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sandglassto (何度でも繰り返す時間)  作者: 池端 竜之介
11/17

過去

 山田はガタガタと震えていた。

さっきから、熱がひどく上がっているようだった。

いつもの、扁桃腺が腫れて高熱を出しているようだ。

喉が唾を飲み込むのでさえ痛みを感じた。

こうなると、40度以上発熱している。

最近は、気を付けていたから、扁桃腺が腫れるというような事態はならなかったが、歳のせいもあると思う。体中が寒くて震えていた。


 「どうしたの、大丈夫」


 と美香子がおろおろとした表情で、山田をのぞき込んでいた。


 「大丈夫」


 といってはみたものの、意識が混濁していた。

 本当にやばいと感じた。

 こんな時のために、病院の抗生剤の備蓄はあったので、美香子に言って出してもらい服用したが、体中に菌が回ったらしく、意識が混濁した。

酷い頭痛と発熱で、ベッドの上でのたうちまわっていたらしかった。

山田には、そんな記憶がなかった。

とにかく、扁桃腺が腫れて体中に菌が回るとやばいことになる。

なんども、山田は経験していた。

だから、うがいは必ずしていたし、かかりそうになるとすぐに病院に行って薬剤を吸引をしていた。


 夕方くらいになって、抗生剤が効いたのか、熱が下がって意識がはっきりしたころ、山田は、自分の右手がしっかりと握られていることと、布団が何枚もかけられていること、氷枕が敷かれていること、額には、ジェルの吸熱材が張られていることに気がついた。

下気がぐっしょりと汗で濡れていた。


 「気が付いた」


 と山田の手を握りしめていた、美香子が泣きそうな顔で山田を見ていた。


 「迷惑かけたな、少し気分はいいよ。ありがとうな、看病してくれて」


 美香子は首を振って、いきなり山田に抱き着くと大声で泣き始めた。


 「死んじゃうのかと本当に思った。パニックになってどうしていいかわからなくなった。また、何もできないのかと思った。」


 美香子は激しく泣きじゃくりながら、叫んでいた。

山田は、美香子の髪をなぜながら


 「悲しい思いをさせたね」


 と謝った。


前の晩、山田は妻の裕子に調査の事実を告げた後で、裕子と関係のある森と対峙して、裕子のケアを頼んだと後で、単身赴任先のアパートに帰ってきたが、さのまま、外で過ごした。

極度の緊張と疲労で精神的なバランスも崩れたこともあって、美香子と会った後発熱した。

そのあとは、山田はよく覚えていないが、美香子がずっと傍にいてくれたらしい。


 「もう嫌だ。私の前で人が死ぬのは、敏行だけでいい。私は助けてあげれなかった。お姉ちゃんなのに何にもしてあげれなかった。たった独りで誰からも看取られずに死んでしまった。だから、私の前ではだれも死んでほしくない」


 と美香子は意味不明なことを叫んでいた。

山田は、黙って美香子の髪を撫ぜていた。

美香子の泣き声が小さくなり、しゃくりも小さくなっていき、山田の看病をして疲れていたのすーと寝入ってしまった。


 まだ、酷い頭痛はあったが、意識はしっかりしていた。

枕もとには、スマートフォンが置いてあったので、会社に連絡をいれた。


 「山田です。部長は」

 と電話に出た社員に尋ねると

 

 「山田さんで偉丈夫ですか、発熱されたんでしょう。お嬢さんから電話がありましたよ。」


 と返されたので、?と思ったが適当に濁した。

部長に電話を変わってもらい、体調不良で会社を休んだことを詫びた。


 「例の件で無理をさせたからな、大事にしてくれよ。それと例の件は役員会で、撤退と決定されたよ、今期の減益はさけれないが、大きな損失は免れた。山田君のお陰だ。明日まで休んでいいよ」


