第二十二章 覇者 其の四
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「先ず手始めに、お主が知りたいと望む話の中でも最も重要度の低い、今回の召喚について解説しておこうかのう。
今回お主が送り込まれたのは、あの世界では前人未到となる一代で大陸全土の統一国家を樹立した王の戴冠式であり、同時に最期の日じゃよ。
あの時代では未だ文明はそれほど発達しておらず、大国はごく少数で多くの小さな都市国家が乱立している時代じゃった。
その小国の中のひとつだったあの国は、集団に因る密集陣形での戦闘技術を確立し、その優れた戦術で同規模の周辺国を次々と併合し勢力を拡大していった。
やがて大国とも渡り合えるほどに国力を増大させると、遠征を繰り返して更に版図を広げ続けた。
領土拡大が順調に実現出来た要因としては、かの王の戦略は戦争一辺倒ではなく、降伏勧告に応じたり投降した者には恩赦を与えた事と、属領の統治に関して支配体系を変えようとはせず税金の徴収と徴兵を課すに留めた事じゃ。
戦勝国は敗戦国の財産を奪い敗戦国の民を奴隷とするのが当然のこの時代に於いては、これは画期的であったと言えよう。
他の大国が征服した各地で根強く残る反乱に翻弄されて次第に消耗して行く中、かの国は円滑な侵略の実施に因って他国を凌駕していった訳じゃな。
その一方で敵対する者に対しては一切の慈悲も無く、支配階級の者達は全て処刑して全財産を没収し、配下の兵や民には全員の身体に亡国の名を刻んだ烙印を押し、奴隷として一生働かされた。
亡国の烙印を押された奴隷には自由市民になる権利も与えられず、何をしようと所有者の自由とされ、家畜と同様の劣悪な扱いを受けた。
こうして飴と鞭を明確に使い分ける政略で極めて安定した権力を維持し、大陸統一の覇業を果たしたのじゃよ。
下は百人に満たない集落の少数民族から上は百万を越す兵力を要する大国まで、百を越える様々な国々を傘下に併合し、諸国の王達を属領の領主として服従させた男はやがて自らを神であると標榜し始める。
成し得た功績を考えれば、人智を超えていると評されても不思議ではない、一代での世界統一を為し得た人間は数多の世界に於いても数える程しかおらんからのう。
それもあってあの王にはいくつもの伝説が残されておるのじゃが、その中でも最も有名なものが剣術で、目にも止まらぬ俊敏さと正確無比な太刀筋は、敵国から半神と称されて恐れられた。
じゃがそれほどの傑物であったにも関わらず、全土統一を達成して本国に凱旋した後に催した、新称号である諸王の王としての戴冠式に於いて不慮の死を遂げたとされ、その死因は落雷に因る建造物の倒壊での事故死が有力じゃが、事故死に見せかけた暗殺だったとする文献も残っておる。
偉大な王を失った巨大な王国は後継者に恵まれず、十年と持たずに国は分裂し、その分かれた国同士で戦渦が広がり、再び戦乱の時代へと逆行していった。
これが儂の知るあの世界での歴史じゃったが、お主の暗躍で史実ではもっと驚くべき事が起きていたと言う事じゃな。
先ずお主の器の正体についてじゃが、それは推測通りあの王そのものじゃ。
かの王には『神速の戦士』と言う別名の伝説があって、人の倍の速さで動く事が出来たと云われており、これが黄金像の中身として具現化したのじゃろう。
実際のところは単なる人間に過ぎんのだから、まあ常人よりは優れた身体能力じゃったとしても、本当に倍速で動ける超人だった訳では無かろう。
最も有力な説としては、王だけがごく僅かしか製錬出来ない高硬度で軽い希少な金属で作った武具や防具を使っていたのではないかとの説があるが、その証拠となる王の装備は失われておるから確証は無い。
問題は誰がお主を呼び出したのかと言う点じゃが、ここは今回少々複雑な事になっておると思われるところでな。
嘗て王が滅ぼした少数民族の中に、呪術に因って祈祷師が部族の民を統治する文明があった。
その民族は王の軍勢に抵抗した結果戦いに敗れ、半数は戦死又は処刑され、半数が烙印の奴隷となった。
その奴隷達の大半が、当時建設が開始されたばかりであったあの円形闘技場の人柱として捧げられた。
この部族の信仰する呪術の中に、逃亡した重罪人に対する罰を与える『鏡人』と言うものがある。
