと供述しているが、内心ではレイルを見つけてさっさと結婚したい気持ちが増幅し、今にも爆発しそうになっている。
しかしこの男、レイルに嫌われたくない意識が人一倍強く、絶対に本人が近くに居る場で胸の内の声を漏らすようなことをしない。
家にある秒針の進む時計を探しつつ、男は言う。
「このゲーム、乗った!! 今から探すぜレイル嬢!!」
彼が声を張り上げたことで、ついに探索ゲームが始まった。
制限時間は15分。レイルを見つければ煮るも焼くも自由なこのゲーム、果たしてレイルの命運はいかに。
時計を取ると、時刻は10時45分を指している。
つまり、15分後の丁度11時にゲームオーバーである。
「……まあ、(匂いで)場所は分かるんだけどねぇ」
ガランの鋭い嗅覚は、レイルの居場所などお見通しだ。便所の裏に隠れていることまではっきりと。
だが、折角レイルが用意してくれたゲームである。時間がある限り楽しむことで、レイルに対して最大限の敬意を払うつもりらしい。
ヘラヘラと笑うお調子者は、レイルに対して高を括っている。
それもそのはず。儀礼の下でこれまで過ごしてきた非力なお姫さまに、抵抗する力など皆無に等しい。そんなか弱いお姫さまは、自分を受け入れてくれる、恋してくれると本気で思っているのだ。
そこに居るのは白馬の王子様やイケてる大怪盗ではない。変態であるという事実には一切目もくれず、ただただ自身を美化する哀れな非モテ男だ。
ガランはリビングへと歩き出す。
当然、そちらにレイルは居ないことが分かった上で、探索を行っている。彼にとっては単なるお遊びの一環だ。
そして、もう一つ邪な目的がある。それは……。
「お姫さまの匂いでも堪能してくかぁ」
彼の脳の9割は、レイル愛で出来ているのかもしれない。
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「……様、ルオン様、起きてくださいまし」
……? レイル?
「ルオン様……!!」
「……ん」
ふと目を開くと、ミーアが心配そうに自分を見つめていた。
「……ミーア、俺、何してたんだっけ」
「記憶が定かではございませんが、恐らく催眠をかけられておりました。まさか、このような隠し球を持っているとは……」
まさかあの状況下で逃げられるとは思うまい。
ここで仕留めておかなければ、レイルを一人にしてしまう。
仕留められる自信があったからこそ俺を助けに来てくれたのだろうし、それが徒労に終わってしまったのだから、ミーアは悔しいだろう。
「ルオン様、恐らくまだ間に合います。急ぎましょう」
「う、うん……行こう!」
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残り5分を切った。
ガランはありとあらゆるレイルの匂いを、嗅いでは舐め取るなどといった卑猥な行動で自分色にマーキングしていく。小便を出さないだけ犬よりかは幾分かマシであろうが、知能の高い動物として見るならば人間失格だ。低俗どころでは済まない。
「さぁてぇ……メインディッシュといきますかねぇ」
ガランは一歩一歩を大切に、お手洗いへと近付いていく。
もうすぐ愛しのお姫さまが手に入る。その喜びを噛みしめながら。
やがて扉の目の前にたどり着くと、扉をノックする。
「しばらく待とぉ。覚悟が出来たらノックを返しなぁ」
もし仮にレイルが花を摘んでいる最中であった場合、失礼に値するだろうという、彼なりの些細な気遣いだった。
それから暫く時間が経って、ようやくノックを返された。
「入るぜ王女さま。これでチェックメイトだぁ!!」
ついに扉が開かれた……!!
「…………えっ」
そう、レイルの姿はそこにはない。あるのは洋式便座とお尻拭きだけだ。
この状況には流石の変態も動揺する。
「嘘でしょう!? ねえ!? レイル嬢!?」
絶対的自信を持った嗅覚だからこそ、彼は焦る。
匂いで居場所を完璧に判別出来るという、奇妙な能力を持った彼にとって、嗅覚には全幅の信頼を置いていた。だからこそ今回のミスは、彼自身の脳をも混乱させる。
「あ、へ……へへ……うおおおおおおおおおおおおおおぉ」
急いでお手洗いの扉を閉め、全力で屋内全域を探し回る。冷蔵庫の中から二階の天井まで、どこもかしこも全てを調べ上げる。絶対的な信頼を寄せていた嗅覚は、最早混乱の中では使用することもままならない。
何が正しくて何が間違っているのか、最早彼には分からなかった。
訳も分からず探し回る中、時計はついに、制限時間である11時を示したのだった。
時間に気付いたガランは膝から崩れ落ちた。
そんな彼へ、ついに鉄槌が下される。
「そこまでだ!! ガラン!!」
「ぐっ……くっそおおおおおおおおぉ!!」
ようやっと、家主と家臣がやってきた。
幸いなことに、時間切れによってガランの野望は朽ち果てたのだった。