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第1章 新幹線で―試験当日の合格発表

―これは、東京大学に通う「私」が、「東大」という欠点に向き合い挑戦する、夏の短い旅について記したものである。高々とした鼻が段々と低くなっていく様子を見守って頂きたい―



まだ残暑の厳しい8月の末、私は独り京都へと旅立った。


私の乗った新幹線は、品川駅から京都駅までを2時間20分ほどで移動する。今はちょうど12時ごろであったから、京都に着いてもまだ昼なのであった。列車が動き出し、アナウンスが途中の停車駅への到着時刻を分刻みで知らせた。これを聞いた私は少しばかり意地悪な気持ちになって腕時計を一瞥した。「言わなければいいものを」


私の通う東京大学は7月末まである試験期間の後夏季休暇に入った。もっとも、個々の学生によって試験最終日はまちまちで、私が試験勉強に悪戦苦闘していた時期に夏休みを満喫し始めた者もいたが。


私がなぜ東大へ進学したのか。まずこの点から説明しなければならない。それは私が京都へ旅に出たこととも無関係ではないからである。

そもそも、私は志望大学を自分の一存で決めたのではない。我が家の経済状況からして、選択肢は地元の国公立大学に限られていた。模試の合格判定によれば五分五分であったものの、我が家から通学できる直近の大学となると、ほぼ自動的東大に決まったようなものであった。



そんな私であるが、東大に進学したいと強く思わせる出来事に遭遇したことがあった。東大の2次試験当日のことである。


2日間ある試験の初日、午前の試験科目を終え、外気を吸いに建物を出たのであった。午後の試験まで比較的長い休憩時間があり、多くの受験生はおにぎり片手に早速勉強し始めていた。しかし、昼食のにおいを乗せた生暖かい空気が試験室に漂い出すと、私はどこかへ逃げたくなった。

外は雪こそ降らないものの、やはり寒かった。辺りを見回すと、壁に凭れ込み勉強する者もいたが、特に私の目を惹いたのは、私服を着た受験生の群がりであった。その群れの辺りは合格発表の掲示がなされる予定の場所だった。

彼らの儀式的雰囲気が気になった私は、後ろで手を組み、ゆったりと散歩するようにしながら視線は彼らに送っていた。

すると、彼らは突然歓声を上げ拍手し始めた。群れの中の一人が自分の名前と科類を言うと拍手が起こる。それを何度か繰り返す。やがて皆の順番が終わって気が済んだのか、彼らは三々五々各自の試験室へと帰って行った。

歓喜の声が止み、本来の静謐を取り戻した試験会場は、かえって誰もいない空間となったようであった。私は、眼前に繰り広げられた神聖な儀式を脳裡に描いてみた。彼らの表情は、心底安堵したときのそれであった。私は彼ら一人一人の自信と歓びに満ちた顔を思い浮かべた。なんと素晴らしい光景であろう!私は、その日の午後と翌日の試験を残したまま、合格発表に立ち会うことができたのであった。



詰まるところ、私は特段の理由無く東大に進学したに等しかった。

それでも、入学して学生生活を送るにつれ、東大に進学して良かったと実感したのであった。

やはり何といっても、優秀な学生や教員がいるということ、学習環境が良いというのは疑いようのない事実であった。自分の学力だけであれば、自分独りで完結させることができる。しかし、環境は、変えることは不可能ではないにせよ、非常に困難である。その意味で私は恵まれていたのである。

ところが、それゆえに、自らの内から湧き起こる積極的な動機もなく入学してしまった私は、容易に環境へと取り込まれてしまったのであった。

あまつさえ、その環境が思うほどに芳しいものでなかったのである。

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