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女子だって、スラムダンクをしてみたい!  作者:
第五章 決戦のウィークエンド
28/34

近づく出番



          1



 聡子は愛羅と勇羅につまみ上げられて、ベンチに帰ってきた。

 その足はガクガクと痙攣し、唇は青くなっている。

 わずか5分足らずの短い時間でも、過度の緊張の中で過剰な運動量を強いられていたから、過呼吸からの酸欠を起こして、本来持っていた体力がなくなる前に、身体が悲鳴を上げたのだ。強豪校のプレッシャーと翠華の相手は、それほどまでに初心者には耐え難いものだった。


 ――たまこっちはこれに耐えられるのね……。


 聡子は玉子が意外にすごいことを知った。内緒だけど、どっこいどっこいだと思ってた。


「うう……ごめんなさぁい……」

「いや、よくやった。あのカットインは瞬間的には咲を超えてたぞ?」


 初心者の聡子にそれほど嬉しい言葉はない。聡子は声も出さずに静かに涙をこぼしていた。


 交代で出場するのは佳奈だ。

「やることは聡子と同じだ。死ぬ気で行け。身長はお前のほうが勝ってるからな」

「は、はい!」

 佳奈は三バカの中でも基礎のできている選手である。聡子のような運動能力での優位点はなくとも度胸があるし、ディフェンスに取り囲まれても慌てるようなことはないだろう。


「さて、いよいよフリースローを決められたら3点差だ。ここから相手のプレッシャーも跳ね上がるだろう。だが追い上げられているからって勘違いすんな。ここまでは私の立てた筋道通りだ。そこから外れていない以上、勝てる」


 タイムアウトが終わり、コートに戻っていく選手たちの背中を見送り、零奈はそのまま視線を隣のベンチに移し、いう。


「璃々、しっかり見てるな? 第4クォーターの頭から出るからな?」


 璃々はバクンバクンと騒ぐ心臓を抑えこむのに必死である。

 その視線の先では翠華がフリースローを決める姿がある。


【日新 41 ‐ 38 実践商】


 いよいよ3点差まで追い上げられた。そして更には零奈のいっていた通り、激しいプレッシャーが日新学園を襲う。それでも璃々の仲間たちは、懸命に戦っている。

 ――璃々は、ここに出て何ができるだろう。

 今はそれを必死に考えていた。



          ∞



 その後、あれよあれよと点を奪われ、あっという間に点数を逆転された。


【日新 41 ‐ 48 実践商】


 やはり山下翠華という絶対的エースがコートにいる限り、主導権があちらに握られてしまう。

 気がつけば3分もの間、日新学園は無得点だった。

 日新学園の選手たちの疲労感は尋常ではない。点を取れないという状況は選手の精神とともに体力を削るのだ。

 

 このままではまずい――

 日新学園の選手たちは、なんとか攻勢に転じようとチャンスを虎視眈々と待っていた。


 そして、残り時間が2分強。中央実践の攻撃。

 翠華から、4番にボールが渡る。4番の選手はシューターのポジションに就き、さらに中央実践商業という強豪校のキャプテンでもある。しかし、ここまで咲が完璧に抑えこんでいるために、その仕事を果たしていない。

 この4番もまた、当然、3年間の厳しい練習を乗り越え、チームを支えてきた大黒柱だ。

 ――だから、咲に止められたままではいられなかったのだろう。

 シュートを構え、咲の足が僅かに動いた瞬間、ドライブを仕掛ける。

 そのスピード、ドリブルのコントロールたるや「シュートだけだと思うなよ」と存分に語っていた。

 ダン! と、力強いドリブル。力強い踏み込み。

 すると咲は、まるで回転扉のように道を譲って、あっさりと抜かれてしまった。


 ――ように見えた。

 

 直後に、翠華の声が4番に向けて飛ぶ。


「そいつと無理に勝負するな!」


 だが、その警告は遅かった。

 瞬間、

 咲は自身を抜き去っていく4番のドリブルを、後ろから弾き飛ばした。

 相手にわざと抜かせて、背後から隙を突く『バックファイア』という高等技術である。


「佳奈!」


 ボールが吹き飛んだ先には佳奈がいた。

 しかし、そのボールのスピードはパスのそれとは桁違いに速く、佳奈はバチン! と音を立ててボールを弾いてしまう。


 ボールは高々とコート外へと飛んで行く。このままアウトオブバウンズになるか、と誰もが見送っていた。

 ――佳奈以外は。

 だって、


 ――これを取れば、反撃できるんだ!


