練習試合
1
5月に入って2日目のこと。ゴールデンウィーク中である。
世間様では長いお休み期間で旅行だ何だと行楽シーズンまっただ中なのだが、日新学園バスケ部の少女たちにとっては地獄の日々である。
早朝に集合して、厳しい練習を延々と続け、お月様が真上を通り過ぎた頃に帰宅する。これもまた青春の一つの形である。
この1ヶ月、璃々は零奈にやたらとしごかれてきた。足が生まれたての小鹿さんのようにプルプル震えて、毎日毎日筋肉痛である。
もちろん、それは璃々だけでなく、仲間たちもそうであり、特に体力無しの玉子と愛羅と勇羅は、練習終了後はゾンビのようにぎこちない動きで帰宅していた。松竹梅の三人組のほうが体力だけはあるというのだから、困ったものである。
そんなゴールデンウィーク中だったのだが、その日の練習は軽めに終わり、自主練時間が長く取られた。
それはなぜかといえば、練習前に零奈がこんなことをいい出したからだ。
「あ、そういえば明日練習試合に行くから」
「急に!?」
零奈はバツが悪そうに頬をかき、いった。
「いやあ、私もさっきおっさ……教頭先生から急にいわれたんだよ――」
それは零奈にとっても急な話だったらしい。
なんでも、明日、現在進行中の関東大会予選を早々に敗退した近隣の学校のいくつかが集まって、合同練習試合会を開くということで、日新学園もそのお誘いを受けたらしい。それもついさっき。教頭先生の古い知り合いが他校にいて、その人が気を利かせて誘ってくれたそうだ。
急な話ではあるが、ありがたい話である。
これから『てっぺん』を目指す日新学園の選手達には、技術と同時に、『試合経験』というものが必要になってくる。
さまざまな学校と試合ができる合同練習試合会は、それを学ぶのに願ってもない機会だ。
「そういうわけで、明日は練習試合な。各自、しっかり準備しろよー」
――そういうわけで、
明日に疲れを残さないように全体練習が早く終わったのだ。
今はそれぞれ念入りなストレッチをするなり、ジョギングをするなりして、クールダウン中。
そんな中、元気いっぱいの璃々は今日もシュート練習をしていたのだが、今はボールを抱えて沸き立つ思いに身を震わせていた。
だって、明日は試合――試合なんだ。
そうともなると、璃々は当然、こう考える。
――出たい。超出たい!
ドリブルはそこそこできるようになった。シュートも近いところからなら入る。パスも身につけている。ディフェンスだって、ちょっとできるようになったのだ。
これはもう、バスケにおよそ必要な技術を身につけたといっていいのではないか? 絶対そう。間違いない。
だから試合に出たい!
しかし、璃々にはぜひ、現実を見て欲しい。
今日までの璃々の練習に取り組んでいる姿を振り返ると、明らかに試合に出して貰える気配がないのである。
練習中はいつもいつもコートの隅っこに1人でいる。やっていることは雑用、もしくはフットワークである。主に基礎練習ばかりを璃々は課せられていて、『4対4』をはじめとした実践練習には未だ一度として参加したことがない。カメラで練習風景を撮ったら、たぶん姿が見切れている。
愛羅と勇羅には「玉拾い」と呼ばれていじめられる。おまけにクラスメイトには「え? 璃々ちゃんバスケやってるの? 見えなーい。キャハハ」とかいわれる。
これで試合に出してもらえたら、奇跡である。
それでも、
「璃々ちゃんならすぐに試合に出られるよ」
そういってくれたのは女神――違う、玉子だった。
「私なんかすぐに追いぬかれちゃうわ。だからもうすぐ私と交代だね」
えへへ。とどこか申し訳無さそうに笑う玉子は、未だにマイナス思考は治っておらず、そのポジションはもう璃々に取られるものと覚悟しているようだった。
「勝つために必要なら、やっぱり璃々ちゃんも出られたほうが絶対良いよ」
と、そこまで玉子はいってくれる。
しかし、このお馬鹿さん(璃々)は、
「璃々は勝ち負けなんてどうでもいいわ! 試合に出られるならそれでいい!」
そんなことを高々と宣言するのである。友達がせっかく気を使ってくれてるのに、だいなしだ。
ほら、玉子が困惑している。
「璃々ちゃん……それはちょっと間違ってるよ……」
