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女子だって、スラムダンクをしてみたい!  作者:
第二章 愛と勇気とお姫様
7/34

愛と勇気とお姫様 その2


          1



 第3体育館。

 女子バスケ部ロッカーにやってきたのは、バスケ部唯一の2年生、安城咲だ。

 咲は栗色の髪にうねうねパーマをあてたお洒落さん。先週の金曜日から可愛い後輩ができたことが嬉しくて、今日は1日ご機嫌よろしく、フンフンと鼻歌交じりに歩いている姿が見られた。


「今日も頑張りまっしょう――ん?」


 ただ、そんな咲のゴキゲンもここまでで、ロッカールームに入ると、咲は部屋の中に漂う不穏な空気を感じ取り、足を止めた。

 ロッカールームの中に先客がいた。部屋の中央に据えられたベンチに座って、うなだれて、真っ白に燃え尽きて、負のオーラをまき散らす誰かがいる。

 その正体は――、


「……杏樹? 何してんの?」


 杏樹だった。ただでさえ普段から物静かで影が薄いのに、さらにテンションを低くしたら、存在感がミジンコよりも薄くなってしまうではないか。


「おーい?」


 咲は杏樹の前で手をひらひらと振る。やはり反応がない。死んだ魚の目をした燃えカスがそこにあるだけである。

 一応、杏樹は運動着に着替えてバッシュも履いているようだ。ただ、バッシュを履いたところで力尽きたらしく、紐を結ぶ姿勢のまま固まってしまったらしい。


 杏樹が全く無反応なものだから、咲は「まあ、いいや」と、とりあえず着替えることにした。

 ブレザーをロッカーの中にかけ、スカートの下にバスパンを履く。そしてスカートを脱いでロッカーに放り込むと、ワイシャツのボタンをポチポチ外してく。

 ここからまさかのお色気お着替えシーンかと思いきや、ワイシャツを脱いだらその下にはバスケウェア。お着替えタイム終了である。女子運動部のロッカーの中なのに色気もクソもない。

