決戦の週末 その1
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、地名、大会結果等とは一切関係がありません。
↓準々決勝、スターティングメンバー↓()内は背番号
【日新学園】
(6)PG 五月女 杏樹 1年
(9)SG 白井 玉子 1年
(4)SF 安城 咲 2年 cap
(8)PF 芹沢 勇羅 1年
(7) C 芹沢 愛羅 1年
【中央実践商業】(※は作中には登場しない名前)
(7)PG 山下 翠華 3年
(4)SG 青山 林檎 3年 cap ※
(8)SF 渋谷 蜜柑 3年 ※
(6)PF 赤塚 柚子 3年 ※
(5) C 新橋 桃 3年 ※
1
6月中旬、土曜日。東京都大会5回戦。
『中央実践商業高等学校』対『日新学園高等学校』
下馬評では関東王者である中央実践商業が圧倒的に優位に立っている。日新学園の勝利を期待する物好きたちも少なくともいるようだが、その実は面白半分だったり、下克上や都落ちなどのドラマ好きたちによる冷やかしだった。
試合会場は都内にある大きな市営体育館。
そのBコート。
試合開始前にも関わらず、騒々しいほどの声援で包まれている。
2階応援席の一角を埋め尽くすのは、中央実践商業のジャージを身につけた少女たち。
「実践!」「実践!」「実践!」「実践!」「――――!」オオオオ――オオオ――
会場をビリビリと震わさんばかりの大声援。
試合に向けたウォーミングアップを終えてベンチにやってきた日新学園の選手たちは、ぽかんと呆けていた。
「すんげー、八学より多いな……うるせぇ」と、呟いたのは愛羅だ。
咲がいった。
「部員が80人以上いるんだってさ。3年間、体育館で練習できない人もいるらしいよ」
「マジで……?」
それに比べて日新学園の応援団の細やかさときたら――
中央実践とは逆側の2階席に、父兄の皆様と、誰の友人か日新学園の制服の女子数名が悠々と座っている。お父ちゃんたちが我が子の活躍を今か今かと待ちながら、カメラを回す姿は、もはや運動会の観覧のよう。お母ちゃん同士でお菓子をつまみながらお喋りしている姿は、ただの主婦のティータイム。日新学園の女生徒達はスマホをいじってつぶやき中。
勇羅がそこに手を振って、ケタケタと笑っていた。
「応援合戦では完全敗北だね」
「失礼なこといわないの。来てくれるだけでもありがたいことだわ」
試合開始3分前のブザーが鳴った。零奈を中心に、少女たちは集合する。
「会場の雰囲気に飲まれて縮こまるような乙女がいないようで何よりだ」
零奈は一同の顔を見渡し、満足気に頷いた。
「ここが事実上の決勝戦だと思って挑め。できることは全てやる。切れるカードは全て切ろう。そんでもって乗り越える。関東王者という肩書を奪い取ってやるぞ!」
そして、
決戦の火蓋は切って落とされた。
∞
試合は開始早々から白熱していた。
日新学園が点を取れば、中央実践もまた取り返す。
中央実践がボールを奪えば、日新学園が奪い返す。
僅か数分も経たないうちにシーソーゲームの様相を呈している。
特にその要因となるのは、互いのエース選手の存在だった。
日新学園の咲と、中央実践商業の3年生、山下翠華(7番)。
この2人はあまりにもプレースタイルが似ていた。持ち前のスピードとドリブル技術で僅かな隙をついて切り込んでは、そこからプレーを展開する。
相違点は2つだけ、咲が2年生でスモールフォワードに対して、翠華は3年生のポイントガードだった。
中央実践商業のスピードゲームの要はこの翠華にあるのだろう。彼女が圧倒的なスピードで日新学園のディフェンスをかき回し、穴を見つければそこにパスを通す。パスコースが無ければ自分で決める。超攻撃的なスタイルのポイントガードである。
個人得点は咲が上回っているが、アシスト数を考えれば点に絡んだ本数はほぼ互角だ。
――だが、
もしかしたら『速さ』においては、翠華がわずかに上回っているかもしれない。
