第二十七章 反魂 其の二
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儀式失敗から一夜が明けたが、未だに私はこの世界に存在し続けていた。
あの直後再び女人夫に因って大天幕から運び出された娼婦は広場中央の丸太小屋へと搬送され、娼婦に追随して私も又小屋の中へと入っていた。
小さな丸太小屋の内部は予想通り間仕切りの無いひと部屋のみの間取りで、天幕群側の壁面に唯一の出入り口となる扉がありその隣に両開きの鎧戸が付いた窓があるものの、基本的に小窓は締め切りで出来の悪い不揃いな鎧板の隙間から差し込む僅かな光以外は無く、日中であっても常に仄暗い。
部屋の中央には木箱を並べて作った粗末な寝台が設置されていて、そこに目覚める事の無い娼婦が静かに横たわっている。
あの魂と思われる光球を捕獲し損ねた時点で儀式は失敗し直に死に至ると思っていたのだが、予想に反して娼婦は未だ生き永らえていた。
その理由は延命術と思われる新たな儀式にあり、寝台の両脇と頭側に一席ずつ置かれた椅子に樹木化した子供達が腰掛け三人が一組となり一日に六回一定時間毎に子供が一人ずつ入れ替わりつつ、蘇生の儀式の際に行なっていたのと似た瀉血じみた流血を娼婦へ浴びせる行為を昼夜を問わず実施していて、その様子を確認すべく一人の術者が輪番で一日中常に扉近くの部屋の隅に控えている。
但し以前の儀式とは少々異なり娼婦の身体のみならず口腔内へと注いでいる様で、これは老術師が儀式の当初に娼婦の口に注いでいた行為に準ずるらしく、それを証明する様に私の視界が切り替わったあの霊視に近しい現象も発生していた。
だがそれは再び光る枝が生えて来る程の著しい反応では無く、娼婦の表皮に現れた白い紋様が微かに発光している程度の微々たる変化しか見られない。
それ故に視界は切り替わるまでに至らず、魂も残像の様な朧げな光球として人間と重なって辛うじて見えている程度であの時程鮮明且つ広範囲に掌握する事は出来ず、精々この室内と小屋の周辺まで接近した者の察知とそれがどの種別の者なのかしか判らない程に不鮮明で曖昧にしか判らない。
なのでこの小屋に入ってからの主要な者達の同行は大半が判らなかったが、唯一あの姉妹に関しては間接的にではあったが状況の確認が出来ていた。
姉妹達は一足先に別の丸太小屋へと連行されていたらしく私が外へ出た時には既にその姿は無かったものの、一番離れた場所に建つ丸太小屋の方から非常に良く通る妹の声が外にまで漏れ響いていたのを耳にしていた。
その呼び声はどれだけ見張りの傭兵が脅しても止む事は無く暫らく続いていたが、流石に疲れ果ててしまったのか徐々に声量は小さくなり日が暮れた頃には聞こえなくなった。
そんな姉妹の動向も気に掛かってはいたが、それ以上に自身の今後がどうなるのか全く不明である事こそが最大の問題であったものの、こちらから何かをする術が無い以上待つしか出来ずじっと状況の変化を待ち続けた。
儀式の日から一週間が経過した。
小屋の外からは荷馬車が移動したり重い荷物を積み下ろししている振動や騒音が響く様になる中、私は丸太小屋の中から全く動く事も出来ず只管部屋の中央の屋根近くを浮遊し続けていた。
この頃になると各自の日々の生活の規則性も明確となり、視覚や聴覚の情報に基づく行動の規則性等を総合的に照合する作業を経て、主要な者達に限られはしたが識別する事が出来る様になっていた。
最初に特定出来たのは姉妹の妹で、単独時の素早い移動速度や常に付いて回るあの甲高く通る声と言う付加情報もあるが、何よりも意外だったのが何らかの力を有していると疑っていた姉ではなくこの妹こそが最も強い光を放っていた事で、その想定外な結果こそが最大の特定要因だった。
妹は儀式の翌日から母親を探し求めてあちこち歩き回り、その日の内に自分が宛がわれた小屋から最も遠いこの小屋に母親が居る事を突き止めていた。
その後は連日事ある毎に幾度となくこの小屋に近づき母親を呼びその姿を確認すべく屋内への侵入を企てては、その度に見張りの傭兵に追い払われたり捕まって住居の小屋へ連れ戻されるのを日々繰り返している。
未だ幼い子供でありながら、どれだけ追い払われようとも挫けずに接近を試み続けるその不屈の精神は評価するものの、どう見てもそれは勝算の無い無謀で無益な行為にしか思えないのが現実だ。
一方姉に関しては、予想に反して小さな光球ながら誰よりも強い光を放つ妹と同行している様子から特定は容易であったものの、日が経つに連れて姉は妹とではなく傭兵や使用人に伴われて移動する機会が増えていった。
こちらは妹とは違い何かを仕掛ける事は無く、母親の小屋へと近づこうともしてこなかったのもありあまり警戒されてはいなかったものの、それでもある程度接近すると見張りの者達の威嚇している声も聞こえていた。
