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第二十七章 反魂 其の三

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目を覚ますとそこはあの忌々しい道化の待つ城館の一室では無く、もう糧は尽きた筈なのに何故あちら側へと戻されていないのかと疑念を抱きつつ、未だ視界がぼやけて不明瞭ながらも必死に目を凝らして状況を確認すべく周囲を見回すと、ここは妊婦が居た小屋の内部と良く似た屋内の様だ。

もうこの地での召喚理由は失われた筈なのに何故再びここで目覚めるのか、そんな疑念を抱きながら視力が回復するのを待つ。

漸く焦点が定まって来ると、そこは妊婦の居た小屋と構造的にはほぼ同一だが内装が異なっていている事に気づいた。

中央にひとつだけあった寝台やその周りの椅子は無く、その代わりに壁因りに妊婦が臥せっていた物よりもひと回り小さな寝台が二床配置されており、一方は蛻の殻であったがもう一方にはずっと姿を消していた姉が居た。

だがその姿は最後に目撃した記憶とはかなり変貌を遂げており、只でさえ華奢であったにも関わらず四肢は更に痩せ細り、腹を抱える様に背を丸めて横向きに臥せっている。

頬も痩せこけ表情は虚ろで青白かった顔色は熱に浮かされ病的に紅潮し、喘息の様な浅く速い呼吸を繰り返しては時折激しく咳き込み、意識も朦朧としているのかあれ程気にしていた目を隠す様子も無い。

しかしそれら以上に驚愕したのは苦し気にもがいて寝返りを打った際に露になった腹部の膨張で、痩せこけた顔や手足に反して腹だけが妙に膨らんでおり、真先に栄養失調に因る飢餓浮腫を疑ったが直ぐにその推測を改めた。

寝台の脇には黒色人種の女奴隷が椅子に腰掛けていて無言で姉の様子を眺めており、その奴隷の傍にある台には肉や野菜が入った煮込み料理らしきものが盛られた深皿と、果物が載せられた平皿等の料理が手付かずのまま置かれているからだ。

更に寝台の敷布の頭部周辺には吐瀉物で出来たらしい淡い色合いの染みが幾つもあり、これらの状況を鑑みると肉体的な成長度合いからして若過ぎる気はするが姉は妊娠している様に見える。

それだけでも違和感を覚えたが更に驚くべき事に、腹の膨らみ具合からしてもう少しで臨月に至る妊婦となっていた。

以前に姉の姿を確認したのは確か二ヶ月程前であった筈で、その時にはそうした兆候は全く見られなかったにも関わらず、そんな短期間でこれ程までに膨張しているのは一体どういう事なのか。

若しや姉も母親と同様に超自然的な影響を受けているのかと疑ったが、少なくともこれまでに一度も私にはその様な媒介の兆候は無い。

であるなら私を介しなくとも可能なその手の秘術があるのかと考えるも、それならばこれまでの儀式と同様に今もこの場に術者や奇形児が居る筈だ。

そうなると残るは私の時間軸に対する認識違いで、私の意識が消えてからここにこうして現れるまでの間に想像以上の時間が経過しているのかも知れない。

私がここで再び目覚めたのは召喚が途切れていなかったのもあり、差して時が経っていないと思い込んでいたのだが実はそうではなく、実は前回の意識の消失から数ヶ月近く経過しているとすれば矛盾は無い。

それを証明する様に、妹が使用していたであろう空の寝台には薄らと埃が堆積しており、かなりの長期間使われていないのが判る。

つまり私は前回意識を失った後に完全な消滅に至る前に糧を得て消失を免れ、意識すら形成出来ない程希薄な状態でここに存続していたと言う事なのか。

そこまで確認した所で扉の方から軋む音が響くと共に仄暗い屋内に光が差し込み、座っていた女奴隷が振り向くのを追う様に私も光と音の方へと目を向けると、そこには開かれた扉の前に新たな奴隷の女が立っており、その手には台に置かれていたのと同じ様な食事が載った盆を持っている。

座っていた女奴隷は仲間の姿を確認すると立ち上がり、台の上の盆を手にすると小屋を出て行く。

その際に二人は扉の前ですれ違う際に何か短く言葉を交わした様だったが、その言葉は商人や傭兵達のものとも術者達のものとも異なる言語であるのは判ったが、やはりその内容は全く理解出来ない。

その後入れ替わりで入って来た女奴隷は持参した食事を寝台の脇にある台に置いてから椅子に腰掛け、深皿と匙を手にすると匙で料理を掬って姉の口元へと近づける。

だが姉はその介助に気づく事も無く苦しげな呻き声を上げて身を悶え暴れ出し、その所為で掛布が捲り上がり姉の下半身が露になると再び私の推測は覆された。

姉は下半身に何も着用しておらず、局部周辺は出血に因る汚れを拭いきれていないのか乾いた黒い血の跡がこびりついている状態で、今も新たな性器出血を起こしていて鮮明な赤い流血の中に黒く固形化した小さな塊が無数に混じり、更には細かな線維で繋がった肉片らしき物も幾つもあり一部は膣口から排出し切れずに垂れ下がっている。

