第二十七章 反魂 其の四
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『聖ディオニシウスの骸』四階、談話室。
以前に連行された謁見室とは廊下を挟んだ向かい側にあるこの部屋は、“ジェスター”がこの館に招いた国賓と食事以外の時間帯に語らう際に使用される場所らしい。
勿論ここは道化の居住区域なので室内の内装は整えられており、壁際にはソファーが並び中央には四脚の椅子が四方に配された正方形のテーブルが三卓配置されている。
だが今は賓客は誰も居らず、道化が一人窓に面した壁際に置かれた長いソファーの中央に陣取り、赤ワインらしき液体が注がれたグラスを片手で弄びつつもう一方の手で頬杖を突き、半ば寝そべる様なだらしの無い格好で座しているのみだ。
そんな道化の直ぐ脇には給仕役であろう牛頭の家令が控え、サイドテーブルにはラベルの無いワインボトルが置かれており、一方私の脇には白猫のメイドが金貨回収の準備をして佇み、その直ぐ後ろには鹿頭の近衛兵が無表情で私を見下ろしている。
そんな中、私は糸が切れた糸繰り人形の様に床に倒れ臥している状態で目覚めた。
今度は本当に戻って来たのかと周囲を見回し召喚前の記憶と何ひとつ変わっていない状況である事を把握した後に、改めて支配者の様子を窺う。
普段であれば金貨の取得に失敗しているとほぼ例外無く不機嫌となって激昂し必ず叱責を受けていたが、今回も又失敗しているにも関わらずそれでも矮小な王は機嫌を損ねる事無く落ち着いている。
前回の召喚後に起きた“ラプラス”の一件もあった事からこの召喚の徴集前から戦々恐々としていたのだが、道化は気味が悪い程に終始上機嫌でありそれは召喚後でも変わらずであった。
「良くぞ戻った、忠実なる余の勅使よ」
あまりの事態に怒りを通り越しておかしくなっているのかそれとも裏を返した嫌味なのか、これまで一度として口にした事の無い労いの言葉を発しつつ、含みを持たせたにやけた表情をして見せる。
若しかするとこちら側の企みが漏洩でもしたのではないかと勘繰りながら、その確証とされ兼ねない動揺を見せない様に平静を装いつつ無言で頭を下げる。
「カトゥス、下がれ」
暫らく私の様子をじっと眺めていた矮躯の王は、数秒の後に小さく息を吐いてから白毛のメイドへと指示を出すとこちらを見据えて再び口を開く。
「此度の召喚では収穫は無かった様だが、まあ良い、次こそ成果を出せる様に精進せよ」
成果が無かったにも関わらず愉悦の表情を崩す事無くそう述べた道化は満足げにグラスを回してから一気に飲み干し、空のグラスを家令へと翳すとタウルスは差し出されたグラスに無言でワインを注ぐ。
「そう、次こそ、な、クククククク……」
最後まで含み笑いを崩す事無くそう小さく呟くと空いている手でセルヴス等へと指示を出し、私は“ジェスター”の真意を推し量れぬままに二頭の近衛兵に連れられて談話室を後にした。
「おお、無事であったか! 暫く音沙汰無かったからてっきり侏儒めの逆鱗に触れて時計塔から逆さ吊りにされておるのかと思ったぞ。
これで儂等の計画の最初の壁は突破したと言っても良いじゃろう、未だ先は長いが取り敢えず今はこの成功を祝おうではないか、ホッホッホー!」
仄暗い『深遠なる叡智』で銀色の甲虫が執筆の作業に勤しみ飛び交う中、只一羽机の上で両翼を広げ羽ばたきながら舞踏でも演じている心算なのか、同心円を描く様に歩き回る白銀の猛禽はこれまでに無く浮かれていた。
一頻り歓喜の舞を演じた“ロゴス”は大きく羽ばたくとゆっくりと舞い上がり、いつもの長椅子の背凭れに悠然と止まってから再び嘴を開く。
「先ず始めにこれまでお主が訳も判らずに勝ち得た功績と、その結果としての顛末及び今後の推測を説明しておこうかのう。
儂等の計画遂行に於いて当面の問題となるのが、『振り子の悪魔』事『事変の傍観者』に因ってこの『聖ディオニシウスの骸』に施された、相対的時間軸の停滞に於ける再帰的な不変性じゃった。
何を仕掛けるにしても先ずはこれをどうにかしない限り、この世界は如何なる変動を与えても元の状態へと回帰してしまうからじゃ。
これを打ち破る為には施術者である『事変の傍観者』にそれを解除させるか、或いは彼奴の存在そのものをこの侏儒めの世界から消滅させる必要があった。
