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異世界スキルで甲子園を目指します

作者: 未羅ねらと

  雲を突くほどの白い塔。高さの割には小枝の木のようだ。窓もない、それが世界で一番高い山の頂上からそびえ立つものだから、見上げてもどこまで続いているのかわからない。その再上部には1つの部屋。藍色の煉瓦で部屋が構築され、明かりは蝋燭が数本。殺風景な部屋だが、中央には幾何学模様が円形に描かれ青い光を放っている。


「本当に戻られるのですか……」


 震える声で話したのは1人の少女。栗色の長い髪。青い目、小さな唇。可愛らしい顔をより引き立てる白いドレス。幼いながらもどこか気品溢れる雰囲気を醸し出している。


「ああ、元の世界でやるべきことがある」


 俺、田名部 真人はそう答えた。坊主頭に、二重の目、こんがり焼けた肌が特徴的でその他はいって目立たない。身長や体形も平均的、どこにでもいるような普通の男だ。


「マサト様はこの世界の英雄です。勇者として異世界から召喚され、誰にも負けないスキルで世界を滅ぼそうとする魔王を見事に討伐したした。マサト様が望めば何でも手に入ります。未来永劫の名誉や使えきれない富、絶世の美女、どこまでも広がる土地。そして、あなたが望めば世界の王にだって」


 少女は熱弁を奮いながら、目に涙を溜める。俺は覚悟を決め、ゆっくりと口を開いた。


「ごめんな、この世界も大好きだけど。元の世界でどうしてもいきたいところがあるんだ」


少女の涙は瞳には収まらない。頬に流れ、顔もクシャクシャになる。


「そこにはどうしてもいかなくてはならないのですか。そこにいったら何になるのですか!」

 

そういわれると少し考える。幼いころから憧れ続け、ある人に連れていってといわれたところ。理由を問われると返答に困る。


「わからない。そこにいったら分かるかも。ただ、約束した。そこに連れていくって。じゃあな……」

 

そういうと踵を返し、青い幾何学模様に向かう。右足が青い幾何学模様を踏むと青い光が右足に纏わりついてきた。


「元気でな、ポラン」


 振り向き、笑顔で手を振った。ポランの涙は止まらず、それでも大きく手を振った。つられ、涙を流しそうになるがぐっと堪える。勇者の最後の姿が泣き顔では閉まらない。

 

やがて、青い光がマサトを包み。姿を消した。誰もいない部屋。ポランは1人で呟いた。


「そんなに大事なところなのですか、コウシエンというのは」


 木々が生い茂る樹木。その中を駆ける1人の少年の姿があった。白い野球のユニホームに白い帽子、黒いエナメルバックを右肩にかえ、走るたびにエナメルバックが左右に揺れている。


 いやぁ~、本当に異世界に召喚させる前のままだな。服装はまだしも、時間も数分も経っていない。あっちでは何年もいたけど。


 エナメルバックから携帯を取り出し、時間を確かめる。


 やばいな、ギリギリか。でも、この世界でも使えるかどうか試したいな。


 首で左右に振り、周囲を気にして物音ひとつしないことを確かめと、エナメルバックと地面に落とし、心の中で呟いた。『ステータスオープン』


田名部 真人

性別  男

年齢  16歳

Level  100

HP 10000

MP 1000

スキル オールマジック

称号  英雄


 うん、ステータス表示も頭の中に浮かぶしステータスも元のとおり、あとはスキルが使えるかどうか。やってみるか。


 右手に精神を集中される。全ての力が右手に移る感覚。『フレイボム』と心の中で唱える。すると、右手に赤い光が集まり、手に熱の感覚。やがて、右手には握りこぶしほどの炎、揺れる炎は本物の証明だ。


「よっしゃ! 地球でもスキルが使える! これで甲子園は余裕だ!」


 ふと、冷静になった。ヤバイ、大声でいってしまった。誰もいないよな。再び周囲を気にする。すると、前方から葉が揺れる音が聞こえた。


 誰かいた! もしかして、聞かれた……。もし、知っている人だったら。


「ここにいたの。もう、探したよ」


 木々の間からでてきたのは紺のセーラー服を着た少女だ。ポニーテールに小さな丸顔、ぱっちりの二重に口角が上がるとえくぼができる。アイドル顔負けのルックスを誇る少女だ。