 バッシュを履いて、咲はいう。


「んじゃ、先に行ってるねー」


 そしてすたすたと可愛い後輩を置いていこうとする先輩。

 しかし、突如として起動した杏樹にその腕ががっしりと掴まれた。


「おお!? 動いた!?」

「咲先輩……」


 体調でも悪いのだろうか。杏樹の小さい声は、いつも以上にか細くなっている。


「杏樹、元気? 大丈夫?」


 そして、

 咲が心配そうに声をかけると、杏樹はモゴモゴと口を動かしたかと思えば、


 ――泣いた。


「え、ちょっ!? また!?」



          ∞



 今朝に続いてまたまた杏樹が咲に泣きついた。

 咲はなんとか、杏樹が泣き出した原因を聞き出してみると、何やら彼女はお昼休みに不良に絡まれて、脅されたそうだ。

 杏樹はそれが怖くて怖くて、最終的に現実逃避に走って、魂が抜けてしまったらしい。


「ともかく、相手がここに来るなら、話し合って帰ってもらいましょう。私に任せなさい」

 こういう時、頼れるものこそ先輩である。咲は殺る気満々だ。


 それから咲は杏樹を引き連れて、体育館にやってきた。

 そして腕を組んで待ち構えること、数分、


「「よろしくお願いしまーすっ!」」


 ペコリと頭を下げてフロアコートに入り、ノシノシと我が物顔で歩いてくるは――あの双子。


「あいつら?」と、咲が確認すると、杏樹はコクリと頷いた。

 そして、


「璃々ちゃん、玉子ちゃん?」


 友人たちがまるであちらの味方であるように、その後ろに付き従っていた。それがまたショックで、杏樹は再び鼻をすするのであった。


 咲は思う。

 ――この子は、今も『昔』も、いつも泣いてるなぁ。

 なんて。



          ∞



 現れた双子の正面に立つのは咲である。

 杏樹の事前情報からすると、この2人こそが、杏樹を脅かした不良のはずなのだが、何やら奇妙な違和感を咲は抱く。


 だって、この不良たち――入部届を持ってきたのだ。


「……あんたたち、入部希望者なの?」

「そだよー」「だよー」


 手前にいた愛羅がその手に持っていた2枚の入部届をひらひらと振って、咲へと差し出す。


「芹沢愛羅と勇羅? 双子なのね」


 しかし、咲は名前を見ただけでそれを受け取らない。

 入部届の受領を拒否されたことに双子はコテン、と同じように小首を傾げる。

 咲はそんな2人の姿を見て、やれやれと首を振った。


「バスケ部に入りたいってのに、なんだってまた特待の子を脅かしたの? 入部したいなら、まずその理由をいいなさい。場合によってはそれを受け取らないわ」

「脅かしたー?」

「何の話ー?」


 しらばっくれているのか、それとも悪気がないせいで自分の罪を理解していないのか、双子は「わからんちん」と小馬鹿にするように肩をすくめる。

 咲は深い溜息をつく。


「あんたたち昼休みに杏樹を脅かしたんでしょ? 何が目的だったの?」

「ああ、それね。目的って、ねぇ、勇羅? 私、いったわよね?」

「いった、いった。ちょいとバスケで勝負をしようっていった」


 それを聞いた咲は、杏樹に目配せ。

 ――本当にそういったの?

 すると杏樹は「あ、勝負ってそのことか」と、頷いていた。


「はぁ……なるほど」


 咲もまた深々と頷いて、思った。


 ――これ、ガチで話し合いで解決できちゃうんじゃない?


 咲としては杏樹が不良に脅かされたなんていったものだから、不良の手によって部活を荒らされてしまうのかと勘違いしていた。というかちょっと怖いもの見たさでそういう展開を期待していた。そんで不良が改心して「バスケがしたいです」的なアレにならないかな、なんて。

 ところが双子はこうして入部届を持ってきた。運動着姿だし、使い込まれたバッシュも履いている。耳にピアスの穴が複数あるが、装飾品はしっかり外している。そういえば、フロアに入ってくるときもしっかり挨拶していたし、彼女たちはスポーツマンとして、ここに立っているのだ。

 つまり、

 特待生にバスケの勝負を挑む不良。

 これは肩書が邪魔になっているだけで、何の問題もない話である。今は自主練期間中だから好きなコトやっていていいわけだし。


 咲は深々と頷いた。

 ――なんだ。1人で勢い勇んで損しちゃった。つまんね。


「オーケー。わかった。早とちりしてすまんね。入部届、受け取るわ」


 しかし、話をそうやすやすと終わらせてくれないのが、この不良双子である。

 咲が愛羅の差し出していた入部届に手を伸ばすと――愛羅はその手をひらりと躱した。


「あら、どうしたの?」

「『あんた』、バスケ上手いの?」


 唐突な問いかけに咲はきょとんと首をかしげる。『あんた』という呼び方には何も思わない。


「まあ、そこそこできる方よ?」

「そこそこ? それじゃあダメね。『雑魚』が偉そうに仕切ってるなんて面白くないわ」

 咲は困った顔をして、

「それじゃあ、あなた達、バスケ部に入らないの? 入部届まで用意してるのにもったいない」

「入るよ。でも私から『差し出す』のと、ワカメから『貰いに来る』のとは大きな違いがある」

「……どういうこと?」


 ――おいこら『ワカメ』って何だこのやろう。髪型か? 髪型の事をいっているのか? やっぱり、ぶっ飛ばすぞ? これはオシャレだ。パーマを当ててるだけで、もともとお人形さんみたいに可愛いストレートなんだ。こんちくしょう。