そんな姉はこの小屋の近くを通り掛る際に必ず少しの間立ち止まっており一体何をしているのかと疑問に感じていたのだが、偶然にも姉の通過と儀式の交代時間が重なりその姿を直接確認する事が出来た。
その時姉は胸元の首飾りを両手で握り締めつつ祈りを捧げる様にこちらを向いて跪いており、どうやら母親の回復を祈願していた様だったがそれはものの十秒程度で同行していた傭兵に小突かれて立ち上がる様に促され、直ぐに立ち去って行った。
娼婦と姉妹達の接触をここまで執拗に阻んでいる所を見ると、何か儀式上弊害が生じる恐れがあるのかも知れないが一体それがどの様な問題なのかは定かではない。
だがそれならば始めから姉妹を小屋にでも監禁しておけば済むのではとも思えるが、敢えてそういった措置を講じないのはあの母親の子供だからと言う温情なのか、或いはどれ程暴れようが所詮は年端も行かぬ子供でしかなく然したる問題にはならないと踏んでいるのかも知れない。
姉妹とは逆の意味で特徴があったのが人夫達で、彼等は屋内に入って来る事は無いものの荷役等の作業でこの小屋周辺まで接近する事は多々ありそこで初めて確認出来たのだが、彼等の光球は光を引き寄せていた胎児とは逆に光を放出しておりそれに加えて朧げで殆んど認識出来ない者ばかりであった。
私の器の検知能力が弱まっている所為でその様にしか見えないのか、それともあの儀式の実施時でも見えていなかったのかは定かではないが、どちらにせよ人夫達は通常の人間とは異なる魂の形状をしているのは間違いない。
なので彼等の場合はその微弱な光球を探知するよりも、常に随行している術者が唱えている命令や動作の際の物音に因りその存在を確認する方が早くて確実であった。
娼婦に関しては、どうやら肉体の生存状態を維持するだけであればあの時捕らえ損ねて消失した光は無くても可能であったらしく、現在も尚生き永らえていた。
だが肉体は生存状態を維持していても一瞬たりとも目覚める事無く昏睡し続けている様子からすると、やはりあの時崩れ消えた球体は人間の霊魂の類であり娼婦の意識は消失してしまっているに違いない。
それでも尚生ける屍と化した娼婦の余命を伸ばそうとしているのは、例え人形同然となっても保持しておきたい程この女に執着しているのか或いは別の利用価値でもあるのか。
そしてこの状況を作り出した元凶であろう巨躯の首謀者はと言うと毎日ほぼ同様で一日一回夕方に娼婦の様子を確認に訪れていて、常に配下の傭兵や老術師の使いらしき術者等とあの特徴的な濁声を発しつつ動いていたので判別は容易だった。
あの性格からして蘇生の儀式の失敗に激昂しているのではないかと推測していたのだが、意外に冷静な対応を取っておりどうやらこうなる事も事前に想定していたかの様であり、これは若しかすると娼婦を再び目覚めさせるのが目的ではないのかも知れない。
商人が頻繁に訪れる一方で儀式の実施者であった三人の老術師達は、ここに運ばれてからは娼婦の様子を見に来る事は一度も無い。
これには理由があるらしく、今も尚大天幕の周囲に松明が灯されあの儀式とは異なる詠唱も漏れ聞こえており、どうやら儀式はあれで完了した訳では無く老術師達はそちらの作業に掛かり切りになっている様だ。
若しかするとそれが未だに私が存続している理由なのではないかと考えるも、だがそれならば私は再びあの儀式の場に移動していても良さそうなものだがそうはならず、依然として妊婦の傍らに縛られている点はどうも釈然としない。
こうした膠着した状況が続く中でこの地一帯に満ち満ちた糧がありながら活用する術も無く、殆んど代り映えしない延命の儀式を傍観し続けるだけの無為な日々を繰り返していた。
儀式の日から一ヶ月が経過した。
商人の交易活動が本格的に再開したらしく、日々荷馬車が往来し日中は荷役作業の喧騒が途切れる事無く聞こえる状況下で、私の周りの状況にも変化の兆しが見え始めていた。
徐々に目撃する頻度が減少していた姉であったが、遂に途絶えて姿を現わさなくなったのだ。
こうなる前からその遅々たる歩行速度も日に日に遅くなっていた経緯もある事からすると、恐らくは体調不良が原因なのだろう。
こうして姉の往来が途絶えると妹の行動にも変化が現れ、以前の様に日中の間終始機会を窺い何度も試みる様な事は無くなり大半が一日一回程度に減り、姿を現わしても様子を窺っているだけで近づく事無く足早に通り過ぎる事が多くなった。
その行動はこれまでの母親との再会を果たすべく執拗に丸太小屋の周りを徘徊するのではなく、毎回何処か別の場所へと向う道中に小屋の近くを通過しているだけの様だ。
