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巻き込まれただけですから!  作者: とある世界の日常を
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00.召喚

 目の前で変な光に包まれる女子高生を見ながら、現実味もなく思った。

 ああこれ、異世界召喚とかでよく見るやつだ。


 助けるべきなのかな。一瞬そう思ったけれど、こういうのって結局逃れられなくて、助けようとした人も一緒に向こうに行って邪魔者扱いされたりするんだよね。早々に結論を出して放置することにした。

 仕方ないよね。だって、私は関係ないもん。


 まるでそこには何にも変な光景なんて見当たらないかのように振る舞い、私は女子高生の横を通り過ぎた。


「いやっ!」

「え?」


 女子高生は私の腕をがっちりと掴み、無情にも私は巻き込まれる羽目になったのだ。

 勘弁してよ。そう思ったけれど、助けなかった事への罪悪感もあり、文句を言う事は出来なかった。


 眩い光に包まれて、私は折角決まった転職先の会社に心の中で謝罪した。



 余りの眩しさに目を瞑っていると、不意に浮遊感がなくなり重力が戻る。


「聖女が・・二人?」


 その声に目を開ければ、如何にもファンタジーですと自己主張の激しい登場人物たちが驚きの眼差しでこちらを見ている。ああ、イケメンだ。そんな間抜けな感想しか出てこない。

 ふと私を巻き込んだ女子高生に目をやれば、興奮冷めやらぬ様子で爛々と瞳を輝かせている。相手がイケメンだからなのかは不明だが、とても喜んでいる様に見える。

 ああ、この子は大丈夫そうだ。


「聖女とやらはこの可愛い子ですよ」


 そっと女子高生の手を私の腕から外し、立ち上がらせる。

 夢だと思いたいが、感覚の全てがこれは現実だと教えているように感じた。異世界というものは小説やマンガだからこそ楽しめるのであって、実際起こるものではないのだ。普通は。


 実際に起こるだなんて、微塵も思っていなかった。


 しかも巻き込まれただけという足手纏いの様な存在になるとは、自分が気の毒でならない。

 取りあえず、この状況を早く終わらせて元の世界に帰してもらおう。


「私は近くにいて巻き込まれてしまったんです」

「貴方は聖女ではないのですか?」

「はい、違います」


 にっこりと微笑み女子高生の後ろへ一歩下がれば、戸惑いを見せていたイケメン集団の代表らしき男が女子高生の前に膝をついた。金髪碧眼で少し垂れ目の美青年だ。


「私はラグドラシル王国の第一王子ガウェイン。君の名前は?」

「アカリです!アカリ・シノノメ。アカリと呼んでください」

「では聖女アカリ、どうか我らに力を貸しくれ」

「はい!勿論です!」


 嬉しそうじゃないか。これなら私を巻き込む必要などなかっただろうに。

 とは言えそんな事はこっちに来るまで知らないのだから仕方がないと思うしかない。


「こちらが召喚を行った神官だ」

「エリアスと申します。聖女様の浄化のお手伝いもさせて頂きます」

「どうか、聖女ではなくアカリと呼んでください。良ければ皆さんも」


 無邪気な笑顔で答えるアカリに数名が顔を赤く染めたのが分かった。

 それぞれの紹介が終わると、エリアスが聖女についての説明を始めた。


 聖女の仕事というのは、この世界の魔を浄化する事だそうだ。

 選ばれた聖女はこの世界で唯一の浄化の力を持っており、毎日の祈りによって世界中に浄化の力を行き渡らせるらしい。それによって魔の力は弱まり、生命が芽吹き、種が栄える。基本的には祈りを毎日して、特に穢れが酷い地域は直接訪問し浄化する。戦闘に関しては各国の兵士がするそうだ。

 9つの国があり、ここは世界の中心に位置する国だそうだ。

 世界の敵として魔族が存在する事から、人同士の戦争は無いらしい。そう聞くと平和そうではあるが、その魔族とやらがかなり強く気紛れで厄介なのだそうだ。聖女が関わる事はないからと説明は簡単なものだった。