 咲が怒るポイントはそこらしい。

 そんな咲の心境など察することもなく、愛羅はその人差し指をピシっと杏樹に突きつけて、こういい放った。


「こうしよう。今からワカメとお姫様の2人と私たちで『2対2』をする。そんで、私たちが負けたら素直に頭を下げて入部するわ。でも私たちが勝ったら――」


 愛羅がそこで言葉を止めると、勇羅がこう続ける。


「お姫様とワカメが土下座して私たちに『入部して下さい』といいなさい!」


 双子はいたって大真面目。いってることはしょうもないけれど、ぞわりと背筋が凍るほどの鋭い視線を杏樹に向けている。

 しかし、咲は冷静にいった。


「そんな面倒な条件なんてなくてもいいんじゃない? とりあえず、入部すれば好きなだけ勝負できるよ?」

「条件を受け入れないなら入らない!」

「そ、そう……」


 面倒な子たちだ、と咲が思うのは当然だろう。

 これが部活動に関して難癖をつけるなり邪魔をしに来たとあらば、すぐさま追っ払うことができるのだが、口の悪さや礼節云々を差し置けば、やっていることはただバスケで勝負がしたいというだけだし、入部するつもりもあるというのだから、邪険にできない。

 察するに、2人はこの無駄なプライドで、周囲にさんざん迷惑をかけてきたのだろう。

 咲が対応に困っていると、


「いいよ。わかった」


 杏樹がずいっと前に出た。


「でも、私が勝ったら――」


 ピシっと双子の背後に向けて指をさす。まるで愛羅にお返しだ、とばかりに。先ほどまで怯えていた彼女の表情には、明らかな戦意が見られる。

 杏樹はその強い意志とともに、静かな声音でこういうのだ。


「――璃々ちゃんと玉子ちゃんを返して!」


 静寂。そして、


「は?」


 璃々と玉子に一同の視線が集まる。

 渦中の2人はコテンと首をかしげていた。ちなみに璃々も玉子も(璃々は半ば攫われていたけれど)、普通に部活に来ただけである。たまたま双子が前を歩いていただけなのだが、その光景が杏樹の頭のなかでは様々な思考の結果『友達が人質にされた』という答えに行き着いてしまったらしい。

 そしてそれを助けられるのは、自分だけ――

 というわけで、奮起した。


 勘違いだからってバカにしてはいけない。

 彼女はどんなに口の悪さで友達がいなくとも、今日まで仲間のためならどんな些細な事でも、全力で身を粉にしてきた少女なのだ。杏樹は中学生のときまでは嫌われてはいなかった。むしろ頼られていた。それでも友達はいなかった。悲しい宿命である。

 自らに降り注ぐ恐怖にはめっぽう弱い。だが、自分以外ならば話が別だ。

 ――バスケとは、一人ではできないということをよく知っているからこそ。

 彼女が今、璃々と玉子のために動くのは当たり前のことなのだ。


 だが、やはり愛羅と勇羅は杏樹を小馬鹿にするように鼻で笑うのだ。


「返してですって? それはこっちのセリフだわ。リリーは私たちの玩具なのよ?」

「そうだそうだ! リリーがバスケするのなら私たちが教えてあげたいの! お姫様ばっかりリリーに尊敬されてズルい! ――あぅ!?」


 スパン! と小気味いい音を立てて、愛羅が勇羅の頭をひっぱたいた。

 愛羅はコホンと咳払い。


「さあ、お姫様はやる気満々みたいだから、もう問答はお終いでいいわね? 勝負だ!」


 杏樹がかかってこいとばかりに頷けば、咲はもうこうなったら仕方ないと渋々、引き受けた。




 ただ、そこでふと、咲は思うのだ。可愛い後輩ができたと喜んでいたのだけれど、

 冷静に考えてみると、杏樹にしろ、双子にしろ――


「癖のある子ばっかり、集まってくるのねぇ……それはそれで別にいいけど」


 とりあえず、私が勝ったら『ワカメ』を訂正してもらおう。これが一番大事だ。うん。

 あと、


「だいたい、ガキンチョの考えてることなんてわかるわ。仕方ないから付き合ってあげるよ」


 ――だって私は『先輩』だもの。

 咲は小さくつぶやくと、不敵に笑った。


挿絵(By みてみん)



          2



 双子の提案した試合形式はコートの半面を使った2対2だった。

 ルールは先攻後攻関係なく、先に3本決めた方の勝ち。スリーポイントでも1本のカウント。

 つまり『点数』ではなく『本数』の勝負だ。

 審判がいないから反則をしたら自己申告。シュートが決まったりボールを奪ったり、ボールがデッドになったら、スリーポイントラインのトップからオフェンスとディフェンスで一度ボールの受け渡しをしてリスタート。あとはバスケのルールに則る。


