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巻き込まれただけですから!  作者: とある世界の日常を
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09.代償

 一瞬、どこか異様なその光景に足が止まる。しかし次の瞬間には無意識に身体が動いていた。


「・ッ!」


 溺れる程の深さはないのかもしれない。それでもまだ3歳にも満たないであろう子供が水場で一人遊ぶ姿は、簡単には見過ごせない光景だった。


「・・1人なの?」


 まだ殆ど言葉も理解できてないであろう幼子には無意味な質問だ。しかしそれに反して、その子供はまるで言っている意味が分かっているかのように頷いた。


「取りあえず、水から上がりましょう」


 水温は思っている以上に冷たい。手に触れた子供の肌も氷のように冷たく感じる。幸い唇の色はまだほんのりと桃色だ。水に浸かってそう長い時間は経っていないのだろう。


 抱えて水から離そうとすれば、子供は嫌がる素振りを見せる。


「どうしたの?寒いでしょう?」


 イヤイヤと首を振る子供に、カエデは眉を下げる。


「どうしたの?」


 その問い掛けに答えることなく、子供はまた水を身体に掛け始めた。よく見ると掛けた瞬間、身体の黒ずみが薄れている。肌が浅黒いのは人種による違いだと思ったが、どうやら汚れか何かのようだ。


「早く洗って出ようね。私も手伝うから」


 嫌がる素振りを見せなかったので、水に手を浸し子供の身体を優しく洗うように擦る。ぬるりとまるで表面を滑るような感覚にゾワリと鳥肌が立つ。もしかして油のようなものを頭から被ったのだろうか。触れた場所から綺麗な白い肌が透けて見える。これなら直ぐに出られるだろうと思ったのも束の間、まるで汚れは浸食するかのようにジワリと滲んだ。


「変な汚れね」


 不思議な事に汚れがカエデに移ることはなかった。どういう原理なのか服にも付かない。洗えば落ちるし汚れである事に間違いはないと思うのだが、異世界特有の汚れなのだろうかとカエデは首を捻る。

 服が汚れないのならと、カエデは子供を膝に座らせて洗い始める。少しでも寒さが和らぐようにと思っての行動だった。


「あら、なんだか水が温かくなったような・・」


 先程までは真冬の水のように冷たかったものが、今は夏場の水程度の水温になっている。


「これならまだ大丈夫そうね」


 時間は掛かったものの子供はすっかり綺麗になった。浅黒かった肌は透き通るように白くなり、灰色にも見えた髪は蝋燭の暖かな灯りに照らされて黄金色に輝き揺らめいた。


「名前は言えるかな?」

「・・・フィー」

「フィーね、私はカエデよ。フィーのお父さんとお母さんはどこかな?」


 フィーは首を振るばかりだ。言葉の意味は理解しているように見えるので両親がどこにいるのか知らないか、もしくはもういないかだろう。こんな所に放置されているのだ。決して幸せな家庭環境にあるとは言えないだろう。それに見目は2、3歳ではあるがやり取りをみる限り実年齢は4、5歳くらいかもしれない。栄養失調か何かで成長が遅れているのだろう。


「取りあえず、ここから出ようか」


 尚もフィーは首を横に振る。


「でも、せめて着替えなきゃ・・」

「・・こっち」


 フィーの向かう先に扉が見えた。大きくはない。元の世界では一般的な大きさの扉だ。此方の世界ではどうかは知らないが、このお城の中ではかなり小さいと思う。

 中に入ると一通りの物は揃っているように見えた。どれもこのお城にあるにしては簡素な物だ。ただ簡素ではあるものの、質は良さそうだ。造りはしっかりとしている。


「ここはフィーの部屋なの?」

「ん、」


 フィーは手慣れたように用意し、一人で着替えを済ませた。やはり見た目通りの年齢ではないらしい。


「一人で住んでるの?」

「うん」

「いつもは何してるの?」

「ん、」


 フィーが指し示す先には本棚がある。手に取ってみればどれも子供には難しそうなものばかりだ。挿絵がある訳でもないそれらにはただ文字がズラリと並んでいた。


「読めるの?」

「ん、」


 それが本当であるなら、フィーの知能はかなり高い。


「フィーは何歳?」

「・・・わから、ない」

「ここにはどれ位いるの?」

「・・ずっと」


 言葉が話せないというよりもは、あまり言葉を話し慣れていない、というよりも声も出し慣れていないように感じる。


「ずっと一人なの?」

「たまに、くる」

「どんな人?」

「おんな」

「それはお母さんとは違うの?」

「・・しら、ない」


 ずっと一人という訳ではないらしい。


「ご飯はちゃんと食べられてる?」

「ん、」


 フィーの立ち位置がよく分からないが、見目とは違ってしっかりしているらしい。ネグレクトかと思ったが、完全に放置している訳ではないらしい。


「(こんな場所だし、病気で隔離されてるのかも)」


 そうなると私の取った行動はかなり悪手だ。伝染病の類いであれば接触の多かった私に感染した可能性も出てくるのだ。時折女性が来るみたいだし、大丈夫だと思いたいが下手なことは出来ない。

 現状感染病かどうか確認する術は乏しい。フィーに確認するのが手っ取り早いが、一人でいるのが嫌で嘘をつく可能性も否めないし、そもそもこんな子供に君は伝染病ですかなど聞ける訳がない。


「ご飯って誰か持ってきてくれるの?」

「ん、」


 ここに来るのであれば、その時に確認するべきか。


「その人に聞きたい事があるんだけど、来る時って分かるかな?」

「ん、」

「そうなのね、来たら教えてくれるかな?」

「・・ん、」

「ありがとう」


 取りあえずその人が来たら感染症の有無を確認して、何もなければそのまま一緒に戻ろう。


「・・・」


 現れた侍女は特に驚く様子も見せずに淡々と、こちらの語る事情に耳を傾けた。


「事情は理解致しました。彼は感染症等ではありませんのでご安心を、後程居室へご案内致しますので暫しお待ちを」

「(まるでここにいるのを知っていたみたいね)」



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