 と言われた。山田も礼をいい、投資の撤退が決まったことでホッとしたのか電話を切ると再び眠ってしまった。


 夕日が部屋のカーテンを赤く染めていた。

山田が目を覚ますと、心配そうな瞳で見つめている美香子の顔が目の前にあった。


 「何か飲む」


と美香子に尋ねられて山田は


 「のどが渇いたから、水か飲みたい」


といった。

美香子は冷蔵庫から、スポーツドリンクのボトル持ってきてコップに注いで渡してくれた。


 「ありがとう」


 というと山田は上半身を起こしてコップを受け取って一気に飲み干した。

 空になったコップに再びスポーツドリンクが注がれて、それも山田は飲み干した。


 「すごい汗、着替えたほうがいいよ」


 と言われたので、スエットの上半身を脱いだ。

 美香子がタオルで背中を拭いてくれて、下着からパジャマに着替えた。

 さすがに下半身は自分で着替えた。

 熱を測ると、37度8分に下がっていた。

 かかりつけの医者が言っていた"扁桃腺が腫れて発熱すると菌が体中に回っているので市販の薬は効かない抗生物質しか効かない"と言っていたことがよくわかる。

のどの痛みはまだ引いていなかったが、朝よりはましだ。

扁桃腺の腫れは急に来る、熱が40度を超えると本当に意識が混濁する、実際は43度近くまで行ったらしかった。

美香子が心配するのも然りだ。

着替えてさっぱりすると、山田は美香子と問いかけた。


 「昔、なにかあったのか、さっきのお前は尋常じゃなかったぞ」


 「ちょつとね・・・・・」


美香子は黙ってしまった。きっと言いたくないこともあると思って山田はそれ以上追及をすることをやめた。誰だって、触れてほしくないことの一つや二つはある、そういう山田もつい昨日触れてほしくない過去と対峙してきたのだから。


 山田のスマートフォンの震えた、どうやらバイブにしているらしかった。

 番号を見たが電話帳には入っていない番号だった。


 山田はタップして電話に出た


 「山田さんの携帯ですか」


 山田には声の主に心当たりがあった


 「森です」


 一瞬山田は怯えたが


 「昨日は大変失礼しました。裕子は落ち着きましたか」


 「ええ、取り乱していましたから薬を服用させました、今は眠っています。お嬢さんが今は付き添っておられますので。電話でなんですが、この度は、大変失礼な事態を招いてしまい大変申し訳ございませんでした」


 電話の声からも悲痛な心境が感じ取れた。


 「本来であれば、いまからそちらにお伺いしてお話をしなければならないのですが、山田さまの奥様の状態が芳しくないので、暫く時間をいただけませんか」


 と丁寧な口調で森が言った。


「そうですね、私の軽率な行動でこのような結果を招いたのです。致し方ありません。暫く妻のことをお願いいたします。」


 と山田は冷静に返答した。


「わかりました。私が責任をもって奥様については看護いたします。それとこれとは別に、大変失礼なことをしたと私自身、恥じております。山田さまのどのようなご要望にも誠心誠意応じる所存です」


 と森は改めて謝罪の言葉と身の振り方への覚悟を示した。


「急いで、お互いに答えをださないようにいたしましょう。後ほどご連絡いたします。では失礼します」


 といって山田は電話を切った。


 「奥さん、なにかあったの」

 