 多少のウォーミングアップのあと、試合を始めることになった。


「そっちからでいいよー」「ワカメのハンデがあるしねー」

「はいはい、そりゃどーも――後悔すんなよ?」


 咲はボールを持ってスリーポイントラインのトップに立つ。

 杏樹はゴールから45度の位置、コートに描かれる台形の側面にいる。

 一応、咲が『外』(ポイントガードやシューティングガード、スモールフォワードなどのアウトサイドポジション)で杏樹が『中』(センターやパワーフォワードのインサイド)という形になるが、2対2ではあまりポジションの役割は関係ないだろう。

 愛羅は咲の前でディフェンス。勇羅はゴール前のエリア内で咲と杏樹の両方をカバーできる位置に立った。


 咲が一度、愛羅にボールを渡す。

 それが試合開始の合図だ。


 空気が変わった。先ほどまでヘラヘラと笑っていた双子の目が鋭くなっている。咲の前に立つ愛羅は半身に構え腰を落とし、片手はボールのチェック、片手は大きく広げられている。180近いビッグマンのお手本通りのディフェンスの構えはまるで壁を感じさせる。

「へぇ」と、咲は関心した。双子の自信は決して過剰ではないようだ。

 この二対二、双子は勝てる、と思っているのだろう。

 ウォーミングアップの時にチラリと見えたが、この双子、身長だけでなく身体能力もそれなりにあるようだ。

 バスケとは身長が最大の武器になるスポーツである。そこにさらに身体能力も加わったら、なるほど、確かに手がつけられないかもしれない。


 しかし、それでも双子に誤算があったとするのなら――





 咲は愛羅から返ってきたボールを受け取ると、肩口にボールを持って行き、シュート、パス、ドリブル全てに動ける構えを取った。トリプルスレットと呼ばれるものだ。

 そこから繰り出されるプレーは、この状況なら、カットインだろう。

 だから、咲は基本に忠実にそれを実行する。

 ふう、と一つ呼吸を置いて――


 直後、咲の姿が掻き消えた。


「――っ!?」

 その神速の踏み込みとともに、咲は一度のドリブルで愛羅を置き去りにする。

 勇羅がカバーに来た頃にはもう遅く、咲はすでに跳躍していた。

 まるで風。その速さに誰一人として反応できず、

 お手本通りのレイアップシュートによって放られたボールはゴールフープを通り抜けた。


【咲&杏樹 1‐0 愛羅と勇羅】


「あらあら、すぐに終わっちゃうかもね?」


 フロアに落ちて点々と転がるボールを自ら拾い上げ、咲はニコリと不敵に微笑んだ。

 愛羅と勇羅は憎々しげに口の端を上げる。


「こんにゃろう! 何が『そこそこ』だ!」

「すげぇ! 超速い! ワカメのくせに!」

 さらに双子に続けて、

「――やっぱり……上手い」

 杏樹がゴクリと息を飲んでいた。


 たったワンプレー。しかしこれをきっかけに、おふざけムードは一掃された。

 ここから始まるのは、バスケットボール選手同士の死闘である。



         ∞



「な、何、今の……残像が見えたんだけど……」


 璃々とともにコート脇でフットワークに勤しんでいる玉子は、咲のプレーに驚嘆していた。


 ちなみに、

 玉子と璃々はこの2対2に無関係なので、邪魔にならない場所で独自に練習を始めている。

 今はジョギング中。この時点で玉子は若干息を切らしていた。

 玉子は自他共に認める体力なしの貧弱さんだ。とはいえ、さすがにウォーミングアップで疲れてしまうのは情けないことである。

 しかし、それも仕方のないことなのだろう。

 単純に玉子と他の部員たち(璃々は除く)とでは、今日までの練習量に差があるのだ。他のバスケットボール選手が当たり前と思ってやるウォーミングアップは、玉子にとっては本練習と同じぐらいキツイのだ。