その状況を目にしても女奴隷は特に動揺する事も無く手にしていた匙を深皿の中へと戻すと、脇に置いてあった布を手にして片手で姉の足を押さえつつ股を拭い肉片毎血を拭っている。

女奴隷が全く動じる事も無く作業も手馴れている点に加えて、腰の辺りの敷布には既に乾いている暗赤色の染みが幾重にも付いている事から、こうした出血は以前から何度も起こしている様だ。

出血を拭い終えた女奴隷は、その汚れた布を床に置いてあった水を張ってある桶に入れて軽く濯いだ後に絞って元の場所に置くと、先程の者がしていたのと同様に無言で姉を眺め始めた。

桶の中には拭き取られた際に付着した肉片が水に浮いており、それはほぼ透明の水疱に似たものが葡萄の房の様に幾つか繋がった形状をしていた。

これが正常な妊娠の状態で生じるものでは無く、恐らく姉は死んだ母親の代わりとして商人に孕まされた後に妊娠に関わる病を発症したのだろうが、こうして一見しただけでも決して軽症には見えずその病はかなり進行している様に思える。

そんな重病の姉を女奴隷が世話している状況なのだろうが、この様子からして行っているのは治療ではなく単なる介抱でしかないのは明白だ。

ここで医者を見た記憶は無いので断定は出来ないが、文明の水準からしてここまで悪化してしまっていてはもう手に負えないのではないだろうか。

これこそ神の奇跡にでも縋るべき状況なのではないのかと思えるのだが、姉に対して緑衣の者達が何かをしている形跡が無い点からすると、彼等はこうした生者の病を癒す術は持ち合わせていないのかも知れない。

だとすれば母親の時は暴走しはしたものの、それでも奇跡的な治癒の力を引き起こした妹が今こそ必要な筈なのだが、その姿は全く見当たらない。

これ程までに姉が重篤な容態となっている状況下で、一体妹は何処に消えたのか。

妹の魂を感知すべく試みるも、以前よりも更に力が落ちている様で目の前に見えている女奴隷の気配すら殆んど見えず、この丸太小屋の外に至っては全く判らない。

こうなっては致し方ないので、私が最後に見た妹の状況を思い出しつつ現状を推測し始めた。

最後に妹を見たのは異物と化した母親を見て絶叫した後に意識を失い倒れる姿であり、私がこの地に存在し続けている事が召喚者たる妹の生存を証明しているものの、あれだけの惨事が起こった後で何事も無く無事に過ごしているとは考え辛い。

あの時に起きた現象の影響が小屋の中だけで済んでいたとは到底思えなかったのだが、こうして女奴隷が普通に看病しているのを見ると予想以上にあの一件はこの地の者達には広まっていないと判断すべきなのだろう。

となると小屋の外に居た者達は皆無事で、あの後に極少数の者達が惨状に気づいたものの商人や老術師等か直ぐに手を打って事態を収めたと言う事か。

彼等も妹だけが無事でその他の者達全てが死に至っているその状況からして、唯一の生存者に何らかの要因があったと思わない筈は無く、妹は直ぐに拘束され何処かに監禁されている可能性が高い。

殺されていないと推測する理由は未だに私が存在していると言うのが最も大きいが、あれ程の現象を引き起こす力を恐れるよりもあの力を欲する確率の方が高いと予測しているのもある。

そういった意味では姉が窮地に陥っているからこそ、母親の時と同様に私を姉の下へと呼び出せたとすればそれは妹の力以外に考えられない。

だがこの推測が正しいとすれば、今妹は姉の下へと向かう事が困難な状況にあって私は日に日に衰弱してゆく姉の末路を只管傍観し続ける事になるのか、それとも今度は単独で脱走を企て決行し母親の時と同じく再び姿を現わすのだろうか。

単純に状況を考えると後者は非常に困難だと思えるが、監禁者たる商人や老術師達が私の推測と同様の認識を持っていたならば、逆にこちらの方が起こり得る確率が高いかも知れない。

