4月3日月曜日
電車を一駅乗り越したところで山田は駅を出た。
駅のロータリーの桜の花びらが、強風に舞っていた。
山田はネクタイを緩めた。
自分でアイロンをかけたYシャツのボタンを外した。
すこし気持ちが軽くなった。
鞄を肩にかけると、駅の敷地を出て幹線道路沿いに気ままに歩き出した。
学校に向かうらしい学生たちとすれ違ったりした。
春の兆しが心地よかった。
自動販売機で缶コーヒーを買って、飲みながら歩いた。
昔、母親と歩いた小学校の桜並木を思い出した。
小学校の入学式だっだろうか?
とにかく、桜の花びらが舞っていたことだけが記憶に鮮明に残っていた。
携帯の着信音が鳴っていたが無視して歩いた。
たぶん上司だろう。上司といっても山田と同期だ。
別にやっかんでいるわけではない。
そもそも、山田自身にその気がないのだ。
好き勝手に会社人生を送ってきたから、処世術がうまくないのだ。
大体どこの職場にいっても山田の評価は2つの相反する評価に分かれる。
"仕事のできるやつ"
"協調性のないやつ"
おおよそどちらの評価も正しいのだろう。
山田の部署変更のサイクルは短い、長くて5年、短くて1年だ、平均すると3年に一回は部署を変わっていることになる。
おかげて、会社の大体の業務は一通りできた。
便利に使われているなと思うことはあった。
山田の業績の一部は、必ず上司の業績となったからだ。
奇抜な山田の考えは、好奇の注目をあび、会社の業務標準となることも少なくなかった。
しかし、会社は変化を好まない。
とくに現場は、変化を好まない。
なれた仕事の手順を変えられるのは、こまるからだ。
例えば、山田が提唱した書類の電子化に、現場かたくなまでに抵抗した。
"電子化の手順"スキャンニングという手順が加わることで業務が煩雑になるとしたのだ。
しかし、時代は電子化の流れとなり山田が提唱した事案の7年後には、すべての書類が電子化された。
ある上司は、"お前の考えは現状では理解されない、先ではどうかわからないが現場は今が大切なんだ"と言われた。
同意いわれようと、山田にはそうなるという未来が予測できた。
簡単な理由だ。
いま、元気のある会社は過去に山田と同じように考えて実践してきたのだ。
その結果があるので、それを社内で説明しただけに過ぎない。
アドラー心理学ではないが、嫌われる勇気というものが会社にはないのだ。
嫌われてはいけない。
嫌われると仕事に支障とするという古い体質がいまの山田の勤める会社だ。
地場では、大手に入るため、社会貢献で社員の福利厚生には力を入れていた。
もっとも、社内の御用組合と結託した故の産物なのだが、そのご利益は、会社を別の方向へと導いて行き結果自分たちの首を絞める結果となっていた。
権利とは、義務を果たした上で主張できるものという大原則を忘れて、権利だけを主張する社員があふれ出した。滑稽のなのが、育児支援。
育児支援の名のもとに、女性社員は権利を主張し、育児休暇の謳歌する。その間は派遣社員へ仕事は丸投げして、復帰すればすでに妊娠中である。
出生率が上がるのは、喜ばしいものだが、そのために穴埋めをしければならない部署の士気は下がるのが普通だ。
子供に責任はないと思う。
だれでも子育てをしてきた。
この権利は、世の中の多くの母親たちが勝ち取った権利だ。
その書くときの道のりには、多くの理不尽さがあったはずだ。
その差別を作ってきたの、男性社会だ。
女性を下に見ることで、じぶんの威厳を保とうとした男性がいたのだ。
セクハラもマタハラもそうだ。
女性軽視も甚だしい時代そのものだ。
そうして、多くの女性が戦い勝ち取ってきた権利だ。
しかし、今はその権利の上に胡坐をかいていると感じることがある。
"セクハラとパワハラ"に出くわすことがある。
ついこの間、
営業部門のやつらが出払ったときに、たまたま顧客からの電話を取った、女性社員、しかも社歴30年以上のベテランの主任が、営業周りから帰ってきた、山田にいきなり電話を差し出した。
"クレーム電話です"
取り合えず電話を変わって話を聞くとクレームではなく、顧客からの会社に業務についての問い合わせだった。
"田崎さん、クレームではなくて只の問い合わせでしたよ。田崎さんでも十分回答できるでしょう"
というと帰ってきた返事は
"私は、営業のことは分からないし、そっちの仕事でしょ"
と返された。山田は、営業周りでイラついていたので
"いいかげんにしたらどうですか、営業が全員出払っているときは一時対応は、残っている部署で対応するとこの前の部内会議で決まったでしょう"
"わたしは、そんなの知らない"
と逃げた。あたまに来た山田は、上司を呼んで先ほどのやりとり顛末をはなし改善を迫った。
結果は、改善はないなかった。
その後も、その女性社員は電話を取らなけばならない状態になると電話から離れた場所に移動、ただし自署の電話は素早く取っていた。そのかわり、派遣できた女性社員がかいがいしく電話対応をしてくれていた。後日談だが、その派遣の女性社員の対応に感激した取引先のお偉いさんが彼女を秘書に引き抜いていったことは事実である。
山田は、うんざりしていた。
つくづく女生徒の相性が悪いと感じていた。
まっ妻の裕子にも、
"あんたの考えが古いの"