そんな玉子の言葉を聞きもせず、璃々はさらにこういった。
「それにね、たまちゃん? 璃々はたまちゃんの代わりなんて嫌だわ。璃々はたまちゃんなんて相手にしてないの!」
「ど、どういうこと? ちょっと酷いよぅ。私だって一生懸命やってるのに……」
玉子は口では弱気なことをいうものの、ただでスタメンを譲るつもりはない。璃々が自分よりチームに貢献できるのであれば、譲るといっているだけである。それは松竹梅が相手でも同じだ。だから、馬鹿にされるのはちょっとだけ落ち込む。怒りはしないところが玉子である。
しかし璃々にとって、そもそも玉子は相手ではないのだ。いや、玉子とは争ってないというべきか。言葉足らずで上手く伝わっていない。
つまり、何がいいたいかというと、
「璃々は愛羅と勇羅からポジション奪うの! 相手はたまちゃんじゃないわ!」
「あ、そういうこ……と――あれ? 前は咲先輩からポジション奪うっていってなかった?」
「それはそれ! でも、まず先にやることは、奴らをベンチに蹴落とすことなの!」
何やら今日まで溜まったストレスが、璃々の目標を歪んだ形に変えてしまったらしい。
「ポジション的に無理だと思うけど……」
「ダメよ、玉ちゃん、そんな弱気じゃ! バスケは身長じゃないの! 実際に、愛羅と勇羅だって咲先輩には敵わないわ。それなら璃々にだって、できる!」
「いや、これに限ってはそういう問題じゃ――」
「できるの!」
「そ、そう……」
玉子は押し負け、そして、思うのだ。
「璃々ちゃんの自信って、どこから来るの?」
残念ながらその疑問の答えはない。
何はともあれ、本人は試合に出る気満々で、それは決して揺るぎないのである。
「明日の試合に備えて、しっかり練習しなきゃ!」
うおおおおお! と、気合の雄叫びをあげる璃々は、さらなるシュート練習を続ける。
そして、件の咲は彼女の横にいたりする。
「ほら、璃々、身体が曲がってるってば!」
「はい!」
咲は明日の試合に備えて自主練習を切り上げて、クールダウンついでに璃々のシュート練習に付き合ってくれているのである。ここでチクチク注意されているあたり、璃々が咲からポジションを奪う日が来る気配が全くない。
ちなみに、バスケ部に入部してしばらくしてから、璃々は練習中以外でも咲にべったりとつきまとうようになっていた。そのバスケの実力や、人柄に惚れたということもあるが、何よりも、今まで友達がいなくて、人との触れ合いは意地悪を受けることでしか経験がなかった璃々にとって、咲の優しさはもはや聖母のように感じられるほどだった。だから懐いて然るべき。
ただ、咲は後輩たち全ての味方なので、璃々の宿敵のこともまた可愛がっているため、璃々はそこがちょっと不満らしい。しかし、それは璃々のポジティブな性格ですぐに丸くおさまる。
――それでも璃々のことを一番気にしてくれているはず!
という感じで。
今、璃々のシュート練習に付き合ってくれているのだって、そういうことだ。うふふ。
「ヘラヘラしてないで、集中しなさい!」
「はーい!」
怒られているのに、璃々はご満悦にニコニコと笑っていた。
「はぁ……」と、咲が深々とため息をつくのも致し方ないことである。
まあ、一応、咲は誰が一番、放っておけない後輩かと聞かれたら「璃々」と応えてくれるだろう。
だって、
「スリーポイントシュート、うってみたい! いや、うつ!」
「フォーム崩しちゃうからやめなさい! 気持ちはわかるけど、もう少し、もう少し練習してから!」
そりゃこんなお馬鹿な後輩だったら、咲が心配になるのも、当然のことだ。
∞
「リリーは試合に出たいらしい」
「しかも、いつも通りの謎の自信で大活躍ができると思っている」
璃々の愉快なシュート練習を遠目に眺めている愛羅と勇羅は、杏樹と松竹梅らとともに入念なストレッチ中。
双子は長い足を180度近く開いているものだから、スペースをずいぶんと使っている。松竹梅らはそれを見て柔軟性に驚愕するやら、無駄な足の美しさに腹を立てたりしていた。
「でも、そもそも、リリーは松竹梅よりも下手くそだという事実をわかっているのだろうか。松竹梅は何気に体力も運動神経もあるというのに」
「それはこいつらが影薄いのが悪い。影で色々、雑用とかやってくれているけど、所詮脇役よ」