この小屋から離れてしまえば妹の動向を知る事は出来ないので向った先で何をしているのかは判らないが、思い返してみると確か姉も同じ様な移動を繰り返していた様な気もする。
姉が姿を消した原因が元来姉自身に起因する単なる偶然なのかそれとも他者に因って意図的に何かを仕組まれたものなのかは判らないが、結果として妹の暴挙の抑止に繋がったのは確かでこうして妹が疎遠となるとここには本当に何事も起こらず、暇を持て余した見張り役達の雑談だけが唯一の変化と言っても過言ではなくなった。
だがそれでも姉の時とは異なりこれまで多くの全科がある妹に対しては、例え接近する気配が無くともその姿を確認した段階で見張り役達は威嚇や警告の声を上げていたものの、構う余裕も無いのかそれに対しても妹は別人の様に無反応であった。
この様な娘達の動向に変化が生じてもその母親たる眠れる娼婦には特に変化も無く、意識を司る魂が既に欠落しているのだから当然と言えば当然なのだが相変わらず昏睡状態のままだ。
そして延命術を施す奇形児や術者も周辺の変化に動じる事も無く以前と変わらず無言で粛々と施術し続けており、老術者達も又同様にあれ以来一度も姿を見せてはいない。
商人に関しては交易業務で外出しているらしく状態確認に訪れる回数よりも姿を現わさない日の方が上回り始め、時には数日間連続で姿を出さない事も珍しくなくなりつつあった。
娼婦が目覚めない事を前提として次の段階へと移行してゆく最中に於いて、只でさえ皆無であった己の存在意義がより一層無くなりつつある事に嫌が応にも以前の召喚の記憶が蘇り不安を掻き立てるものの、それを回避する策も無ければ実行する術も無い私には静観を続けるしかなかった。
儀式の日から二ヶ月が経過した。
貿易商たる商人はその財力を体現する外見通り商才に長けている様で、こんな辺鄙な場所でありながら荷馬車の往来は止む事無く荷役作業もまた同様であった。
それに対して姉に続いて日を追う毎に出現回数が減り続けていた妹の姿もとうとう完全に途絶えた。
段階的に変化していったこの状況から察するに、姉の病状が悪化し今や掛かり切りで看病をしなければならなくなっているのではないだろうか。
一切の情報が無いので明言出来ないが、元から脆弱そうであった点も合わせて考えると姉はもう復調する見込みも無い程に弱っているのかも知れない。
最悪の展開を考えれば既に絶命してしまっている可能性もあるものの、その証拠たる死体を目撃した訳でも無ければ葬儀らしき行為が行なわれた様な気配や動きも見られないので、確率的にそれは低い様に思えるが確証は無い。
こうして姉に続いて妹の音信も途絶えると、見張り役の傭兵達は完全に暇を持て余す様になりその数も段々と減らされ、それに伴って商人もここに訪れる頻度が減った。
この変化に因ってこれまで妹が現れる度に起こっていた周囲一帯に響き渡る喧しい怒鳴り声も完全に途絶え、頭数も減り話題が無くなった所為なのか妹が居ない間聞こえていた傭兵同士の下卑た談笑すらすっかり鳴りを潜めていった。
この頃になると娼婦に対しての処置にも変化があり、これま一切途切れる事無く行なわれていた瀉血の儀式が朝夕夜の完全三交代制へと切り替わり、これに因って交代時間帯の前後にはその都度儀式が途切れる様になった。
この形式に切り替わった理由は恐らく娼婦の状態が安定し延命の儀式がそこまでの精度を必要としなくなり、多少儀式が途切れても問題ない点と施術者の負担軽減であったと思われる。
こうした対処の変化があれども外見上特に変調を来たす事も無く、依然として微動だにせず眠り続けていた。
但しその肉体の内部には不明瞭にしか見えないので断言は出来ないが若干の変化が生じているのか、儀式の際に体内に未だ残っていた残滓の様な朧げな光が僅かながらに増大しその密度も高まっている様に見える。
もしこれが勘違いではないのであればこの儀式を通じてその大半が失われた魂すら再生しようとしている事になり、それはつまり当初は失敗だと思い込んでいた儀式が実はそうでもなくここまで想定内で進んでいる証拠なのかも知れない。
だがその奇跡の進行速度はかなり遅く、どういった理由で保持されているかさえも判り兼ねる私の器が何時まで存続出来るのかは全く予測出来ず、果してこの儀式の結果を最後まで見届ける事が出来るのかも定かではない。
かと言ってその時までに何か行動を起こせる訳でもなく、無力極まりない私は歯痒くも只々次なる変化を待ち続けた。
儀式の日から三ヶ月が経過した。
今や貿易業は多忙を極め、日中は勿論の事夜間もかなり遅くまで荷馬車の走り回る音や荷役の喧騒も殆ど途切れる事が無い程だ。
それに相反してこの小屋の中では、何事も無い退屈で平穏な有閑なる日々が粛々と繰り返されていた。