それはその名の示す通り、鏡に映したかの様にその罪人とそっくりな姿をした追手の事で、それを呼び出して野に放ち犯した罪に見合う罰を与えに向かわせる刑罰じゃ。
『鏡人』は喋らず眠らず飢えも渇きもせず、肉体的な能力は元となった人間と同等の力を有しており、更に対象となる相手の命と己の存在を共有し、相手が死ねば『鏡人』も又消滅する。
その行動は、元の人間の場所に向かってひたすら歩み続け、対象の人間に出会うと襲い掛かるとされておる。
この部族の裁きの掟では、盗めば指を折り、偽れば舌を焼き、犯せば局部を抉り、折れば同じ場所を砕き、殺せば命を奪うとされておって、『鏡人』は殺人に対する刑罰じゃった。
だが供物となった部族の者達の中に祈祷を行なえる祈祷師は含まれていなかったから、正当な『鏡人』を呼び出す事は不可能じゃ。
一方、常勝の覇者として偉業を為した王は、本国では既に神に等しい畏怖と崇拝の象徴であったのは間違いない。
じゃがどれだけ崇拝されていようとも、その信奉の対象が目の前に存在している場所に、もう一人の新たな王を呼び出そうとなどと考える筈が無い。
何しろ王は、唯一無二なる存在じゃったのじゃからなあ。
この相反する信仰を結び付ける媒体となったのが、王を模した黄金像じゃった。
この黄金像の中は空洞になっておって、その中には併合や征服で傘下にして来た国々の金貨が封入されていた。
これが本来起こり得ないであろう異なる信仰を繋げる媒体となった。
つまりどちらかだけでは成立し得なかった召喚を、この黄金像が媒介した事に因り、同一の存在に対する強い願望が結び付いた奇蹟じゃったのじゃ。
その奇蹟の産物が、民衆が想い描く英雄として神格化された王の姿と、人身御供にされた部族の民が最期の報復の為に願った『鏡人』が統合されて出来た、お主の器じゃったと言うのが結論じゃ。
そして王は期せずして天より降臨するかの様に現れたお主を見て、それを神の試練と曲解したのじゃろうて。
王にとっては己を神格化するのにこれほどの舞台はないと歓喜していたに違いない、そしてその舞台で敗北する事は許されなかった故に、退く事が出来なかったであろうし、また敗れるとは考えていなかった。
何故なら王はこれまで一度たりとも戦いに於いて敗れた事が無かったからじゃ、その自信が慢心を呼びやがて神を名乗る傲慢へと繋がり、そして最初にして最後の敗北を招いた。
己の信者達が作り上げた自らの虚像に因ってその栄光の人生に終止符を打たれるとは、哀れとしか言いようがないが、それもまた運命じゃな。
未知なる情報を得るのも良いが、己が持つ知識の誤りや不完全な箇所が補完されるのもまた実に素晴らしいものよ!
こうして記憶が洗練されていく感覚は、如何なる快楽でも決して及ばぬわい、ホッホッホー!」
今回もまた感極まったのか、翼を広げて歓喜する白銀の猛禽を眺めながら、そんな悪魔に反して私は何とも言えない心境だった。
銀木菟の解説の通りだとすれば、結局私はあの召喚で王を殺そうと殺しまいと、両極の意思から生み出された矛盾する器の意向を叶えたとは言えず、私の選択は世界の動乱を招いただけでしかなかった。
あの時は時間の無さから器の力に従う事に決めて行動したが、今回の様にどちらにしても正しくないのであれば、やはり器の意思を無条件に信じるのは正しくないのではないか。
私がそんな後悔をしているのを知ってか知らずか、“ロゴス”は無言でこちらを暫らく眺めた後に新たな講釈へと入った。
「次にあの双子の王女じゃが、家畜の使用人に因る解説は儂の知る情報と大差はないので、その辺りは省略して語られていない点を補完しようかのう。
二人の王女はこれまで一度も同時に姿を見せた事が無く、常にどちらか片方だけで行動しておる。
そして姿を現わす時間帯がそれぞれで決められていて、白い王女は明け方から夕刻までの日中で、黒い王女が日没から夜明けまでの夜間のみ行動しておる。
つまり一日を通してどちらか一方は必ず人目に触れない場所に居ると言う事になる。
順当に考えればそれは治療の為となろうが、それは通常の人間の病人の場合であって、この狂った世界の支配者の娘となると話は変わってくる。
人間の肉体を弄る力を持ちこの生ける城程の物を生み出した侏儒めであれば、たかが娘二人の身体なんぞどうにでも出来そうだとは思わんかね?
