第二十六章 光の聖女 其の三
変更履歴
「おお、やっと現れたか、待ち侘びたぞ我が盟友よ、良いか? 落ち着いて聞くのじゃぞ?
これまでの努力が遂に実り、ようやっと事が進み始めたのじゃ!
例の金貨集めやペテン師共への対処が思う様に進まない事に痺れを切らして、とうとう侏儒めがお主を『振り子の悪魔』へと引き合わせる指示を出しおったのよ。
あの小心者の小男にしては随分と博打に出たものじゃと褒めてやらんとなあ、じゃがそれは既に失態なのじゃがな。
これで漸く計画が動き始めるわい、全ては儂の周到な根回しの賜物よのう、ホッホッホー!」
いつもの様に『深遠なる叡智』で椅子の背凭れに止まった銀木菟の姿で現われた“ロゴス”は、これまでに無い程の興奮した様子で両翼をばたつかせつつ、計画遂行の為の第一歩を踏み出した事を告げた。
そして何よりも先に言いたかった話を語り終えると多少は落ち着きを取り戻し、詳細についての説明を始めた。
「直にお主の所に『振り子の悪魔』への元へと連行すべく使いの獣が現れる筈じゃ。
そうしたら、その求めに応じて彼奴の下へと向かうが良い。
そして彼奴と対面したら、その時は先ず初めに彼奴をこの名で呼べ、『事変の傍観者』とな。
その名を聞けば彼奴は全てを理解するじゃろう、お主に細かい事を訊いては来ない筈じゃ。
こちらが求める助力の方法なんぞ、あの小賢しい悪魔からすれば百も承知なのじゃからのう。
後はあの胸糞悪い彼奴の口車に乗せられて戸惑う事無く、お主は終始その意思を貫きさえすれば良い。
今の勅使であるお主が自らの意思で儂に加担している事実こそが重要なのじゃ、そこさえ揺るがなければこの折衝は成功する。
良いな? 決して彼奴の妄言に篭絡されるでないぞ?」
風切り羽根でこちらへと指差す様な仕草をしつつそう語り終えた銀木菟は、一度軽く宙に舞い上がってから再び椅子の背凭れに止まり直すと、改まった様子で再び嘴を開いた。
「さてと、これで最重要課題は説明し終えた。
後は瑣末な事柄ではあるが、お主の知的探究心を満たしてやるべく、今回の召喚について補足的な内容を語っておこうか。
先ずはあの国の概略についてじゃが、あれはあの世界の歴史上最も大きな影響力を誇った宗教国家じゃ。
世界の半分を領土とし数多の国々を属国として傘下に治めるこの宗主国の名目上の統治者は皇帝であったが、実際に支配していたのは教会権力の中枢たる枢機卿団じゃった。
神の代弁者たる聖女の神託を聞く権限を有する枢機卿達とその長を務める教皇がこの大帝国の実権を掌握しており、国全体に関わる神託の場合は教皇から皇帝へと進言し、各地方単位の神託はその領地を管轄する枢機卿が該当教区の大司教へと通達しその指示を大司教が統治者へと告げていた。
枢機卿団の権限はそれだけではなく皇帝や各地の属国の王達に対する任命権も有しており、教会権力が国政に関わる全ての権限を握っておったと言っても過言ではない。
この様に聖職者が圧倒的な権力を持つに至った理由は言うまでもなく『光の聖女』の力に因るものであり、具現化する奇跡を背景としたこの宗教は長きに渡り世界で最も広く普及していた程じゃ。
そんなこの国教の宗教観は“アイテール”を唯一絶対の存在として崇拝する一神教で、その他の異教の神々は全て過った存在でありその教えは邪教として否定する。
そして“アイテール”に選ばれた者達である『選ばれし民』こそが唯一の正しき人間であるとしている。
であるから邪教を広める異教徒達を滅ぼす事は神の意志に基づく正しき行いであり、これこそ“アイテール”が民へと与えた試練であるとされる。
故に目指すところは、邪教を信ずる悪しき魂を持つ人間を淘汰し善なる魂を持つ『選ばれし民』だけでこの地上を満たす事となる。
伝承に因ると、ある日“アイテール”が老人の姿で現れ、その地に住む者達を『選ばれし民』とし歩むべき道を示した後に『光の聖女』を授けた、これを宣告の日と云う。