今や見張りも一人にまで減らされ監視時間も日中のみに短縮されており、その日中すら専ら居眠りの証たる鼾ばかりが聞こえる様な有様だ。
昏睡状態が続くばかりの娼婦に興味を失ってしまったのか、或いは何か別の作業に関わっているのかは定かではないが首謀者もすっかり足が遠退いてしまっており、今や見張り役の怠慢振りを叱責する者すら居らず仮眠休憩の場と化している。
元より儀式を遂行し続ける奇形児とそれを監視している術者も声を発する機会が殆んど無いこの状況では、騒音が遠のいている時には小屋に吹き込む隙間風の風音や小屋の周りで泣いている虫の鳴き声が聞き取れる程だった。
そんな深閑とした状況が続く中で、事態は何の前触れも無く急変した。
ある日の夜遅くに、すっかりその存在感も無くなっていた妹が再び姿を現わしたのだ。
この時間帯は見張りが居ないだけではなく儀式を行う者達も交代の時間で丁度出払ったところであり、交代要員である夜間の儀式を遂行する者達が到着するまで小屋への侵入を阻む者は誰一人居ない。
それ故に妹はこうして無事に侵入する事が出来たのであろうが、逆にそれこそが私にとって予期しなかった状況の変化であった。
何故なら妹がその契機を計るのは不可能な筈だったからだ。
通常屋内で儀式を遂行している間小屋の扉は内部から閂で施錠されており外部から侵入可能な時間は朝と夕方と夜中の交代時のみで、多くの者が屋外で活動している時間帯に重なる朝と夕方を除けばと今この時以外に好機は無い。
だがこうした運用となったのは妹がここに現れなくなった後の事であり、それ以前にこの近辺に接近していない妹は直接知り様が無く、わざわざそんな事を妹に伝える様な者がいたとも考え難い。
だとするとこのひと月音沙汰無かった間、意図的にここには近づかない様に振る舞って隙が生じる機会を窺いつつ、他の場所でそういった情報を収集していたのだろうか。
しかしそうだとすると今度は姿を消し始めた際に、そうならざるを得ない明確な理由が無ければ行動に疑念を抱かせ、返って監視が厳しくなりそれまで以上に母親に会える可能性が減ってしまう恐れもあった筈だ。
となるとやはり妹は監視者達が納得し油断する様な偽装工作をしていた事になる訳だが、考え得る要素としてはやはり姉であろうか。
あの脆弱そうな姉の身に何かが起きて掛かり切りの看病が必要となったとしても、あの商人としては娼婦を必要としているのであって元より連れ子には用はないのだから放っておくだろうし、それに伴って妹が静かになれば寧ろ好都合だと思う程度に違いない。
だが果してあの年端の行かない直情的な性格をした妹にそんな器用な真似が出来るのかと疑問を覚えたが、この計画は妹の立案ではなく姉の入れ知恵だとすれば有り得るのではないかと考えを改める。
そもそも目も見えず歩くのも儘ならない境遇の姉は周囲の状況を直接的に知る能力に乏しい分、常に限られた情報を元に推測で補完する事でこれまで凌いできた筈で、視覚を持つ健常者以上に他者の心理を汲み取る能力に長けているのではないか。
そしてその力を生かし如何にして自分達の母親の安否を確認すべきかを考えた末に、不自由な自分ではなく行動力の高い妹にそれを託す事が妥当であると判断し、その上でどうすれば妹が監視を掻い潜り娼婦の元へ辿り着けるかを画策し実行させたのだろう。
当初の妹の頻繁な接近やその後の展開は言わば全て仕込みであり、それらの陽動の結果として杜撰な警備となり隙が生じそこを突いての妹の侵入だとすれば、全ては姉の思惑通りに事が進んだとも言える。
この仮説で最大の問題となるのは姉の体調悪化がどれだけ信憑性が高いかと言う点なのだが、安易な仮病ではあの猜疑心が強そうな商人の目を欺く事は難しそうに思える。
となると姉は本当に体調を崩して看護が必要な状態になっていなければならず、それをどの様に実現したのかについて確証は無いものの、姉と妹が日課としていた外出時に何らかの毒草等を採取し意図的に姉がそれを摂取し続けて体調不良を誘発させたのだとすれば、姉は自らの身体や命すら利用してこの計画を遂行していた事になる。
勿論これは全て結果から導き出した憶測に過ぎず実際何処まで真相に迫っているのかは定かではないが、妹は娼婦の居るこの小屋に踏み入れるまで為しえたのは紛れのない事実であり成功であったとも言えた。
しかしながら姉妹が企てたであろうこの計画は周到ではあったものの完璧であったとまでは言い難く、ここに来て二つの大きな誤算が起きていた。
ひとつは妹の動揺で、妹が母親の容態を確認してから誰にも見つからず小屋から脱するには速やかに行動する事が肝要な筈だったが、それが崩れた。
ここに連行されてからずっと渇望しながらも母親との接見を抑止されていた幼い妹にとっては、待望の再会の場に於いて感情を乱すなと言う方が土台無理であったのだろう。