「こころ、何か聞こえたか?」


 恐る恐る尋ねた。


「うん?熊の足音はしなかったけど」


 ほっと、肩を撫で下ろす。


「そうか、ならいい。あぁ、ごめんな。トイレの脇にこんな森があったから探検したくて」

「もう、子供だな真人は。もうすぐ試合だよ」


 頬を膨らませわざとらしく怒る仕草、幼稚園のときから変わってないな。相変わらずの天使の微笑み、俺はずっとこの笑顔に骨抜きにされている。


「悪い悪い」


「もしかして、あの約束忘れたの?」


 こころの顔は秋の空、今度は目をうるうるさせる。


 本当に早いなこころの感情の切り替えは。でも、そこも可愛いところかな。


「忘れてないよ。忘れるわけがないだろ!」


 大声でそう叫びとこころは満足で笑みを浮かべた。


「こころを甲子園に連れてって約束。ちゃんと果たしてよ」


 全く、某漫画の有名なセリフを天然でいっているのだから、この女は恐ろしい。そして、某漫画を真似して。甲子園の前に告ろうとしている俺もなかなかだけど。


「うん、わかってるって。じゃあ、戻ろう。1回戦が始まってしまう」


 どこにでもあるような地方球場、高校野球選手権神奈川県大会の1回戦がおこなわれている。激戦区である神奈川県だが、本日の対戦カードは全て公立高校。公立の星!なんて呼ばれる学校もなく、まず強豪校はシード権で2回戦から。だから、観客席は選手の親と友達しかいなく、ガラガラ状態。それは、俺の所属する蘭華水高校野球部が弱小校であることであり、万年1回戦負けのうちの野球部で、「こころを甲子園に連れてって」なんてほざく俺のヒロインは頭のネジが欠けている。


 しかし、それは数年前、違った。地球では数分前の話。この全能魔術師の異名を轟かせた俺がスキルを使えまくれば、甲子園なんて余裕だ!


「おい、田名部なに笑っている。円陣組むぞ」


「はっはい!」


 主将に促されベンチから立ち上がり、みんなが待つ円陣に加わる。


「去年も一昨年も1回戦負けだ。俺はずっとそれが悔しかった。みんなもそうだろ! 今年は勝つぞ!」


 円陣の中、低い声が響く。野球部の中でも一番のガタイを誇る主将。藤田 貴樹、太い眉に大きな目、濃い顔はどこか昭和の雰囲気。面倒見がよく、成績もいい、先生からの評判も高く。主将を決めるさいには、顧問、部員の満場一致で決まった。


「今年は余裕ですよ。俺が完全試合とホームランを打って勝ちますよ」


 そう話に加わったのは服部 翼。高身長でアイドル顔まけの甘い顔。野球選手も抜群で、2年生ながらエースナンバーを付け、打順も3番を任されている。ちなみに4番は主将、自慢の体格でホームランを打ったことがあるらしい……。


「おう、期待しているぞ。いくぞ!」


「「おおっー!」」


 天にも響く声を出し、円陣は解散。蘭華水高校は後攻なので急いで守備位置に付く。

特に俺はしんどい。ベンチは1塁側だから、レフトの俺は一番走行距離が長い。

 守備位置に着くとふぅっと息を整え。バッターボックスを見た。対戦相手の西ノ神高校、先頭打者が左バッターボックスに立った。そのあと直ぐに審判がおそらく「プレーボール」と宣言し、おなじみのサイレンが鳴り響く。


 たのむぞ、翼。まぁ、肩を楽に。ピンチになったら俺が助けてやるからな、でもほどほどにしろよ。ばれずスキルを発動するのはムズイぞ。にたにたと笑う真人には誰にも近くで見られないレフトが丁度よかったようだ。


「ストライク! バッターアウト」


 審判の大声と大げさなジェスチャーは何回目だ。いい加減飽きた。攻守交替のため、駆け足ベンチに向かう。試合は大詰め、9回の表が終わったところ。うちのエース様は絶好調。Max130キロのストレートが走る。相手のバットはクルクル回る。審判の声はコールのたびにテンションがあがる。9回を無失点。始めはこれ俺のスキルとかいらないな、ズルしなくても、天才のおかげで勝てるって思った。でも、そううまくはいかない。相手も毎日汗水流して練習を繰り返した人達だ。グラウンドを強豪のサッカー部に大部分を取られ、余り練習できないバッティングのほうは弱小の冠がよく似合う。バックスクリーンに点滅するスコアは0の列。9回表で0-0。安打数はあっちが4で。こっちが2。主将と翼が1安打ずつ。後は俺を含めて凡打の嵐。白熱の投手戦を繰り広げていた。


「真人、ここでホームラン打っちゃえ!」


 ベンチに座るこころが無邪気な声を上げる。マネージャーだからベンチにいるのは不自然ではない。頭はともなく見た目は抜群なので当然ちやほやされる。狼の群れの中に1人の天使。もう、何をしても許される。オニギリに塩と間違って砂糖をまぶしても、部員のみなは「おいしい」と連呼しながら胃に流した。まったく、いい迷惑だ。


「おう、まかせとけ!」


 親指を立て、笑顔で答える。それにこころも蔓延の笑みで返すのだから、周りの部員との温度差が激しい。それは天使のこころに応援されているからではない、幼馴染なのは周知の事実だし、友達以上恋人未満の関係だということもみな理解している。まず、色恋沙汰で亀裂が入るほど仲は悪くない。むしろ、部員とはめっちゃ、仲はいい。この前なんか、野球部どうしが隣に座ると授業中でも話すので席が離された。全く、教師の横暴だ。だから、部員たちの白けた顔はこころの言葉の内容に対して。


 アナウンスが流れた。「9回の裏。蘭華水高校の攻撃は9番。レフト 田名部くん」

スタメンで最も打力のない称号といっても過言でない、9番。これが俺の打席。まったく、やっぱりこころはあれだ。ネジは1本では収まりきれない。何10本と抜けている。中学から俺がホームランを打ったことはないだろ! でも、それもこの打席で終わりだ。