儂自身が幾度か接触した際にこれらを実現すべく説得を試みた事もあったが、彼奴は己の信条とする行為以外に一切の興味も関心も無く、儂の提案に耳を貸す事は無いのが明白となり諦めざるを得なかった。
じゃがこの対談でどうやら彼奴は侏儒めと結託しているのも又単なる手段であって、真の目的は何かの契機を待っておりそれが儂以外で勅使として現れる何者かとの遭遇であるのではないかと推測した。
それならばその目的が果たされる時こそ状況を変える好機と判断し、儂はその者が現れるのを待つ事にしたのじゃ。
その後数多くの者達が侏儒めに囚われ勅使となり、処刑されたり悪魔として封印されたりして次々と入れ替わるも彼奴は動かず、その内に儂も封じられてしまう中でお主が現れ漸く『事変の傍観者』が反応した。
何故彼奴がお主を選択したのかについては、彼奴の行動原理であり信条でもある宿命論とやらに則ったものなのじゃろうが、その論理を語る事すらしないであろうから恐らく彼奴以外にそれを知り得る者は居らんじゃろう。
彼奴はその秘められた論理に即した行動を取らない者に対しては、己が信念を貫くべく詭弁を弄して言葉巧みに相手を篭絡しに掛かる。
その言動は儂から盗んだ知識をひけらかす事で信憑性を高めた妄言を吐くあのロバ頭共よりも狡猾な、自身の力である予知を利用した予言的な内容じゃ。
無防備にそれを聞いてしまうと大抵の者は愚かにもその言葉を聞けば聞く程に信じて疑わなくなり、やがて彼奴の言葉のみを妄信しその他の相反する言動や行為を無条件に否定する『事変の傍観者』の信奉者と化す。
つまり結局のところその目的こそ違いがあれども、彼奴も又ペテン師共と同様に己が目的遂行の為に利用する為の手駒を増やしている訳じゃな。
今回の対話でお主に対してこうした洗脳を行なわれなかったのは、事前にあの渾名を告げて既に儂の息が掛かった者である事を明確にした事で容易には達成出来ないと踏んで、この場は対応を切り替えざるを得なかった故じゃ。
じゃからこそ彼奴は、儂から磨り込まれた自分に関する情報を正す様な弁明を語っていたのじゃろうよ。
因みに彼奴が最後に言い残した意味有り気な言葉は所謂捨て台詞の様なもので、対話した者には大抵告げる常套句なので深い意味は無い。
対峙する度に全てを達観しているかの様な言動を振り撒いて自身の優位を誇示し、心理的に相手を翻弄して屈服させ服従を余儀なくさせる、これこそが『事変の傍観者』の真髄なのじゃよ」
口調では平静を装ってはいるものの、“ラプラス”の事となるとどうしても冷静ではいられないらしく次第に苛立ちを募らせて行き、最後の方は強い憤りからか地団駄を踏むかの様に片足の鉤爪で背凭れを小突きながら銀木菟はそう語り終えた後、これで多少は鬱憤を晴らせたのか一旦深く息を吸ってから溜息の様にひと声鳴いて落ち着きを取り戻すと再び言葉を繋ぐ。
「『事変の傍観者』に関してはこの程度で良かろう、そろそろ本題に戻ろうかのう。
お主との邂逅を機に『事変の傍観者』は己が目的を達成して侏儒めの下から逃亡し、それに伴って侏儒めは時の流れを御する術を無くしこの世界に於ける再帰的な不変性は失われた。
そして今後は本来の状態とも言える時間経過に因って起こる累加的な状態変化に蝕まれる不安定な状態へと戻り、儂等の望む状態へと推移させる事が可能になったのじゃ。
その失態を知った侏儒めの怒りは相当なもので、その後直ぐさま現場に居た時計塔の兎共は全て処刑され、骸は時計塔にある全ての小窓から数珠繋ぎに括られて吊るされておる。
そもそもあれの自由を封じていると信じてあの様な管理をさせていたのは他ならぬ侏儒めであって、更にあれに変化を与えると言う事はその本質からすれば何かが起こる危険性も承知の上でお主を会わせた点も踏まえれば、今回の一件は己の浅はかさが齎した結果であり自業自得でしかないのじゃがな。
それ以上に他者を捕らえ己の道具として使役する側であった筈が、逆に利用されていたと判明して醜態を晒したと言う屈辱の方が大きかったのかも知れん。
その八つ当たりに等しい怒りの矛先が次に我々へと向けられる前に、この望まぬ変化が齎された結果として得られた有力な情報を用意し侏儒めに与えてやった事で降り掛かる火の粉を凌いだ訳じゃ。