「ちょっと!?」「脇役だなんて酷い!」「でも、何気に褒められて嬉しい!」
騒がしい松竹梅を無視して、愛羅と勇羅は、璃々のシュート練習をジッと見つめて、いうのだ。
「『勝ち負けなんてどうでもいい』だってさ」
「ああ、それ、聞き間違えじゃなかったのね」
愛羅は目を細くし、まるで睨みつけるかのような視線を璃々に送る。
「たとえ上手くなったって、そんな考えじゃあ――」
その時だ。
「愛! 勇!」
突如として璃々が体育館のフロアなのに土煙を上げそうな勢いで、愛羅と勇羅のもとにやってきた。そして、瞳をキラキラ輝かせていうのだ。
「あなた達! 明日は頑張ってね!」
「お、おう、ありがとう……」「がんばるー!」
璃々はどういう気まぐれか、天敵であるはずの愛羅と勇羅の手をとって、二度と無いと言っていたはずのエールを送る。
でも、これはエールではないのだろう。
璃々は杏樹にも、同じことをいう。
「杏樹ちゃんも頑張って!」
「うん、頑張るよ」
松竹梅にも、
「佳奈ちゃん、綾乃ちゃん、聡子ちゃん! ――は、一緒に頑張ろうね!」
「ちょっ――あ、うん」「間違ってない」「その通りだ」
ところで、どうしてまた璃々はそんな奇行に走ったのか。
璃々は鼻息を荒くしていった。
「咲先輩がいってた! みんなが試合で大差をつけてくれれば、璃々も出られるかもしれないんだって! だから頑張って! いっぱい点取って! 璃々のために! 璃々のために!」
璃々のために!
「地の文にまで食い込むなんて……リリーの執念が感じられる……」
そう。これは璃々が仲間たちのためと見せかけた、私利私欲のエールなのである。
どうやら璃々は咲から「大差がつけば、試合の終わりの数分ぐらいは出してもらえるんじゃないの? 練習試合だし」と、いらない知恵をもらったらしい。
今の璃々は試合に出られるのであれば敗戦処理だって構わない。だから璃々はセンターサークルのど真ん中に立って、雄叫びあげるのだ。
「璃々も試合に出たああああああああい!」
∞
その声はコートの隅で椅子に座っている零奈の耳に、しっかり届いていた。
零奈はやれやれとため息をつく。
「別に明日は練習試合だから出してあげるけど、オチが見えてるんだよなぁ……」
初心者が初出場で何をやらかすかなんてオチが見え過ぎていて、全カットか、良くてダイジェストで流されるレベルである。主人公なのに。
それでも明日は璃々だけでなく初心者組を出してやると、零奈は決めている。
ただし、初心者組が試合に出るのは『おまけ』だという前提はわかってもらわないとけない。まだ彼女たちは試合に出ても、『意味がない』。とりあえず試合の空気を知ってくれればそれでいい。
初心者の彼女たちが今後、『戦力』となるには、今は日々の練習を積み上げ、ベンチから試合を見て、勉強をする事のほうが大事だ。それが彼女たちの『役割』なのだ。
だが、学ばなければいけないのは初心者組だけではない。来たるべく夏の大会のためにはチーム全員が知らなければいけないことがある。
『それ』を教えてくれるのは、明日の最後に組まれる試合の相手。
――まったく運がいい。
零奈の手元にあるのは今季の関東大会の最新の資料。これによると、つい先日行われた関東大会予選の5回戦で『八強』同士が食い合ったらしい。そして、それに食われた側の学校が明日、弱小だらけの合同練習試合会に『調整』でやってくるそうだ。
嗚呼、『調整』なんていい響きだ。
強豪だからこそいえる言葉。本当はもっと強いところと練習がしたかったけど、関東大会予選真っ最中の今は相手が見つからないから仕方ない――そんな考えが見え透いてくるようだ。
しかし調整だろうがなんだろうが、日新学園の初陣で、いきなり東京都の八つの頂点の一つと戦えるだなんてなんたる巡り合わせか。
新生した日新学園は素晴らしい人材が揃っている。170半ばのポイントガード、超高校級の技術を持つスモールフォワード、180近いツインタワー――それだけ見たら、名門強豪に劣らない面子だ。
それでも、足りない。強豪を超えるには足りなすぎる。実力も心意気も。何もかも。
だから、『てっぺん』に立つために、まずは『それ』を知ろう。