寝台で身じろぎひとつせず横たわる娼婦を見つけた瞬間、妹はその動きが止まるとこれまで見せて来た年齢にそぐわぬ気丈さから一転し、大きな瞳から大粒の涙を零しつつ短い言葉を繰り返して一歩一歩ゆっくりと娼婦へと近づいていく。
そんな妹の表情は、これまでの手負いの獣じみた警戒と敵意を露にした顔つきからは想像出来ない程の安堵から来る無垢で年相応な屈託の無い満面の笑みであり、それは最愛の母親との再会が叶った歓喜が齎したのは言うまでもなく、その達成感でこれまでの張り詰めていた緊張の糸が完全に切れてしまった様に見える。
足萎えの姉よりも遅々とした覚束無い足取りで娼婦の臥せる寝台へ歩み寄る妹は、その道程で何度も声を掛けるものの母親に目覚める気配は無く、それを見た妹は見る見るうちにその表情は翳り不安と恐怖に苛まれてゆく。
この妹の目紛しい変貌振りを見るに、母親が依然として目覚めない現状が受け入れられないといった様子であり、これは恐らく再会する時に娼婦は回復しているのだと信じきっていたからではないだろうか。
若しかすると姉は妹に対し、母親が無事でいるとは限らない等の不都合な可能性を意図的に伝えていなかったのかも知れない。
それは姉自身も母親が回復していると信じていての事だったのかも知れないが、ここまでの計画を立案し遂行出来るだけの知恵があるのならばその程度の想定が出来ないとは考え難い。
だとすると未だ幼い妹の心情を慮って敢えて告げていなかった事になりそれが最後の最後で失策に転じたと言わざるを得ないものの、そもそも妹を欺いていなければここまでの成功そのものも無かったかも知れず、果してどちらの選択が正しかったのかは何とも判断し難い。
最早別人の様に悲嘆に暮れ居た堪れない様子の妹が目覚めぬ母へと恐る恐る震える両腕を伸ばしかけた時、ここでもうひとつの誤算が起きた。
普段よりも早く次の当番であった術者と奇形児達が現れ、即座に妹目掛けて雪崩れ込んで来たのだ。
元々術者達の交代に掛かる時間は次に担当する術者の多忙さやその時々の状況次第で多少増減があったのだが、それが運悪くこの回の術者は手透きだったのか普段よりも早く小屋へと向かい、逸早く異常に気づいた術者は慎重に奇形児達と共に入口まで近づくと侵入者たる妹を捕縛すべく一斉に飛び掛ってきた様だ。
だが屈強な傭兵達であれば造作も無く成功していたであろう妹の捕縛は、元より満足に動けない不具の子供と大人とは言え力仕事は殆んどしていない非力な術者一人では足並みも揃わず、妹はほぼ放心状態であったにも関わらず取り押さえ損ねただけでなく、逆に中途半端な体当たりに因る衝撃で正気を取り戻させてしまった。
我に返って自分が押し倒された妹はこうして己の行為を阻まれた事に因って再び強い反抗心を滾らせたらしく、大声で娼婦へと呼び掛けつつこれまでにない勢いで激しく暴れて執拗に抵抗する。
それは宛ら商人を始めとする傭兵や術者や奇形児等こそが母親を目覚めなくしている悪人であり、自分こそが母親を救う事が出来る唯一の存在なのだと言う使命感に駆られているかの様にすら見えた。
何かに憑かれたかの様に勢い良く振り回される妹の手足に弾かれると奇形児等は容易く押し返され、唯一力で勝っている術者が掴み掛かるが運悪く諸に顔面へと蹴りが入り、鼻から血を噴き出しながら仰け反る様に倒れる。
こうして一時拘束から逃れた妹はもう躊躇する事無く、母親を目覚めさせるべく手を伸ばし娼婦の腕に触れた瞬間、何かが発動した。
これまでずっと希薄だった糧の濃度が一気に高まると共に流入量が増大し、消費量を遥かに上回る多大な糧の圧力に因って器が膨張するかの様な感覚に襲われる。
それと共に本来探る際でもほぼ透明で視認し難い糧が極めて高密度となった結果、可視化し光の屈折にまで干渉したのかまるで滝の中にでもいるかの様に周囲が揺らぎ視界が妨げられ、先程まで娼婦の直ぐ傍に居た筈の者達の姿すらぼやけてしまい見つける事が出来ない。
未曾有の事態に意識を失いかけるもその寸前に、はち切れんばかりに詰め込まれた糧が宛ら底が抜けた様に一気に流れ出した。
怒涛の様な大量の糧の流入とその総量と大差ない量の垂れ流しに等しい流出は、まるで自分の肉体が排水管となって臓腑諸共流されているかの様であり、その余りに圧倒的な勢いは私の意識や器自体すら崩壊するのではと危惧する程だ。
そんな消滅しかねない状況を必死に堪えつつ流れ出た膨大な糧の行方を追うと真下にいる娼婦へと降り注いでおり、糧を表皮から吸収しているのか娼婦は全身に広がった白くうねる筋を眩い程に発光させつつ凄まじい速度で取り込んでいる。