日新学園の速攻時。翠華はトップを走る咲に追いつき、わざとファールをして止めてきたのだ(※ファールをするとプレーが止まるから、その間に味方が自陣に戻ってくることができ、相手の速攻を潰せる。上手い選手は反則ですら技術として使ってくるのだ)。
日新学園のメンバーからすると、咲に追いつき、ファールをして止めるだなんて諸行は想像もつかないことだった。
「やっぱりビデオで見るのと直に対決するのとじゃ、ぜんぜん違うわね。なんなのよ、あれ?」
第1Qが終わり、ベンチに戻るなり咲がボヤいた。
咲だけでなく、試合に出ていたメンバーはずっと激しい緊張感の中で戦っていたのだろう。どすんとベンチに腰を下ろすと揃いも揃って「ふへぇ」と溜息をもらした。
この時点でのスコアは【日新 15 ‐ 18 実践商】である。
零奈がふむ、と頷いた。
「この程度の差はあってないようなもんだ。よくやってる――と、いいたいところだが、相手にペースを握られたら一気に100点取られんぞ。一瞬の油断が命取りだ」
「でしょうねぇ……」
「ご、ごめんなさい!」と、唐突に玉子が謝るのは、この点差が彼女のマークするシューターを止められていないことにあるからだ。けれど、誰も彼女を責められない。相手チームのシューターもまた翠華に並んでハイレベルの選手である。
そもそも玉子の相手は『4番』。
翠華がエースであるのなら4番は大黒柱なのだ。しかも身長が170センチ強という大型シューターである。玉子は自分より10センチ以上も大きい選手を相手にしているのだから、そのディフェンスでの貢献は、むしろウリウリと頭を撫で回してやってもいいぐらいだった。
中央実践商業の強さは、山下翠華だけにあるわけではない。各ポジションの選手一人一人がハイレベルの技術を持ち、それを繋ぐチームワークも兼ね備えているのだ。
さて、これをいかにして切り崩すか――
「第2クォーターは攻め方を変えよう」と、零奈がいうと、横からスッと作戦盤が差し出された。
作戦盤を用意したのは雑用でお馴染み、璃々だった。お鼻の頭に貼った絆創膏に『アホヅラ』と書かれているのは双子のイタズラである。璃々は気づいていない。
ちなみに、最近の璃々の絆創膏はトレードマークになっている。愛羅との1対1で受けた傷は治りつつあるのだが、この1週間の練習で、璃々はオフェンスとぶつかる回数が更に増え、毎日どこかしらに擦り傷と青たんを作っていた。
そんな璃々の出番は今日も来ていない。この先もあるかわからない。それでも璃々は、もうわがままはいわない。今できることが雑用だというのなら、それを一生懸命やるだけだ。
零奈は璃々から作戦盤を受け取ると、選手の形をした磁石をペタペタ貼り付けていく。
「一先ず、あちらさんの『1‐3‐1』を攻略しよう」
【1‐3‐1】――それはゾーンディフェンスの一種。
個人で特定の『選手』をマークするマンツーマンとは違い、ゾーンは各選手が決められた『エリア』を守備するシステマチックなディフェンスである。【1‐3‐1】は最前列に1人、中列に3人、最後尾に1人という配置ゆえに【1‐3‐1】と呼ばれる。
「トップが1人のディフェンスだから、ツーガードでいこう。杏樹と勇羅だ」
「――は?」と、咲が抜けた声を上げる。
「私じゃなくて勇羅ですか?」
「そうだ。相手はセオリー通りの戦い方なんて熟知してるし、対応方法なんて散々練習してきただろう。それを切り崩すにはちょっとした奇策が必要だ――璃々?」
「はい!」
続けて零奈が手を出すと、阿吽の呼吸で璃々が相手チームの選手データ表をその手に渡した。
このデータ表は零奈が調べたものではなく、大会参加者全員に配られる冊子である。これには大会規定の他、参加している各学校の選手の学年やポジション、身長などが記載されている。璃々の名前ももちろん載っているから、それを見た時、ちょっとだけ舞い上がったのは内緒だ。
零奈は中央実践の選手名簿を見て、いった。
「あの7番。スイカちゃんは果物みたいな名前をしているけれど(?)、間違いなく、全国から見ても『トッププレイヤー』に数えられる1人だ」
