sandglassto
梅雨が明けると、さすがに南国九州、連日猛暑だ。
朝から、洗濯機をまわす音で目が覚める。
山田の勤める会社は、今住んでいるところから歩いて、15分の所にあるので、朝はゆっくりとしていられる。かと言って、ゆっくりとさせてくれないのが、一人いる。
山田の転勤に伴い、美香子を連れてきた。
未成年であったため、親権の喪失を求める審判、家庭裁判所に「未成年後見人」の選任を申し立てなど、めんどくさい手続きもあったが、田代が探してくれた弁護士おかけで何とか、美香子と一緒に住むことができた。
若い年ごろの娘との生活は、大変だった。なんせ、梨香の時は単身赴任していたのでたまに顔を合わせるだけで済んだが、そうはいかない。
いちいちうるさい。時には喧嘩することもあったが、胃袋をつかまれている以上、降参するしかなかった。
田代が、来た時には、しこたま飲んで帰ると、二人してリビングで2時間説教を食らった。
まるで、今までの出来事を全部無しにしてしまいたかのように、全力疾走をしていた。
田代と二人して、大笑いした。
「なんで、笑ってるんですか。二人して香水の匂いぷんぷんですよ。どんな店にいったかすぐわかります
不潔です。」
と美香子はふてくされた。
田代が
「山田のおじちゃんもまだ、若いんだよ。なお、山田。さっきの店の由香里ちゃんだっけすごく、おっぱい大きかったよな。なぁ」
といわれて、山田は慌てふためいたが後の祭りだった。
「山田さんは、おっぱい星人なんですね。よくわかりました。おっぱい大きい人をみつけて、早く再婚してください。そしたら、私もすってきな人を探しますんで」
といって、美香子は自室に引き込んだ。
「だいぶ、元気になったな」
と田代がしみじみといった。
「だいぶかかったぞ。傷か癒えるのに」
と山田は返事した。
田代と二人、マンションのバルコニーに出た。
美香子のキツイお達しで、部屋でたばこは吸えなかったからだ。
「心の傷はなかなか治らないよ。たぶん受けた時間以上をかけないとどうしようもならない」
山田は、紫煙を吐き出しながらそういった。
「出会うべきしてであっただろ、お前たちは。どうしようもないくらいのタイミングで」
と田代が返事を返した。
「ドラマや小説の中だけだと思っていた。美香子が過ごした時間は、現実にあるとは思えなかった。どんな思いで生きてきたのか考えると狂いそうになることがある。それでも、明るく笑う美香子を見ると心が和む。」
「つらい生き方をした人間ほど、優しくなれるんだ。怒らないことが優しさじゃない。俺たちはいい大人だ。流動性知能つまり先天的な能力は20代を過ぎるとピークを迎える。俗にいう昔は神童と呼ばれた人間が、大人になるとただの人にいうことだ。しかし、過去の経験を知識と生かす結晶性知能は60代がピークだ、つまり、俺ら大人は、過去の失敗を知っているわけだ。だから怒りもする。それは、愛情だろ。他人に対しての愛情がなければできない行動だ。山田、俺たちはヒーローじゃない。できることなんてたかが知れている。一人の人間は一人しか幸せにできない。」
「田代は物知りだな。そうかもな、こうして他人と生活していくことで、俺たちの存在価値が有るのかも知れない。」
「誰がなんと言おうと、山田お前はすごい。人の評価は客観的かもしれないが、さらには感情というエッセンスが入る。それが、好みの味かそうでないかが、人の評価だ。しかし。それもまた、正しんだ。だから、迷うな。お前はお前でいい。課長のお前だから俺は付き合うんじゃない。たとえ、はぶられたとしても、正々堂々と生きているお前が好きだからだ。美香子ちゃんもそんなお前が好きなんだと思う。誰かに優しくした分、気持ちが優しくなれるんだと思う。」
田代は、そう言いながら自分に言い聞かしているようにも見えた。
なおも田代はしゃべり続けた。
「会社は、お前を認めなかったが、だが認めならざるをえなかったんだ。どんなに、世辞が旨くても、メッキは剥がれる。どんなに、完璧なプレゼンをしても、出来がいい資料を作るだけで、手段が目的に変わっているのが今の社会だ。少なくとも、組織はAIではない。消費行動もAIで予測はできても、想像はできないと思う。根幹の部分は、人の心、相手も思う優しさだよ」
