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女子だって、スラムダンクをしてみたい!  作者:
第三章 バスケって楽しい!!
12/34

始動

挿絵(By みてみん) 




          1



 璃々がバスケ部に入部してから1週間の時が経ち、いよいよこの日がやってきた。


 新生女子バスケットボール部の本格的な始動――


「まあ、こんなもんだろうな」

 コーチに就任した零奈はコートの中央に凛と立つと、周囲に集まる部員たちの顔を見回してポツリといった。


 最終的な部員は9名だった。例年の日新学園からしたら大人数だ。

 見学者は多く来ていたが、松竹梅の3人組を最後に部員が増えることはなかった。言葉ではどんなに強化すると公言していても、人員が集まるのは『結果』を出してからなのだ。つまり今後の日新学園のバスケ部の命運は、ここに集った9名と零奈の肩にかかっているということだ。


「今日から顧問件コーチに着任する神崎零奈だ。よろしく頼む」


 零奈は真っ赤なスーツを纏っていた。中に着るシャツを除いて、ジャケットもパンツスカートも、室内履きとして用意したバッシュも、全てが紅い。もちろん、その髪も――


「まず、最初にいっておく。私たちの目標は『全国制覇』だ。これからそのための練習に取り組んでいく。当然、地獄を見ることになるだろう。それについていく自信のないやつ、やる気のないやつはいらない。邪魔だから今のうちにここから出て行け」


 厳しい言葉だ。されども誰一人として動くことはない。

 零奈はふむと満足気に項く。


「さて、堅苦しい挨拶は嫌いだ。私がお前らにいいたいのは、2、3のことだ」


 しんと静まる体育館で、零奈は静かに、されど確かに力強い声でいう。


「私と約束をしろ――バスケを全力で楽しみ、練習に全力で励むと! そして『てっぺん』に日新学園の名を刻むと!」

「はい!」


 その意気にアテられた少女たちが声を揃えて応える。


「目先の目標はインターハイ予選を勝ち抜くことだ。そこで生まれ変わった『弱小』のアンチテーゼを見せてやろう! お前ら覚悟はいいな?」

「はい!」


 そこでようやく零奈は厳しい表情を解いて、ニコリと笑った。

 零奈は心のうちで思うのだ。


 ――やった、大成功だ。


 最初の挨拶だからビシッと決めないといけないと、内心でそれはもうドキドキとしていたのだが、うまくいって一安心である。

 その堂々と在る姿は、この場にいる少女たちの誰よりも小さなはずのその身体を一回り大きく見せることに成功していた。特に以前に顔を合わせているはずの杏樹は「お姉……さん、かな? 他人の空似?」なんて愕然としながら呟くほどだし、零奈が副担任を務めるクラスの生徒だったらしい咲も「え、本物の神崎先生? 替え玉じゃない? 人が違うわ」というほどである。零奈の日頃の行いがかいま見える。


「さて、練習を始める前に――」


 そして零奈は持っていたファイルから書類を取り出す。名簿のようだ。


「せっかくだから、今度はお前らに自己紹介をしてもらおうかね。名前、身長体重、希望ポジションと、何か一言。運動部なんだから『体重をいうの恥ずかしい』とかいうなよ? 初心者組と経験者組がちょうど分かれているから、右端から順にいってこうか。咲からだ――」



          ∞



 新生バスケ部の正メンバー。

 その自己紹介の先陣を切るのは当然、2年生、安城咲。


「安城咲です」

 栗色の髪にパーマをかけ、その大きくも吊り上がった瞳は猫を思わせる少女だ。

「身長は170センチ、体重は56キロ。希望ポジションはスモールフォワードです。うーん、と……私だけ年上だけど、気にしないでいいからね。でも――私生活でも試合中でも、困ったら私が何とかしてあげる。任せなさい!」

 今日まで研鑽してきたその実力は、おそらく、名門強豪の選手たちにも引けをとらないだろう。眠れる獅子と呼ぶに相応しい実力者である。


 続いたのは日新学園初の特待生、五月女杏樹。部活中は長い黒髪をまとめて縛り、ポニーテールにしている。

「五月女杏樹。身長173センチ、体重52キロ。ポジションはポイントガード――」

 そして杏樹はしばし沈黙して、

「頑張る」

 そう締めた。言葉少なでおとなしい少女だが、一年生軍団の中心人物。どんな時でも凛と在る姿は、癖のあるメンバーを牽引する。

 