 不適な笑みを浮かべ右打席に立つ。


 鋭い目を捉えるのは相手のエース。身長はかなり小さい。左足を前に開き、右肩を上げると、右肩を下げ、握りしめたボールは地面に近くなる。腰を捻り、低い位置からボールを放つと浮き上がったかのように向かってきた。


「ストライク」


 ふぅ、4打席目でも見慣れることはないな、アンダースローなんて初めてだよ。でも、俺のスキルの前ではそんな小細工無駄だ。


 そして、心の中で唱えた。


『テレパシー』


 ナイスボール。本当に今日のボールはきれているな。蘭水じゃあ、相手にならない。9番だし、3球でいい。次はカーブ。


 ほほぉ、ずいぶんと舐めたことをこのキャッチャー。まぁ、当たっているけど。


 ピッチャーは再び振り返る。何度みても違和感しかないフォームを繰り出し、ボールは低空飛行で滑走する。浮かんだように感じるボールはある時点で曲がり、そのままキャッチャーミットに収まった。


 よし、よし。ここでも『テレパシー』のスキル。近くにいる人の心の声を覗くことができる。反応するのは一番近い1人だから、バッターボックスに立つとキャッチャーの心の声が聞こえる。つまり、俺は次に投げる球種、コースが分かるってこと。めっちゃ、チート。


 思わず笑みがこぼれる。


 なにこいつ、キモッ。


 うっ、見られた。ダメダメ、試合中。真剣に、俺は球種とコースがわかっていても厳しい。


 『テレパシー』


 再び発動。『テレパシー』の効果時間は30秒ほど。


 よし、次は外角にストレート。


 ピッチャーは足を上げ、投球モーションに入る。右手からボールが離れる直前、真人は踏み込んだ左足をベースよりに踏み込む。『テレパシー』で読んだ通り、ボールは外側。コースはやや真ん中。


 ドンピシャ!


 カキーン! 気持のいい金属音が鳴った。バットの真芯で捉えた打球はレフト方向の空に上がる。


 バットから手を放し、一塁に向かうが、肩はガックリと落ちた。

 少し野球を知っているなら、打ちあがったのを見れば落下点は予想が付く。いくら弱小の野球部でも流石にわかる。俺でも自分の打球の行く先がアウトかヒットか、ホームランかは簡単に判断が付く。


 真人は走りながらもう一度打球を眺める。丁度、最高到達点に達しこれから高度を下げてくる。レフトはすでに落下予測点に到着済みだ。


 まだだ。異世界スキルの力、特と見よ!


 一塁ベースを回ったころ。周りに気を付けながら、右手、人差し指で軽く打球方向を差す。


 『ウイングゾーン』


 ここから打球方向、一直線には当然だれもいない。だから、気が付くわけがないよな。打球に向かって台風なみの強風が吹いていることを。


 誰の目にも、レフトフライだと思っていた。チームメイトでさえ、真人にしてはよく飛ばしたなと内心思いながら打球を見守る。その中でただ1人。ギュッと両手を握りしめ、目を閉じ祈る女の子。こころが意を決して目を開けたとき。レフトが下がった。1歩、2歩、3歩。後ずさりのように下がることを諦め半身になってバックする。しかし、それもここまで。レフトはフェンスに辿り着き。


 カァン! 無人の観客席でバウンドを繰り返した。


 一瞬、グランドに静寂に包まれる。


「やったー!」


 こころの叫び声を皮切りに、部員達も歓声を上げた。


 異世界スキル最強!


 ガッツポーズを掲げながら笑顔で歓声に応える。真人はダイヤモンドを一周し、ホームベースを踏んだ。


 万年一回戦負けの蘭水華高校野球部。このさよなら勝ちから、奇跡の快進撃が始まった。しかし、それは仕組まれた奇跡。



 チャイムの音が鳴った。真人はだるそうに、教科書を片付け席を立った。後ろを向き、すぐそばのロッカーから、アルトリコーダーと音楽の教科書を取り出した。


 はぁ~あ、音楽の授業は嫌いだ。寝られない。


 小さく欠伸をしていると。


「いくぞ、ミラクルボーイ」


 最近になって、頻繁に呼ばれるようになった名に反応し振り向くと。そこには我が野球部のエースが立っていた。


「その呼び方辞めてくれないか」


 嫌悪感を全面に押し出し、訴えたが。翼は気にするようすはなく。


「おいおい、打率287厘 出塁率536厘  この打率と出塁率の差の要因はエラーの数だ。しかも、相手がエラーするときはランナーがいるときや、真人自身がサヨナラランナーになるときが多いだろ。これをミラクルボーイと呼ばずして何と呼べばいい?」


 大袈裟に両手を翻し、首を振りながらいった。


「そんなこといったら、翼だってラッキーボーイだろ。相手のスクイズはフライになるか、ピッチャーの正面。この前とか、ワンアウト満塁で、レフトの特大打が風で失速。タッチアップもサードランナーが転んでダブルプレー。あれで勝ったのも同然だろ」


「いやいや、お前も自分でいっているだろ。俺はラッキーボーイ程度。真人はラッキーなんて、言葉じゃあ足りないからミラクルボーイ」


「それ、じゃっかん、貶していないか?」


「それは、スタメンギリギリだったから仕方ない。会心の当たりは少ないし」


 それもそうか。それに「ミラクルボーイ」なんて、何も不信に思われていない証拠。翼は幼馴染で頭も切れる。何か勘づくなら翼が一番早いと思っていたけど、このようすだったら大丈夫。まぁ、普通の神経なら気が付くはずがないよな。俺のミラクルも翼のラッキーも、蘭水の勝利も俺のスキルの恩恵だなんて。