更に王女達は体が弱いだけでなく重度の不具者なのは周知と思うが、単に不自由なのではなく部位が欠損しておって、それを全て作り物で補っておるらしい。
それの調整や管理の為に、あの狐の従者が付いておる。
彼奴も駱駝と同じ医者の類だと思うじゃろうがそうではない、あの狐は人形師なのじゃ。
何故人形師が王女の従者をしているか、その理由は義肢にある。
あの義肢は侏儒めお得意の人間の身体を使った物ではなく、精巧な人形と同様の技術で作成されたものなのじゃ。
それ故に思う様に動かす事が出来ず、王女達はあの様なぎこちない動作しか出来んのじゃ。
どうしてまともに動かせもしない人形の手足を娘に宛がうのか。
これらは王女達の存在意義に関わっていると睨んでおるが、それが具体的にどの様な意味があるのかは判っておらん。
何しろ姿を現す様になったのはごく最近で、それまでは殆んど表に出て来る事が無く、儂も直接遭遇したのは数える程と言うのもあって、まだまだ謎の多い存在じゃよ。
今回王女が儀式を執り行ったが、これは今回が初めてではなく過去にも僅かながら代行している。
これは裏を返すと、あの儀式は侏儒め以外の者ではあの王女達しか出来ないと言う事になるのじゃが、かの者達があの儀式の際に何をしているのかについては、未だに何も掴めておらん。
多くの勅使達の記憶を見ても、誰一人その時の記憶を保持しておった者がおらんのじゃよ。
これらについては、若しかするとペテン師の方が何か掴んでおるやも知れんのう」
妙に思わせ振りな口調で締め括った白銀の悪魔は、目を細めて不敵な笑みを浮かべると、再び嘴を開いた。
「次は、前回の時に別の機会に語ると明言しておいた、あの金貨について語ろうかのう。
侏儒めが求めるあの金貨はお主も推測している通り、只の金貨ではない。
更に言えば、あの様な金貨は実は存在しておらんし、正確に言うとあれは物質ですらない。
では何故お主の目にあれが道化の紋章が刻まれた金貨に見えておるのか、それは道化からそう見える様に暗示を掛けられているからじゃ。
勅命についての説明を受けた際に、あの金貨を渡されたであろう? あの行為を受けた者にしかあの歪な金貨は認識出来ん。
ではあの金貨は実際何なのかと言うと、召喚先の世界に於いては流通していた様々な普通の金貨なのじゃ。
あの様に見た目が変わるのは高純度の金貨が対象だが条件はそれだけではなく、どうやら世俗に塗れている事らしい。
なので古い硬貨の割合が高く、傷ひとつ無い様なろくに使われていない硬貨は殆んど対象とはならん様じゃ。
そしてこちらに戻って来た際に、さも異界から転送されたかに見える同じ形状の金貨は、実は錯覚に過ぎん。
こちら側で金貨だと錯覚しているあれの正体は、異界の金貨に付帯していた力を具現化したもので、簡単に言うと残留思念が結晶化したものじゃ。
要するに、数多の人間達の手垢に塗れ磨耗する程に流通した貨幣には、それだけ様々な人間の感情を吸収しておると言う事なのじゃろうな。
何故金属である金が人間の感情を吸い込むのか、その道理は全く理解出来んが、彼奴は実際にそれを利用しておるのだからそう理解しておく他無い。
彼奴がどういった経緯でこれを知ったのかは不明じゃが、あれが己の力を増強出来る物質だと理解している点は間違いない。
あの金貨を認識出来るのは勅使に任命されている期間のみで、勅使としての任が解かれれば金貨は見えなくなる。
これはあの金貨の真の意味に気づいた者には収集出来なくする為の措置なのじゃろう。
あれはそのままでは取り込めず、何らかの変換や加工を行なう必要がある為、城内の何処かに金貨を変換する仕掛けがある筈じゃ。
それを発見して奪うか壊す事が出来れば、彼奴にとっては相当な痛手となるに違いない。
何せ彼奴は途轍もなく大量の力を常に必要とし続けておるのでな。