彼等があの惨事に起きた現象に対し恐怖以上の興味を抱いた場合、あれを再現し真相を突き止めんと敢えて監禁を解く危険極まりない無謀な賭けに出る可能性があるからだ。

自力にせよ作為的にせよ何れにしてももし母親の時の様に再び妹が現れた時、果して今度は何が起きるのだろう。

又もや全てを覆す悲劇を引き起こすのか、或いは今度こそ望んだ奇跡を齎す事が出来るのか。

そんな儚い希望的観測を抱きつつ、私は次なる変化を待ち続けた。




姉の元で再び目覚めてから数日後、変化は予想以上に早く起きた。

これまで一度もここに現れていなかった商人が数名の手下を連れて突如現れたのだ。

露骨に怪訝な表情を浮かべつつ入って来た商人は、直ぐに姉を看ていた女奴隷へ何か命じて小屋から立ち去らせると手下達へと指示を出す。

すると商人に続いて入って来た比較的小柄な猫背の傭兵が女奴隷と入れ替わる様に寝台の傍に進み、その後に続いて入って来た男の奴隷四人と共に寝台を取り囲む。

傭兵の小男や奴隷達の様子は特段変わりないものの、商人だけは妙に落ち着かない様子で何かに怯えている様に見える。

小屋に入った奴隷達は傭兵の指示で、横向きで身体を丸める様に寝ていた姉の身体を仰向けにすべく取り掛かった。

姉は衰弱していたのもあってか意識が薄弱で何をされているのかも判っていないらしく、殆んどされるがままで抵抗らしき行動も見せない。

奴隷達の準備が済むと今一度傭兵は商人の方を見て確認を促がし、それに対して商人は頷いて応える。

それを確認した傭兵は腰から短剣を抜き刃を上に向けて胸元から姉の着衣の中に切っ先を入れると、一気に下まで切り裂いた。

すると肥大化した腹で張り詰めていた寝衣は半ば弾ける様に捲れ、急激な膨張に因って赤紫色の肉割れが無数に走り毒々しい果実の様相を呈する腹部と、凡そ乳房と呼べる膨らみも無い肋骨が浮き出た胸が露になる。

その姿を悍ましそうに眺める商人に対して、傭兵の男は今度は相当慎重に鳩尾の辺りに刃を宛がっている。

どうやら商人は赤子を入手する為にこの傭兵に姉の腹を割かせる気らしいが、切る要員のみしか居らず止血する道具を何ひとつ準備していない点からして、最早姉の命を救う意図は全く無く見殺しにする心算の様だ。

只でさえ重病であろう姉がこの状況から逃れる術は無く、あれだけ衰弱した状態で開腹して助かる可能性は皆無に等しいが、今の私にはそれを阻む手段も無く傍観している事しか出来ない。

ここに来て漸く身の危険に気づいた姉がか細い悲鳴を上げて弱々しくもがくものの、大柄な奴隷達に確りと押さえつけられた状態では全く歯が立たずびくともしない。

そして傭兵がいよいよ切り裂かんと短剣を押し当てたその刹那、いきなり小屋の扉の軋む音がして皆一斉に振り向く。

この時商人だけは顔面蒼白で強い動揺と恐怖が色濃く現れており、それは明らかにあの惨事が脳裏を過ったに違いない。

だがそこには誰も居らず、只単に先程出て行った女奴隷が完全に扉を閉めていなかった為に風が吹いて自然に開いただけだった様だ。

それを見た商人は大きく息を吐き安堵したが直ぐさま動揺を見せた事を誤魔化そうとしているかの様に急に怒鳴り出し、手下等は再び各自が己に与えられた指示を遂行すべく身構える。

そして再び傭兵が商人へと目配せした数瞬の後、意を決して一気に膨れ上がった腹へと刃を滑らせた。

すると姉はこれまでに聞いた事が無い程の絶叫を上げると同時に傷口から夥しい量の血が混じった赤い体液が溢れ出し、大きく切り裂かれた子宮内には両生類の卵塊にも似た無数の嚢胞がぎっしりと詰まっていた。

切り裂いた当人の傭兵は捌いた腹を目にして声にならない悲鳴と共にその場にへたり込み、奴隷達は叫び声を上げて我先にと逃げ出してしまい、商人はと言うとすっかり動揺し虚勢を張る余裕も無く壁際まで後ずさったまま絶句している。

彼等のその取り乱し様からして、やはりこの場に居合わせた者達にとってこれは想定外の事であったと言う事か。

いやこれは寧ろ逆で、一見して健常であった妹があの様な事態を引き起こしたとなると盲目の姉は更に危険なのではないかと危惧していたからこそ、漠然とした不安を解消すべく起こした愚行の末に目の当たりにしてしまった結果だとすれば、或る意味それは的を得ていたとも言えたのかも知れない。

姉の腹の異常が先の惨劇に準じる次なる災禍の兆候と捉えた商人は壁伝いに扉まで辿り着くと屋外へと逃げ出し、その後を四つん這いで這いずりながら傭兵の男が追い縋り、末期症状の末に大量出血で死につつある姉だけが一人取り残された。

瀕死の姉は裂かれた腹を抑えつつ、それは恐らく妹の名なのであろう苦悶の表情を浮かべながら囁く様な小声で短い言葉を連呼していたが、どれだけ必死に叫べどもその呼び声は外の喧騒に容易く掻き消されてしまい何処にいるかも判らない妹に届く筈も無い。