それは儂が掴んだあのペテン師共の動向で早々にお主の召喚に反映されるじゃろう、つまりお主には直ぐに彼奴等との対決が待っておると言う事じゃよ。
侏儒めはそこでペテン師共の身柄を抑えようと目論んでおって、それを足掛かりに彼奴等が握っている情報全てを暴いてやる魂胆なのであろう。
じゃから次回の召喚では侏儒めの介入に因るこれまでに無い事態が起こる可能性が高い、その点に重々注意しておくのじゃぞ」
右の翼を指差す様にこちらへと突き付けながら語り終えた銀木菟は、勢い余って広げた片翼を誤魔化す様に軽く羽繕いすると咳払いの後に嘴を開く。
「次は全く合点の行かなかったであろう召喚について語るとしようか。
今回の召喚はこれまでに無く特殊なもので、儂としても若干の興味を覚える程のものじゃったぞ。
何しろ儀式の実行と召喚者が直接関連していないだけでなく、召喚を可能とした糧の元も食い違っておったからのう。
その様な極めて変則的な召喚であったが為に、慣例的な手法では状況を掌握出来ずにお主は終始戸惑い続けるばかりであったと言う訳じゃ。
厳密に言えば少々語弊が無くも無いのじゃが、実のところあの場に関わっていた超自然的な力は大きく二種類あった。
ひとつは緑衣の術者達の信仰する神樹と崇めるひとつの樹を依り代とする自然崇拝で、この者達があの地で執り行っていたのがあの女を蘇生させる儀式じゃった。
じゃがお主が器としていたのはこの神樹ではなく、もうひとつの超自然的力である千年以上も昔に廃れ忘れ去られた古き神であった。
今や誰一人とて知る者も居らん様な当の昔に廃れた太古の神が何故呼び出せたのかと言うと、あの地が曰くのある場所じゃったからじゃ。
お主が見た時とは違い嘗てあの地は高台や渓谷も無い見渡す限りの大平原で、その肥沃な大地には古代文明が栄えており代々世襲の祭司が支配者として君臨しておった。
この古代文明が崇拝していた神こそがお主の器で、それは黒衣を纏い死を司る男神である『黒き神』と白衣を纏い生を司る女神である『白き神』の二駐が対となった万物の死生を統べる神であった。
ここで言う死生とは生物の生死だけに留まらず、無機物の形成と崩壊や事象の発生と消滅等と言う様な自然の摂理をも含んでおり、つまりこの二神とは生と死や静と動や有と無と言う様な絶対的且つ対極的な二元論に基づく、あらゆる事象を象徴した存在であった訳じゃ。
この二駐の神は原初に『白き神』が創造した世界に対し『黒き神』が完全に破壊するまでの間、『白き神』が起こす数多の事象を『黒き神』が収束させると言う一連の行為を延々と繰り返しておる。
その様な一見すると無為で不毛な反復行動を取るのには理由があり、二神は自身が認めた事物で世界が満たされる事を望んでおるものの、事物の与奪は操れても推移する変化に対して関与する力を有しておらず、試行錯誤に因ってしか実現させるより手段が無いからなのじゃ。
その為に二神は理想の実現を推し進めるべく、僕たる民として産まれ来る赤子の中から特定の子に対して依り代の力を与えた。
民は神に選ばれた赤子を見出し神子として育て、やがて神子が成長すると神の依り代となり神の意思を言葉にして祭司に語り、祭司はその言葉から神の意向を汲み取りそれを預言として民に伝え、民達はその預言に従って行動すると言う訳じゃ。
この預言に因り国民は多くの恩恵を賜りもしたが、それ以上にあるのは民自身が神の意に反する罪に対する罰として被った様々な災厄であり、その点からしても民にとってこの二神は慈愛で以って信奉を集める存在と言うよりは畏怖で以って恭順を強いる存在と言えよう。
これは正に黎明期の文明に於ける自然的驚異を起源とする信仰の典型であり、こういった宗教では神格に準じた厳格な戒律が設けられる事が多い。
こうした峻厳で苛烈なばかりの神しか知らぬ民の下へと、二神とは相反する寛容な教義を唱える異教の宣教者がやって来る。
その異教の教えでは神は人と共にあり、常に人々へと救いの手を差し伸べていて異教徒ですら救済の対象となっており、この神に対してより強い信仰を持つ程により多くの恩恵を賜れるのだとされる。
当初は見向きもされなかったものの、災厄が起こる度にその言葉に足を止め耳を傾ける者達が現れ、その数は日を追う毎に増えていった。