 その説明の中で、私は幾つか驚く言葉を聞いてしまった。

 直ぐに問い質したい気持ちはあったものの、部外者が話しの腰を折るのも気が引けて、一通り話し終わるのを待った。


「それでは部屋を用意しておりますので、聖女様はそちらへご案内致します」

「はい!」


 そのまま移動を始めようとする集団に、若干呆れつつも声を掛ける。

 勝手に召喚しておきながら、もしかして放置するつもりだったのだろうか。

 まあ私は召喚された訳じゃなくて、巻き込まれただけなんだけどね。


「あの、宜しいですか?」

「ああ、そうだな。君の事はエントヴァに任せよう」

「その前に少し質問を、アカリさんはこの世界で結婚したいの?」

「だって元の世界には帰れないもん」


 アカリの帰れないという台詞にカエデは先ほどの説明を思い返す。

 聖女はこの世界で王族と結婚する決まりだとは言っていたけど、帰れないとは言っていなかったはずだ。結婚に対して抵抗感がないというよりも寧ろ嬉しそうにも見えるのは、王族との結婚だと言っていたからだろう。


「ガウェイン様、元の世界には帰れないのでしょうか?」

「ああ、向こうから呼ぶ事は出来ても、こちらから向こうに送る事は出来ない」


 それはちょっと無責任じゃないだろうか。悪気もなく言ってのけるガウェインに苛立ちを感じる。

 けれどここで苛立ちを発散するのは馬鹿のする事だ。騒ぎ立てずに大人しく話しを聞いていた私への印象は悪いものではない。誰かしらは巻き込んだ事への罪悪感を感じていても可笑しくないのだから、ここは控え目な要求をするに留めよう。


「それでは私はこの国で生活する事になるのですね」

「そうなるな」

「では今後の事はエントヴァ様にご相談すれば宜しいでしょうか」

「ああ、そうしてくれ」

「お心遣い、感謝します」

「構わない。ではエントヴァ、後は任せる」

「承りました」


 綺麗なお辞儀をして、アカリとイケメン集団が部屋を出るのを見送った。

 扉が閉まったのを確認してエントヴァへと顔を向ける。青い髪と目がとても綺麗だ。


「小鳥遊カエデと申します」

「タカナシカエデ、不思議な名ですね」

「小鳥遊が姓で、カエデが名です」


 エントヴァには仕事を紹介して貰い、仕事場に近い住居と仕事用の衣服、初任給までの生活費を保証して貰う事になった。


 アカリについては待遇に問題はないだろうし、結婚等についても本人が納得している様子だったから気に掛ける必要はないだろう。というか巻き込んだ相手に対して無関心すぎるだろう。あまり関わりたくないタイプかもしれない。私が気にする必要はないだろう。


「カエデはどのような仕事が出来ますか?」

「接客系の仕事を中心にしてきました。職人系の仕事は経験ありませんが、教えて頂けるなら覚えます」

「王宮の侍女はいかがですか?これから聖女様に侍女も付けなくてはいけませんし、同じ世界から来たカエデが近くに居れば聖女様も安心でしょう」

「申し訳ありません。私は聖女様と今日初めてお会いしたのです。同じ世界から来ましたが、年代も違いますし話しは合わないかと思います。それに王宮での礼儀作法を存じ上げませんので相応しくないかと思います。出来れば街中のお店で働かせて頂きたいのです」

「王宮での礼儀作法はお教えしますので問題ないかと思いますよ。城下町での仕事は確認しなくてはなりませんので、数日お時間を頂きます」


 そうして一週間は王宮の部屋を借りて過ごす事が決まった。

 エントヴァは次々と物事を決めていく。仕事が出来る人というのは頼もしく見える。


「それでは部屋に案内しましょう」

「お世話になります」


 案内されたのは客間で、結構豪華に飾られた部屋だった。使用人までいる。

 かなり心が惹かれる内装だ。ロココ調の家具は私の好みドストライクだ。


「・・とても素敵な部屋ですね。ですが私には過ぎた対応に思えます。使用人の使う部屋はないのでしょうか?」

「現在使用人部屋には空きがないのです」

「そうなのですか・・」


 そうは言われても、働きもしないのにこの部屋を使うのは心苦しい。

 仮にエントヴァが上から目線で偉そうな態度で接していたなら堂々とこの部屋を使っていただろう。しかしエントヴァは始終丁寧な態度で、とても親切に接してくれるのだ。


「この様な素晴らしい部屋をお借りするのに何もしないのは申し訳なく思いますので、宜しければ此方に滞在している間だけではありますが、何かお手伝い出来る事はありませんでしょうか。雑用でしたら王宮の事を知らずとも出来る事があるかと思うのです」