「あっ! いた~」


 綿菓子のような声。こころがこちらにやってきた。


「おっと、嫁さんのお出迎えだ。じゃあな! 次の試合も期待しているぞ!」


 そう言い残し、翼は教室をあとにした。


 嫁さんって、まだ付き合ってもないけど。そう思われているのかな……。


 まんざらでもない表情を浮かべ、声の主に振り返った。


「こころは隣のクラスだろ?」


「うん、でもね。Bクラスは美術だから、一緒にいけるよ!」


「一緒って、音楽室はB棟、美術室はA棟。真っすぐいって、すぐ渡り廊下と階段で分かれるだろう」


「だから、渡り廊下まで一緒にいけるでしょ!」


「…………そうだな」


 そして、数秒後。渡り廊下に着いた。


「じゃあ、明日ね。きっと、真人なら決勝戦でも活躍できるよ!」


 蔓延の笑み、天使よりも素敵な笑顔で手を振り、階段を駆け上がる。


 明日ねって、部活で会うだろ……。


 少し顔をしかませながらも。手を振り応える。こころを見送ったあと、1人で渡り廊下を歩く。大きな溜息をつきながら。


 あと、1勝。あとひとつで、俺達が甲子園にいける。でも、ここにきて問題が。


『ステータスオープン』


 心の中で唱え、頭の中にステータスが表示される。


田名部 真人

性別  男

年齢  16歳

Level  100

HP 10000

MP 287

スキル オールマジック

称号  英雄


迂闊だった。考えてみれば当たり前だ。ここは地球、異世界みたいに精霊がいないからMPは回復しない。つまり、MPがなくなればもう俺は魔法を使えないということ。


 ふと、健一の脳裏に異世界での日々が思い起させる。


始めは戸惑ったな。そりゃあそうだろ。男なら憧れる剣と魔法の世界。でも、突然、異世界に召喚されると気が動転する。王さまにも迷惑かけたな。ポランは最初に会ったときは我がままな王女だった。それから、騎士団長に修行をつけられたな。あれは強豪校の練習より厳しい、間違いない。魔物もゲームとはまったく違う、いざ、対峙するとちびりそうになる。でも、ドラゴンを見たときは興奮したな。ザ・ファンタジーだからな~。それぐらいからパーティーもできて、異世界中を旅したな。いろいろな人と出会って、いろんな景色を見て。異世界を好きになった。魔王を倒したいって真剣に思ったけ、そこからは死に物狂い。世界の危機は幾度も訪れたけど、ギリギリのところで踏ん張れた。俺だけの力じゃない。むしろ、勇者として召喚させたのに俺の力はちっぽけだった。それでも、みんなが背を押してくれた。マサトさまには魔王を打ち破る力があると。そして、魔王との決戦。何度も死にそうになったけど。これまでの道のりとみんなの声が呼び起されて俺の力になった。何も取柄のない俺が魔王を討った、英雄にしてくれた。本当は凄く迷ったな。地球に帰るかどうか、でも、こころとの約束は果たしたい。叶わないことと思っていたけど。異世界にきて俺は変われた。地球でも変われる気がしたんだ。スキルが使えなくなると異世界のことが夢じゃないかと思えてくる。でも、スキルを使わないと甲子園にいけない。自分でも罪悪感はある。それも含めてでも甲子園にいきたい。約束のためにあの世界を捨てたのだから…………。


 翌日、地方球場には人、人、人。決勝戦を迎えた県大会決勝。これに勝ったチームが聖地、甲子園に進むことができる。


 決戦目前、ベンチに控える部員達。みな顔はこわばり焦り、落ち着かないようす。それもそのはず、昨年までは一瞬にして過ぎ去った夏。しかし、今年は県、いや、日本全体から熱視線を送られる。


 万年1回戦敗退の公立校が奇跡の決勝戦進出。これだけでも、十分に話題になる。


「うわぁー、お客さんいっぱいだね。みんな応援にきてくれたんだ!」


 ベンチに座るこころ。決勝戦でもその天使の笑みは健在。しかし、こころの言葉にみな苦笑いを浮かべる。


 満員となった球場。果たしてこの中に何人が蘭華水高校、奇跡の甲子園出場を願っているだろうか。

 球場から割れんばかりの歓声。相手ベンチ。明雷神高校が試合前の練習を始めたためだ。ひと際視線を集めるのはエースナンバー。2mに近い身長にそれでも、細く見えない体格。端正なルックスは坊主頭でさえオシャレに見える。本川 誠。春の甲子園優勝の立て役者であり、卒業後はメジャー行きが噂される高校ナンバーワンピッチャーだ。


 多くの観客は本川 誠のピッチング目当て、高校野球ファンは明雷神高校の甲子園出場を願う。空気は体に纏わりつく異様な雰囲気のまま、試合開始のサイレンは鳴り響いた。


「3番。レフト。田名部くん」


 アナウンスに従い、真人はネクストバッターサークルから踏み出す


 このごろに活躍が評価され、真人は3番まで打順で昇格。バッターボックスに入る前、数回素振り、屈伸を1回したあとバッターボックスに立った。


 にしても、どうするか。本川に目がいきがちだけど、打力も全国トップクラス。普通にすれば翼でも打ち込まれる。早めに点数は取りたい、動揺して本川も崩れるかもしれない。でも、もうツーアウト。取り敢えず様子見か。


 本川は振りかぶり、足を上げ、腕を振る。教科書のような綺麗なフォームから剛腕が唸った。


 低い!