妹が娼婦と触れた事で何が起こったのかが疑問だが、それ以上にこの娼婦があれ程の量の糧を取り込む事が可能であった事に驚きつつ、取り込んだ結果としてこの後どうなるのかを見逃すまいと意識を集中する。
糧が齎した発光は白い紋様から徐々に身体の深部へと移り内部から肢体を照らしつつ胴体の中心へと集約され、そしてあの儀式の際に見たのと同様だがそれとは比較にならない正視し難い閃光に満たされた。
だがそれもほんの一時で直ぐに輝度が下がり始め、やがてその光が収まると娼婦は再び覚醒した。
大きく見開かれた両目は忙しなく激しく動き回り、裂けんばかりに開いた口から人の声とは思えない咆哮じみた叫声を上げつつ身体を痙攣させ始める。
これだけでも十分に驚くべき変貌であったがそれ以上に目を奪われたのは急速な全身に亘る肥満で、それはまるで著しく時間を加速しているかの様に見る間に膨れ上がってゆく。
特に腹部の膨張に関しては他の部位と比べて群を抜いており、その姿はまるで引っ繰り返った蝦蟇の様だ。
更にこの肥大化に伴って全身の皮膚がふやけた様に弛み稼動していた部位から亀裂を生じ、古い漆喰の壁の様に剥がれ落ち始める。
その大きさや量から始めは表皮から壊死して皮下組織ごと剥がれているかと思ったが、体液の流出もなく何度も繰り返し発生している点からすると、俄かに信じ難い量だがどうやらこれは垢の塊に見える。
それと共に全身の毛量及び発毛速度も異常に早まっていて、頭部は宛ら筆先の様な様相を呈しつつ周辺に頭髪を体積し続けており、肥大化して破れた着衣の脇や股には体毛が鬱蒼と生い茂り溢れ返る様に伸び出していた。
それ以外にも体毛と同様に手足の爪も有り得ない速度で曲がりくねりつつ伸びており、暴れてぶつける度に途中で折れたり根本から剥がれ落ちるが直ぐに生え伸びるのを繰り返している。
急速な肥満化及び毛髪や爪の異常発育に皮膚の異常代謝と言ったこれらの常軌を逸した症状はどれも生命維持活動が暴走した結果だと思われるが、膨大な糧を蘇生する為の再生力へと過剰に変換して起きた副作用と言う事なのだろうか。
これはある意味定命の者であれば誰しも求めずにはいられない不老不死を具現化したひとつの姿なのかも知れないが、幾ら何でもこの様な見るも悍ましい姿にする事を願っていたとは考え難い。
だとすると妹が接触した事に因って力が暴走して起きた予期せぬ事態と言う事になり、これを避ける為に娼婦から娘達を遠ざけていたとすると辻褄が合うが、それが判っていたのなら初めからあの姉妹を監禁しておくべきだったのではないか。
そんな簡単な対処すら講じていなかった点からすると、単に娼婦への儀式遂行の邪魔となるから遠ざけていただけで妹の潜在能力を本人も含めて誰一人予想しておらず、この様な惨事を引き起こすとは考えていなかったのだろう。
力を制御する知識を有していた術者達には私の存在の感知や妹の資質を見抜く能力は無く、私に感づく能力があったかも知れない姉は儀式に関して無知であったが為にこうした事態が起こる危険性に気付く筈も無く、類稀なる素質を秘めていた妹もそれに自覚は無く未知なる力を制御出来なかったとすれば、或る意味これは起こるべくして起きた悲劇だったのかも知れない。
こうして私がここに至る経緯を考察している間にも娼婦の凄惨な変容は収束する事無く続き、増殖し続ける脂肪に因って最早人間の形状を逸脱し掛けており、特に腹部の変異の具合が激しく他の部位の数倍の大きさにまで肥大し今や風船の様に膨らんでいる。
何故腹だけが急速に膨張しているのかと疑念を抱いたその時、大きな破裂音と共にその腹が弾け飛んだ。
内部に満たされていたらしき体液を周囲に撒き散らしつつ裂けた腹の中から姿を現わしたのは、途轍もなく肥満した巨大な赤子だった。
その姿は変貌した母親をも凌駕するもので大きさからしてもう嬰児とは言えない程であり、どうやらこの胎児の膨張から来る内圧に母親の子宮が耐え切れず破裂した様だ。
単なる肥満にしては極端な腹の膨張に少々違和感を感じてはいたが、娼婦の魂が離脱した後に残っていた残滓がまさか胎児の魂だったとは予想しておらず、私は予期せぬ形で誕生した新たな生命の姿に動揺を隠せない。
頭部は耳から下が肩や胸の肉に埋もれ辛うじて口の部分が表出している状態で、顎から下は完全に肉に埋もれて全く見えず、丸々とした胴体には幾つもの段が付いており何層もの肉の襞となって連なり広がっている。
その襞の間から団子状の肉が連なった四肢が突き出しているのだが肘や膝の位置すら判断出来ず、更にそれらは胴体の体積から考えると本来あるべき長さの半分程度しか無い。
それも胴体の側面ではなく胴体の上部から生え出ており、四本全てが在らぬ方向を向き暴れる母親の震動を受けて揺れ動いている。
