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sandglassto  作者: 池端 竜之介
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うつろい

 雨が降っていた。

 桜雨とでもいうのだろうか、激しくはないが確実に山田を濡らしていた。

 傘もささずに、公園のブランコに座っていた。

 どれくらい時間だろうか、携帯の電源が切れかけていてさっき、要充電のアラームが鳴っていたようだ。

 

 "行くところがない"


 山田の心中では、その言葉だけが何度も繰り返されていた。


 ブランコに座り続けていたのは、梨香が小さいころによく乗っていたからだった。

 よく、抱っこしてブランコに乗ったものだった。

 昨日見たアルバムにもそんな写真があった。


 クロノスの時計を見ると0時を過ぎていた。

 体は、雨ににじゅっくりと濡れて、前髪からも雫が垂れていた。


 雨の音が変わった。


 優して音色に変わった。


 うつむいた目の前に、黄色のスニカーがあった。


 「山田さん?」


 遠慮がちに尋ねる女の子の声が聞こえた。

 顔を上げると、昨日であった顔があった。


 この時の山田は、精神が崩壊していたといっても過言ではなかった。

 

 山田のうろな表情を読み取ったのか、何も言わずに昨日であった中野という女の子は、黙って傘を差し続けてくれていた。


 公園の外灯に照らされた中野の髪が雨に濡れて光っていた。


 「ありがとう」


 と山田は言った。


 「いいえ、こちらこそ。でもそろそろ帰ったほうがいいです。」


 中野は何故か明るい声で、そういった。諭すでもなく、憐れむでもなく、ごく自然な明るい声だった。


 「帰る家がないんだ」


 と絞りだすように山田は言葉を吐いた。


 「そうですか、じやあここに居ますね、私も」


 中野の言葉に山田はあっけに取られた。


 「いや、君は帰ったほうがいい、遅いし」


 「死にそうな人を置いて、帰れません」


 山田は、ぎょっとして顔をあげて中野を見た。

 コンビニに売ってているような、透明なビニール傘を山田のほうに差し掛けて、自分は雨に打たれてい た。


 「いや、死にたいわけじゃない、でも生きていたいとも思っていない。」


 「そうですか、でもこうして雨に濡れていても、どうしようもないですよ」


 「はっはっは、それもそうだね。いい年を大人が叱られた子供ようにしても仕方ないな」


 と山田は寂しく笑ってブランコから立ち上った。

 中野はまだ傘をさしかけてくれていたが、山田はやんわりと傘を中野のほうに戻した。


 「死なないから、帰っていいよ、もう遅い時間だし」


 といって財布を出して、5千円札をだして、はっとした。昨日もらったお札だと気づいた。


 「このお札は君にもらったものだったな、またご縁で君の所に帰るなんてね」


 「山田さん、ホテル行きますか」


 山田は中野が言った言葉の意味がしばらくの間理解できなかった。


 「今日は帰りたくないんでしょう、だったら付き合いますよ、わたし」


 やっと、山田は言葉の意味が分かった。


 「何を言っているのかわかっているのか」


 「ええ、言葉通りです。」


 中野は妙にあっけらかんとしていた。


 山田は、まじまじと中野を見つめた。


 「お礼しますって言ったでしょう。」


 「そんなお礼はいらない。もう少し自分を大切にしろ」


 と自分の娘より若い中野に対してつい怒鳴ってしまった。


 中野はビックとして傘を落とした。

 

 山田は落とした傘を拾うと、中野の手に戻すと


 「すべての男が、ほいほいほと乗ると思うな、そんなものに流されるほど甘い世界を生きてきたわけじゃない。自分の娘みたいなやつに、慰められるほど落ちぶれもしていないし、下心もない」


 と山田は、中野の目を見て言った。


 「男の人って、こんな時は慰めてほしいんじゃないんですか・・・・」


 中野は目に涙をためて一生懸命に言った。


 「疲れて、なにも考えられなくてもしていいことと、してはいけないことがある。その行為の果てに何がある。慰めてほしいという甘えた欲求のすり替えだ。すくなくとも俺はそれができない。」