高みへ、高みへ。頂点に立つために――
「しっかり学べよ」
明日は、『敗北』を知りに行く。
∞
そして翌日、やってきた練習試合会。
試合会場となった学校は東京の多摩市の山奥にある永山商業学園。この学校は小高い丘の上にあるからか、真夏のような日差しの中でも、いくばくか心地良い風が吹いていた。
選手控室と張り紙された家庭科室で、零奈からユニフォームとチームジャージが配られた。
零奈がひとりひとり、番号とともに名前を告げる。
「4番。咲! 大黒柱、そんでエースだ。絶対に折れんなよ?」
「はい!」
「6番。杏樹! 全試合、お前のゲームメイクにかかってるからな?」
「うん」
「7番、愛羅! 8番、勇羅! 暴れまわってこい!」
「「任されよう!」」
「9番。玉子! 今日まで鍛え直した力、しっかり見せてくれよ?」
「は、はい!」
「10番。聡子! シックスマンだ。お前がシャンとしてないとスタメンへの負担が増える。コートに立つ連中を支えてやるんだぞ!」
「わー! やった! 頑張ります!」
「11番。綾乃! 体力無しがたくさんいるからな、出番は十分にある。気持ちを切らすなよ?」
「ゾロ目だ……うふふ」
「12番。佳奈! ゲームの流れを変えるときにはお前の出番だ。終始、集中してろよ?」
「はーい!」
「……」
「以上!」
零奈はそこで残ったユニフォームを持ったまま話を終える。すると1人をのぞいて全員がケラケラと笑い出した。
試合前だというのに穏やかな雰囲気である。
さて、緊張ほぐしに使われたのは――
「ちょ、ちょっと先生! 璃々は!?」
璃々は涙目である。いくら試合に出る可能性が低いからって、この扱いは璃々だって泣きたくなる。いつも泣いてるけど。ぐすん。
「冗談だよ。ほれ、『15番』」
所望のユニフォームをもらえた璃々だが、素直に喜べない。
「なんで間の番号飛ばして『15』なの!?」
「ばっきゃろー。初心者のお前がユニフォーム貰えるだけでもすごいことなんだぞ!」
「人数余ってないんだから、そんな意地悪しなくてもいいじゃない!」
璃々が『15』という数字に不満を持つのは訳がある。
バスケではベンチに入る選手の数は12人だ。
そして高校生までのユニフォームの番号は『4』から始まるので、『15』というのは最後尾の数字となる。さらに背番号というのはそれが若い数字であるほど、たいてい実力や学年が上であることを示しており、つまり『15番』を渡された璃々からすると『下っ端』と告げられたようなものなのだ。
そういうわけで璃々はご立腹だった。下っ端なのは事実なんだけど。下手なのも。
「ふふふ。違うんだよ、璃々」
そこで零奈は表情を一変、真剣な眼差しを璃々に向けた。
「15番ていうのは確かに一番下の数字だが――その実、期待の新人が背負う番号なんだ。『秘密兵器』といってもいい。お前ほどバスケに詳しいやつなら、聞いたことがあるだろう?」
「……た、たしかに、そんな話、どこかで聞いたことが、ある」
「しかも、その番号は去年まで咲がつけてたんだぞ? な? わかるだろ?」
「お、おお! なるほど! やっぱり璃々、15番がいい! 咲先輩と一緒!」
そして、璃々は納得した。
零奈もずいぶんと璃々の扱いがうまくなったものだ。
璃々に15番が渡された真実は、単純にユニフォームがなかっただけである。
今年度からバスケ部が生まれ変わったことに合わせて、ユニフォームも新たに発注したのだが制作が間に合わず、今日の練習試合会では前年度までの白と黒の単調な色合いをしたユニフォームを再利用することになった。
ところが、日新学園の女バスは古くから少人数だったために、12枚のユニフォームをフルで使うなんてことが全くなく、その管理が適当だった。だから『5番』が中抜けした『4番』から『12番』までの8枚しか見つからなかった。『5番』の行方は、ついこの間に転校してしまった三年生に贈呈されたから仕方ないにしても、残りの『13番』、『14番』はもはやいつなくなったかすらわからないらしい。
そうなると、璃々はガムテープをシャツに貼り付けて数字を書くという、おいしい役回りになるところだったが、幸いにも咲が昨年度まで使っていた『15番』があったからセーフ!