祭司や神官達はその風潮を危惧しそうした宣教者や改宗者を見つけ次第捕らえ厳罰に処していたにも関わらず、宣教者は次々とやって来ては活動を行い続けた為にやがて国中へと広まり、地方とは言え信仰を守る立場である筈の神官達にすら迎合する者も現れた。
そんな状況を二神が見過ごす筈も無く民へと神罰を与えるべく災厄を齎す事にしたが、二神への信仰が弱まった状況では神子がそれを知る事も出来ず、やがて異教に夢を抱き現を抜かす多くの背信者達へと大地を揺るがす大災厄が発生した。
大平原の殆んどが地割れや陥没で引き裂かれるかの様に隆起し首都を始めとする多くの都が大地に飲み込まれ、そんな中辛くも生き残った僅かな者達は二神の怒りに恐れ戦き更なる神罰から逃れんとしてこの地を捨てて逃げ散り、悪地と化したこの地は歴史からも完全にその名を消した。
再びここが歴史に現れるのは大災厄から数世紀の後であり、その頃には入り組んだ悪地はすっかり緑に覆われ起伏に富んだ前人未到の大森林と化していた。
そこに現れたのは森の民と呼ばれる少数民族で、この者達は遊牧民が草原を彷徨う様に拠点とする森を点々と移り変えながら暮らす狩猟民族であり、森に棲む全ての生物にその種族の守護者となる精霊が存在しそうした数多くの森の精霊達の力に因って均衡と調和が保たれているとする、精霊崇拝の自然信仰を基本理念とする者達じゃった。
彼等は伝承にある他の精霊を凌駕する力を持つ精霊の王たる大精霊の棲む新天地を探し求め長年彷徨い続けており、遂にこの森の中でも隔絶された高台の中心付近でこれまでに見た事の無い姿をした大樹を発見する。
それは人間の胴程の太さのある白銀色の蔓草が幾重にも互いを支える様に絡み付いた姿をした大木で、無数の蔓が延びる根本は極端に大きく膨らんでおりどの幹にも枝は生えておらず、周囲の細い幹が上部で幹から離れて放射状に広がりながら垂れ下がり黄金色の葉を茂らしていた。
彼等はこれこそが大精霊の宿る神樹だと悟りこの地を聖地として定住し神樹を崇め奉りその加護を賜った、これが例の緑衣の者達が信奉していた樹木崇拝の元となった信仰の起源であり、この神樹の力こそが生きとし生ける物の死生を操る反魂の奇跡であった訳じゃ。
発祥地域の合致や森の民の系統等を鑑みるに、この者達が嘗ての二神教の民の末裔であった可能性がある。
その場合最も大きな疑問となるのが彼等が何故精霊信仰に変貌していったのかについてなのじゃが、それについてはこの森の民の祖たる二神教の流民達が大災厄や伝承から神に対してのあらゆる直接的な関わりこそが、災厄を被って来た要因であるとの考えに至ったと言うのが最も有力な仮説じゃ。
二神を大いなる至高の存在たる創世主と捉え距離を置き、その創造物のひとつでしかない人が直接関わる事やそうした行為を禁忌とし、その代わり民は神が作り出した様々な物事に対しそれを司る神の使いである精霊を見出して、その精霊に対して祈願や崇拝を行なう様に信仰の形態を変化させたのじゃろうよ。
この様に信仰の在り方が変化すると世代が変わるに連れて存在感が薄れていった二神は姿を消し、その代わりに精霊達を束ねる存在たる大精霊が伝承に現れる様になっていった様じゃな。
これがこの世界で知り得た情報を元にした仮定なのじゃがこれには少々異論の予知がある、まあそれは最後に語ろうかのう」
珍しく竜頭蛇尾な調子で締め括り、そこで一旦言葉を切った銀木菟は居心地悪そうに一度身動ぎすると、それで気分を入れ替えたらしく改まった様子で再び語り出した。
「さてお次はこの召喚で最もお主が気に掛かっていた点であろう、悉く仕損じていたあの稚拙極まりない儀式について語るとしよう。
あの者達が執り行っていた儀式は推測通り蘇生を目的としたもので、姉妹の母であった妊婦を蘇らせようとしておったのは間違いない。
当初から気にしておった高台の森林地帯の中心に緑衣の者達が崇める『生命の大樹』と呼ばれる一本の樹があり、これこそが先程説明した神樹の事でその名の通りこの樹はあらゆる生命の死生を司るとされ、根から瘴気を放ち生気を啜り枝葉から精気を放ち生物に活力を与えると云われておる。
その大樹へと多胎児を生贄として捧げる事で花が咲き実を生らす事が出来、実の中にはひとつだけ種が入っておってその種を神樹の樹液に浸して培養するとやがて種に亀裂が生じ、その隙間から発芽及び発根するので芽と根がそれぞれの種に残る様に割り分離させる。