それでも声を上げながらもがく様に寝返ると寝台から転げ落ち、床に打ち付けられて呻き声を上げ悶え苦しんでいる。

そして再び体を反転させてうつ伏せの姿勢になるとそのまま扉の方に向かってゆっくりと這い進み、床には引き摺られて出来た一筋の血痕が床の溝や窪みに沿って血溜まりとなりゆっくりと広がってゆく。

見るからに脆弱な姉がここまで執拗に足掻いているのは、己の死後に一人残される事になる妹に対する思いからなのであろう。

僅かずつながら姉が進む度に私の器も姉に連動して移動し、それもあってかこの姉の悲壮な歩みは非常に長く感じられた。

だが実際にはほんの数分にも満たない間の出来事で、扉の外へと出掛かった所で姉は力尽きて動かなくなったものの、そこまで移動した事に因って私は再び外へと出る事が出来た。

外は周辺の奴隷達が騒ぎ立てていて騒動になっている様で皆作業どころではなく、その事態を収拾せんと使用人達が取り押さえるべく奮闘しており騒然となっていた。

そんな中で先程逃げ出したと思われた商人が、麻縄と長い丸太杭を抱えた大柄で屈強な二人の傭兵を連れて再びこちらへと向って来る。

程なく近くまで到達した商人は恐怖と憤怒が入り交じった凄まじい形相で姉を睨みつけつつ指差しながら、同行していた傭兵へと激しく捲くし立て何かを命じた。

傭兵達は倒れている姉の腕を掴んで仰向けにするが、裂けた腹が目に入った途端に異様な姉の姿を見て本能的な拒絶反応を起こし手が止まるものの、商人の更なる叱責を受けて恐る恐ると言った様子で再び作業を再開する。

動けなくなっている瀕死の姉の両腕と両足を持ち上げて揃えてから麻縄で縛った傭兵達は、両腕と両足の間に丸太杭を通して肩に担ぎ姉を持ち上げると、その後即座に商人が怒鳴り散らしつつ腕で指示した城砦跡の瓦礫の方へと向って歩き出した。

四肢を縛られ狩りの獲物の様な状態で運ばれる姉の身体は、力無く左右に揺れているだけで生死すら判らない。

傭兵達は足早に瓦礫の山の脇に回り込み、崖の先端へと到達するや否や丸太杭を肩から外すと放り出す様に崖に向って姉諸共投げ落とし、その後を確認する事無く一目散に駆け戻っていく。

丸太杭毎投げ捨てられた姉の身体は谷底目掛けて切り立った急斜面を落ち続け、その後を追う様に私も相応の速度で下降し続ける。

落下時の勢いがある所為か数m近く跳ね上がっては斜面に叩き付けられるのを繰り返しており、その衝撃からしてどう考えてももう姉の命は無いだろう。

滑落中に徐々にずれていた丸太杭が四肢から抜けると、あまり跳ね上がらなくなると同時に斜面に沿って転がり落ちる様になり、姉の滑落速度は更に上がる。

そうして留まる事無く延々と滑落し続けると、周囲は高台の断崖から徐々に迫り来る渓谷の狭間へと変わるが依然として転落速度は衰えず、次第に薄暗くなる谷間を転げ落ち続けた。

そして遂に姉自身も周囲も殆んど見えなくなり、只管落下音だけが聞こえる状況の中もうどれだけ転落したのか全く判らなくなった頃、盛大な入水音が響き渡った後に全ての音が止み静寂が訪れた。




目が慣れるに従って目視可能となったこの場所は、崖の上とは真逆の地であった。

上の殆んどが緑に溢れた鬱蒼とした森林地帯であったのに対し、ここは全く緑の無い不毛の地で相当深い渓谷の底である為に陽光が届かず、岩石に含まれている何らかの鉱石が放つ燐光がこの場所一帯を朧気に照らしている。

そんな仄かな光に照らされているのは谷の岸壁と一面の水面であり、先程の姉の落下で起きたと思しき波紋以外に水面の揺らぎは無く、どうやらこれは谷底に雨水や地下水が溜まって出来た湖沼らしい。

谷底と言う事を考えると大して広くはない場所の筈なのだが、気流も起きないのか風も凪いでいて霧に似た靄の様なものが立ち込めており見通しが利かず、どの程度の広さがあるのかも良く判らない。

植物のみでなく動物も全く見当たらず岩石と水ばかりのその場所で、水面に浮かぶ二つの異質な物体が目に入った。

ひとつは今落ちて来たばかりであろう、全身打撲と擦過傷だらけで腕や脚や首が在らぬ方向に折れ曲がり不自然な姿勢のまま全く動かぬ仰向けの姿の姉で、膨れ上がっていた腹も転落時に叩きつけられ潰れたのかその大きさは半分程度まで小さくなっていた。

そしてもうひとつは黒い歪な塊で、水を吸ったのか全体的にかなり膨張してはいるがその特徴的な状態からこれは嘗て姉の母親と新たな弟妹であった成れの果てであり、絶命した後どうなったのかと思えば姉に先んじてここに遺棄されていたらしい。

