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sandglassto (何度でも繰り返す時間)  作者: 池端 竜之介
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昇進

 山田が、会社に出社するとすぐに人事部に呼び出された。

あまり人事部にしいい印象がない。

山田の同期の半分以上は、課長以上の役職についていた。

サラリーマンは、6:4だ。

運もある。誰に付くかで大きく変わる。

山田は、誰にもついてはいなかった。

もちろん、付くつもりもなかった。

それが、山田の生き方だ。

誰の下に付くかで、大きく道が変わるのであれば、それは自分で選んだ生き方ではないと思っていた。

 毎日の飲み会、休みのゴルフ、どこかの経営者がいっていたが、"そんなこともできなければ、管理職などになるな"と。もっともな話だ。

男の世界では、そんなことに一生懸命になるのだ。

山田は、そんなものに一生懸命になるよりも、仕事で一生懸命になったほうがいいと思っていた。

 

 人事は、ことさら秘密主義なので、営業とは違うアロアーにあった。

山田がノックをして入ると、人事部長が座っていた。


 「山田くん、座り給え。今回のK国への投資の件、ご活躍だったね」


 としたり顔で話しかけてきた。

ゴルフ焼の顔で薄ら笑いを浮かべていた。


 「いえ、経営側の迅速な判断の結果です。私は、情報を提供したにすぎません」


 「そう、謙遜しなくてもいいよ。社内の誰でも認めていることだ。」


 「ありがとうございます」


 と社交辞令的にお礼を言った。


 「ところでなんだか、山田くんに転勤の話がある。」


 「今度は、どこですか」


 山田は不機嫌そうに尋ねた。


 「九州支店に赴任してもらいたい」


 「今度は、何の仕事をするんですか」


 「東南アジアとの貿易関係でお願いしたい」


 「わかりました。何時からですか」


 「来月1日付でお願いしたい、課長として」


 「はあ、どういうことですか。私は等級は主任ですよ。係長を飛ばしての人事はないでしょう」


 「特例だよ」


 と人事部長はにやりと笑った。

山田は、心の中で、今回の責任を誰かに押し付けてポストを大幅に変えたな察した。


 「私より、ふさわしいと思う方がたくさんいますが」


 「取締役会の決定事項だよ。受けたまえ」


よく言ったものだ、サラリーマンには4枚の辞令があると、入社・昇進・左遷・退職の


 「わかりました。」


 「会社も大いに期待しているよ」


 山田は、頭を下げて人事の部屋を出た。

気分は最悪だった。ていののいい、本社からの左遷だ。

九州支店は、会社の中でも下位の支店だ。

ほんわかと過ごしたい、役員が支店長で、本社でやくに立たない部長がいる。近年のアジアの成長で赤字ではないが、本社の営業利益に帰す部分は10%もない。

今回の投資失敗の責任を大方、執行役員の九州支店長あたりに取らせて、その取り巻きも関連会社への出向として、人員がいない穴埋めで、山田の昇進が決まったのだろう。

いつもながら、人事の幕引きには脱帽する。

そういえば、田崎の旦那は、九州支店の部長だったはずだ。

山田は最近の田崎の落ち込みをうの理由がわかった。

会社の慣習で、57歳を過ぎた場合の昇進はない。それと、役職者の出向は、片道の意味を持つ。

部長婦人として、さんざん言いたいことを言っていたが、それもなくなるだろう。

彼女にとっては。それもいい意味で薬になると思う。

会社は働いて、その対価として、賃金を受け取る仕組みだ。

その会社は社会に貢献して、その対価として利益をえて、税金として還元する。

それでも、2:6:2の法則があり、会社の中で2割が考えて、6割が実行する、あとの2割は見ているだけだ。しかし、見ている2割を削ると、実行する6割中から2割が見ている人間となる。