それ以降『光の聖女』が神に代わって民を導いており、観測者であり審判者でもある“アイテール”はその様子を黙って眺め続けているとされる。
そしていつか“アイテール”が民の功績を認めた時、日の出と共に嘗て降臨したとされる丘で聖女から生まれる最初にして最後の男の赤子として再臨する、これが救済の日じゃ。
産まれると直ぐに赤子から少年へと成長し、先ず最初に眠れる死者の魂を呼び起すと神の国へと送り、その後青年にまで成長すると民へと呼び掛けて肉体から魂を解放し、全ての生者の魂と共に現世を離れて神の国へと旅立つ。
神の国では全ての者に永遠の至福を与えるとされており、生者死者問わず『選ばれし民』は皆“アイテール”の再臨に因って幸福が約束される。
この宗教では魂を持つ生き物は生まれた時点でどの様な性なのか予め決められており、常にその個々の定めに則ってそれぞれが行動するとされている。
魂の有無については血の色に因り区分けされており、赤い血を持つ生物だけが個別の魂を持つとされ、その他の生物は神に定められた本能のみに従い個体としての意思は無く生きていると定義する。
この考え方は魂とは本来赤色であるとされている点と、肉体に流れる血液として各々の生物の体内に具現化しているとする考えから来ている。
また魂である血は、肉体から流れ出てしまうと黒ずみ凝固してその性質を失ってしまう。
故に肉体は血を魂として留める事が出来る唯一の器であり、器たる肉体もまた血で満たされていなければ生存状態を維持する事が出来ない為、両者は共依存の関係にあるとも言える。
病や傷で大量の血を失えば魂が希薄となりやがて死に至るのはその為であり、その魂を全身に満たしている心臓が止まる事が死であるとも定めておる。
なので弔う際も遺体から血を流さずそのままの姿で大地に埋葬する事で、死者の魂は保持される。
大地に埋葬された骸は時と共に消滅するが、残された体内の血が心臓へと集まり凝縮し、魂の石と呼ばれる小さな石へと変化する。
この状態へと変化した魂は、解放のその日まで眠り続ける事が出来る様になる。
この魂の石は通常の人間が見ても普通の小石と区別がつかず、それを見分ける事が可能なのは“アイテール”と『光の聖女』のみで、“アイテール”が魂を解放するか聖女が触れると赤く輝くとされておる。
逆に罪人や生贄の処刑等の様にその魂を消滅させる必要がある場合は、首や四肢を切り裂き全身から血を流させて失血死させた後に骸を河に棄てたり、逆に切り裂いた骸を水に浸して血を洗い流した後に骸を処分する。
こうする事で魂の拠り所たる血は希釈され四散した上に心臓から遠のけられ、魂は完全に消え失せると言う訳じゃ。
この宗教を信奉する、文字通り神の選民たる『選ばれし民』の定義は、時代に因って変動している。
初期は純粋に“アイテール”の降臨した際其処にいた集落の者のみであったが、次第に異教からの改宗希望者も受け入れる様になる。
その条件は神への献身に因る貢献であり、資産の献上や兵役の参加や異教徒の討伐等を要求された。
この様に入信に関しては時代の経過と共に緩和されたが、その一方で異教への改宗や棄教等の背教行為は当初から代わる事無く、如何なる理由であろうとも例外なく死刑であった。
この国に於ける死刑とは人身供儀であり、この様な“アイテール”へと捧げられていた生贄の大半は、敗戦国から連行して来た異教徒達で占められていた。
そうした者達を毎日聖地の丘にて供物として処刑しその命を神へと捧げていた訳じゃが、これは『選ばれし民』が主の言葉に従っている忠誠の証として行っていた行為であった。
その数は夥しく途切れる事無く毎日毎分毎に処刑が行なわれ、王都を中心に六方へと伸びる大街道には処刑の順番を待つ生贄の大行列が地平線の彼方まで続いたと云う。