この神樹の種は通常の植物とは異なり芽と根が分離しても種の養分が尽きるまでは枯れず、物理的に離れた根から芽へと養分を転送し続ける。
こうして出来た二つの種の内、発芽した方を死体に飲み込ませる事で死者の魂を取り戻し蘇生させる訳じゃが、この後の儀式の手順の仔細についてはお主も直接見ていた通りであるから省略するぞ。
この様な工程を経て蘇った死者には外見的特徴として、全身の表皮に無数に枝分かれした白い線が浮かび上がる。
これはあの種から伸びた蔓性の枝が皮下組織に達しそれが透過して見えているもので、それは表皮のみならず全身の深部にまで広がっており、その蔦から放出される精気の力に因り肉体の蘇生や回復が行われる。
蘇生と言う言葉の意味合いから、生前と何ら遜色無い状態にまで復活すると安易に連想しがちじゃが、現実にはそれ程都合の良い話は無くその程度にかなりの幅が出るもので、此奴等の秘儀も又例外では無い。
文字通りの復活と言える程に魂の定着と肉体の再生が完全である事は余程好条件が揃わない限り起こり得ず、その大半が希薄な精神と不完全な肉体と言う様な心身共に半端なものにしかならん。
肉体に関しては、負傷した部位が回復せず損壊や欠損したままであったり復活に斑があり蘇生が不十分な部位がある場合、当該部位の機能不全や壊死に因る腐敗が発生し見るも悍ましい生ける屍と化す。
魂に関しても定着度が低ければ低い程に意識が希薄となり、その度合いに応じて記憶の欠落や知能の低下等が発生し言動や動作も稚拙で緩慢な様相を呈し、酷い場合では最早生前の人格とは別人も同然な程に変貌してしまう。
更に儀式の際に繋ぎ止めた魂も成功していても霧散は完全には抑えられず徐々に萎縮し、遅かれ早かれ時の経過に伴い意識は薄弱となり動作も鈍り、最終的には動きも喋りも出来なくなり再び死に至る。
斯様な様子が蘇生が不完全であればある程に死体で出来た人形に見える事から、こうした蘇生者等は『屍人』と呼ばれておる。
何故この様な不完全で中途半端な蘇生になるのかと言うと、これはあの『生命の大樹』から賜った純然たる奇跡の御業ではなく、緑衣の者達が神樹を利用して編み出した独自の蘇生術じゃからじゃよ。
本来の蘇生とは神樹の意思に因って選ばれた者を『稀人』として蘇らせる奇跡であり、その工程も全く異なっていて多胎児の生贄を捧げる必要も無く、選ばれし死者を神樹の根元に寄り掛けておくと一夜にして死体は瘤状の樹皮に覆われ、その後この瘤が罅割れた時『稀人』は完全な状態で蘇る。
じゃがその恩恵を賜る事が出来たのは森の民の中でも極限られた偉人のみに限定されており、信者達は当初それは精霊の意志なのだと理解し従っていたが、世代が進むに連れその考え方も変化して神に対する畏怖の念よりも人の持つ願望が超越し、もっと多くの者達がこの恩恵に預かる手段を模索すべく研究し始めた。
その後途方も無い試行錯誤を経た末に、多胎児の生贄を捧げる事で人為的に奇跡を発動させて任意の死者を対象とする手法をどうにか確立したのじゃが、それは言ってしまえば人が神の意思に成り代わる冒涜に他ならず、そんな行為が奇跡に匹敵する筈も無く様々な部分に於いて拒絶反応が生じてしまう。
それを緩和するべく『樹人』と呼ばれる者達に儀式の介助を行なわせた、お主も見たあの半樹半人の子供の事じゃよ。
あれは人間の男が『屍人』の女と交わり孕ませて産ませた子供で、魂の濃度が半減している影響に因り感情や意思表示が乏しく無表情で、常に受動的な行動を取る。
外見的に現れる特徴として皮膚や虹彩や毛髪が緑掛かった淡色となり、身体的な面では人間と比べると全般的に能力が劣っており非力で弱視や難聴や吃音の傾向があるだけでなく、生殖能力が欠如し雌雄の差異が無いと言う違いも見られる。
こうした多くの欠陥を持つ代わりに『生命の大樹』に対して強い親和性を持っており、その生き血を用いる事で種の蘇生活動を促進させる事が出来る。
此奴等は生まれた時点でどれ程人の姿を保てていたとしても、次第に身体が樹木へと変容してゆく樹態化の運命からは逃れられず、精々十年と持たずに完全に樹木と化す。
そうなった後は植樹され、利用用途に応じた大きさまで成長したところで伐採し、儀式で用いられる様々な原料や素材に加工して利用されておる。