 次は、

「白井玉子です」

 白井玉子。ボブカットの似合うマイペースな少女。女子力の高さなら誰にも負けない。

「身長は16……3センチで体重は44キロです。ポジションは一応、シューターを……ご、ごめんなさい!」

 口癖は謝罪である。バスケの実力は芳しくないと自覚しているが、最近は心身ともに飛躍的にレベルアップしている。実力は劣ろうとも、その姿勢は実力者たちを下から押し上げる。


 玉子の自己紹介が終わると、ずいっと前に出てくるのは芹沢姉妹。その技術と天性の体躯は間違いなくチームの中心戦力となるだろう。

 まずは愛羅だ。編みこみが入った髪。耳にいくつも開いたピアスホール。気の強そうな目つきに違わず気性が荒いが、その根っこはバスケを愛する純粋な少女である。

「芹沢愛羅だよー。『180』センチの67キロ。ポジションはセンターだけど――」

 そして愛羅は大胆不敵にこういった。

「――みんなが役に立たないなら、どこでもやるよ!」


 続けてその妹、勇羅。見た目はまったく愛羅と一緒である。勇羅の方が気性が穏やかであるが、それは飽くまでも『愛羅と比べたら』の話である。しかし頻繁に癇癪を起こす姉に比べて、彼女が怒った時のほうが怖いらしい(璃々談)。

「芹沢勇羅ー。『179』センチの64キロ。ポジションはどこでもいいよー」

 そして、ここまでが経験者。


 残すは初心者組である。


 松井佳奈は松竹梅の3人組のリーダー的存在――と思われているのはいつも、3人の真ん中に立っているからだ。

「松井佳奈です。165センチ、50キロ。ミニバスをやってたけど、ポジションがないようなお団子バスケだったから……よくわかりません! 一生懸命頑張ります!」


 竹下綾乃は部内で一番小柄な少女。しかし冷静沈着でおっとりしっとり、お姉さん系の雰囲気を持ち合わせている。

「竹下綾乃です。152センチ、42キロ。同じくポジションはよくわからないけど、私が一番小さいから、人一倍頑張ります」


 梅津聡子は元気いっぱい、喋り出したら止まらない。足の速さだけならバスケ部随一。けれども、筋力がないから止まったり曲がったりができないもので、いつもいつも誰かに体当たりをぶちかましている。足も口も走り出したら止まらないのである。

「梅津聡子! 159センチ、48キロ。たぶん、この3人の中だと私が1番うまいはず!」


「ちょっとー、何なのそれー!?」と、綾乃と佳奈が口をとがらせていた。


 松竹梅の自己紹介が終わると、ふと、零奈がいう。


「お前ら……姉ちゃんいるだろ? 今年で23歳の」

「え、はい。います――なんで年齢まで?」

 すると零奈は肩をすくめて、小馬鹿にするように鼻で笑った。

「やっぱり見たことあるツラだと思ったら、三バカの2号か……縁があるなぁ」

「「「三バカ!? 2号!?」」」

 松竹梅とまとめられたり、三バカと呼ばれたり、なかなか可哀想な子たちだ。


 さあ、取りを締めるは――


「八上璃々です!」

 高校からバスケを始めたばかりの全くの初心者。しかし、仲間たちとともに自主練習に励んできたおかげか、それなりに見れる動きができるようになってきた。

「身長は160センチ、体重は49キロです! ポジションは、『3番』がいいです!」

 そんな初心者が希望ポジションをはっきりといい切った。

『3番』とはポジションを番号でいい換えるときの数字である。初めてこれを聞くと背番号と混同してしまい、コーチのいうことがよくわからなくなることがある。

 バスケでは『1番』がポイントガード。『2番』がシューティングガード。『4番』がパワーフォワード。『5番』がセンター。そして『3番』とは――、


「あらまぁ。宣戦布告かしら?」


 咲と同じスモールフォワード。それを璃々は希望した。つまり、バスケを始めたばかりの初心者が、この場で最も実力を持った咲からポジションを奪うと宣言したようなものなのである。