「そんじゃ、お前ら準備はいいな?」
ユニフォームも行き渡ったところでいよいよ新生バスケ部の初の試合だ。
「よし! 行くぞ!」
白地に桜の花弁の舞うチームジャージを身にまとい、少女たちは戦いの場に向かうのだった。
∞
練習試合とはいえども、日新学園新生バスケ部は圧倒的な強さを見せつけた。
1試合目の相手は会場となった永山商業。
これが正真正銘、初の試合。そのせいか、1年生軍団(つまり咲以外)が多少の緊張をしてもたつくが、終わるころには試合の空気をつかめているようだった。
【日新 44 ‐ 33 永山商】
2試合目はこの練習試合会で実力的には一番強いらしい府中南。日新学園の仲良しさんの学校だ。でも容赦はしない。
1試合目の反省点から、勢いづいて圧勝だった。
【日新 56 ‐ 14 府中南】
3試合目は今日集まる中、唯一、予選2回戦まで進んだ日野北。それでも、やはり敵ではなかった。3試合目ともなると試合中でも攻撃方法の確認などの『練習』ができるぐらい、余裕を持てるようになっていた。
【日新 66 ‐ 13 日野北】
「日新学園さんはバスケ部の改革をなされたと伺っていましたが、これはとんでもない変化を遂げましたね」
と、いってくれたのは府中南高校の先生だった。
どうやら教頭先生の知り合いとはこの先生だったらしい。教頭先生のお友達にしては(失礼)温和で優しそうな先生で、他校であるのに日新学園の選手たちを自らの教え子のように、声をかけてくれたり、指導をしてくれたりと、温かい目を向けてくれる。日新学園と府中南は他の部活でも交流があるので、親近感があるのだろう。
とはいえ、べた褒めされても、零奈は「まだまだ未熟です」と答えるしかない。それも謙遜ではなく心の底から。
そもそもこの合同練習試合会に集まる他校の選手と、日新学園の選手たちは身体的差異が大きすぎる。他の3校の選手は背が大きくても170センチやそこらの選手しかおらず、男子に匹敵する高さを持つ愛羅や勇羅を止める術を持っていなかった。さすがに、それでは負ける要素は無いのだ。
しかし、確かに日新学園は大きいチームで、各々は高い技量を持っているが、チームとしてはまだまだ未熟である。パスの連携はぎこちないし、試合の体力配分もわかってないからすぐにへばる。前半の得点力が後半には半分以下まで減るのだ。
本来であれば100点ゲームにして相応しき実力差があるというのに、この結果。ここまでの勝利は単なる『個の技量』による勝利であり、チームでの勝利とはとてもいえなかった。
こんな戦い方は、本番では通用しない。
それがわからないのであれば、この練習試合会に来た意味が無い。
零奈は日新学園の少女たちに、他校の試合全てを見学するように命じている。試合経験の浅い選手たちにとって、他校の試合の見学というものもまた重要な練習のうちだった。
試合を見ながら少女たちはそれぞれが疑問を語り合い、理解を深めていく。そうして学び、本当の意味で強くなっていくのだ。これは本番ではできないこと、練習試合で覚えておかないといけないことなのだ。
『初めての試合』の場にいても、日新学園の少女たちの雰囲気は決して悪くない。
この様子なら、『この後』も最高のパフォーマンスを見せてくれることだろう。
その時、
「よろしくお願いします!」と溌剌な挨拶とともに、最後の1校が姿を現す。
時刻は午後となっていて、その学校は遅れてここにやってきた。
日新学園の選手たちはもちろん、他のすべての学校の選手たち全員にピリッとした緊張感がはしる。
誰ともなく、息を呑む。
ただそこに現れただけなのに感じるプレッシャー。
ぞろぞろと体育館に入ってきたその姿は、明らかにこの場に集まる学校とは一線を画する雰囲気を纏っている。
『八強』が一。
――八王寺学園八王寺高等学校。
それを見て、零奈はやはり、不敵に笑っていった。
「さて、あとは重役出勤の強豪様にご指導ご鞭撻、願おうじゃないか――」
――つづく。