と田代は言った。
山田は、田代のその姿に、組織の中で生きてきた人間だけが味わう痛みだと思った。
田代は、地方の国立大を出で、銀行に入り出世を約束され、結婚もして順風満帆の人生設計が、離婚という出来事で崩れ去った。
だだ、不倫をした妻だが悪いのかというば、そうでもないはずだ。
出世レースという、ふるいの上で堪えていた田代がいたはずだ。
山田は、あえてそのコースを選択しなかっただけの話だ。
「田代、お前の言う通りかもしれないが、俺はこうも思う。それぞれの生き方でいいと思う。出世したければそれもいい。ならば,出世しないという選択肢もある。組織は、一部の人のためにあるものでもない。会社が支えているのは、人の生活なんだ。その生活を守るために人が体系化したのが組織だ。」
「山田、相変わらず弁がたつな。それでいいよ。それぞれで考えて理解すればそれでいいよ。ああ、それでいいよな。兎に角だ。おれはうらやましてぞ。10代の女の子と一つ屋根の下で暮らせるなんて」
といって、田代は、山田の首をキイロックした。
「やましいことはなんもないからな」
「当たり前だ。青少年育成条例違反だ」
と二人して騒いでいると
「近所迷惑でしょう」
と美香子がから怒られて、リビングに戻るとテーブルの上には、明太のお茶づけが用意されていた。
「どうせ、お腹減ってるんでしょ、早く食べて、お風呂に入って、その香水洗い流してね」
と美香子いうとまた部屋に入ってしまった。
田代と山田はやれやれといった風に、お茶づけを食べて、いうとおりにした。
よく朝、いつもの朝ごはんを食べながら
「朝飯って、何年ぶりかな」
と田代は言って、みそ汁の椀を不思議そうに見ていた。
「田代さんも早く、朝ごはん作ってくれる人を見つけたらいいのよ。でも私は出目よ。山田さんだけだから私が朝ごはんを作るのは、今日の田代さんの朝ごはん特別ですから、と・く・べ・つ」
と美香子は、強調していった。
「はいはい、わかりました。胸の大きくて優しい人を見つけます」
と笑って答えた。
朝早い便で、戻るというので一緒に、マンションを出た。
出がけに、美香子が田代に手提げ袋を渡していた。
「お弁当入ってるから、それと博多のお土産も」
田代は一瞬、きょとんとしていたが、急に眼を潤ませた。
「ありがとう。また来るよ」
とうしろ向きで言っていた。
蝉の鳴き声が響く中、近くのバス停まで田代を送ると
「絶対に最後まで、守ってやれよ」
と田代は山田の手を握った。
山田は無言でうなずいた。
田代が帰ってから、暫くして大濠公園の花火大会があった。
美香子が浴衣が着たいといったので、浴衣を買ってやると大はしゃぎだった。
帰りの地下鉄の中では、はしゃぎすぎたのか、山田にもたれかかって眠ってしまった。
地下鉄の駅を出での帰り道、なれない下駄を履いたので美香子は鼻緒ずれをおこして、しゃがみこんだ
「なれないことをするからだ」
と山田が言うと
「・・・・・」
美香子は黙ってしまった。
山田は、美香子の前にしゃがみ込んだ。
「誰も見ていないから、ほら」
といって、美香子におぶさるように促した。
よっぽど足が痛かったのか、美香子は素直に山田におぶさった。
驚くほど美香子は軽かった。
親権の喪失を求める審判の知ったことだが、母親から売春行為を強要されていた時に、拒食症と自傷行為を繰り返していたことを知った。
美香子は決して、ノースリーブの服を着ない。
必ず長袖だ。
山田も垣間見たことがあるが、無数の傷跡が腕にあった。
「私、重くない」
と美香子が小さな声で言った。
「全然 軽いぞ。走れるくらい」
と山田はおどけた。
「そういう意味じゃなくて、重かったら捨ててもいいよってこと、私のこと」
山田は、美香子を背負いなおした。
「過去は過去だ。お前の過去がどうであれ、俺には関係のないことだ。過去もすべてひっくるめて、お前という人間がいるのだろ」
「嫌じゃないの、こんな私と暮らして」
「嫌じゃない。むしろ、お前が俺を助けてくれている」
「私のほうが、助けてもらっている。望んだものが全部いま、目の前にある」
「そうか、じゃいいじゃないか」
と山田は優しく言った。