仕事だけしていればいいというものでもない。

 山田は、どんなに仕事ができなくてもいいと思う。

一生懸命さは人に伝わる。

それを否定しないのが日本人だと思う。

結果がすべだと考える欧米型の合理主義とは違ったものがあるのだ。


 人事から帰って机に座ると、目の前にコーヒーが置かれた。


 「木村さん、お茶くみで入ったわけではないのだから、コーヒーなんて入れなくてもいんだよ」


 と山田は、木村という女性社員へ言った。

 言われた、木村はにっこりと笑って


 「ご昇進されるんでしょう。そういう噂があのますが」


 と言った。内示が本日なので2~3日で公示がなされるだろうから


 「そうらしいね、この歳でなるなんてな、会社も何を考えているのやら」


 「いいえ、私はならないほうがおかしいと思ってました。山田さんは正直だから、色々言う人もいますが山田さんは実績があります。有りすぎるくらいです」


 「ありがとう、そういえば、来月から産休だろ、元気な赤ちゃんを産んでね」


 「はい、頑張ります。そして、また復帰して元気に働きます」


 といって、大きくなったお腹を撫ぜた。

ほほえまして光景だなと山田は思った。

こうした環境を守っていくことが今後の会社の使命だと思う。

しかし、権利と義務は表裏一体だとも思う。

都合の悪いときだけ女性を強調するのは、アンフェだ。

男だろうと女だろうと一個の人間だ。

その尊厳は保たれるべきだ。

義務を果たして、初めて権利が主張できることをもういい加減に学ばなければならないのだ。


 夕方の退社時に、田代に電話を掛けた。

飲みに行こうと誘うと二つ返事た゛。

ゆっくりと飲みたいと思って、この前田代に連れて行ってもらった、鉄板焼きの店を指定した。

店に着くと、既に田代は着いて、独りですでに飲んでいた。


 「遅いぞ」


 「悪い。、いろいろあってな」


 「独身が何を言うんだ。新して女でも見つけたのか」


 「いや、それはないな」


 と山田は言って、カウンターに座ると、田代がコップにビールを注いで乾杯した。


 「田代、俺、来月転勤だ。」


 と山田がピールを飲み干して言うと


 「左遷か、何やったんだ。今度は」


 「いや、そうじゃない。昇進らして、九州支店の課長だ」


 田代はきょとんとしていたが、やがて


 「やっと、会社もお前の実力を認めたか。しかし遅いな、じゃ今日はお前のおごりな」


 「ふつうは、お前のおごりだろ。まっ色々と世話になったからわかったよ」


 「おばちゃん、こいつのおごりで、"森伊蔵"だして」


 とべらぼうな金額の4合瓶を入れさせられた。

 

 「支店、福岡だろ、食いもんは美味いし、博多美人だし、俺も遊びにいくからよろしく」

 

 「はいはい、いつでも歓迎するよ」


 「今日は、とことん飲むぞ。山田のおごりで」


 といって、田代ははしゃいで山田もすこし気分が良くなった。


 山田と田代は、深夜近くまで飲んで、田代がどうしても山田のアパートで飲みなおすときかないので、タクシーで山田のアパートまでついてきた。

美香子からメールも電話もなかったので、安心していたが、部屋のドアの前まで来て、ドアの前で壁にもたれている人影を見つけてびっくりしたが、いつものように部屋に入っていないことに気が付いて近づくと、普段と様子が違うことに気がついた。

いつもなら、笑顔で"お帰り"というのに壁にもたれたままで動こうとしない。


 「美香子」


 と声をかけるとようやく顔を上げた。

しかし、その顔が廊下灯で照らされると、山田は息をのんだ。

頬がどす黒く内出血して、唇から血が流れていた。

同じように異変に気付いた、田代が美香子に駆け寄った。


 「山田、子の娘知り合いか」


 「ああ。、それにしても何があったんだ」


 「話は、後だ。山田、タクシーを捕まえいてこい。それから部屋の鍵を貸してくれ」


 「わかった。田代、頼む」


 といって、表に飛び出してタクシーを捕まえてきた。

 しばらくして、タオルで顔を抑えた、美香子を支えながら田代が来た。

 タクシーの運転手はあからさまに、けが人を乗せるの嫌がったが、料金をはずむということで、救急病院まで車を走らせた。

救急病院につくと、田代は病院の医者に何事か言い、美香子は治療室に運びこまれた。


 病院の待合室で、田代と並んで座ると田代が


 「どういう 知り合いなんだ」


 と尋ねてきたので、裕子のことで事情を知っている田代なので、いままでいきさつをすべて話した。


 「やっぱ、山田。お前 男気があんのな。わかった。すこし、この件は調べさせろ。おれも、手伝う。今の、お前の支えなんだろ、あの娘は」


 山田はうなづいた。


 「山田、"窮鳥懐に入れば猟師も殺さず"だな。最後まで面倒みてやれよ」


 「わかっている」


 処置室から、出できた美香子は、顔中に包帯を巻かれていた。

山田は寄り添うして、病室に入っていた。

田代は、処置をした、医者と何かを話していた。


鎮静剤で、美香子は眠っていた。

山田は、以前美香子がしてくれたように、手を握っていた。


病室の外から、田代が山田を呼んだ。


 「あの娘、強姦されている。医者にいって体液等の採取キットを使ってもらった。後は、覚悟を決めろ。いま、あの娘を守れるのはお前しかいない。元から断たないと、あの娘は、抜け出せないぞ」

 

 山田は、頷いた。


 「しばらくは、あの娘のそばにいてやれよ。後はまかせろ。おれも腹立ってきたから徹底的にやる。」


といって、田代は帰っていった。

山田は、病室で、美香子の手を握りながら、やがて睡魔に襲われてベットに突っ伏した状態で寝入ってしまったが、決して、美香子の手を離さなかった。


 山田は、暖かいものが自分の額に触れてるので目が覚めた。


 美香子が、山田の額を撫でていた。


 「どこか、痛むか」


 美香子は首をふった。


 山田は、美香子の手を優しく握った。


 「なんにも、心配するな。俺が美香子を守る」


 美香子の眼尻から涙がとめどなく流れていた。


 「 ・・なさい。ご・んなさい。・・・ごめんなさい」


 と何度も、美香子が口にした。


 「悪いことしたときに、謝るもので、悪いことをしていなければ謝る必要はない」


 と山田は、強く言った。


 美香子は頷いた。


 山田は、両手で優しく美香子の手を握った。


 美香子が、うんうんと首を縦に振っていた。


 山田も、うんうんと首を縦にふった。


 

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