決してこんな形では望んではいなかったろうが、期せずして姉も母親との報われぬ邂逅を果たせたと言う訳だ。

そういった意味に於いてはここに未だ妹の骸が揃っていないのは、只一人異なる場所に取り残されている事を哀れむべきなのか。

寂寞としたこの光景を眺めていると思わずその様な感慨を覚えると共に、守護すべき対象であり全てを目前で見ていながら妊婦に続いて姉までもがこの様な末路に陥るのを阻む事が出来なかったのは、私がここに居る理由が妹が姉の身を案じて願った結果であろう事を考えると忸怩たる思いを禁じ得ない。

これから私は妹がすっかり打ち拉がれて絶望するまでの間、ずっとこうして母子と姉の骸を眺めている事になるのだろうかと思いつつ糧の流れを確認すると、上空から降り注いではいるのだが森林に居た時よりも糧の密度が低く流入量も少ない事に気づいた。

これはやはり上方にあった発生源と思しき曰く有り気な森から遠ざかっているからなのかも知れず、これならば今度こそ予想以上に早く消滅に至りそうなのは唯一の救いか。

そんな何とも言い難い安堵感に浸っていると背後で物音がして視線を戻すと、ここに来て全く予期せぬ事態を目の当たりにする。

姉が跪いた姿勢で手足の紐を易々と引き千切り、今正に起き上がらんとしていたのだ。

最初に確認した時は確か姉は仰向けに倒れていた筈で、四肢も縛られた上にまともに動かす事など不可能なまでに折れ曲がっていたにも関わらずそれが本来あるべき状態に戻っていて、裂かれた腹も萎んだ上に完全に塞がり痣や擦り傷も綺麗に回復しており、今となっては衣服だけが不自然に薄汚れ破れている状態だ。

どう見ても死んでいたであろう姉が動いているだけでも驚くべき事態なのだが、それ以上に理解し難いのが姉が水上にいるにも関わらず地面にいるかの様に立ち上がろうとしている事だ。

姉は動き出してはいるものの移動はしていないので、踏み締めているのはつい先程まで落下して浮かんでいた場所である為、そこが偶然浅瀬となっている可能性も無い。

だとするとこの地底の水に何か秘密があるのかと考えると、妊婦の儀式の際に飲み込ませていた液体と固形物の事を思い出した。

若しかするとこの水に何らかの力があるのではないかと糧の状況確認をすると、水からは何も察知出来なかった代わりに姉の異変以前には気付かなかった糧の枯渇を感じ、改めてその流れを探ってみるとこれまで非常に緩やかながらも私へと集まっていた糧が姉の所へと吸い寄せられている。

召喚者たる妹が居らず媒体である私を利用していないにも関わらずどう見ても蘇ったとしか思えない姉の動きを注視すると、無風の中で糧の流れを受けているのか濡れていた筈の長い髪を揺らめかしつつ宛ら糸繰り人形の如く半ば浮揚するかの様にすっと立ち上がった姉は、無言のまま踵を返すとこちらを向いた。

今や傷ひとつ無い青褪めたその顔に表情は無いものの、前髪は舞い上がり露となっている双眸を確りと見開き見えない筈の瞳で真直ぐに私を見据えており、その様子は以前に私と視線が合った際とは全く異なりあの姉の人格とは思えない揺るぎ無い意志の力を感じて思わず気圧される。

そんな私の事など気に掛ける様子も無い別人の様な姉は、直ぐに視線を外すと顔を上げその強い視線を崖の上方へと向ける。

その後半歩後ずさって体を捻ると左腕を視線と同じ崖の上を差すかの様に掲げてから、右手を左肩の所から右肩辺りまでゆっくりと深く曲げる。

その動作は矢を番え弓を引く動きに酷似していたが、不具で脆弱な姉が狩猟や戦闘の技である弓術を会得していたとは考え難く、見様見真似でそういった動きをする意図も思いつかない。

だとするとやはり、今姉の身体を動かしているのは姉ではない別の存在が憑依している可能性は極めて高いが、そうであるならばそれは一体何者なのか。

超自然の力を有する者となれば、私と同様の存在である可能性も低くはない。

それを確かめるべくこちらから思念で呼びかけようとしたその時、左手の指が動き引き絞られていた見えない弓の弦が放たれた。

それと同時に巻き起こった不可視の弓矢に追従するかの様な突風に似た糧の流れに私自身も一瞬引っ張られた様に感じた後、それが呼び水であったのか先の流れとは逆行する降り注ぐ様な糧の奔流に飲み込まれ、蝋燭の火を吹き消す様に私の意識は唐突に途絶えた。