「朝目がさめていつも思う。どこかの天井じゃない。朝が来なければ思う時もあった。でも今は、朝が来るのが一番好き。朝起きて、山田さんの寝顔を見ると安心する。やっぱり、考えてしまう、こんなに幸せでいいのって。いつか、山田さんも私のことが重荷になって、お母さんみたいにかえってこなくなるんじゃないかって、思うと泣き出してしまう。」
山田も気づいていた、時々夜中に、山田の傍で美香子が泣いていたことに、決まってそんな日は美香子が山田の布団に潜り込んでいた。
「私は、いらん子だから、いつも居場所がなかった。敏行だけが、私の支えだった。敏行がいるから私もいてもいいと思った。でも敏行が死んで私は、やっばりいらん子だった。だから、居場所が欲しくて、母親の言う通りこともした。毎日、あつ起きると違う天井だった。」
山田はポロシャツに冷たいものが落ちてきた。
「なあ、いらん子てなんだ。生まれてきていけない人間ているのか。人を不幸にする人間はいてもいらん子はいないと思うぞ。敏行だったけ、悲しむぞ。きっとさ、敏行もお前がいたから、お前が敏行の居場所になってやったからこそ、二人で生きてこれたんだろ。俺は敏行に感謝する。お前を俺にめぐり合わせてくれたことに。俺は、人生をやり直しているんだと思う。お前を通して、親としていなければならないことを放棄してきた俺が。救われているのは俺の方だ。毎朝、お前が作ってくれるご飯を食べて、弁当をたべて、夕飯を食べて、普通の生活が、当たり前のことがどんなに尊いものなのか分かった気がした」
「私も、ご飯がちゃんと毎日食べれる、電気が付く、ガスが付く、普通のことなのにとっても安心できる。いつも誰かの目を気にしながら息を殺していなくてもいいなんて・・・・」
「sandglassto」
「なに、それ」
「砂時計さ。外国では死のシンボルで、命の刻限が次第に減っていくことへの暗示だと言われている。でもさ、上下を反転させれば、また測れるだろ。人はやり直せる何度手も、どんなに絶望的になったとしても、やり直せると信じている。砂時計をひっくり返すようにね。」
「でも、過ぎた時間は戻せない。落ちた砂の分だけ辛いことがあるとしたら、それでもやり直すの」
「落ちた砂は、辛いことの意味じゃない、辛いの反対は、楽しいだろ。砂時計を反転させることは、辛いことを楽しいことに反転させるという意味もあると思う。」
「戻せなかったら」
「何度でもやればいい。簡単だ反転させればいいだけだ」
とうとう、美香子は大声で泣き出した。
なんどもしゃくりあげながら泣いていた。
山田は、よくなく奴だと思ったが、山田もうるうるとしていた。
砂時計の砂のように、過ぎ去った裕子との時間を戻すことはできない。
24年という時間は、独りで反転ざるのは重すぎた。
だが、あえてその時間を反転させる必要はないのだ。
つらい思い出ばかりではない、楽しい思い出もあった。
楽しいことを思い出せば、辛かったことすら思い出に帰って許せるかもしれない。
「どうしたら、山田さんに返せるの、私の全部をあげても返せないと思う」
「貸し借りをした覚えはない。最初から見返りを求めるものを俺は、気持ちだとは思わない。人は情で動くんだ。情というあいまいで不安定な感情で、その感情に勇気を与えるのが優しさだよ。もう十分すぎるくらい、美香子からはもらった。もう十分だ。だから、貸し借り無しだ」
「ありがとう。ありがとう。もっもっと優しくできる人になる」
「ああ」
山田は背負っている美香子から、ほんわかとした温もりが伝わってくるを感じた。
体温でもない、心地よい温もりだった。
それは、その人が出すオーラというものなのかもしれない。
山田は、さの優しい温もりを感じながらマンションまでの帰り道を美香子を背負って歩いた。
次回で最終回です。完結します。いままで、読んでいただいてありがとうございます。正直 会社人生の行き詰まりかもしれません。なんか、イライラしている自分がばからしいです。組織の論理が優先されるのが、ばからしいのにそれに属して理解しいている自分もいます。まっそれが社会というものですが。美香子と山田は恋愛という対象ではありません。どちらかというと戦友に近いでしょう。田代は私の理想像です。こういう人間になりたいなと思います。もちろん、山田の会社も実際しませんのであしからず