恐らく四肢は急速な肥満化で上腕や大腿の部分は胴体と密着したまま脂肪に埋もれてしまい、更に子宮内で圧迫されて肘や膝の関節が捩れてしまいまともに動かせない様だ。
そんな赤子の表情はと言うと、目は膨れ上がった額と頬の肉に挟まれて開きそうも無く、口も目と同様に両頬と顎や首を埋没させている肉に圧迫され窄めている様な形状で殆んど開いておらず、その表情からは起きているのか寝ているのかすら判別出来ない。
だが短く途切れる呼吸音らしき笛の様な音が忙しなく聞こえ続けている点と、その音に合わせて若干胴体が全体的に膨張する様子から、到底無事とは言い難いが死んではいないのは間違いない。
恐らくこの赤子はあの首謀者たる商人の実子で、自身の血を継いだ子供を産ませるべく身籠った娼婦を延命していたのであろうが、まさかこんな結果を迎えるとは想像だにしていなかったであろう。
これならば妊婦の蘇生に失敗した段階で死んでいた方が良かったのではないか、そう思わずにはいられない。
最早誰しもが望まぬ存在と成り果てた母子だったが、それでも尚糧は止め処なく流れ込み続け更なる変調を来してゆく。
注がれ続ける治癒の力に因り破裂した母親の腹部は塞がり始めるが巨大児に動き出す気配は無く、やがて傷の治癒が巨大児の肉体に達すると母子の身体が癒着し始め、程なくして巨大児の背部が母親の腹部と完全に繋がった。
変異はそれだけに留まらず、どうやら臍帯を通じて赤子に流れ込む治癒の力は再生のみならず生育する力にも変換されているらしく、赤子の部位にはこれまで母親に現れていた肥満化や異常代謝だけでなく成長に因る全体的な巨大化も始まった。
それに対して母親の肉体には小さな黒班があちこちに現れ始め、次第にそうした部分が隆起しやがてそれは広がり出した。
黒痣の様にも見えるその発疹は次々と発症し歪な形状に肥大化しておりそれはまるで悪性の腫瘍の様であり、この症状の悪化に伴って母体自体の肥大化は鈍った様に見える。
この母体側の変化は明らかに何らかの疾患に因って生じた症状だったが、これまでの状況からするとそれは考えられないものだ。
あの糧が齎していたのは蘇生や治癒や生育を促がす超自然的な力であるのは間違いなく、死に掛けていた胎児すら成長させる程の力に満たされていながら、何故母体に命を脅かすであろう病巣が生じたのだろうか。
その理由は判らないが、凄まじい勢いで増殖し続ける腫瘍は今や全身に転移し母体の大半を覆い隠すまでに広がり、著しい肉体の変容に因って機能不全となったのか叫び声は次第に小さく途切れ途切れになり暴れていた四肢も動きが鈍っていく。
更に腫瘍は癒着に因って繋がった箇所から伝播し赤子側の部位をも侵食し始めると、忙しない鞴の様な呼吸音を漏らしていた赤子だった肉塊は苦痛からなのか悲鳴らしき妙に甲高い奇声を発し出した。
それと共にすっかり埋没した状態で結合している手足に当たる部分らしき肉を不規則に揺らしており、それはどうやらもがき苦しんでいるらしいが顔は既に髪や髭で覆われて表情の変化は確認出来ない。
やがて赤子側の部位も母体と同様に全身が腫瘍に覆われた頃にはもう母子共に動かなくなり、ほんの一刻前までは曲がり形にも二人の人間であった物体は今や固まりかけた溶岩の様な異質な造形物と化した。
そんな状況になっても未だ生きている様で、腫瘍の増殖は止まらず歪な黒い肉塊は肥大化を続けていたが、唐突に響き渡った非常に甲高い金切り声で再び状況が一転した。
それは変わり果てた母親を目にして生じた恐怖と錯乱から発した妹の悲鳴であり、体内の空気を全てを吐き出すかの様に息継ぎもせずに延々と叫び続けている。
そしてこの耳を劈く悲鳴を契機に糧の流れが止まると同時に遮蔽されていた視界も回復すると、私は直ぐに周囲を確認する。
するとどうやら母親に触れた直後、流れ込み始めた膨大な糧の圧力に因ってその場に居合わせた者達は皆弾き飛ばされて意識を失っていたらしく、この小屋に居た者の内変わり果てた母子を除いた全員が小屋の壁際に転がっており、その中で意識を取り戻した妹だけが四つん這いの姿勢で肉塊の方を向いたまま固まっている。
良く見ると無事な姿をしていたのは妹のみで、術者は骨と皮だけの皺塗れの顔を苦悶に歪ませており着衣の上からでも判る程に痩せ細った姿となって絶命していて、奇形児達に至っては裾から見える四肢は完全に樹木化した上に枯死しており恐らくそれは全身に及んでいると思われた。
この状態から推測すると、彼等はあの糧の大量流入の際にその流れに巻き込まれて自分達の生命力を吸い取られたのではないか、そう思わせる死に様だった。
そんな中でも妹だけが無事に生き残っていて且つこの事態を引き起こした要因であった点を踏まえると、妹こそが母親を救うべく私を呼び寄せた召喚者だったのは最早明白だ。