再び意識を取り戻すとそこは谷底ではなく急斜面の中腹にある帯状に延びた細長い岩棚で、目の前には突出した大岩に凭れ掛かる様に俯せで倒れている妹の姿があった。

何れも望まぬ末路を迎えた妊婦と姉に続き、遂に最後の生き残りであった妹の許へと現れたのは不吉な結末を予見せずにはいられないものの、それでも目を背けたところで結果は変えられないと覚悟して召喚者を注視する。

どうやら妹は意識を失っている様で全く動く気配は無く、金髪の半分近くが血で赤く染まっており、髪から滴る流血で地面には血の筋が伸び続けている。

幽閉されていた筈の妹が何故こんな場所にいるのかについては何かしらの方法で脱走を図った結果だと思われたが、あれ程の数の人間が居る場所からの逃亡が容易に出来るとは思えない。

だとすれば再び妹の力がこれまでとは異なる形で発動したか、或いは谷底で見た姉ならざる者の行動が影響を及ぼしたのか。

そう思いつつ上方を見上げると10m程上の崖の縁に当たる部分に崩落した箇所がある事から、恐らく妹は脆くなっていた所を通った際に崩れて滑落したらしい。

滑落がここで止まったのはそこに半ば埋もれている大岩があって丁度そこに妹が衝突したからの様だが、その所為で頭部を強打した事を考えると幸か不幸か何とも言い難い。

斜面の下方を見ると傾斜の終わりは見えず、ここで止まらずに転落していれば母や姉の後を追っていたのは確実だった点を考えれば、未だ幸運だったと言えるのかも知れない。

状況を理解した私は一縷の望みを懸けて、召喚者たる妹を救う方法について模索し始める。

妹をここから救済するとすればこの傾斜では上下の移動は不可能であろうから、獣道の様に続く岩棚を辿って横方向へと進むしか無さそうだと思いつつそちらへと目を向ける。

だが妹の居るこの地点が丁度抉れた窪地となっており、左右共に少し進んだ所で迫り出した部分に到達し見切れてしまい、その先がどうなっているのか判らない。

果してあの先はどうなっているのかと思いつつ眺めていたその時、示し合わせたかの様にそこからひとりの樹木化した子供が姿を現わした。

不具の子供は倒れている妹を発見したものの、暫らくその場に留まっている。

この奇形児はあの惨劇の際に非番であった為に小屋には居らず生き残っていた子供で、右手にこそ襤褸布を巻いているが両足には巻いておらず、比較的普通に歩行が可能な事から妹の追手として駆り出された様だ。

未だ足には症状が出ていないとは言え、不具の子供である奇形児まで動員しているとなると、文字通り総出で妹を捜索している状況なのかも知れない。

商人や傭兵達は妹の事をどう捉えているのか判らないものの、少なくとも術者達は妹の秘めたる力に対して恐怖よりも欲求が勝っている証であろう。

こうして私が推測している間も様子を窺う様に停止していた奇形児は漸く動き出したのだが、私が想定していなかった行動を取り始めた。

付近に術者が来ているのならその者へと知らせる行動を取るか居ないのであれば術者へと発見の報告に向かうと思っていたのだが、奇形児の行動はその何れでもなく只でさえ掴まる所も無い場所でその不自由な身体では思う様に進めないにも関わらず、岸壁に身体を摺り寄せつつ一歩ずつかなり慎重に近づき始めたのだ。

その遅々とした歩みは、下手をすれば自分も滑落し妹の二の舞となる恐れもあろうから致し方ないとも思えたが、数歩進んでは何かを探しているかの様に周囲を見回す動作を繰り返しており、それが遅延を助長していた。

若しかすると転落への危惧以外に別の何かを恐れて安易に接近するのを躊躇っている様に見えなくもないものの、現状こうして眺めているだけではその真意を確認する術は無い。

こうして予想以上に時間を掛けて漸く間近まで到達した奇形児は、傍らまで迫っても尚動かない妹を足の先で小突くと直ぐに半歩後ずさりつつ様子を窺っている。

すると微かに妹は僅かに身動ぎしたかに見えたがそれ以上の反応は無く、それを確認した子供は再び近づくと未だ健常な左腕を伸ばし妹の肩辺りを引き上げ始めた。

抵抗する様子も無く完全に脱力した状態の妹は容易く崖側へと仰向けにひっくり返されると、その顔が露となり容態も明らかとなった。

この大岩に打ち付けたと思しき額には大きな裂傷及び若干の陥没が見られ、そこから溢れ出る流血に因って顔面は殆んど血で覆われており、一応未だ微かに呼吸をしているもののその息は何時止まってもおかしくない程に不規則で弱々しい。

そんな見るからに一刻を争う状況にも関わらず、今際の妹に対してどう対処すべきか判らず困惑しているのか、奇形児は俯いたまま身動ぎせずに暫らく無言で妹を眺めている。

その様子に違和感を覚えた私は、この樹木化した子供を注視しつつ改めて奇形児について再考する。

彼等は常に術者に付き添われて指示を受けており自主的に行動しているのを目撃した事は只の一度も無く、一個人としての意思があるのかさえ判っていない。

その行動する様子から見て、恐らくはあの刺青の人夫等と同様に意思は失われているか殆んど無いに等しいのではないかと想像していたのもあり、こうしてここまで単独で行動している事自体が想定外と言える。