この様に『樹人』を利用して蘇生出来たとしてもその後の肉体維持に於いても問題があり、完全な復活であれば蘇生完了後は神樹から放出される精気を得る事が出来るのじゃが人為的復活ではそれも殆んど発動せず、そのままでは種に内在する力を使い切った時点で再び死に至る。
この問題に対して神樹に代わって対応すべく作り出されたのが『贄人』と呼ばれる者達で、『屍人』の作成と同時に発根した種を生者へと飲み込ませて作成する。
胃に到達した種は食道や気道を経て血管を伝い黒色の根を全身へと張り巡らし、この根が透けて見える事で『屍人』とは対照的な無数の黒い線が皮膚に浮かび上がり、更にこの根から肉眼では見えない程細い根毛が表皮全体を覆う様に皮下に広がる。
この黒い根は身体から生命力を吸い上げると同時に根から放出される瘴気に因り肉体が異常活性化し、限界以上の力を引き出すだけでなく脳へも影響を及ぼし高揚感や爽快感等の或る意味麻薬的な効果を齎すのじゃが、それ故に瘴気が枯渇すると抑制し難い飢餓から来る他生物への殺傷衝動を引き起こす。
その耐え難い渇望を満たすべく他の生物に接触する事で根毛が寄生根となりその生物の体内へと浸食し魂と生命力を啜り、そうして得た魂は対となっている種の芽の元へと送られて肉体と魂を維持する精気に変換され、生命力の方は『贄人』自身へと還元される。
『贄人』はこうした力を行使する度に自らの魂を消耗する為、徐々に精神薄弱となってゆき何れは己の魂を失って白痴となり死に至り、『贄人』が潰えれば遠からず『屍人』も生存状態を維持出来なくなり後を追う様に死に至る、これが『屍人』の一般的な最期と言えよう。
当時お主は気づかなかった様じゃが、あの女に宛がわれた『贄人』となる筈だった生者は大天幕の真下に当たる地下に掘られた穴の中に囚われておったのじゃ。
あの場には妊婦以外に『屍人』は居なかったが、『贄人』に関してはお主は何体も目にしておるぞ、半裸で黒い刺青をした怪力の人夫こそがそれじゃよ。
但しあれ等は女の『贄人』ではなく以前に別の者の儀式で失敗して不要となった者共で、緑衣の者達はこれ等を暴走させる事無く自分達の奴隷として意のままに操る手法も確立しておって、その寿命が尽きるまで非力な術者達だけでは困難な重労働をこなすのに活用しておる。
これだけの手間を掛けて『樹人』や『贄人』を用意しても尚決して高くない成功率に加えて、運良く成功したとしてもかなり不完全で脆弱とも言える『屍人』ではあるが、それでも愚かな定命の者達にとっては是が非でも望まずには居られないものなのじゃろうよ」
自分の言葉に自己陶酔でもしているのか、感慨深そうに眼を閉じて深く頷いた“ロゴス”は、その余韻を噛み締めるかの様に暫くの沈黙を置いてから徐に嘴を開く。
「では次に此度の召喚に於いて中核とも言える、期せずして破滅を齎した哀れな姉妹について語ろうかのう。
先ずあの姉妹が内在していた力に関してじゃが、妹は『白き神』の力を受容し姉は『黒き神』の力を受容する類稀なる資質を備えており、特に妹の方は嘗ての歴代の神子達をも上回る程じゃった。
その点から考えると、あの姉妹の祖先について正確に記した文献は無いが恐らく二神教の祭司の血族の一人であり、あの大災厄での生き残りであったのであろう。
祭司の血族であっても資質が低い者は中央から遠ざけられ閑職とも言える地方都市の神官等になっている事から、この様な者が辺境に送られていたが故に大災厄に於いても大きな被害を受けず死なずに済み、その後他の民に紛れて流民になったと考えられる。
因みに盲いた姉にお主を感知する力があったのかに関しては、二神の加護という意味ではあの時点では無かった筈じゃ。
恐らくは先天盲として育ったが故に視覚以外の感覚が健常者よりも鋭くそれが第六感に似た察知能力として作用し、僅かな違和感と言う形でお主の存在に感づいただけじゃろうて。
次に姉妹の発動した力についてじゃが、ここまでの説明を聞いておれば敢えて言うまでも無いとは思うが、見ての通り姉妹はそれぞれが二神の内の一方の力を発動させておる。
妹の力に因って母親と末子は未曾有の苦痛に満ちた第二の死を遂げるに至ったのはお主も知っておろうが、その後に姉の力に因って引き起こされたのがお主が目撃した者達の虐殺であったのは気づいておったか?