 言ってしまえば、玉子は中学までその程度しか、練習してこなかったのである。


 玉子が中学の時の部活動は週3回という限られた時間だけだった。学校自体が体育館を使用する部活が多かったせいか、バスケ部に割り当てられる時間も自然と少なかったのだ。

 自主的に市民体育館に出向いて練習をするには周囲にそういう施設はなく、近所は住宅街でボールをつくと騒音で怒られる。やることがないものだから休日には友人たちに遊びに誘われるのでそちらについていくのが常で、それが当たり前と思っていたから、自分が間違っているだなんて考えたことがない。対外試合でうまい人を見ても、それは『センス』とかそういうものが違うのだと、納得していた。


 意識の低さは否めないが、玉子のバスケへの姿勢が良いとか悪いとかは関係なく、環境がそうさせていただけだ。

 本人だってバスケは大好きなのだ。これでも『本気』で、まじめにやって来た。そうじゃなきゃ、小学生の頃から続けているわけがない。

 練習をサボったことなんてない。先生のいうことだってちゃんと聞いていた。試合に負けた時はちゃんと反省点を振り返って修正に取り組んでいた。それでも向上しない技術に悩んだこともあり、練習を僅かながら増やしたこともある。

 しかし、どんなに技術を磨いても、比較対象が同じ環境で練習してる仲間たちだけだったから、練習を増やして成果があったように思えても、もっと広い視点で見れば、それはどんぐりの背比べに他ならず、まだまだ足りなかったのだろう。

 

 だから、

 中学校という井の中を飛び出たカエルさんは『自分の本気』と『彼女たちの本気』に、大きな差があったことに、今ここで初めて気づいたのだ。


 玉子の視線の先では愛羅がドライブを仕掛けて咲を抜こうとしている。

 ――どうして愛羅は『右』にドリブルをついたのに、咲は『逆』に動いたんだろう。


 愛羅はそのままゴールに向かおうとするのだが、まるでそれを読んでいたかのように杏樹がその進行を止める。

 ――どうして杏樹は愛羅が来るとわかっていたのだろう。


 愛羅は直ぐ様、勇羅へパス。しかし、その前には咲がいる。

 ――どうして愛羅に抜かれたばかりの咲が勇羅の目の前に居るんだろう。


 声を掛け合っているわけでもないのに、見事な連携でディフェンスのチェンジ。決して簡単にはシュートを打たせない。

 どうして、どうして――どうして。自分には真似できないどころか、理解できないプレーを彼女たちは当たり前のようにやっている。


 気がつけば玉子は足を止めて、その戦いを見つめていた。

 璃々が不思議そうにこちらを見てくる。


「どうしたの、たまちゃん?」

「ご、ごめんね、璃々ちゃん。ちょっとさ――」

 そして玉子はどこか照れくさそうに、こういった。

「――あの2対2、見てていいかな?」


 それは疲れたから休みたいとか、野次馬根性とか、くだらないことを思って呟いた言葉ではない。玉子は、自分の知らぬバスケを、もっと見ていたいと思ったのだ。

 すると璃々は、ニコリと笑って、キラキラと光る眼差しを玉子に向けてくるのだ。


「それじゃあ、璃々も一緒に『見学』する! 見学だってちゃんとした練習のうちだものね!」


 玉子は璃々の視線に、どこか気恥ずかしい想いを抱く。

『見学』なんて、今日までしたことがあっただろうか――

 ああ、情けない。


 ――ごめんね、璃々ちゃん。私はバスケ経験者でも、あそこにいる人達とは格が遥かに劣るわ。だからあなたのお手本になれないの。そんな目で私を見ないで。


 そう思うと、どこか悔しい気分になった。


 ――もし、自分も今日からもっともっと練習したら、あの人達みたいになれるのかな。


 玉子はジッと2対2を見続ける。ドクンドクンと鼓動は更に加速する。

 初めて見る『本気』同士のぶつかり合いに、胸の中で何かが弾けるように沸いてくる。


「私だって――」


 ふと見上げたリングは、遥か遠くに見えた。





 ――つづく。

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