 と傍らで話を聞いていた美香子が聞いた来たが、山田はなにも喋らなかった。


 重苦しい空気が流れた。


 「おまえ、今日、仕事は?」


 と山田が美香子に聞くと


 「店長に山田さんの看病だといって休んだ」


 とケロッとして言った。


 「おいおい。、店長に俺んとこにいるといったのか」


 「そうだよ、店長べつに気にしてなかったよ。よく看病しろといっていたよ」


 「今時の娘は、どういう感覚してるんだ。仮に男のやもめ暮らしだぞ、少しは警戒しろよな」


 「山田さんはそんなことしないって信じてるし、実際ないでしょう」


 「あったりまえだ。昭和生まれには理性というものが兼ね備わっている」


 といって山田はすこし笑った。

 やっと重苦しい空気が、溶けてきた。


 「お腹すいてない」


 と美香子がたずねたが、山田は食欲もなくまだ喉が痛いので首を振った。


 「それより、家帰んなくていいのか。母親心配するぞ」


 「そんな、親じゃない」


 と美香子は吐き捨てるように言った。

 その表情から、何かあると山田は感じた。


 「お前はなんか食べろよ」


 「一人で食べてもなんかね」


 「わかった、うどんくらいなら食べれると思う」


 「じゃあ、買い物に行ってくるから、なんか食べたいものある。」


 「特にないから、食べたいもの買ってきていいよ。、財布はバックに入ってるから」


 「わかった」


 と美香子は言って、買い物に出かけて行った。


 山田は、不思議な感覚を感じていた。

 美香子とは、不意の偶然の中で出会った。

 男と女の出会いでもなく、かといって友人でもない。

 後輩でもなければ、ほんの数日前までは、すれ違っても気にも留めない存在でしかなかったはずなのに、こうして会話をしていることが不思議だった。

時々見せる、美香子の暗い影と山田が抱えている苦しみが交差しているように思えた。

お互いに何かを感じ取っていると思えた。

たぶん、お互いに誰かに話を聞いてほしいのだと思った。

ひとに話すときは、同意がほしいのだ。自分が間違っていないと確認しいだけだ。

それでも、独りは寂しいとわかっている。

人の温もりがほしい感じる時があるのだ。


ほどなくして、美香子が買い物袋を提げて帰ってきた。

せまいキッチンに立って、料理を作り始めた。

その後ろ姿に山田は


 「今朝、会社に電話してくれたんだろう」 

 

 「うん、悪いと思ったけれども、なんかうなされてたし、苦しそうだから、携帯なってたんで勝手に出て、娘ってことで連絡した。まずかったかな」


 「いいよ、ありがとう」

 と山田は感謝の気持ちを込めて言った


 「できたよ、栄養つくように卵落としとくね」

 

 と美香子は照れたようにお盆にどんぶりを二つのっけてきた。


 山田はなんとか麺とタマゴだけを食べて箸をおいた。

 美香子はよほどお腹がすいていたのか、どんぶりを平らげた。


 「デザート食べる」


 と美香子が聞いてきたが、山田は苦笑して手を振って遠慮した。


 「私ね、シュウクリームが好きなんだ。昔、友達の家に遊びに行ってそこで初めて食べた。なんて美味しんだろうって思って、一つ余分にもらって弟に持って帰って食べさせたらすごく喜んでたんだ。いまならいくらでも買えるのに、シュウクリームよりおいしいものいっぱいあるのに」


 といって、美香子はシュウクリームを口に運んだ。


 「おいしいね・・・ほんと お・・い」


 美香子は食べながら、涙を流していた。

 

 山田は、ベットから出て、食べながら泣いている美香子を抱きしめた。


 「あのね、あのね、あのね」


 と口のなかのクリームを飲みこみながら、何かを美香子は訴えていた。


 「話していいよ、聞くよ」


 と山田は優しく言った。


 美香子は食べかけのシュウクリームをもったまま山田にもたれかかって話し始めた。


 「私は、いらない子だっんだ。母親は16で私を生んだけれどもそれも、降ろす時期を過ぎたからで、相手の男は金持ちだったから、しこたま金をふんだくったて言っていた。それで、遊び癖がついて、私は、母親のおばあちゃんの家で育てられた。またこのおばあちゃんがやなやつで、あの母親にあってこの親みたいなやつで、わたしは、そこでもいらない子だった。母親は家に帰ってこずに、男のところに入り浸ってた。私は、ものごごろ着いた時から、それが普通だと思っていた。」


 美香子は、山田の胸に額をつけて、


 「こんな話聞きたくないでしょう」


 といったが、やまだは首を振った。


「でね、小学校に入ったころに、ふらりと母親が帰ってきたの、赤ちゃんを抱えてね。そして、しばらく一緒にいたの、なんでかそのころの母親は優しくてびっくりしたことを覚えてる。玩具を買ってもらったりした。時々男の人がきて公園で遊んでくれたりもした。私は、お父さんだと思った。その時、赤ちゃんは、男の子で私の弟だと言ってた。わたしは、なんだかうれしくて弟の世話をいっぱいした。でも、そのうち男の人も来なくなって、母親も家から出ていった。このおばあちゃんも若くして母親を生んだからまだ、30代だったから、同じように男の人がたくさん来てた。そんな時は、弟をおぶって外に出てた。雨の日や寒いときは、嫌だったな。敏行がよく泣いたから・・・・・」


