12 母さんの引き出しが広がるだけ。
ミーアとレイルは寝静まり、起きているのは俺と母さんだけになった。
丁度良いタイミングだし、このタイミングで根掘り葉掘り、問いかけてみようか。
俺は正直、先ほどの流れを疑問に感じている。
流れというのは母さんの反応のことだ。
普通の家庭であれば拒絶するようなことを、母さんは平然と認めてきた。
それは執筆が趣味であるがゆえの柔軟な発想であったり、妖精に会ったことがあるがゆえのものでは無い気がする。
何を取っても、驚き一つとして無いのはおかしいと思うのだ。ただただ、真剣に聞くなんて、それこそ何かを知っていなければ不可能だ。
「どうなの母さん」
「鋭いなー。そういうところは父さん譲りか」
「じゃあやっぱり、何か隠してたんだ」
「そりゃあね。それがさっきの話の続きになるかな」
さっきの話というと、妖精の話か。
妖精とレイル達と、どんな関係があるというのだろう。
「母さんね、その妖精から、地球の全てを見せられてるんだ」
「地球の全て……?」
何だ何だ。
想像よりも規模が大きすぎる。単にレイル達が云々だけの話かと思っていたのに、その範疇を軽々と越えてきた。
妖精の存在だけでもファンタジックなのに、地球の全てと来た。
「一応言っておくけれど、この話は真に受けないでね?」
「あ、うん……分かった」
分かったとは言ったものの、含みがあるとどうしても不安になる。
それも、母さんがこんなことを言うのだから余計に。
「ルオンさ、何であの子達が日本語を喋っているのか、疑問に思わなかった?」
「……ああうん、確かに思った」
勿論疑問には感じていた。
けれどそれを聞いても面倒なことになりそうだったし、半ば当たり前のものとして認識していたから黙っていたんだった。
「父さんさ、教師やってるって言ったじゃない?」
「ちょっと待ってよ。察したんだけど」
最悪のパターンだこれ。
父さんがライフェリスで教師やってるってことでしょ?
何でそうなったの?
おかしいんじゃないの?
「……察しが早いのも父さん譲りかー」
「え、嘘でしょ!? 本当に!?」
「さっき母さんは、真に受けないでねって言ったよ」
「…………」
事が二転三転とするのはあまり好きではないんだ。
俺が今反抗期だったら母親に怒ってたことだろう。だが今は思春期のルオンはグッと堪えよう。
母さんって本当、こういうところがあるからな……。
「じゃあ一つ、本当のことを言おうかな」
「やっぱり嘘だったんだ……」
何だか安心したような、はぐらかされたような不思議な気分だ。
「母さんが真に受けるなって言ってないことは、裏を取れば本当ってことだよ」
「てことは……地球の全ての話?」
母さんの背中から、突如禍々しいオーラが漂い始める。
出た出たこのモード。
「――ククク、全ては繰り返す。永遠の輪廻だ」
「……来たか中二病患者」
このタイミングで発症するとは如何なものやら。
冗談を言う場面じゃないはずなのに。
作家をやっているなら起承転結や心情を書ける人間なはずなのに、どうしてそういう茶々を入れてくるのか。
「――永遠の輪廻を脱する者こそが王となるのだ」
「おいこら母さんめ」
「――我こそは王の造反者。全てを守護し、闇を破壊する」
「母さあああーーーん!!」
「ははは!!」
母さんはとても楽しそうに笑う。
俺はというと、正直もう、なんか色々どうでもよくなって来ている。
何だろう、例えるなら『ストーリーが進まないとこの先のエピソードは解放されません』的な何かを感じるのだ。今はまだその時ではない、みたいな。
知るときでないのなら、知らないままで良いじゃないか。
最適な時に話をしてくれるだろうし。
「あー、もういいよ。俺も疲れちゃったし」
「そっかー。あ、そうそう、父さん出張だからしばらく帰ってこないよ」
「そうなんだ……って、それは早く言ってよ!! 父さんの分も作っちゃったじゃん夕飯!!」
「だから今から母さんが食べるんだー!」
「ミーアの分も食べないでよ」
「はいはーい」
調子良いんだからなー本当に。
母さんはこんな時でも、変わらずな調子で居ようとしてくれている。
そういう、子を思う親切心だと思っておこう。
「でも、家の中でかくれんぼって面白いこと考えたね」
「守る立場の俺に出来ることって言ったら、それぐらいしか無いかなって」
「家中ファンタジーかあ。持って三巻だな」
「何言ってんの母さん!?」
「いや、こっちの話」
多分、また母さんの引き出しが一つ増えたのだろう。
シナリオの売り出しでもする気なのか。それとも同人活動か。
まあ、俺の行動で母さんの視野が広がったならそれで良しとしよう。
「眠くなってきたし、お風呂入って寝るね」
「歯も磨けー?」
「当たり前だから言わなかっただけ」
「さよか。いってらっしゃい」
「ん、いってきます」
俺にとって、長い長い一日。たった一日なのに、何故か2週間ぐらいの時間を経験しているような気がする。それだけ濃くて、新鮮な体験だらけの一日。
明日からはもっとこう、ゆったりと物事が進めばいいな。
今日みたいな日がそう何度も続いたら、俺の身が持ちそうにないから。
風呂にはゆっくり浸かろう。
そう思いながら、湯船に向かっていく。
「……あっ」
肝心なことを思い出した。
「お風呂溜めてない……」
新しい体験があると、当たり前のことを忘れてしまう。
これまであった、当たり前の幸せ。
その幸せを忘れずに、新しい楽しみを得ていこう。
知見を広げるのは、何も母さんだけじゃないんだから。
俺だって、成長しないとな……。
……とりあえず、お風呂溜めよう。