 「ストラァーイク!」


  ミットの音。審判が手を上げ、甲高いコールの声が響く。


 嘘……。ボールが浮かんだ。今までも強豪校に当たったことも、名の轟くピッチャーとも対戦したこともある。でも、違う。根本的にボールの球質が違う。これストレート一本に絞っても打てないな。


 残りのMPは 287。ケチってる場合じゃあない。


 『身体強化(中)』


 名のまま、筋力など身体を強化するスキル。(弱)、(中)、(強)とあり、(弱)ならば、不良生徒に囲まれてもボコボコにできるぐらい。(強)は暴走車を素手で止められる。試合で発動させれば、打ったボールは不自然な打球になる。よって、使えるのは(中)。これでも、助っ人外国人に劣らないパワーを有することになる。


 『テレパシー』


 ふむふむ。次はツーシーム。他の変化球よりはバットに当たりやすい。これを見逃すとツーストライク。チートがあるとはいえ、それは回避したいな。


 真人はギュッとグリップを握りしめた。


 先ほどのリプレイのようなみだれないフォーム。振り下ろされた右腕から豪速球が放たれる。

 迷わずバットを振った。変化はあるが、何とかボールに当たると、キーンっと気持ちいい金属音が鳴った。


 打球はセンター方向。勢いはない。


 センターの快速は飛ばし、今にも落下点に追いつきそうだ。


 『サードブレイク』


  センターの足が縺れ、転倒。


 「また転んだ!」


 ベンチから驚きにみちた歓声が沸く。ボールはセンターの前に落ちる。悠々と真人は1塁を踏んだ。


  ふぅう、足速すぎるだろ。スキル発動がギリギリだったぞ。


 『サードブレイク』地面を砕くスキル。うまく調整できれば小さな窪みに足を捕まえることができる。フライを追っていれば、上空に目がいってしまう。土のグラウンドで見つめるのは難しい。


 「四番 キャッチャー 藤田くん」


 さて、ここからが問題。今までは、風を起こしボールを飛ばしてホームランとかにしていたけど。本川相手だ、キャプテンでも当るかどうか。


 不安は現実に、あっという間にツーストライクに追い込まれる。


 口を締めながら、空を見上げ考え。よし! これでいこう!


 セットポジションからボールが放たれる。キャッチャーミットに真っ直ぐ向かうボールはある時点を境にストンと下に曲がった。


 藤田は腰をよろめかせなんとか当てようとしたが、ひざ下を通過するボールを打てるはずもない。バットが空を切る。ワンバウンド直前のボールは待ち構えていたキャッチャーミットに収まる、かと思われた。


『スケルトンボム』


 ボールがグラウンドに落ちるその時。グラウンドが小さく錯乱した、傍目にはイレギュラーバウンドが起こったと感じるだろう。軌道が変わり、ボールはキャッチャーの後ろを転々と転がった。キャッチャーが後ろに逸れたボールを追ううちに真人は二塁、藤田は1塁に到着。初回からチャンス到来。


 よし!ここは何としても、1点はもぎ取る。頼むぞ、翼。前に飛ばせば俺がなんとかしてみせるから。


「5番 ピッチャー 服部 翼くん」


 夏の日差しも涼しい顔の翼。打線でも持前の運動神経でチームの主軸を担う。バッターボックスに立つ姿はもし甲子園にも出ようなら話題沸騰間違いなしのナイスガイ。対する本川も高校生ながら独特のオーラを放ち、非常に絵にはなる対戦だ。しかし、実力差は明白、そこらの公立校ならまだしも相手は名門、高校ナンバーワンピッチャー。


本川は振りかぶり白球を投げた。


 豪速球に人に声は止み、キャッチャーの音が球場中に響く。選手も観客もみな自然とバックスクリーンに視線が映る。


「152キロ!」 


 真人は思わず声を上げる。試合でこんな球速をお目にするのは初めてだ。


 どうする? 『ウイングゾーン』じゃあ、発動する前にミットの中に、ストレートじゃあ『サードブレイク』も使えない。


「ストライクツー!」


 もう一球ストレート。今度は149キロ。外角低めの球を翼は見逃した。


 これでスライダーなら『スケルトンボム』でもう一度振り逃げができる。くっそ! 催眠術のスキルも習得すればよかった。


 もう、リードも忘れ念を送る真人。しかし、その願いはむさしく。


「ストライク、バッターアウト」


 暴速球にバットが空に斬る翼であった。

 

 攻守交替、大観衆の中、真人始め蘭華水高校一同は普段はしない高校生らしい全力疾走で守備位置に着く。


 うん! 打てる気がしない。無理だろ! あんなの、存在が禁止球だ。作戦変更、無理やりにでも0点に抑えて、1点をもぎ取ろう。うん、それでいこう!