それに加えて幾ら人手が足りなかったとしても、体格も差して変わらない不具の子供に単独で追跡させるには逃亡した妹を捕らえる追手としては非力過ぎであり、恐らく手負いにでもなっていなければ不具の子供が健常な妹に敵う筈が無く、逆に現状の様に抵抗出来ない状態であっても妹を移送する事も出来ないのは明白だ。

なので精々見つけ次第術者へと報告する探索程度の作業が妥当だと思えるのだが、何故かこの子供は誰も呼び寄せる事無く運べもしないにも関わらず、わざわざ危険な場所まで単独で妹へと近づいて来た。

これまでの行動を見ている限りこの奇形児がここで行なえるのはあの自らの血を注ぐ行為くらいしか無く、あれでは到底妹が引き起こしたものに匹敵する様な奇跡が起こせるとは思い難いのだが、未だ他に死に掛かっている妹をどうにか出来る様な強力な秘術を隠しているのか。

こうして私が推測している間にも妹の容態は悪化しており、呼吸が途絶える間隔は増加しその時間も長くなり、命が尽き掛けているのは明白だった。

それでも不具の子供は何をするでも無く立ち尽くしたままの姿勢で死に行く妹を見下ろす様に俯いているのみであり、頭巾に覆われて見えない為に表情こそ判らないが動揺している様には見えず、寧ろ冷静で何かを待ち構えているかにさえ見える。

その様子を見た私は、これまでの推測が根本的に間違っていたのではないかと言う疑念を感じ始めていた。

この奇形児は妹を救出しに来たのではなく、寧ろその逆で息絶えるのを待っているのではないか。

だがそうだとすると、妹の命を失わせて一体何をする心算なのか、それを私が考察するよりも早く事態が動き出した。

途切れ途切れで虫の息であった妹の呼吸が、遂に完全に止まった。

それと共に私への糧の供給が途絶えたのを感じて今度こそ本当に消滅するのだと悟りつつ、この後何処までこの器が維持出来るかは判らないが、可能な限りこの無為に終えんとしている召喚の末路を見届けるべく不具の子供の行動を注視する。

妹の最期を看取った奇形児は推測通りそれを契機に動き出し、先ず普通に使える左手で纏っていた菱形の衣服の裾を掴み捲し上げると斜面へと脱ぎ捨てた。

着衣の下には右腕に襤褸布が巻かれている以外に身に着けている物は無くほぼ全裸であったのだが、その身体は至る所が樹皮化し瘡蓋じみた焦げ茶色の斑模様になっており、その箇所は硬化し罅割れが生じている。

その中でも真っ先に目を惹いたのが顔面の右眼周辺から首へと至る頭部の右下部分で、右眼球は壊死したのか失われており口の周辺も樹皮化し瞳孔及び口腔が文字通り樹洞の様に変貌していて、脆くなった結果なのか突起した部位である右耳や鼻には欠損が見られた。

その様な顔面以上に広範囲を占めていたのが胸から腹部に広がる樹皮化であり、こちらには丁度本来臍がある辺りに拳が嵌りそうな大きさのかなり深い樹洞が出来ていた。

それは通常の生者であれば内蔵にまで達している致命的な損傷である筈なのだがこれまで活動していた事を考えると、樹木化している者達には人間が本来具えている生命を維持する為の器官は不要となるのかも知れない。

そんな隻眼の子供は己の右眼孔の虚に右手の指を突っ込むと、中から何かを摘まんで引っ張り出している。

それは何かが包まれているらしき黒い襤褸布で、完全に引き出し地面に置いて広げると包みの中からは黒ずんだ種子の様なものが姿を現わした。

以前に妊婦の儀式の際に用いられていた物と比べるとそれは色合いや形状が異なり、大きさもやや小振りで一見した限りでは同種の物とは言い難い。

子供はそれを摘まみ上げると、僅かに開いていた妹の口内へと落とす。

その行動はかなり簡略化してはいるものの、あの妊婦に対して行なっていた蘇生の儀式を模倣している様に見える。

しかしあれだけの人数や手間や時間を掛けて大掛かりに行なっていた儀式を、たった一人の不具の子供だけでこんなに容易く成し得るのか。

仮にあれが以前の儀式に用いられていた物と同様であるのだとすると、果たして儀式の中核を成す重要な物を単なる儀式の補助役でしかない奇形児の一人が所持しているであろうか。