それは言わずと知れておろう、彼奴の居城である『聖ディオニシウスの骸』じゃよ。
『聖ディオニシウスの骸』は簡単に言ってしまえば、捌いた人間の肉を積み上げて血管や神経を繋ぎ縫合した塊の様なもので、あれ単体で生物としての生存条件を満たせる代物ではない。
彼奴は人間を加工する力はあっても医学や生物学と言った知識を持ってはおらず、またその力も創造主の様に整合性の取れた存在を生み出すまでには至らず、ただ単に欲しい物だけを接合しただけの化物しか作れんのじゃ。
故に生存状態を保つべく不完全な部分を補う為に莫大な力を要し、この不足分を補完するべく封じた悪魔達の力も転用させておる。
あの金貨の収集する目的が生ける城の養分を賄う為だとしたら、それが途絶えればどうなると思うかね?
恐らく生物と同様の症状が発生するじゃろう、養分の枯渇から引き起こされるのは気管や組織の萎縮に因る機能不全じゃ。
この城内の施設は城の肉体の制御に因り機能しているものばかり、それがまともに動かなくなれば、我々にとって愉快な事になるじゃろうよ。
囚われの悪魔共の幽閉設備の中には、儂の本とは違って城の肉体に組み込まれていたり、城の制御下のものもある。
其奴等の内の一部を解放出来ただけでも、侏儒めにとっては十分に命取りとなろう。
何故なら悪魔等は、本来強大な力を持っているが弱点に因って封じられ、その力を強要されておる状態だからじゃ。
故に予期せぬ開放が為されれば、其奴等が積年の憎悪と共に復活するのじゃから大人しくしておる訳が無い、只では済まんじゃろうよ。
そうやって解き放たれた悪魔が騒動を起こせば、侏儒めの配下の兵隊ではとてもではないが太刀打ち出来ず、彼奴本人が対処せざるを得ない。
その対処に彼奴が拘束されている内に城の機能不全は更に悪化し、生命維持の限界を超えれば次は壊死が始まる。
ここからが重要な所じゃ、壊死した場所では侏儒めの力が大幅に低下するのじゃよ、彼奴の術も大半は効果を失う筈じゃ。
それは何故か、この『聖ディオニシウスの骸』は単なる様々な機能を備えた生ける人肉の城ではない、本来の目的は侏儒めの力を増幅する装置なのじゃよ。
その増幅した力を分配し、儂が囚われておるこの書や各所にある城内の道具や器具を、彼奴が制御し稼動させておる、お主の足枷の錘もまた然りじゃ。
故に作動するのに必要な動力を失えば、こういった物も城に続いて機能不全に陥るから、この隙をついて、我々も封印や枷を外して脱走を図る訳じゃな。
ここまで事態が悪化すれば後はもう、囚われておる悪魔共の解放をするもこの世界から離脱するも、容易じゃろうて。
これが儂の描く侏儒め打倒の筋書きじゃよ。
あの忌々しい侏儒めを倒す手段としては、現段階では最も現実的であると考えておるが、この通り儂にはそれを実現する術が無い。
そこで未だ封印されておらんお主の存在が重要なのじゃ。
同志たる客人よ、この計画が何時実行出来るか判らんが、何時でも対応出来るようしっかりと記憶しておくのじゃぞ」
そう語り終えると、いつの間にか神妙な様子になっていた白銀の悪魔は、無言でゆっくりと両目を瞬いた。
妙に高揚した鳴き声もあげないその落ち着いた様子から、今語った内容が漠然とした夢や希望等ではないのを悟り、語られた内容をしっかりと肝に銘じた。
この策だと計画の発端は私が動き、囚われの悪魔の解放まで到達させなければ、“ロゴス”の助力は得られないのだから、実質的には単独で事を成す必要がある事になる。
計画通りそう上手く事が運ぶのかは疑問だが、無計画では貴重な反逆の機会を生かせはしないだろう。
今後はこの計画に関連しそうな場所や物を意識して確認する様にしなくては。
これまでになく長い沈黙の後に、再び“ロゴス”は嘴を開き、次の講義を始めた。