 意気揚々と作戦を新たに組み立てたが、その矢先。


 カッキィンー! 快音が鳴り響いた。打球の先はレフト。


 いくら俺でも自分のところにきた外野フライの落下点は分かる。こりゃあ、超えたな。いや、別に驚くことじゃない。名門高なら1番は足が速いだけなんてないことは承知、翼に名門高を抑えるまでの力もないことも。さっきの攻撃が悔やまれる。でもここは少々無理をしてでも止める。


『グラビティコース』


心でそう呟き、足を止める。頭上を通過するボール。すると急激にボールの勢いが、いや、ボールが下に引っ張られる。


『グラビティコース』は自分の半径1mないに重力を与えるスキル。でも、明らかに不自然だな、ここは調整して……。


 ゴンっと真人の後ろで響く。打球はフェンス直撃だ。すぐさま振り返りボールを拾う。貧相な肩で山なりになりながらも、中継するがバッターは2塁まだ到達した。


 これで、紛らわせたなか……。うん、ランナーが首を傾げているけど見なかったことにしよう。うん、そうしよう。


 その後、手堅く送りバントの構え。翼のストレートに綺麗に三塁線ギリギリに決める、流石名門の2番バッター。しかし……。


 それは、愚策だ! 『スケルトンボム』


 三塁線に流れるボールは突如、イレギュラーバウンド。たまたま、ショートの正面にきた。3塁のカバーに向かう途中のショート。直ぐ横には同じく3塁に向かうランナー。ラッキーとタッチアウト、そのままファーストに送球。ダブルプレー! 思いもよらないプレーに観客席から割れんばかりの拍手が鳴った。次のバッターはセンターフライ。無事、初回を0点で乗り越えた。


 その後も完璧に抑える本川率いる明雷神高校。幸運と流れに乗り耐える蘭華水高校。試合は0対0のまま、折り返し時点を過ぎる。6回の表、先頭バッターは真人。


 素振りを数回、そののち屈伸を1回、俺だってルーティンぐらいあるさ。このあとは俯きながらバッターボックスまで歩く、集中力を高めるかんじで。


 バッターボックスに立ち、真っすぐに難敵を見つめる。


 さて、そろそろスキルで失点を防ぐのも限界。残りのMPからも、不審がられないことも。


 とりあえず。『テレパシー』、うんどれどれ、初級はストレート…………。


「ストライク!」


 何度見ても、無理だ。並みのピッチャーだったら流石にストレートがくると分かっていたら大体打てるけど。本川は、前に飛びそうにない。手にジーイと痛みが残りだけっぽい。

狙うはズバリ、チェンジアップ。遅いボールを狙い打つ!


「ストライクツー」


 問題はチェンジアップを投げてくるかどうか。ここまで余り投げていないし、ストレートだったらどうしよう……。


 引き攣る表情もまま、次のボールがくる。真人の腰辺り、コースは真ん中。本川にしては甘めのコース。しかし、そんな緩い球を投げるわけもなく、煙のように落下した。


「ボール!」


 バットをピクリとも動かさずに見送る真人。キャッチャーが軽く首を傾げている。


 俺にボール球は通用しないぞ、何だってサインを盗む以上のことをしているから。悪いなでも、甲子園に行くためだ。そしてきた!


 本川の手を離れるボール。それは今までのスピードはなく、ゆっくりとした速度で軌道を描く。


 スライダーを完璧に見逃した。見えているかどうか分からないがまた見送られる可能性が高い。だったらストレートでもいいが、このバッター前の打席に右方向に鋭い府ファールを飛ばしている。少し慎重過ぎるが0-0。ここは予想していないチェンジアップでいこう。だって! ラッキー! 


 ボールは要求通り外角低めへ、さすが精密機械だよ!


 快音、お久しぶりの気持ちのいい金属音に観客も沸く。打球は左中間へ、外野に転がるボールの中、悠々と2塁まで進んだ。


 さぁ、反撃開始! 


 次は四番でキャプテンだが、ここは送りバント。うちの監督は無能じゃないと思う。たぶん、学年主任だから余り部活に顔を出せないのが弱小の一番の原因かな。まぁ、監視者がいないと人間ってだらける者だ。


 コンっと。微妙な音。俺は嫌いじゃない。快音ばかりだったら味気ないだろ。キャプテンのバントは絶妙。ファーストの前に転がる。俺は安心して、サードに到着。さぁ、ここから。


0-0、ワンアウト三塁バッターは翼。攻撃権は結構ある。中でもこの場面で多いのは高校野球名物?スクイズ。でも、ここで重大な問題。根本的に翼はバントが壊滅的に下手だ。もう、こころのほうが上手いかもと思う程に。さらに、とうの本人はエースがバント下手とかいいギャップとかいって練習は全くしなかった。つまり、スクイズはできない。


まぁ、幸いなのは。


「ボール」


 審判の声も小さい。コールの必要もないほどボールだからだ。キャッチャーは立ち上がりバッターボックスの外にボールを投げる。


 そんなころは相手が知らない――! これは! 1点取れるかもしれない。いや、確実に取れる!