死せる姉が遥か上方目掛けて放った見えぬ弓矢、あれが妹に因って母親へと与えられた生気の力を相殺すべくあの場に居た者達の命を奪ったのじゃ。
この一連の奇跡の発端は妹に発現した『白き神』の力である事に間違いなく、妹の類稀な強い資質が強烈な願望に因り引き出されたもので、その二つを紐付ける媒体となったのが道化の金貨じゃった。
あの世界に属する存在である母親や妹自身があの金貨の効力について判り様も無いのじゃから、あの場に居合わせた者達が意図的に引き起こすのは難しく、これは偶発的な事象であったと言わざるを得ん。
それに対して姉の方の『黒き神』の力に関しては本人の資質ではなく、『白き神』の力の暴発とこの二柱の神の本質に起因しておる。
先も説明した通り二神の行動原理とは『白き神』が与え『黒き神』が奪う一連の繰り返しにあり、今回の召喚でもその原則が遵守された結果として起きたものじゃろう。
妹程の強い資質を有してはおらんかった姉単独では『黒き神』の召喚は不可能だった筈で、力を得たのが姉の意思の関与し様が無い絶命後であった点こそが何よりの証拠と言えよう。
そんな姉妹が共にこの地で死したのは言うまでも無いじゃろうが、その最期について一応語っておこうかのう。
先ず姉の方じゃが直接的な死因は子宮を切り裂かれた事に因る失血死で、そうした事態を招いた原因は姉が患っていた病である全胞状奇胎をを商人等が無知故に知らなかった点にあろう。
これは古くはぶどう子と呼ばれる受精時の卵子に核が無い場合に発症する病で、文明の進化の度合いに関わらず太古の昔から一定の割合で発症するものじゃ。
異常妊娠の一種である事から何者かが姉を犯し孕ませたのは間違い無く、あの場の状況から考えれば姉に手を出すのは商人の男しか考えられん。
恐らくは己が子供を身篭っていた女の蘇生が上手く行かなかった事から、女の実の子供たる姉を女の身代わりとして我が子を産ませようとしたのがその理由なのじゃろう。
あれ程反抗的であった妹に対しても比較的自由を与えて放置していたのも、後々に姉と同様の役目に使うべく幽閉や監禁で病になったり死なれたりしない様にする配慮故であったと考えれば合点が行く。
あの商人が何故そこまで血を分けた子供を産ませる事に執着していたのかについては、残念ながら企みを成就する事無く死せる姉に憑依した『黒き神』に因って命を奪われておるので定かではないものの、血統に拘っていた点からすると若しかすると商人自身も二神教の末裔であったのかも知れんが、姉妹とは異なりそういった資質は全く発現しておらんのでそこは何とも言えん。
妹については崖に転落した際に受けた頭部強打が致命傷であり、今一度奇跡でも起こさぬ限りあの状態から生還出来る可能性は無かったが、奇跡を呼び起す為に必須となる強い意志自体が失われておるのじゃからそれは起こし様が無かった。
そんな瀕死の妹へと止めを刺したのは『樹人』の子供だった訳なのじゃが、何故あの様な使い捨ての駒でしかない輩が貴重な筈である神樹の種と思しきものを所持していたのかや、何故に妹を殺害してその魂を取り込んだ種を回収したのか等々、『樹人』がその様な行動を取った前例は無くあの子供が為した行為の真意は良く判らん。
じゃが妹を手に掛けた点に関しては、妹が『白き神』の力を発動させた事を何かしら知り得たのだとすると、その奇跡の力を得られるのではないかと考えたとしても不思議ではないのう。
そして姉に憑いた『黒き神』に因る虐殺の後で支配者達がほぼ一掃されていた点を踏まえれば、幸運にも生き残っていたあの『樹人』にとってはただ使役されて死んでゆく以外に無かった筈の運命から逃れる格好の機会であったとも言えよう。
ただそうした二度の死地を生き延びたとは言っても、所詮は不完全な『樹人』に過ぎんのじゃからどう足掻こうとも先は見えておる、手に入れた妹の魂を使って新たな奇跡でも起こさん限りはな」
意味深長な締め括りで語り終えた『事典の悪魔』は、襟を正すかの様に僅かに両翼を開き掛けては畳むのを数回繰り返した後に、軽く咳払いをしてから語り始めた。
「これがこの召喚の真相なのじゃが、最初に伝えていた通り重要な謎が残っておる、果して神樹は本当に二神教の神の成れの果てなのかと言う疑念じゃな。
そこを疑う根拠としては、先ずあの大樹の形状がお主も嘗てその生成に関与した究極の生物として創られた最後のキマイラ、『アンゲロス』に酷似しておる点にある。
お主はその生成に関与しただけでその後どうなったかについては知らず、精々あのペテン師の戯言を元にその姿や能力を想像する程度しか出来なかったであろうが、老学者の没後にあの世界にて『アンゲロス』は誕生する。
その姿を端的に表すならば膨れ上がった虫瘤を持つ巨大な蔓草で、虫瘤状の球体の内部に守護対象を取り込み保護し、その部位を外敵から守るべく球体から触手の様に生えた無数の蔓で構成される。
覚醒した『アンゲロス』は定められた極僅かな生物のみを守るべく、その他のあらゆる生物を絶滅するまで捕食しそれと共に際限無く成長し続け、やがて最後は大地も海も空もを埋め尽くし『アンゲロス』のみ生存する世界となった。
一方『生命の大樹』は、妙に肥大化した根本から蔦の様な蘖が根元から上へと伸び絡まり合って幹を構成している訳じゃが、『アンゲロス』の球体部を地中に半分埋没させ蔓を上へと撚り集めると形状がほぼ同一になるとは思わんか?
