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sandglassto  作者: 池端 竜之介
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桜雨

 ワイルドターキーのボトルから、ショットグラスに注いで、グッと一気に飲み干した。

かぁーと喉奥が焼けるような感じがした。


 妻の裕子は、バスルームから出でくると、明日の仕事が早いからと言って寝室へと消えていった。

いまに始まった行動ではなく、たまに帰ってきてもそんな行動を取るので、不思議とはいままで感じたことがなかったが、今日は、嫌な感じがした。


 チーズをつまみに、山田はショットグラスをあおり続けた。

 

 6杯もあおるとさすがに、アルコールで脳が麻痺してきた。

 しかし、酔えないという感覚があった。

 40代を過ぎてから、あまり人と酒を飲まなくなった。

 愚痴る性格ではないが、ついつい話に夢中になり、論争をしてしまう自分に気づいたからだ。

 昔のことを語り、自分の置かれている立場への不満が滲みだしていることに気づいた。

 自分の会社での立ち位置がはっきりとしてきたことに気づかされた。

 かといって、重役のかばん持ちと、休日のゴルフに付き合うつもりはなかった。

 

 家庭が生きがいというわけでもなかった。

 妻の裕子は、共通の友人を通して知り合い、ごく普通の恋愛をして結婚した。

 確かに、世間一般の見立てでは、裕子は美人という部類に入るらしい。

 しかし、山田にとっての妻としての裕子は、パートナーとして信頼できる人間であり一緒に暮らしていく上 でのかけがえない人という位置づけだった。

 家庭に入ってほしいとは、思っていなかった。

 裕子は、結婚後も働き続けた。

 マイホームを欲しいという目標もあったし、仕事の上でも社会とかかわっていけるものでもあったし、山田もそんな裕子を尊敬していた。

働きたいということで、子供は一人でいいと、夫婦で話し合っていた。

昨年、繰り上げ返済と、山田の実家からの生前贈与で、ローンも完済した。

いまの山田には、何の枷も無かった。

だからだろうか、裕子の最近の振る舞いに違和感を覚えだしたのは。


 50度のターキーはさすがに効きだしたので、ソファーに横になった。

 横になると、アルコールの効き目か、すーと眠りに落ちた。


いつもなら、出勤時間の1時間前には、目が覚めるのに目を覚ました時、朝の9時を過ぎていた。

毛布が山田の上に掛けられてあった。

起き上がって、見回すとテーブルの上には、朝食が用意されてあり、置手紙には


 "疲れているようなので、起こさないでおきます。後で連絡ください"


と書かれていた。


とにかく会社に連絡を入れようと思い、バックから携帯を取ると、着信のサインが光っていた。


昨日はメールで済ましてしまったので、今日は電話をかけた。

電話口で、開口一発、上司が怒鳴っていたが、いま自宅に帰ってきていることと、仮病でインフルエンザらしいことを告げて、暫く休むことを告げて、しおらしい声で、口先ばかりの謝罪を口にして、電話を切った。

まだ、完全にアルコールは抜けていなかったので食欲はなく、冷蔵庫からミネラルウオターのペットボトルを出してきて飲んだ。


家の中は、静まり返っていた、おそらく梨香も大学へ行ったのだろう。

梨香とも最近は、満足に会話をしていなかった。

かといって毛嫌いされているわけでもなく、誕生日や父の日には、なにがしらのプレゼンをくれた。

梨香は、母親の裕子によく似ていて、年の割に若く見えね裕子と並ぶと姉妹かと間違えられることもあるらしい。

山田の職場でも、たまたま梨香の写真をみた若手の男性社員が真面目に紹介してくれと頼まれるくらいに魅力のある女性らしかった。

親のひいき目に見ても、梨香は美して娘だった。

学生時代、陸上の短距離をして裕子の血を引いているのか、全体に細身で、長い手足と父方が東北の出身である裕子は、白人と間違われるくらいの白い肌と彫りの深い顔立ちだった。

なんでも、裕子の祖母は、ロシア人とのハーフだったらしくその血を継いだのかもしれない。

髪は栗毛の明るい色立ちで、軽くウエーブしていた。


昨日アルバムを見ながら、娘の成長を思い出していた。


 しかし、その思いでさえも今は、本当なのか疑心暗鬼の気持ち中に沈んでいた。


山田は、ぼんやりとした頭を覚ますために、バスルームへ入り熱いシャワーを浴びた。

バスロームを出ると、いくらか頭がすっきりとした。

用意されていた朝食を食べて、身なりを整えると、裕子にメールを打った。


 "急用が出来たので、帰る"


と、そして駐車場の軽自動車の乗り込むと煙草に火をつけてバックギアに入れて方向転換して駐車場をでた。


前回のオイル交換から走行距離が3000kmを超えていたので、車屋でオイル交換をして、バイク用品専門店に行き、部品を見ながら、ふと目に留まったグローブを買ってみたりして時間をつぶし、もう何年も見たことのない映画を見たりもした。

昼食は、近くの弁当屋で買って、近くの海の防波堤で食べたりした。

古本屋で趣味の本と単行本を何冊か買った。

コンビニでカップコーヒーを買って、公園の駐車場でたばこを吸いながらさっき買った単行本を読んで、すこし眠くなったので、シートを倒して仮眠をした。


5時を過ぎてすこし暗くなってきた。

風も出できて、空には黒い雨雲が広がってきた。

公園の桜の木の下では、シートを敷いて、花見をしていた。

駐車場も混雑してきた。

完全にひが落ちるころには、ぽつぽつと雨が降り出した。


公園の前の立派な6階建ての白亜の建物に電気がついて煌々としていた。


 "星野総合病院"

という看板の電気がひときわその場所が別の空間であることを示唆していた。


山田はじっとその場所を見ていた。

暫くして、裕子が運転していると思われる車が出できた。

特殊な語呂合わせをしたナンバーなので車種とナンバーからすぐに判断できた。


山田は間隔をあけて、裕子が運転する車の後をつけた。


雨脚が強くなり、風も強くなった。

裕子の車は、自宅へ帰るルートをたどっていた。

途中のスーパーに車を止めて買い物をしていたが、特に変わったところはないように見えた。

まもなく自宅近くというところで、急にマンションの駐車場に車を止めると、買い物袋を抱えて車を降りてきた。

山田は、慌てて路肩に駐車したが、その視線先にはオートロックを解除して、中に入っていく裕子の姿をとらえていた。


 朝のメールの返事は


 "何かあったの、今度帰ったときでも話して、気を付けて"


だった。気遣うそぶりのある内容だった。


しかし、朝の用意された食事は、トーストとサラダとハムエッグだった。

そして、冷蔵庫の中には食材がほとんどなく、冷凍庫。野菜室も同じだった。

およそ家族が生活するようなものではなかった。


 見上げたマンションのどこかにいるであろう裕子のことを思ったが、なぜかみじめな気がして涙があふれた。

 風と雨が満開に近かった桜の花びらを散らせ、車のボンネットやフロントガラスに張り付いていた。

 山田には、それが今の自分の置かれている立場のように思え、余計にみじめさが増していった。


 帰る場所すらもうなかった。







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