 「ごめんなさい・・・」


 消え入りそうな声で中野が頭を下げながらいった。


 「俺もすまなかった、怒鳴ったりして、俺を慰めようとしてくれたのにな」


 気まずい空気が流れた。

 山田は手に持っていた5千円札を中野に差し出して


 「これで足りるかな、家までタクシーで」


 中野は首を振った。


 「私も、帰れないんです。今は 家に」


 「どうして」


 「お母さんの彼氏が来てるから、今はちょつと」


 山田は、なんとなく事情を察した。

 それで、あの会話が出てきたのだと理解した。


 「君は、いつもトラブルってる時に俺の前に現れるな」


 「山田さんは、かっこよかったです。バイクの運転して走っていったとき、すっごく」


 「ウチくる」


 と山田は、柄にもないことを言った後少し後悔したが、どうでもよかった。行くとこがなくてウロウロしてさっきみたいなことを、ほかのやつに言いでもしたらどうなるのか、簡単に予想がついたからだ。


 「いいの?」


 「いいよ、夜遅いし、もうずいぶんと慰めてもらったお礼、家も思い出した」


 と山田は言って、目の前のアパートを指さした。


 公園の道路向かいが山田のアパートだった。


 心なしか、中野顔が安心したように見えた。


 山田は、アパートのドアの鍵を開けて、中野を部屋に入れた。

 バスルームから、タオルを持ってくると中野に渡した。


 「適当にそこのソファーにでも座っていて、俺はシャワーを浴びてくるから」


 といって、山田はバスルームのドアを閉めた。いくら春先とはいえ、雨に濡れれば体は冷えていた。

 熱いシャワーを頭から浴びて、立ちつくしていた。


 バスルームから出ると、中野はソファーに横になって眠りこんでいた。


 たぶん行き場がなくて、ずっとこの雨の中を歩いていたのだろう。

 疲れて、眠り込むのも仕方がないことだ。

 クローゼットから、予備の毛布を出してきてそっと、掛けてやった。


 よく見ると、あどけない顔立ちをしていた。


 顔は健康に、日焼けしていた。バイク便でずっと走っていたからだろう。髪は短めに後ろにまとめられていた。

 まだ、10代に見えた。

 普通の顔立ちの女の子に見えた。

 梨香のようなハッとするような美しさではないが、芯の強い顔立ちで、どこかひどく疲れているようにも見えた。


 山田は充電の切れた携帯に受電ケーブルをつなぐと、電源のボタンをタップした。


 電話帳をスクロールして、目的の名前を見つけると、電話番号をタップした。

 数回のコールで相手がでた。

 受話器から、カラオケの歌声が響いていた。


 「田代か」


 と山田がマイクに向かってしゃべると


 「どうした、山田なのか、いまどこだ、出でこいよ」


 といつもの態度だった。

 

 「いや、出でこれないんだ。明日仕事を頼みたいんだ」


 「事務所に明日、行こうか」


 「いや、明日、俺がそっちに行く、プライベートな依頼だからな」


 「信用調査じゃないのか」


  山田は、ため息をついて


 「ちがう、ある人物の素行調査だ」


 「なになに、娘に悪い虫でもついたのか」


 と田代の笑い声が聞こえた。


 田代とは、会社で新規取引を始める際に企業の信用調査をお願いしている調査事務所だ。


 山田の会社でも大きな取引の前には与信の調査を十分に行う。

 田代は、偶然にも山田と同年代で公私にかかわらず付き合っていた。

 田代の調査は、そつがなく取引先の与信情報には信用があった。

 もと、どこぞのバンカーらしかったが、過去に触れることはなかった。


 「とにかく、明日あって話すから、何時だったらいいんだ」


 「わかった、明日の10時に事務所で」


 「迷惑をかけるな」


 「毎度のことだ」


 と笑って、田代は電話を切った。


 山田は、冷蔵庫から、ストロワヤ ウオッカを出してのショットグラスについでたて続けに3杯飲んだ

 50度のアルコールが喉を焼いて胃の中に入るのが心地よかった。


 そのまま、ベッドに倒れこむと眠りに落ちていった。

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