閑話1 安城咲の憂鬱
↓初登場↓
安城咲――日新学園バスケ部の唯一の2年生。璃々の先輩になる人。
(ごめんね、咲ちゃん。あたし、春から家の都合で引っ越すことになっちゃって、転校するの)
ハッチ先輩が謝ることないですよ。家の都合じゃ、仕方ないことです。
(咲ちゃんが入学してからの一年間、本当に楽しかった。ありがとう)
お礼をいうのは私です。年下のガキンチョのいうことを聞いて、一緒に練習してくれたんです。私の方こそ、本当に楽しかったです。
(咲ちゃんに会えて、良かったよ)
だから、それは私の方が――、
∞
(ハッチがいなくなったら、私たちも一緒に引退するよ)
え、どうしてですか? せっかく来年から理事長先生がバスケ部を改革してくれるっていうのに。引退には早過ぎますよ。
(私たちにとっては、この五人のバスケ部こそが日新学園のバスケットボール部だったの。ハッチがいなくなった以上、もう私たちのバスケ部はなくなっちゃうの。それに、今日まで一緒にやってきたのに、ハッチがいないところで私たちがいい思いするのはズルいじゃない?)
ズルいっていうのは違うと思います。これからも頑張りましょうよ!
(もう十分だよ、咲ちゃん)
何がですか!? まだまだ足りませんよ!?
(咲ちゃんが私たちのために一生懸命やってきてくれたことは十分わかってるの。本当はもっと上を目指したいのに私たちが足手まといになってることも……分かってるの)
そんな! 私は先輩たちのことをそんな風に思ったことなんてない!
(そっか。そうだよね。でもね、咲ちゃん? 私たちの実力じゃあ、到底、上なんて目指せないの。咲ちゃんが教えてくれること、私たちじゃ全部理解出来ないの。だから、もう辞める。逃げたと罵ってくれてもいい。嫌いになっても構わない。それでも、一つだけお願い――)
……お願い?
(――新入生の子たちを、『カントク』じゃなくて『先輩』として導いてあげて? それで今度こそ、私たちじゃ辿りつけなかった場所に、日新学園を連れて行ってくれないかな?)
嫌です! 先輩たちも一緒に行くんです!
(もう無理なの、咲ちゃん。私たち、後輩の足まで引っ張りたくないっ――)
∞
「嫌だ!」
ぱちりと目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む日差しは煩わしいほどに、外が快晴であることを教えてくれた。
時計を見ると、朝の7時手前だった。
寝起きのしばしばする目をこすってみると、自分が泣いていることに気がついた。鏡を見てみれば超ブサイクだ。デメキンだデメキン。
ふわぁ、と大きな欠伸をして夢の余韻に浸ってみると、もっと悲しくなって、また涙が出てきた。
なんで今さらあの時のことを思い出したのだろう。
もうさんざん、仕方のないことだったと自分にいい聞かせて納得したじゃないか。
知っていたんだ。先輩たちはきつい練習を繰り返したせいで、身体に負担がかかって怪我をしていたことを――だから本当に、もう無理だったんだ。
気づいていたんだ、ずっと前から。それなのに子供みたいにわがまま言って、先輩たちを困らせてしまった。
カレンダーをふと見てみる。
ああ、そうか。そういえば、今日からバスケ部の新入部員がやってくるのか。だから思い出したんだ。
今年度から日新学園のバスケットボール部は変わる。そしてそれをけん引するのは自分。二年生だっていうのに、なんとまあ大役を任されたものである。
それでも、頑張らないといけない。
先輩たちと約束した。
――今度は私が『先輩』になるんだ。
「はぁ……どんな後輩ができるのかしら……――」
ホント、
「嫌になるわ」
日新学園女子バスケットボール部、二年生。
安城咲。
少なくともその日の朝は、あまり気分のいい始まりではなかった。
次回からから第2章『愛と勇気とお姫様』です。