「お主の認識としては、侏儒めはこの世界の創造神の様な存在で、その世界へと迷い込んでしまい囚われていると思っている様じゃが、それは根本的に違っておる。
彼奴はそこまで大層な存在ではないのじゃよ、あの侏儒めも儂等と同様の召喚された器に過ぎん。
ただ彼奴は、この世界を己に都合の良い様に最適化しておって、その世界に我々が召喚されてしまっておるだけの事じゃ。
ここで侏儒めとこの世界の過去について話しておこうかのう。
と言っても、既にその時代の記憶は殆んど残っておらん、その理由は人間が敗北した時にあらゆる文献が彼奴に因って処分されているからじゃ。
更に家畜同然にまで貶められた人間も相当に退化しておって、記憶の伝承を行なう知恵すら残っておらん。
その様な状況じゃから、儂が知っておるのはあくまで途切れ途切れの概略にしか過ぎんから、それらを繋ぎ合わせて補完した内容となるが、それでも何も知らんよりは良いじゃろうて」
『事典の悪魔』はそう言うと、これまでとは異なる口調で語り出した。
「この世界は嘗て国家間の領土争いが絶えない戦乱の世であり、その中にとあるひとつの国があった。
その国は信仰心だけは高いがそれ以外は目立つ要素の無い平凡な国で、周辺国に標的にされており滅亡は時間の問題と言う状況だった。
そんな最中に最後の手段として、国中から供物を集めて国教に於ける主神を呼び出した。
この神は乱れた世界を終えるべく姿を現わし、世界の全ての不浄を浄化した後に新世界を創世して再び去ると言う、死と再生の神だった。
その主神を守護神として最後の反撃に出た軍勢は、死を齎す神の圧倒的な力で次々と戦況を好転させた。
勝利の度に戦死者の魂を供物として捧げ続ける事に因り、主神はその力を増大させ続け、更なる戦果を挙げていく。
この勝利の連鎖に因って、敵対していた周辺国を滅ぼし当初の危機を脱した筈だったが、神の加護に因る圧倒的な勝利を味わってしまった国の者達は、もう歯止めが利かなくなっていた。
独善と我欲のままに更に戦火を拡大し、次々と新たな隣国を滅ぼし続け、領地と私財と奴隷を増やし続けた。
やがてこの世界はその国のみが残る形で戦乱が終わり、守護神は石像へと変化し眠りについた。
その後、その祖国出身者のみが支配階級として政治や軍に君臨する新時代が始まったが、それはすぐに終わりを告げた。
辺境や深い森や高く聳える山脈から、猛獣や猛禽等の半獣半人の姿をした怪物の軍勢が姿を現わし、侵攻し始めたからだ。
支配階級となっていた民達は再び守護神へと救いを求め、守護神は望み通り再び動き出したが、今回の浄化の対象は召喚者たる人間達の方だった。
神は最後の不浄として自分達を滅ぼす心算だと気づき、神を倒そうとするが叶わず、大国はあっさりと滅ぼされた。
こうして全ての人間は獣人の奴隷となり、守護者たる神は新世界の支配者へと変わり、勝者である獣人達が新生国の民となった。
この守護者として召喚された死と再生の神こそが、侏儒めの正体じゃよ。
この歴史の間に侏儒めは何をしていたのか、それは如何なる文献も残されてはおらんが大体は想像がつく。
召喚者である民は自分達に害する国とその民を不浄な存在と見做して、浄化と言う名目で反撃を命じそれに従って力を振るう。
そうして連戦を続けて行く間に国の民からの信奉は昇華し、器の定義も変化し始めたのを見て彼奴はそこに便乗し、施政者や聖職者を富や権力で篭絡して召喚者が制御し切れない程までに力を増大させた。
そうなると次に召喚者を傀儡として動かし理想的な超自然的存在へと教理を改竄し、糧を半永久的に充填させるべく戦争を繰り返させて自身の力を最大限にまで高めた。
そして莫大な力を集めると、その力を使って人間の代わりの新たな民となる獣人達を創造し、これまで散々利用して来た人間へと反逆して滅ぼした。