「やっぱり、そのレベルなのねぇ……」と、直接対決をしている咲がしみじみという。
「咲だって負けてないさ。でも、咲が負けてなくとも、やはりあの子がコートにいる限り、チームのペースが崩せない。そうなると――邪魔だから一時的にでもお引取り願おう。ゾーンの攻略ついでに、あの子を追っ払う。これは『エースキラー作戦』だ」
そして、零奈は第2Q始めの作戦をとつとつと語った。
それを聞いていくうちに、メンバーはなぜか顔をひきつらせていく。
その作戦を語る間、零奈は不敵な表情を変えることはなかった。
やがて、ブザーが鳴る。
「そんじゃあ、『エースキラー作戦』第1段階、上手く決めてこい!」
∞
第2Qは日新学園ボールから始まった。
杏樹とともに勇羅が上にポジションを取り、ツーガードの陣形を取った。
ツーガードというのは単純に司令塔が2つになるということだ。パスを回す起点が増えることによって、攻撃のパターンを変えることができる。
しかし、零奈はこういった。
(スイカちゃんの運動量は尋常じゃない。ガードを2人にしても、しっかりついてくるだろう。だから無理して正面から争うことはない。近くに来たらパスを回せ。逃げろ逃げろ。『届かない場所』で勝負しろ)
杏樹はボールを持つなりフロントコートにボールを運び、ハイポストにポジションを取った愛羅にパスを入れた。
するとすぐさま翠華と相手方センター(5番)によって愛羅は取り囲まれる。
ゾーンディフェンスの特徴は、こうして決められた範囲内にボールが渡ると複数人で取り囲み、プレッシャーを与えることにある。
見事なディフェンスである。反則にならないすれすれの圧力でどんどん愛羅を崩そうとする。もしこれが初めての経験だったら愛羅は押し負けていただろう。しかし、愛羅はもうこの程度には負けない。冷静に周囲を見回して、左コーナーの玉子にパスを送った。
玉子はボールを持つなりギンっとディフェンスに睨みつけられて「ふぇぇ」と泣くと、ディフェンスに囲まれる寸前に、上にいた勇羅にボールを戻した。
これでも玉子は仕事をしている。ゾーンディフェンスを切り崩すには定位置からディフェンスを動かさないといけないのだ。それを繰り返して攻めていくのである。
勇羅が左45度の位置、スリーポイントライン上でボールを持つと翠華がすぐに飛んでくる。
素晴らしいポジション取りである。自身の身体能力と勇羅の予測できる能力を限りなく正解に近い形で把握し、何をされようとも止められるというポジションに立っているのだ。
勇羅がもしドリブルをつけば、あっという間に下に待ち構える選手と翠華によって囲まれてしまうだろう。パスコースだって杏樹に下げるしかない。
前に進めない。
すげえ――と、勇羅は嘆息した。サイキョーを自負している勇羅だけれど、零奈が認めた『トッププレイヤー』の実力には舌を巻かざるをえない。
でも、勇羅だって負けない。サイキョーだもの。
零奈はこういっていた。
(翠華ちゃんは中央実践の最大の武器でありながら、最大の『穴』でもある)
勇羅は一度、杏樹にボールを戻す。
すると、間髪をいれずにパスが返ってくる。今度はそれを貰うなり、タタンとステップを踏んでシュートを構えた。
スリーポイントシュートだ。
しかし翠華はそれを予測していたのだろう。
全国を知る選手は、『大きい選手がスリーポイントシュートをうたない』なんてことは考えていない。やはりすぐさまプレッシャーをかけに来る。
それでも「だからどうした」と、勇羅はゴールを狙う――
そう――狙えるのだ。
零奈はいっていた。
(山下翠華。この子の唯一の弱点は、身長『156』センチと小柄なことだ。どんなに速かろうがうまかろうが玉子よりも低い。だから『届かない場所』で勝負すりゃあいいのさ)
勇羅は翠華のチェックを気にせずそのまま放った。翠華の手が届かぬ遥か高い場所から――
放たれたスリーポイントシュートは高い弧を描き、ズバンとリングに突き刺さる。
第2Q、開始12秒。
【日新 18 ‐ 18 実践商】
再び点数が並んだ。