 この広い王宮であれば、いくらでも雑用はあるだろう。

 部屋の掃除でも調理場の野菜を洗ったり、皮を剥いたり、食器を洗ったり、庭の草むしりをしたりと、今思いついただけでもそれだけあるのだ。


「でしたら私の助手はいかがでしょう」

「助手、ですか?」

「はい。聖女様も召喚出来ましたし、これから忙しくなりますので丁度人手が欲しかったのですよ」


 エントヴァの助手、意外と重要そうな仕事を頼まれてしまった。多分そんなに下っ端じゃないよね、私が助手で大丈夫なのかな。ああ、それとも変な事を仕出かさない様に目の届く位置に置いときたい感じかな。


「とても光栄なお話しなのですが、色々と教えて頂くことになるかと思います。それでも大丈夫なのでしょうか?」

「言葉遣いは丁寧ですし、問題はありません。殆どは書類を届けたりという仕事になるかと思います。他の仕事を任せる際はその時にお教えしますよ」

「お役に立てるよう努めさせて頂きます」

「ええ、では明日から宜しくお願いしますね」

「はい」


 話しを終えようとして思い出す。

 控え目に待機しているから背景と同化している様に見えるけど、使用人がいたんだった。


「それと使用人ですが、私は客人ではありませんので必要ありません」

「この客間を使用する限りは客人として扱います。これは王宮の決まりですので、どうぞ気になさらず過ごして下さい」

「ではせめて人数を減らして頂けませんか?」

「人数が減るとその分一人一人の負担が増えるのです」


 そう言われてしまっては私には何も言えなくなる。これ以上言おうものなら我儘になるだろう。

 私は親切なエントヴァの手を煩わせたい訳ではないのだが、どうしよう。


「くく、考えている事が顔に出てますよ。何も心配はいりません。気にせず過ごせば良いんです」

「・・・お心遣い、痛み入ります」

「では明日、9時半頃に迎えに来るよ」

「はい、宜しくお願い致します」


 結局過分な待遇を受け入れるしかなかった。

 とても有り難いのだが、過分だと分かっているだけに心苦しく感じる。

 使用人は常に全員が部屋にいる訳ではない。一人は部屋にいるが、それ以外は仕事がある時に部屋に来るのだ。例えばベッドメイキングや食事、お風呂の時間である。常にいる使用人の名前はレイシー。ピンクの髪に水色の瞳とファンタジー色の濃い色彩を持つ可愛い系の美少女だ。


 お風呂は猫足のバスタブで、マッサージは悩んだ末にしてもらう事にした。元々エステは好きだったから我慢が出来なかったのだ。香油の良い香りに包まれ、至福のひと時を過ごす。


「カエデ様の肌はとても美しいですね」

「そうですか?ありがとうございます」

「シミもなく滑らかな肌・・何か手入れをされていましたか?」

「時々ボディクリーム塗ったり、自分でマッサージしたりはしていました」

「まあ、元々上流階級の方でしたのね」

「いえ、手入れはしようと思えば誰でも出来る世界なんです」

「羨ましいですわ」


 お風呂から上がると部屋に食事が運ばれた。食べきれない量に顔が引き攣るのが分かった。王宮の食事ではこれが普通なのだろうが、罪悪感が募るじゃないか。先ほどマッサージの誘惑に負けたばかりだというのに、こんな贅沢はしていられないのだが。とはいえもう作られたものをどうする事も出来ない。


「いただきます」


 食事は普通に美味しかった。建物は中世ヨーロッパ風だから、料理もその時代に近いのかと思っていたがそうではないようだ。昔の王族貴族の食べる料理は工程が多く手間が掛かる程に高級な料理とされていて、美味しくはなかったと聞いた事がある。これまでも聖女を異世界から召喚していたのだから当然と言えば当然なのか。


 分不相応な天蓋付きのベッドに寝転べば、夢の様な今日一日の出来事に思いを馳せる。


 もう8回目の転職で、今度こそは長く続けようと思っていたのに、まさかこんな風に終わるなんて思ってもいなかった。向こうで私はどういう扱いになるのだろうか。こっちに来てから何時間経った?もう会社に行く時間になったのだろうか。遅刻なうえに連絡もないから、随分と苛立っているのではないだろうか。家だって引き払うのに態々田舎から親が荷物を回収に行かなくてはならないのではないのか。いつ頃、行方不明なのだと騒がれるのだろうか。

 帰れないなら、もう向こうの私の存在自体無かった事になればいいのに。

 考えても仕方のない事ばかり、頭の中に浮かんでは沈む。


 本当に、帰る術はないのだろうか。


 寝ようと思っても、する事がなければぐるぐると同じ事を考えてしまう。

 結局ベッドに入っても一時間以上は眠れなかった。

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