 思うと同時に、佳奈はボールを追いかけて、しっかりとラインの内側からジャンプ。空中でボールを掴みとる。


「左! ぶん投げろ!」


 咲の声に反応し、佳奈はコートの中へとボールを放り投げた。そのまま佳奈はコート横の中央実践ベンチ、パイプ椅子の中へ飛び込んでいく。

 佳奈が捨て身で拾ったボール。それを受け取ったのはもちろん、咲。

 咲はそこから圧倒的なスピードで中央実践の選手たちを抜き去っていく。


 最後の障害はやはり翠華――


「かかってこいよ、2年!」

「ゼェ……ゼェ……歳ばっか気にして、うっさいやつねぇ」


 咲はゴール下で、ピタリと止まってポンプフェイク(※ボールを上げ下げさせるフェイント)。


「――っ!?」


 翠華がフェイクに引掛かると、咲は飛ぶ。

 それも、翠華に体をぶつけるように――、


「ゼェ……ほら、お返しよ!」


 翠華の手が咲の手に絡む。

 ピッ! 笛が鳴り、そして咲が放ったシュートが決まる。

 これまたスリーポイントプレーである。愛羅と勇羅がやられたものを、咲がやり返したのだ。自分事でなくとも、仲間がやられたら許せない。咲は負けず嫌いである。

 これで少しは相手の勢いを押しとどめられただろう。


 しかし、

「いやぁ……しんどい」

 咲は小さくボヤいていた。


 チームの最上級生とはいえ、まだ2年生。全国屈指の選手を相手にし、おまけに彼女は1年生のフォローをするために、人一倍の運動量を強いられている。これだけの仕事をしていて、しんどくないわけがない。

 もう咲の体力はかつかつである。

 正直にいえば先程の『バックファイア』は狙ったものではない。単純に疲労で足がついていかなくて、抜かれてしまったからやっただけである。すました顔をしていたが、内心では成功してホッとしている。あれはファールが取られやすいプレーなのだ。