『テレパシー』


 真人はサードにスキルをかける。よし! もう一球外す。そのときだ。


 本川から、ボールが放たれる。それと同時にキャッチャーも立ち上がり。ベースから離れる。そして、ひっそりと真人もスキルを発動させる。


『ウイングゾーン』


 スクイズを避けて、ホームベースから大きくされたボール。しかし、突如として、軌道が変わり、必死にキャッチャーが垂直飛びをするも、ボールはキャッチャーの頭上を越える。


 観客から悲鳴の声が漏れた。急ぎキャッチャーはマスクを取り、ボールを追いかける。本川も半ば不可思議な顔をしながらもホームベースのカバーに入った。その横、真人はまだボールに追いつけないキャッチャーを見守り、悠々とホームベースを踏んだ。


 何で、そんなに余裕なんだよ。


 本川と交差するさい、顔を覗き見る。それは、ミスや失点に動揺したようすはなく、これまでと全くかわらないようすであった。


 そのあとは空振り三振。しかし、先制点をあげたのは弱小、蘭華水高校。


 だが、次に回、目覚めた名門が牙を剥く。ワンアウトランナー満塁。相次ぐ、バント失敗に明雷神高校は強行策にでた。バントを封印、高校野球では珍しいが元々の打力も全国クラス。あっという間にランナーは溜まり、そしてバッターは。


「4番 ピッチャー 本川 誠くん」


 本川はバッターとしても一流。高校通算30本塁打を放っている。


 どうする、この場面。かなり、厳しい状況。おそらく、スクイズはないし、大飛球を『グラビティコース』でただのフライにしてもタッチアップされる。三塁ランナーの足を止めたいところだけど。流石に時間がない。それに、残りのMPは143。


そんなことを考えていると、金属音が響いた。本川が打った瞬間、真人は走りだす。前にだ。翼の低めのストレートに珍しく芯を外れたが、それでも大きなガタイは打球を外野に運ぶ。打球はショートとレフトの間のライナーだ。


マジか! 前に打たれたら『ウイングゾーン』も『グラビティコース』も意味がない! いまから身体強化をしてもボールは追いつけない。チラッとランナーを見る。3塁も2塁も、ベースから少し離れ、ボールが落ちればいつでもスタートが切れる状態だ。


くっそ! 1点もやんねぇよ! 「『タイム・リバース』」


「『タイム・リバース』」時を一定時間巻き戻るスキル。オールマジシャンである真人のなかでも最高峰のスキルだ。


 戻るとき数秒。それで十分だ。『身体強化(中)』


すぐさまスキルをかけ、まだ打つ前に落下点に走る。同じ高さの金属音、同じ角度で上がり、同じ悲鳴が沸き上がる。しかし、結果は違う。真人が快速を飛ばし、ボールに追いつく。グローブにボールが収まり、飛び出している、セカンドランナーを刺すべく、ボールを放つ。


 そんなっ!


 気がついたのはそのときだった。『タイム・リバース』ほどのスキルにもなると真人に掛かる負担は大きい、握りが浅いこと気付いても、もう手遅れ。セカンドに投げたボールは左に大きく逸れた。それを見たサードランナーは走り、ホームベースに生還する。1-1の同点に追いつかれた。そらに、それた位置も悪い、セカンドとセンターの間を抜け、ファーストがボールを取りに行く。そのときには既に、セカンドランナーが三塁を回っていた。必死に送球するがきわどいほどでもない。セカンドランナーが生還し蘭華水高校は逆転を許した。


 『タイム・リバース』の消費MPは100.もう使えない。ランナーを『サードブレイク』で妨害するのはただ走っているだけなので難しい。異世界スキルでも、この逆転を防ぐことはできない、なぜならば、真人自身のミスでの失点だからだ。


 嘘だろ……。


 真っ青な顔、幸いなのはこの回にもう真人に打球が飛んでくることもなく、そのあとの追加点もなく終えられたことだ。


 キィ――ン。大きな金属音。それに共鳴する観客。8回の表。明雷神高校猛攻、1点追加点のあと4番本川のソロホームランに球場が騒ぐ。


 そうか、観客の人は本川のショーを見にきたのか。レフトで死んだようにうなだれる真人は客観的に今の状況を察していた。残る攻撃は8回、9回のみ点差は3点、本川はまだまだ疲れ知らず、スタミナも化け物だ。絶対絶命、崖っぷち、瀬戸際、そんな言葉が永遠と頭の中を回る。


 くっそ! MPを使い過ぎた。特に前の打席、同点だったから、無理やりフライを打って、『ウイングゾーン』でホームランを狙ったが距離が足らなかった。何で、身体強化(中)を使って差し込まれる! あいつも異世界にいっていたとか、そうだ、そうに決まっている!


 馬鹿らしい妄想で現実逃避をしながら、ベンチに帰る。5番は空振り三振。しかし、この回に3点で逆転。その裏、蘭華水高校の攻撃は無風で終了。ついに9回、表の明雷神の攻撃、満塁のピンチだったが、翼が最後の力を振り絞り空振り三振。成績だけを見れば名門相手に4点に失点。十分に好投といえる内容だ。


 そして、遂に9回裏蘭華水高校の攻撃、この回に3点以上を取らなければ奇跡も甲子園の夢も潰える。


 真人はベンチでずっと、顔を伏せながら、両手を合わせる。


「祈るときは、相手の顔を見ないと意味ないよ!」


 こんな状況でもその声は変わらない。いつものような、明るい声で、いつものように天使の微笑みでこころは真人の隣に座る。


「祈るなら、両手を合わせって、じっと、見つめて魔法をかけないと。ホームランお願いって!」


 それで、何人もの部員が落ちているんだと。ライバルが増えるだろ、やめろ!