その後生き残った人間を全て集め、食料・資材・労力となる万能の家畜として利用すべく生産を開始する。
その中で最も重要なものが洗脳で、幼少期の段階でその脳内に絶対的な神たる己の存在を刻み込む事で、作り上げた己の器の定義を磐石にした。
その後『聖ディオニシウスの骸』を作り上げ、己の力の増強と更なる揺るぎない支配体制を確立。
それと引き換えに発生し始めた力の枯渇に対する対策として、他の同類達の拘束及び使役を始める。
その際に使用された器もまた、嘗て滅ぼした人間達の信仰として存在していたものを流用し、洗脳に因って意図的に都合の良い様に改竄して作り出した。
更に異界に存在する残留思念を結晶化し力へと変換する術を発見、勅使に因る収集作業を開始し、そして今日に至る」
ここで一旦言葉を切った語り部は、ホウとひと息ついてから再び言葉を繋ぐ。
「まあ大体こんなところじゃろうよ。
客観的に見れば、己自身を頂点としたここまでの世界を築き上げた点は成功者と言っても過言では無く、評価に値するであろうよ。
お主はこの城と周辺しか見ておらんから知らんじゃろうが、この城が建つ骨の山の裾野には獣人達の領地があり、そこには街が点在し牧場が広がっておる。
このエデン以外にも、お主も会った黄金の女王が支配する鳥人族の国や、他にも半人類の国が幾つかあるが、多少の内紛程度はあれど戦争状態の国家は無い。
ここは人間からすれば地獄そのものじゃが、他の種族共からすれば安定した平和な世界じゃ。
だがこれだけの世界を構築出来ても、望み通りの器には遠く及ばん様じゃな。
その証拠は彼奴が儂やお主の様な者を生かし続けている点じゃな、若し全知全能の力を備えた神となっているのなら、儂なんぞ不要な筈じゃろう?
それに絶対的な力を手に入れているのならば、お主等を使って面倒な金貨捜索なんぞさせる必要も無い筈じゃ。
つまり散々策を弄したところで、本来は個人の自由意志や地域毎に自然発生する信仰を、全てこちらの思い通りにする事は困難と言う事じゃよ。
若しかすると、侏儒め以上に狡猾な実力者であれば、もっと理想的な世界へと変貌させられるのかも知れんが、儂にはその手の支配欲を持ち合わせておらんから、試す気にもならん。
儂が求めるのは知識だけじゃ、故にそれを最も合理的に収容出来るこの『深遠なる叡智』さえあれば十分じゃよ、ホッホッホー」
そう感想を述べた白銀の猛禽は、満足げに翼を広げて周囲を見渡していたが、私は『事典の悪魔』より明かされた道化の過去に驚き、それどころではなかった。
あの異質な存在である道化の正体が私と同様なだけでなく、死と再生の神の成れの果てだったとは衝撃だった。
召喚先で永続して存在し続けると言うのは、嘗て“嘶くロバ”が語っていた講義にも、そんな内容に触れたものがあった気がするが、それを実現した存在だったとは。
それを実現したと言う事は、道化の本質は“嘶くロバ”と同様に異世界側よりも己の主張を優先する考えの持ち主であり、私の理念とは相容れない存在と言う事もこれではっきりした。
愉悦に浸る“ロゴス”が我に返る頃には私も平静を取り戻し、次の論題を待ち受けた。
「さて、次は召喚の儀式についてじゃが、お主はあれを一時的に異界へと喚起される現象だと認識している様だが、それは間違いじゃぞ。
あれは本来元居た世界へと戻る様にはなっておらん、つまり正しくは召喚ではなく転生なのじゃ。
以前侏儒めに捕まる前に送り込まれた四つの異界では元の場所に戻らなかったであろう? 厳密には少々違っておるがあれが転生の動きなのじゃよ。
彼奴等は転生を細工し、言わばアストラル投射の様に意識だけを異界へと送り、本来持つ力や能力を肉体に留める事で、転送を意図的に失敗させて元の世界に引き戻す様に仕込んでおった。