フォロースルーのままバックステップで自陣に戻っていく勇羅は、ふん、と鼻を鳴らし、こういった。わざわざ翠華に聞こえるような声で、
「『ノーマーク』だったらはずさないわん」
翠華のプレッシャーなどなかったといわんばかりの不敵な言葉だ。
それは翠華の耳にしっかり吸い込まれ、
「いってくれるじゃない、1年のガキンチョが! 絶対、ぶっ飛ばす!」
見事に彼女の逆鱗に触れるのであった。
どうでもいいことだが、翠華は口が悪かった。
∞
第2Qも半ば。
「なんか今日、外す気がしない」
そういった勇羅、3本目のスリーポイントシュートを決めた。外す気がしないという割には、実は5本うって2本をちゃっかり外している。
一度はいってみたい台詞だからしょうがない。
【日新 29 ‐ 22 実践商】
点差はじわじわと開いていた。
これは日新学園がとった作戦が的中しているからである。
攻めの起点を全て勇羅にすることで、翠華の運動量が上がり、そのリズムを崩す。勇羅のシュートを警戒して、インサイドの大きい選手がゾーンを崩してチェックに来れば、開いたスペースから愛羅が攻める。
外と中の連携が見事に噛み合っていた。
そして零奈の授けた作戦は、オフェンス面だけではなかった。
ディフェンスにおける翠華の対応策だってちゃんとある。
でも、日新学園はマンツーマンしか練習していないので、いきなりゾーンディフェンスなどの特殊なディフェンスをやることはできない。ただ、マークする相手を変えただけである。
翠華をマークするのは――玉子だった。
身長はさほど変わらずとも、自他ともに認める実力におけるミスマッチだ。第2Q開始前、少女たちが顔をひきつらせていた理由がこれである。
零奈はいっていた。
(いいか、玉子。スリーだけはうたすな。抜かれていいから張り付くようにディフェンスしろ)
玉子は零奈の指示通りにベタベタと翠華にくっついてディフェンスをする。そんなものドリブルをつけばあっという間に抜かれてしまう。
しかし、それでいい。
今まで玉子がマークしていたシューターに咲がついたことによって、もう外のシュートはないに等しい。翠華が中に切り込んだところで、どんなに速かろうが日新のツインタワーを相手に容易にシュートをうてやしない。すでに翠華のシュートを愛羅が4本も弾き飛ばしているのだ。
今も翠華が強引な形でシュートに持ち込むと、やはり愛羅のブロックショットが炸裂する。
ズバコン! と、ボールがコートの外へすっ飛んでいくと、そこでブザーが鳴った。
中央実践の交代が告げられた。
交代するのは――翠華だ。
つまり、日新学園にとって最も厄介な相手である翠華を引っ込ませたのだ。
代わりに出てきた9番は身長が174センチもある大型のポイントガードだった。日新学園の高さに対抗してきたようだ。
零奈の声が飛ぶ。
「咲のカットインに合わせて、パスを繋いで攻めろ! 9番につくのは杏樹だ!」
試合は、日新学園が優勢。
――まさか、あの中央実践が圧されているなんて。
会場に少しの熱狂と、困惑が広がりつつあった。
∞
第2Q終了まであと10秒――
相手センターのシュート。
勇羅がしっかりとチェックをして、相手のバランスを崩し――
外れる。
「よし!」
愛羅がリバウンドを奪った。
「いくよ!」
掛け声とともに愛羅から杏樹へ、杏樹から勇羅へ、心地よいリズムを奏でる速攻。
最後の締めは咲である。
中央実践の9番が横に並んでいた。先程、翠華の交代で入ってきた選手だ。ポイントガードとして真っ先にディフェンスに戻ってきている。翠華の代わりに出てきた控え選手とはいえ、そこは関東王者の選手、舐めてはかかれない。
それでも咲を止めるには役者が足りない。
咲はゴールへ突っ込む。スリーポイントラインを超え、フリースローラインを超え――そこで急ストップ。視線だけのシュートフェイク。
9番がそれに反応した僅かな隙。
その時には咲はすでに再発進し、9番を抜き去っていた。
「え?」あまりの速さに足がついていかず、ストン、と9番が尻餅をつくと、その背後で咲がレイアップシュートを決めるのであった。
長いブザーが鳴る。いよいよ前半が終わった。