妹の絶叫直後から私への糧の供給が絶たれている点もそれを裏付けるものだが、この期に及んでも幼い召喚者は私を認識する事すら出来ないらしく、只管絶叫し続けるばかりでこちらを気にする素振りすら無い。
いや、どちらかと言えば私を認識出来ないと言うよりは受け入れ難い現実を拒絶し続けるので精一杯で、例え私を感知する事が出来る状態であったとしても今はそれに意識を向ける余裕も無いのかも知れない。
叫び続ける妹から目を離し再び寝台へと視線を向けると、妹の覚醒に因って途切れた糧の供給がこの母子の死を意味していたらしく、生命活動を停止した腫瘍の塊は徐々に萎縮し始めていた。
完全に状況を把握出来た訳では無いが恐らくこれは最悪の形で結末を迎えたのではないか、そう思えて仕方が無い。
それを裏付ける様にこれまでずっと周囲に満たされていた糧が徐々に薄れ出しており、これまで一度として無かった糧の枯渇に因る渇望を感じ始めていたからだ。
そんな誰しもが望まぬ終焉を迎える中で、私はこの様な結果に至った原因を考えずにはいられなかった。
そもそも私が儀式の場に現れながら認識もされなければ儀式の遂行自体に全く必要とされていなかったのは、彼等が召喚者ではなかったからだ。
不要な筈の私を実際に召喚していたのは本来その技能を体得していなかった妹であり、そういった技術や知識を有していないにも関わらず召喚出来たのは一際輝いていた魂からして類稀な資質を秘めていたからなのは間違いなく、その資質は血筋から来ていた可能性が高い。
姉妹の母親を儀式の対象としていたのもあの血統に何かしらの関連があったが故の選択であれば筋が通るし、確証を得る事が出来ずに終わった姉の行動にも説明がつく。
そこに目を付けて母親を蘇らせようとこの儀式を執り行わさせていたであろう商人も、未だ幼い妹の方にそれ程の力があるとは想定しておらず侮っていた為にあの様な雑な扱いをしていたのであろうが、それは最もそういった事に聡い筈の老術師達すら気づかなかったのだから致し方なかったとも言える。
当人を含めて誰しもが危惧していなかったが故に、その意志に反して仮初ながらも昏睡状態で生存していた母親を化物として蘇らせた挙句、その悍ましい姿を目にした事で結果的に死に至らしめると言う取り返しのつかない事態を引き起こし、結局のところ妹は最愛の母親を救いたいと望んでいたのに悉く願望とは真逆の結果を招いた事になる。
この要因は言うまでもなく、妹に糧の力を発動させる素質こそあったが制御する能力までは無かった事に尽きるが、誰一人として望まぬ破綻を齎すのに期せずして助力したのが図らずも他ならぬ私だったと言う訳だ。
訳も判らず為す術が無かったとは言えこの様な形での幕引きに自責の念を覚えるものの、その一方で私の意思では全く干渉する事が出来ずどうにもならない事象だったとすると、元よりこうなる事が運命付けられていたのではないのだろうかと、神たる者が語るには本末転倒な弁明も脳裏に過る。
何れにしても結果はどうであれもう召喚目的は消滅してしまったのだから、用済みとなったその手段たる媒体として召喚されていた私が消えるのは時間の問題であろう。
このまま消滅するのは致し方無いのだがそれでもひとつ悔やまれるのは、姉の方は結局どうなったのか判らず仕舞いであった事だ。
若しかすると姉は非常事態になれば何らかの秘められていた力を発動するのではと期待していたのもあったのだが、この場に及んでも尚そういった変異は起きなかった。
魂の輝きは妹には劣るがそれでも他者よりは強かった筈だが、これは私の見込み違いで姉は単なる障害者でしかなかったのか、それともそういった類の能力ではなかったのか。
或いは私がここに囚われている為に音信不通となっていて判らないだけで、実は私が感知出来ない離れた場所から何らかの力を行使していたのか。
その点を疑い始めると、この事態は全く別の見方が出て来る。
若し姉が妹と母親との接触時の現象に関与しているとすると、これは何かが起こる事が判っていて妹を母親の下へと嗾けた意図的な企みであったかも知れないと言う疑念だ。
まあそれは老術師すら見抜けなかった妹の潜在能力を見抜く力が姉にあり、それが私の存在を通じて発動させる事が出来ると知れたならと言う条件付きではある。
仮にこの仮説が正しかったとすると、姉は何を願ってそれを仕掛けたのか。
妹と同じく母親の治癒と復活を信じて仕損じたのか、それともあらゆる者達に失望を齎すこの結末だったのか。
こればかりは姉本人に尋ねなければ判り様も無いが、私にはもうその時間は残されていない様だ。
遂に精神的な限界に達したのであろう、妹の悲鳴が唐突に止まると共に意識を失って倒れ、その後を追う様に糧が尽きた私の器も薄らぎ意識を失った。