 翠華が1年だ2年だと、小馬鹿にするようにいってくることはあながち間違っていない。2年生と3年生。この1年の差というものは、特に体力に大きく現れる。


「ハァ……まあ、そんなこと最初からわかっていることだもの」


 勝利のためには、翠華がコートにいる限り、咲だってコートに居続けないといけないのだ。

 とはいえ、このままでは不味いだろう。根性だ何だには現実的な体力という限界がある。だから、山下翠華を抑えるための方法を考える必要性がある。出来る限り省エネで。


 ――あのチビがお腹を壊して帰ってくれたりしないかしら。しないよね。


 審判が『T.O』(※『テーブル・オフィシャルズ』。タイマーや、得点、ファールの数を管理している場所)にファールの報告している姿を眺め、咲は深い溜息をついた。

 T.Oのスコアラーが翠華の個人ファール数を表示する――『3』。

「3つ?」

 声を出してもう一度、確認した。


「あらあら、またずいぶんと手癖が悪いお人だわ」


 ――見つけた。

 咲は体力がかつかつなことなど頭のなかからすっ飛ばし、勝利への道を見出した。



          ∞



 咲のフリースローの前にレフェリータイム(※選手の負傷などがあった場合に一時的に試合が止まること)が取られた。パイプ椅子に突っ込んだ佳奈が額を切ったのだ。

 佳奈は泣いていた。だって痛いんだもの。

 ベンチに帰った佳奈を、零奈が暖かく迎える。


「ナイスプレーだった。それぐらいの傷なら痕は残らないから安心しろ。お嫁に行ける」

「ぐすっ……良かったです」


 選手の流血が酷い場合、止血に時間がかかるようなら交代しなければならない。


 代わりに出場したのは綾乃である。チームの中で一際小柄。それでも賢く、バスケのことをよく勉強しており、自分の『役割』というものをよくわかっている選手だ。

 さらに、


「あと、愛羅は玉子と交代」

「はぇ!?」


 愛羅が抗議をする間もなく、すぐにT.Oが交代を認めた。


「れ、れーなセンセー? いいの? 私がいないと負けちゃうよ!?」

「その通り。勝負どころでお前がいないと負ける。だから第四クォーターまで休み。しっかり疲れをとれ。それはもう日曜の遅く起きた朝の寝覚めぐらいにスッキリしろ!」

「逆に頭がぼんやりするよ!」


 ぶつくさと文句をいっていた愛羅だったが、やがてどっかとベンチに腰を下ろした。

 今のコート上のメンバーは咲、杏樹、勇羅、玉子、綾乃である。


「オフェンスリバウンドには行かなくていい。誰かがシュートをうったらすぐに戻れ。全員アウトから攻めろ」


 残り時間が2分程度なら、このメンバーでも食らいつくことができるだろう。



          ∞



 咲がフリースローをしっかり決めるも、愛羅が引っ込んだことによって高さのアドバンテージがなくなり、点数が離されはしないものの、得点のペースが落ちていく。


 残り時間、30秒ちょうど。

【日新 46 ‐ 55 実践商】


 この9点差という数字は、前半終了時点の点差がひっくり返った形だ。

 現在、中央実践がボールを保持している。おそらく、中央実践はポイントガードの性格から、第2Qのお返しとばかりに点差を二桁にして第3Qを終えようと考えているのだろう。


 だが、そうはいかない――日新学園の選手たち全員がそう思っていた。


 その気迫ゆえか、翠華からセンターへのパスに杏樹が割り込んだ。愛羅がいないのだからインサイドから攻めてくるのは定石だ。読むのは容易いことだった。

 しかし完全にカットができたわけではない。ボールに触れはしたのだが、パスの軌道を変えただけである。

 ふわりと浮いたボールを、すぐさま相手方の6番が保持しようと飛び上がるのだが、今度はそれを勇羅が背後から、ひょいと手を伸ばして思いきり打ち上げた。

 高々と宙を舞うボール。

 玉子がリバウンド時のスクリーンアウトと同じようにポジションを取り、ボールを奪い返そうとしてくる翠華の進行の阻害をする。

 翠華の動きが止まったとあらば、あとは日新学園のエースが何とかしてくれる。


「全員! ――走れぇえっ!」


 そして、咲がバレーボールのスパイクのように、ボールをフロントコートへ吹っ飛ばした。

 残り時間を考えれば、これでもう中央実践に点を奪われる心配はない。さらにフロントコートにボールをふっ飛ばしたことにより、それを拾えば日新学園のゴールはすぐそこだ。


 このボールの所持権が重要な事は全員が理解していた。それは中央実践とて同じである。


 一様に状況を理解し、ボールを追って駆け出そうとした、

 この時。

 誰よりも早くボールを追っていたのは――綾乃だった。自分の身長。仲間たちの意図。残り時間。それらから自分が何をすべきかを考えて、真っ先に走りだしていたのだ。

 それでも身体能力の差異の悲しさかな。あっという間に、敵味方に追いつかれてしまう。

 ――ボールはもう、目の前にあるんだ。

 綾乃は、まるで雪原を低空飛行する野うさぎのように、大きな選手たちの中、小柄な体を活かして隙間から潜り込み、ボールを拾った。

 ベンチから零奈の声が飛ぶ。


「うてっ!」


 綾乃はいわれずともしっかりゴールを狙っていた。位置は零度。横から見たバックボードがゴールに添えられた補助線となって見える。

 ここからなら――

 そして、「よいしょ」とシュートをうつのだけど、


 ガン! とボールはリングに弾かれる。

「あぅ!?」綾乃はショックで肩をすくめる。


「任せい!」

 勇羅が跳んだ。そして、ボールを空中でゴールに向けてタップし、押しこんだ。

 それとほぼ同時に第3Q終了のブザーが響いていた。


 勇羅がボールをタップしたあとにブザーが鳴っていれば得点、そうでなければ得点として認められない。


 審判の判定は――両腕を交差する仕草。

 それは惜しくも、ノーカウントの判定だった。


「ああ! ちくしょう! ギリ間に合ったと思ったのに!」

「まあ、いい。綾乃もよく取った! ビッグプレーだ!」


 観客席からも歓声が轟く。

 いつの頃からだろうか、この時、勢いは日新学園にあった。






 ――つづく。


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