 もちろん、璃々は至って大真面目。咲に面と向かっていい放つ。


「り、璃々、試合出て、いっぱい点取るんだもん!」

「ほうほう……しっかり練習しなさいね。きっとできるわ」


 明らかな勝敗の見えた睨み合い――というか、咲は「頑張りなさい」とエールを送ってくれている。璃々はライオンを前にする子鹿のようにガクガクブルブル震えていた。

 そこで「よろしい!」と、零奈が割って入った。割って入らなくても問題はなかったが。


「チーム内競争っていうのは技術の向上に不可欠なものだ。これは幸先良いね」


 そうして、新生日新学園女子バスケットボール部は始動した。



         2



 コーチがついたことにより、フットワークの基本的なメニューが定められ、本格的な全体練習に取り組めるようになった。

 そのフットワークメニューの一つに、璃々が独自に開発した特殊なダッシュが含まれていた。

 両足を揃えた状態から走り出し、スタートからハーフラインまでは全力ダッシュ。残りは流し、止まるときはピタリと止まる。


「これ、璃々が考えたやつだ!」


 と、満面の笑みで璃々はいうのだが、実は――


 杏樹がいった。


「実はね、これフットワーク練習の定番メニューなんだよ? バスケの選手はみんなやったことあると思う」

「そうなの!?」


 璃々、驚愕。

 自分の知識だけでどういう練習が役に立つかを一生懸命考えたのに、それをすでにバスケ選手たちは当たり前のようにやっていたとなると、なんだか悔しい気分。

 ――ぐぬぬ。璃々のなのに!

 だから違う。


「このダッシュの意味は、試合と同じ動きをさせられてることなの」


 最初の全力ダッシュはターンオーバーや速攻、残りの流しは試合中の恒常的な動き、最後のストップは急転回への移り変わりに必須。特に最後のストップはそれまでのスピードを落とさずに止まらないといけないから、自然と腰を落とす姿勢になるために足腰に負担がかかる。

 たったこれだけで試合の動きが盛り込まれていて、試合中のキツイ動きの全てをインターバルの短い中でやらされるから、とても効率のいい練習なのだ。


「それをバスケをやったことがないのに思いつける璃々ちゃんは、凄いよ?」

「ガチで無駄に知識だけはあるんだよなー、リリーは」「気持ち悪いレベルだよねー」

 と、双子も頷いていた。

「私は璃々が知っててやってんのかと思ったから、驚きも人一倍だわ……」

 咲のことも驚かせているようである。


 璃々はなんだか皆に褒められて、ご機嫌だった。


 でも、初心者であることには変わらない。だから、


「走ってる最中にヘラヘラすんな!」


 零奈にすぐに怒られるのである。

 ぐすん。



          ∞



 1時間をかけてフットワークメニューを終えた璃々たちは、再び零奈の周囲に集まる。


 フットワーク中に用意したのだろう。零奈の横には得点板が置いてあり、その手にはストップウォッチと、桜色のゼッケンが数枚ある。首から下げられている紅い笛は、零奈が学生の時から愛用してきた〈ドルフィン〉というそれなりにいい値段の笛だ。色は自ら塗装したらしい。


 さて、それらの道具が意味するものは――、


「インハイ予選まで1ヶ月しかないからね。とりあえず4対4のゲームをやって実力を測ろう。10分の前後半だけだから、体力無しでも出来んだろ?」


 零奈の提案にざわめきが起きる。

 ゲーム――先日の2対2とは違う。コート全面を使ったバスケの試合だ。


「自分の出来る限りのプレーを見せること。今、この場で周りと比べて自分の実力がどの程度か知っておけ。チーム分けは咲がやってくれ。身長が基準でいいから、できる限り均等にな。ああ、あと――璃々は外せ」

「えっ!? 璃々は無し?」


 小首を傾げる璃々に、零奈はボールをヒョイッとよこす。


「私の隣でドリブルしながら得点板の管理。声出しも忘れないように」

「……つまり、璃々はいきなり落第?」

「もう1人いれば5対5ができたんだけどねー。奇数だとしゃーないわ。それに璃々はまだシュートも打てないんだろ? さすがにそんなんじゃ試合に出ても何も出来ないよ。今はまだお勉強期間。予選開始までにチームに貢献できる力を身につけることだ。その頃には出してやるから」


 璃々はそこまで馬鹿じゃない。零奈のいわんとすることは理解できる。今は「はーい……」と素直に頷くことしかできないのだ。


 そうして、咲によってチームが振り分けられた。


 チームAは『咲、勇羅、綾乃、聡子』。

 チームBは『杏樹、愛羅、玉子、佳奈』。


 試合開始のジャンプボール。センターサークルの中央に愛羅と勇羅が相対した。

「そういやジャンプで勝負するの始めてだ」と、愛羅がいえば、

「つまり今日までの0勝0敗3572引き分けにいよいよ決着がつくんだね」と、勇羅がいう。

 お前らどんだけ引き分けてんだよ。

 

 璃々がボールを上げると、いよいよ試合が始まった。



          



――つづく

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