そして何よりも神樹が死体を取り込むと言う本来の蘇生方法が、『アンゲロス』の存在理由とも言える対象の守護方法とあまりにも酷似しておる、全く異なる世界に於いてこれ程の類似性は単なる偶然の一致と言う言葉だけでは片付けられん。
さてここからはこの仮説を前提とした推測となるが、恐らく『生命の大樹』とは守護対象を内包していない『アンゲロス』が樹木に擬態していた姿で、守護対象が不在の為に言わば休眠状態となっており防衛本能が発現していなかった個体なのではないじゃろうか。
或いはあれは『アンゲロス』の劣化した亜種で、自立的な防衛能力自体を失っているのかも知れん。
その代わりに多種多様な変化を齎す力を取り込んだ死体へと注ぐ事で、自身の分離体として再生させていたのではないかと考えられる。
仮にそうだとするとそういった新たな能力を発現させた経緯も興味深いが、それよりも問題なのがあの老学者の居たのとは全く別の世界にも関わらず何故『アンゲロス』が存在しているのか、これこそが最大の謎なのじゃ。
転生に於ける器とは各世界に属する固有の定義であり異なる世界に於いて完全一致する事は決して無く、若し酷似した定義が存在したとすればそれは単なる奇跡的な偶然の合致に過ぎん、そこに意図的な小細工がされていない限りはな。
その手の小細工の実例が、侏儒めがこの世界に仕込んでいる我々を捕らえるべく作り出している本質を抑制し弱体化させた器なのじゃが、これと同様の事を行なうにはその世界の者達にその器を神として存在すると洗脳しなければならん。
そうする為には前提として、侏儒めの様にその世界に於いて白を黒に変える事が可能な程の絶大な影響力を長期に亘り有しておる必要が生じるが、あの世界では終始その様な者の存在を検知しておらん。
となると一体誰がどうやって『アンゲロス』の器を転移させたのか、これこそが今回の召喚で最も注視せねばならん問題なのじゃ。
うむむ、未だ全く語り足りておらんが残念ながらそろそろ時間切れの様じゃな。
此度の召喚では新たな憂慮すべき事象が起きておったが、或る意味これはこれまで停滞していた状況が解除された事に因り、連鎖的に影響を及ぼした証拠とも言えなくもない。
こういった予期せぬ変化はこれからも発生してゆくじゃろうが、臆する事無く我等の計画遂行の為に突き進むのじゃ。
然すれば必ずやそれが又新たな動きに繋がり、更なる情報を得てやがて問題解決へと繋がってゆくであろう、吉報を期待しておるぞ我が友よ、ホッホッホー!」
そう声高に叫びつつ銀木菟が両翼を羽ばたいたところで、私はいつもの独房で目が覚めた。
常に薄暗い地下の独房内で、唯一時間の概念を調整出来る手段となっている食事の配給を受け粗雑な朝食を終えた後、召喚に応じている時とは真逆の何ひとつ為すべき事の無い実に不毛な余暇を過ごしつつ、今回の召喚や“ロゴス”の夢について感慨に耽っていた。
今回の召喚では、全く以て意図した行動が取れなかったばかりかその力の制御すら出来ず、寧ろ私の器に因って最悪の結果へと導いてしまった点についても悔やまれる。
特に召喚者であった妹やその姉の哀れな運命については、そもそも母親の蘇生失敗に端を発しているとも言える訳で、それはつまり全て私の至らなさが招いた結果である点は否めない。
だが今更それらについて嘆いたところで終わってしまったものは最早どうにもならず、無益でしかないと判っていてもこれまではなかなか割り切る事が出来ずにいたが、今回はそうした憐憫の情を半ば強引にかなぐり捨て思考を切り替えていた。
何故ならそれは、直近に“嘶くロバ”と対峙する機会が訪れると告げられているからだ。
銀木菟がより強く問題視していたのは“ラプラス”の動向や『アンゲロス』の転移であったが、私からすると未だ具体的な脅威とはなっていないそれらよりも、積年の謎を解き明かす“嘶くロバ”の方が重要だと感じている。
脳内の記憶を見る力を有する“ロゴス”を以ってしても探り出せなかったのだから、私自身ですら知る事の出来ない過去を取り戻すには、私をここへと呼び寄せた張本人に確認する以外に手段が無い。
だがこちらの意思で直接遭遇する機会を作る事はほぼ不可能となっている現状では、この機会は非常に貴重であるが故に慎重に対処しなければならない。
先に道化に囚われてしまえば、既に虜囚となっている“嘶くロバ”と同様に簡単には接触出来なくなるのは明白であるからこそ、道化の王の介入する前に“嘶くロバ”をこの手で捕らえ、そこで是が非にでも私の正体について問い質さなければならない。
そして次こそは、以前の様にそ知らぬ振りではぐらかされない様に注意しつつ核心に迫らなければならないのだが、銀木菟にペテン師と言わしめる程の相手に対してどの様に語り振る舞えばそれを叶える事が出来るのか。
このどれだけ思考し続けても明確な解が導けない難問を、私は延々と考え自問自答し続けるのだった……