【日新 35 ‐ 24 実践商】
日新学園は古豪を相手に、二桁の差をつけて試合を折り返す――
「あんのスピードで『ストップ&ゴー』とか……やっぱり人間じゃないわ」
と、リバウンドに戻ってきていた愛羅が咲とハイタッチを交わす。
「意外にできるもんよ? 今は相手のエースもいなくて、マークがイージーだしね」
サラリと辛辣な言葉を残し、歯を食いしばる9番を一瞥することもなく、咲はベンチに戻っていった。
その頼もしい背中を見て、愛羅は深々と頷く。
「さすがワカメ先輩。さらっと相手を挑発していくなんて、負けず嫌いの鑑だ」
「私たちも見習わねば」と、勇羅も隣で頷いていた。
見習うべきところはそこでいいのだろうか――
∞
ハーフタイムということで、ここでちょっと閑話である。
高校生の公式戦の試合時間は、各クォーター10分で、クォーター間は2分間のインターバルがあり、ハーフタイムは10分間。
だいたい1時間程度で1試合が終わる。
そしてハーフタイムは、観客たちにとって試合の興奮によってテンションが上がる瞬間であり、観客席から選手たちに向けていろんな声が飛んでくる。試合を見に来てくれている同級生たちのエールだったり、応援団からのラブコールだったり。父兄からの激励だったり。(口汚い野次だったり)。
今、ロッカールームに帰ろうとする杏樹の背中に向けて、「杏樹! あんた目立ってないわよ!」と、観客席からでかい声を飛ばすのは、正真正銘、杏樹のお母ちゃんである。
杏樹のお母ちゃんは、今日は実家のスポーツ用品店の店番をお父ちゃんに押し付けて、応援に駆けつけてくれたらしい。
他にも何人かのメンバーの父兄さんが応援に来てくれているが、その中で、特に騒がしいのが杏樹のお母ちゃんだった。
「まあまあ、五月女さん。杏樹ちゃんも頑張ってます」
「そんな事ないです。あの子、絶対に手を抜いてるわ! 影が薄すぎる!」
なんて会話まで聞こえてくる。娘と違って声がでかい。
さて、その標的にされている杏樹はというと、
「影……薄い……」と、しょんぼりうなだれてロッカールームに避難した。
実は、お母ちゃんに怒られてはいるけれど、杏樹だって影ながら様々な活躍をしている。得点こそあまりあげていないが、アシストとスティール(※相手のパスやドリブルをカットしてボールを奪うこと)の数を一番稼いでいる。ポイントガードの仕事をしっかりしているのだ。
その他にも専門的過ぎる影の貢献をしているのだが、地味だから割愛する。いや地味ではなく玄人好みといおう。会場に1人はいるバスケ好きな解説係のおじさんが「あの子、いい動きしてるなぁ」としみじみとつぶやく感じのアレだ。
でも、目立つか目立たないかでいうと、間違いなく目立たない。やっぱり影が薄い。
だから目立たなければいけない。『推薦入学なのに、何もしてない』と思われることほど恥ずかしいことはない。それに影が薄いといわれるのは、あまり好きじゃない。あと、杏樹はかれこれ双子との2対2以来、これといった出番がない。そろそろ何かしないと――
「大丈夫よ、杏樹ちゃん。試合で目立たないことなんて苦じゃないわ」
そういったのは綾乃だった。佳奈と聡子も続いて頷く。もちろん、彼女たちも最初からちゃんとベンチにいた。
「アヤちゃん、カナちゃん、サトちゃん……うふふ」
杏樹は自分より影が薄い人を見つけて、ちょっとだけほくそ笑んだ。悪い子である。
「「「なぜ笑う!?」」」
ここまでセリフのなかった松竹梅の3人だって影ではしっかり声を張り上げて一生懸命応援していたのだ。名前でちょろっとしか出てこない主人公と同じく、雑用だってしっかりこなしている。
ベンチに戻ってきた選手たちに飲み物を配ったり、タオルを渡したり、激励の言葉をかけている。でも地味だから描写しない。
まあ、前半が終わったばかりだ。後半には彼女たちの出番だってある。
「後半はがんばろう」
「うん、頑張ろう」「だね」「目立とう」
地味な子だって目立ちたい。
――そういうわけで、閑話休題。
というか、
――つづく。