と一蹴されていた。
そんなの積もり積もって今日の奇行になったのだ。
山田がすこし、回想していると目の前のガードレールに青い物体が接触して鈍い音を立てて道路を滑って行った。一瞬の出来事であっけに取られたが、視線向けると、道路の端にバイクが転がっており、乗っていた人が呆然と座り込んでいた。
山田は、その人影に駆け寄った。
「大丈夫か」
と声をかけると、呆然していた人影がメットを被った頭でうなづいた。
2次事故を避けるために、バイクを起こして道路わきにサイト゛スタンドを出して立たせた。
人が集まってきた。
バイクを運転していた人物が、ヘルメットを脱いだ。
山田は、目が点になってしまった。
きゃしだなと思ったが、まさか女性いや、少女といったほうがいいショートボブの髪型だった。
「おい、本当にけがはないのか」
山田の問いに少女はうなづいたが、右足のスニカーの側面がアスファルトで擦れてソックスに血が滲んでいた。
「ケガしているぞ」
と山田は言って、少女を歩道に座らせた。
まだ、よく事情が呑み込めていないらしく、少女の動きは緩慢だった。
とにかく山田は、傷の具合を見てバックからハンドタオルを取り出して、スニカーを脱がせてソックスを脱がせて、取り出したハンドタオルを出血しているところに巻いた。
「すみません」
と少女が青いを顔をして礼をいった。
「どっか打ってないか」
「大丈夫だと思います」
よく見ると上半身はライダースーツを身に着けており、パットも入っていたのでけがはないらしい。幸いに、グローブをつけていたので手はグローブで保護されていた。
「仕事の途中て出すので」
と少女はありえないことを言って立とうとした
「すこし、休んでろ」
と山田が言うと
「いいえ、大事な書類を届けなければいけません、時間がありません」
「バイクのクラッチレバーが折れている、無理だ」
少女はハッとして横に立っているバイクを見た、ガードレールに接触したときに折れたらしい。
「でも、時間までに届けないと商談がだめになるらしいんです」
と泣きそうな声で少女は言った。
まわりのやじ馬たちも、そりゃ無理だとといふうな雰囲気だった。
「とにかく病院にいくことが先、仕事は先方に連絡を入れて」
というと、少女はスマートフォンを出して、連絡をした。
ただ、スマートフォンの手にする少女の顔からは今にも泣きだしそうに表情になっていった。
「なんていってたの」
という山田の問いに少女は
「タクシー捕まえてでも飛ばして時間内にとどけと、損害賠償が半端じゃらしいです」
と目に涙をためていた。
山田は、ハーとため息をついて
「どこに届けるの」
「山形弁護士事務所です」
山田はうーんという顔をした。
「山形弁護士事務所て、N町の」
「はい、そうです」
山田は、やれやれと思って、バイクのとこまで行くと、シートを外して中から車載工具を取り出した
「君、そこのコンビニからガムテープを買ってきてもらえる、布製のやつ」
「どうするんですか」
「とりあえずクラッチレバーの応急処置」
「あっ。はい」
といって、スニカーに足を突っ込んでコンビニまで歩き出した。
その間に、山田はバイクの車体を確認した。
ガードレールとの接触で、左のカウルは割れて、ウインカーは配線は切れていないが折れて垂れ下がっていた。ステップは曲がっていたが折れてはいなかったので、足でけってある程度角度を戻した。
「さすがに、HONDAだな頑丈だな VTは」
とつぶやいた。Vツインのエンジンが頑丈にできていてちょっとやそっとじや壊れることはないため、バイク便におおく使われていた。
低速から中速までよく使われていて、乗りやすいバイクだ。
ハーフカウルでkawasakiのバイクとは違い振動がほとんどないため疲れない。
シートポジションも前傾じゃないため女性でも乗りやすいバイクだ。
250CCのため重量もさほどなく取り回しもしやすい。
車載工具から、レンチを一本引き抜くと半分に折れたところに調節して当てた。
ほどなく、少女がテープを買ってきたので、ぐるぐるにレンチを巻いて固定した
ついでに、ウインカーも仮に固定した。
エンジンキイをまわしてセルボタンを押すと一発で思った通りにエンジンがかかった。
「そのメッセンジャーバックとグローブとメットを貸して」
と山田は少女にいった、少女は最初何を言っているのか理解していなかったが、山田が催促すると
「え、それではこまります」
山田は手を差し出して
「あと、20分でN町まではタクシーでも無理だろう、まだ朝の混雑もあるしすり抜けていくしかないだろう、それにその足じゃギアの操作は無理だ」
ためらう少女からグローブとメットとバックを取り上げると山田はフリーサイズのメットを被った。かすかなシャンプーの匂いだろうか、かすかな香りがした。
グローブは小さかったが無理やり履いた。
バックを袈裟懸けにかけると、取り巻くやじ馬を後に、アクセルを開けて勢いよく幹線道目に飛び出した
水冷4ストローク4バルブDOHC90°バンクV型2気筒エンジンはダメージなく回った。
年甲斐もなく、スラックス履いた膝でタンクをしっかりとはさみ、制限速度プラス20km/hで走った。
山田は、すこしもやもやが晴れた気がした。
タコメータの針がスムーズに上がっていった。