いやそれ以前に、何故未だ息があった妹をむざむざ見殺しにして蘇生の儀式を行うのか。

様々な疑問が浮かびつつもその行動を見守っていると、次に子供は右手で左腕に巻かれた襤褸布を解き始めた。

最後まで隠されていた左腕は最も症状が進行している様で、既に肘から先の皮膚が樹皮化しており手首から先は完全に硬化した状態であり、更に右手の指は全て途中から欠損し最早枯れ枝同然の様相を呈している。

奇形児はそんな枯死した右腕を左手で掴み剥ぎ取る様に持ち上げると、右腕は肘から手首に掛けて斜めに筋が入りその筋が広がりつつ掴んでいた右手の部分が外れ、残った右腕から斜切り状の鋭利な断面が露呈する。

それは意図的に切り出したのではなく、樹木化後に末端から枯死が進行した後に強い負荷が掛かり割れた結果なのであろうが、その形状は槍等の刺突する武器を髣髴とさせた。

これまでこの奇形児等が直接的な危害を加える行動を取るとは想像だにしていなかったのもあって、その武装した様に見える姿に強い違和感を覚える。

しかしもう既に死亡しそれを蘇生せんとする最中だとすると、そんな凶器を用意して一体何をしようと言うのか。

こうして何かの準備を整えている間に妹に飲み込ませた種子は発光し始め、その変化を見た隻腕の子供は外した左手を地面に置いて妹の身体の脇に立つ。

発光は食道を辿り身体の中心へと進み始め、以前の儀式と同様に程無く腹部で停止した。

この後全身に白く光る線が広がり出す筈だったのだが、それよりも早くじっと俯いたまま妹の様子を窺っていた不具の子供が動いた。

斜切りの左腕を引き上げると、発光している場所を目掛けて勢い良く突き下ろす――

が、その一撃は何かに阻まれたらしく妹の腹を圧迫した程度で止まった。

突いた位置としては確実に胸骨よりも下であり、骨に当たったとも思えないが一体どうしたのかと思いつつ見ていると、子供はその切先が突いた箇所へと服の隙間から右手を入れて探り始め、直ぐに何かを掴み出した。

それは姉が身に着けていた物と良く似た陳腐な首飾りだったのだが、それに嵌っていたのは道化の金貨であった。

姉の方は普通の銀貨にしか見えなかった事を考えると、どういった経緯で二人に与えられたかは不明だが偶然妹にこの曰く付きの金貨が渡されていたと言う事か。

この地にあの忌々しい金貨があるとすれば、商人の資産にでも紛れているのだと思っていたのでここでそれが見つかったのは少々意外であったが、妹に因る召喚を実現させたのもこの金貨が関与していたとすれば合点が行くとも言える。

だがこの器では回収する術は無く、私は隻腕の子供が道化の金貨を掴んで引っ張り首紐を引き千切り、先程脱いだ服の上に投げ置く様子を黙って見ているしか出来なかった。

その後再び身構えた奇形児は再度右腕を妹の腹目掛けて突き下ろし、蘇生中であったと思しき死せる妹は当然ながら無抵抗のままにその刺突を受け、子供の左の二の腕は半分近く埋没する。

直ぐにその刺し傷から血が溢れ出て来るが、奇形児はそれに意を介する事無く直ぐに突き立てた左腕を引き抜き再度刺し入れており、それを何度か繰り返したのち広がった傷口へと右手を突っ込んだ。

そして暫らく腹の中を漁っていた不具の子供は一旦動きを止めると、ゆっくりと握り締めた右手を引き抜いた。

その血塗れの握り拳は内側からの光に照らされ赤く光っている点からして取り出したのがあの種子であり、この行為は妹の力に関連しているのは間違いないのだろう。

これが術者から予め命じられていた行動だったとすればあの奇跡の力を抽出する方法がこれであり、最早妹を生かしておく必要が無くなった結果として行った事になる。

だがそうだとしても、あれ程の膨大な力を入手すると言う失敗の許されないであろう極めて重要な行為を、たった一人の不具の奇形児だけに委ねるであろうか。

これまで奇形児のみで作業を行わせている場面を一度たりとも目撃しておらず、必ず術者が指示し監視していた点からしてもこの仮説には疑問が残る。

それならばこれはこの子供の独断に因る行動と言う事になるが、奇形児達にも人並み程度の知識や感情や意思がありそれらに基づいた行為であったならば、果たして子供はこの儀式の真似事とは異なる行為に因って何を成そうとしているのか。

妹の持っていたあの力そのものを欲したのか、それともあの力を得た事で体得可能となる新たな何かか。

最後の最後にして疑問は増大し謎は深まるばかりであったが、それらの疑問を解明する猶予は私に残されていない事と、妹の蘇生に因る召喚の延長の可能性が無くなった事だけはどうしようもなく明確に判明していた。

いよいよ意識も途絶え始め霞みゆく視界の中で朧げながら最期に見えたのは、目的を達成した奇形児が用済みとなった妹の骸を斜面へと蹴落とす姿だった……





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