 内心そう毒づきながらも、少しほっとする真人。


 点差は3点。MPが残り少ないのも窮地だが、まず、この回は下位打線の7番から。本来の真人の打順から、つまり、打力はスキルを持たない真人程度。オールマジシャン。異世界を救ったそのスキルも、ここ地球で、野球で使える場面は限定的。これまで、自分にスキルを使った以外にはボールに発動させるのみ。それも、ランナーに出ている場面や、守備のとき、ボールが近くになければ的を絞れない。


「そうだな、もう本当に奇跡を待つしかないな」


 こころと同じように、両手を合わせて、じっと見守った。


 大空を舞う白球。結果奇跡は起きた。ポテンヒットと連続四球、蘭華水高校にとって、本来これでも十分に奇跡だろう。7番、8番、9番と連続して出塁した。


「ほらね。祈れば伝わるよ」


「そうだね」


 こころもスキルもっているんじゃあ……。ないかっ!


 正真正銘の奇跡に、勝つ見込みが出てきた。いけるかも、いや、いくぞ! 甲子園!


 目をギラギラ光らせ、再び祈っていると。こころから耳打ちをされた。


「魔法を使わなくても、きっと真人なら奇跡を起こせるよ!」


「えっ………………」


 目を丸くして、振り向いた。こころは相変わらず天使の笑みを浮かべるが、その瞳が潤んでいるようだった。


 しかし、奇跡はここまで。満塁のピンチに陥った本川はギアを上げる。9回だというのに150キロを連発。あっというまに2者連続三振。ツーアウト満塁。ネクストバッターの真人が何回もため息をつきながらバッターボックスに立った。


 まさか、こころに気付かれるれるとはな。やっぱり、初めに見られていたのか。それとも試合の中で気付いた? 天然だから逆に不思議なことを不思議な何かがあると考えたのか? いや、いまはそんなことどうでもいい。残りのMPは43、『テレパシー』で10、身体強化(強)で20、『ウイングゾーン』で10。テレパシーで采配を覗いて、身体強化(強)で反動が大きいが最後のチャンス、大飛球を飛ばして、『ウイングゾーン』で観客席に打球を移動させる。確実にホームランが打てる!


 ストラーク! 審判の声に観客の割れんばかりの拍手を送る。


何やっているんだ! 打てよ! ストライクだろ! ホームランにできるボールだろ!


 必死にそう思うが、どうしても、こころの言葉が繰り返される。「魔法を使わなくても、きっと真人なら奇跡を起こせるよ!」


 ストラーク! 胸もとにきた直球に判ってはいたが手を出さなかった。


 起こせねぇよ! スキルを使わないと、俺が、俺達が甲子園なんていけるはずがない。俺だって好き好んでこんなずるしている訳じゃない。そうしないと勝たないから、甲子園にいけないから。本川は野球の才能があって、俺は異世界のスキルの才能があった。何も初めから、最強の強さを持っていたわけじゃない。巨人に食べられ、ドラゴンに焼かれ、一度は魔王に石化された。名門校のきつい練習? ふざけるな! 俺は命掛けてこのスキルをものにした! 本川が天から与えられたれ、鍛え抜かれた力と同じように得たスキルだ。


俺は異世界スキルで甲子園を目指す!


 振りかぶり本川、次のボールは外角のストレート。真人は思い切ってバットを引き、大きく左足を踏み込んだ。


 キィィィン!


 大きな金属音が大空を包む。観客の声援がピタリと止み。万を超える視線は雲と同化した白球を追いかける。


 1塁に走りながら真人はスキルの準備、軽く右手の人差し指を白球の方向に動かす。

 よし! あとは『ウイングゾーン』でホームランに――――。


 そのときだった。静寂に包まれた球場ではその声は観客まで聞こえただろう。


「きら――――――い!!」


 ハッっとベンチを見るとこころが今にもグランドに飛び出しそうなほど前のめりで叫んでいた。


 その声に自然と足が止まり、指した人差し指も降ろして、小さなため息をつく。


 まったく、こころに嫌われたら甲子園に行く意味がないよ。


…………ありがとう、こころ。


 空高く上がった打球はゆっくりと落ちていき、センターのグローブにおさまった。観客の大歓声とともに審判がコールをする。蘭華水高校の奇跡の快進撃は決勝戦敗退、甲子園まであと一歩のところで散り去った。


 白熱の熱戦冷めないころ、肩を落としてベンチに帰ろうとする真人にこころが駆け寄った。


 おいおい、きたら不味いって。


 ふと、涙が溢れてきた。こころが泣いていたからだ。泣きじゃくる顔で、か細い声で呟くようにいった。


「こころを来年は甲子園に連れていってね」


 もう、異世界スキルを使えない真人は笑顔でいった。


「まかせとけ!」

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