美香子は、弟の名前らしい言葉を言うと押し黙った。


「辛かったのか、そのころは」


と山田がたずねると

美香子は首を縦に振った。


「私が、小学校の高学年になると、二人とも家に帰ってこないことがあった。いちばん、堪えたのは、食べ物がないこと。だから、給食を半分残して家に持って帰って、敏行と一緒に食べたこともあった。敏行は、私ががっこうに行く時には玄関でじっと見送ってくれて、私が帰るとすぐに飛びついてきた。私は、なんだかそれがとてもうれしくて、自分がいらない子と思ってたから、こうして自分を頼ってくれる人がいることがすごくうれしかった。二人とも家を留守にするときはいくらかのお金を置いていったから、私は、それで買い物をして、敏行と暮らしてた。一週間以上も帰らない時もあってお金が無くなるときもあったけれども、にんとか暮らしてた。近所の人も見かねてときどきご飯のおかずとかもらってた。児童相談所の人もきたけれども、母子手当てが欲しいのか、いろいろ言ってごまかしてた。」


 美香子は淡々と思い出すように語った。

 山田は、ときどき相槌を打ちながら黙って聞いていた。


 「私が中学に入って、敏行も小学校に入ったころ、おばあちゃんがいなくなった。たぶん男にだまされてどっかの温泉街に連れていかれたんだと思う。それらしいひとも来ていたし・・・母親は相変わらずだった。私は、中学出たら働くつもりだった。敏行だけが、私の家族だった。電気代払えなくて真っ暗の中で、布団に二人で身を寄せ合って眠ったりもしたけれども、敏行の"お姉ちゃん大好き"といってくれるだけで、私は自分がこの世に生きていてもいいよと言われている気がした。でも、いつものように母やは帰ってこなくて、置いていったお金もなくなった時に、冬で敏行が具合が悪いっていたから、熱を測ったら結構あって、薬買うお金がなかったから、保健室で自分が具合が悪いことにして薬ももらって飲ませたけれども、ぜんぜん熱引かなくて、私はパニックになって病院に行かなくちゃと思ったけれども、バカ親は、保険料を払ってなくて、保険証なくて、どうしようもなくて、私、私、どうにかしなくちゃと思って、町に出て、私は・・・・」

 美香子は何かを必死に耐えている素振だった


   「もうなにも言うな」


と山田は、怒鳴って、強く美香子を抱きしめた。


 「ううん、聞いてほしい。私は、その日に自分を売ったの、母親たちを見ていれば、どうすれば女が稼げるかわかってたから、そして、お金をもらって、敏行の好きなシュークリームを買って帰ったら、玄関でね、玄関でね、私を待ってたんだと思う、倒れてて冷たくなってた。私の悲鳴を聞いて近所の人が来てくれて、急いで救急車を呼んだけれども、敏行は死んじゃってたの。もう、いや、私の前で死んでくのは嫌、さっき怖かった、山田さんが熱がすごくあって、苦しそうにしてて、私は"死なないで"と祈ってた。敏行みたいにならないでって、ごめんなさい、こんな話聞かせて、ごめんなさい」


 山田は、しっかりと美香子を抱きしめながら、あまりにも過酷な生きざまにかける言葉もなかった。


 「山田さんは、死なないよね」


 とつぶやく美香子に


 「いらない子じゃないよ、お前は、すくなくとも俺を看病してくれたからな、俺が一番つらいときにそばにいてくれたからな」


 と言い聞かせた。

 美香子は、山田の胸の中でいやいやをするように、額を何度もこすりつけた。


 山田は、鈍痛のする頭を中で、自分の存在を反芻していた。

 いま自分にできることは、美香子にできることはと考えていた。


 

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