異界で死や消滅する度に元の世界へと戻るのも、残っている肉体に離れた精神の臨死状態が反映されるのを利用し、それをこちらへと引き戻す契機としていたからでしかない。
あれを行なう為に必要となる舞台が、侏儒めの場合はこの『聖ディオニシウスの骸』であり、ペテン師の場合は暗闇の世界だった訳じゃよ。
そして召喚時はお主のすぐ傍で作業を行っており、実際にはペテン師共の時の召喚でも彼奴等に取り囲まれていた筈じゃぞ、ただそれをお主が認識出来なかっただけなのじゃ。
つまりペテン師共はずっとお主を謀っておったのじゃよ。
彼奴等は恐らくこの秘術を侏儒めから盗んだのじゃろうよ、そしてそれが発覚して彼奴の逆鱗に触れたのじゃろう。
そうでなければ、己の力を最大限に発揮出来るこの城から滅多に出る事の無いあの侏儒めが、わざわざ自ら出向いてまで殲滅しに行く筈が無い。
ここでついでに本来の転生について軽く触れておこうかのう。
転生は己の意思で起こす事が出来、更に行き先も選択可能じゃ。
そしてこの能力は、誰しも最初から使えるものじゃよ、儂等の様な存在ならばな。
まあそうは言っても、何時でも何処でも自由に行き来出来る程容易くはなく、向かうべき異界の方角と言うか座標の様なものを把握している必要がある。
だがそれも、数値の羅列や呪文めいた文言等ではなくもっと感覚的なもので、本来なら特に意識する事すらない。
それと転生先以外に転生出来る対象の器も、何でも好きな物になれる訳では無く、それぞれの個体の性格と合致したものと決まっておる。
転生は力を消耗するから疲弊した状態では使えん、つまり糧が尽きてしまえば再び糧を一定量まで補充するまでその世界から出られなくなり、そして完全に糧を失えば消滅してしまう。
この消滅は先程も言ったが召喚に於ける送還とは違う、完全に消えて無くなる死を意味しておる。
これまでにも何人かの勅使達と対話をしてきたが、転生について説明した事は只の一度も無い、そういう意味でもお主は稀有な存在じゃな。
無論この儂もこれまで様々な世界を渡り歩いて来た、そしてここで少々油断してしまい彼奴に囚われたと言う訳じゃな、全く我ながら情けないわい」
軽く項垂れながら、ホウと溜息の様にひと声鳴いた銀木菟が再び首を擡げると同時に、例の終焉の鐘が鳴り始めた。
「うむ、どうやら今回は此処までの様じゃな、最重要と思える事柄は大方伝えたかのう。
後はお主の活躍次第じゃ、望む自由と真相を入手したくば機会を逃さぬ事じゃよ、それは何時やってくるか判らんのだから見逃すでないぞ。
それにお主だけでなく、儂を含めた他の虜囚達の命運も掛かっておると言っても、決して過言ではないのじゃから。
それでは客人よ、又会おう、ホッホッホー!」
こうして“ロゴス”との二度目の密談を終えた私は、小部屋の書見台の前で目を覚ました。
今回知らされた内容はどれも驚くべきものであり、今の無知な私では想像だに出来なかったであろう話ばかりだ。
特に道化に関する様々な情報が得られたのは大きな成果であり、『事典の悪魔』の勧誘に乗ったのは間違いではなかったと確信した。
だがあれだけの情報を持っている“ロゴス”であっても、自身の状況を自力では打破出来ない点は、それほどまでに道化の封印が周到である証拠とも思え、油断は出来ないのだと肝に銘じた。
行動の指針を得た今、私が行なうべき事は更に明確になったと言える。
“ロゴス”の計画を実現する為にはこの城の構造や虜囚の悪魔達の詳細と配置を熟知しておく必要があり、その為には道化の勅令をこなして評価を上げ、もっと行動範囲を広げる必要がある。
その間に金貨が増えれば道化の力の増強に繋がってしまうが、そこを下手に拒んで計画を台無しにしない為には致し方なかろう。
私は新たな決意を胸に小部屋を後にした。