各戦地から連行された生贄は、死者の門と呼ばれる生贄専用の扉を通り長い階段を下りた先に続く死者の道と言う地下道を経て、王都中心部にある処刑場のある丘へと到達しそこで一人ずつ順番に処刑される。
処刑方法は四肢と首の切断であり、これは先程語った通り魂の根源たる血と心臓を別つ為じゃ。
解体された骸は丘の下まで運ばれると死者の道に並走する赤い河と呼ばれる地下水路に投げ込まれ、水流に乗った骸は生贄達とは逆方向となる王都の外へ向かって流れて行き、最後は王都の脇を流れる大河へと流れ出て遺棄される。
お主が漠然と感じていた糧の供給源は、この生贄共の魂であったのじゃろう。
この様に聖女と言う実在する神の力を背景とした絶対的な支配力で勢力を拡大したが、どれ程強大な国であってもいつか必ず衰え滅ぶもので、この帝国の場合はあまりにも肥大化した事自体が滅亡の原因となったと言えよう。
どういう事かと言うと、あまりにも広がり過ぎた戦線や領土に対して聖女の神託が追い着かず戦争の長期化や敗戦が相次ぐ様になり、“アイテール”や聖女の権威に翳りが生じ始めたのじゃ。
するとこれまでは殆んど表立っていなかった、現行の政府の在り方を否定する改革派が本国から遠方にある辺境地域で活動を始めた。
その者達はこの国で生き残る為に改宗に応じただけの無神論者や、元から強い信仰心を持ち合わせていない文化圏の改宗者達だった。
現行派はそれを異端として弾圧を始めるものの、聖女の力が行き届いていた時代であれば速やかに排除出来ていたのだがそう上手くは行かず、その数は増加の一途を辿る。
そして遂に国境に近い領地で改革派に因る大規模な暴動が発生、それに領主が呼応する形で属国が離反を表明し内戦状態に陥る。
改革派はこれを宗教革命であると標榜し新興国として独立宣言すると、他の辺境地域でも同様の蜂起が相次いで発生し、次第に領内中心部へと戦火が拡大してゆく。
現行派勢力と改革派勢力とで国を二分し全土に波及した革命戦争は双方共に甚大な被害を齎し、半数以上の民が死に国土は荒廃した。
そして最後は異教徒の周辺国からなる連合軍から侵略を受けてどちらも滅亡に至っておる。
こうして国家としては滅んだが、宗教の方は解釈を変えたり異教と融合したりして変化しながら各地に根付き、その中の幾つかは別の宗教として姿を変え又しても対立してゆく事になるのじゃが、まあこの辺りは更に数世紀も経過した後の話じゃ。
さてお次は細かい所で、あの場所に関する補足をしようかのう。
聖女の女やお主が居た建物は水晶宮と言う名の社で、“アイテール”が神話の時代に降臨し再臨する聖地とされる高台にある丘の頂に建てられた。
外観は立方体の形状をした高床式の建造物で、建物を支える支柱は銀で出来ておりそれは宛ら宙に浮かんでいる様であった。
外壁は表面に複雑な彫刻を施された分厚い硝子で覆われ、それが太陽光を乱反射させ日中は常に光り輝いており、その姿は民が住む街のある麓からでも目視出来た。
内部はお主も見た通り天井も床も壁も扉も全てが硝子で作られておるが、内壁に用いられた硝子は透明度が低いのと聖女が生活する区画は中心部に位置している事から、外から内部の様子が透けて見える事は無い。
建物の正面中央には地上と繋がる長い階段があり、一見するとこれが正式な出入り口に見えるがそうではない。
この階段を上った所には啓示の間へと続く大扉がありその扉の奥は神託の際に使われる部屋なのじゃが、そこは少々特殊な構造をしておって、室内の中央部分で透明度の高い硝子に因って二分されそれぞれの区画に出入り口が設けられておった。
これは儀式を行う際に、水晶宮内の住人と外部の人間が硝子に隔てられた状態で執り行う為の仕組みじゃな。
真の出入り口は建物の床面にある落とし戸で、人の出入りや物資の搬入出は全てそこから行なわれた。
だがこの落とし戸には梯子や階段等は常設されておらず、扉へ到達するには真下に設置されていた昇降機を動かさなければならない。
更に内外共に閂が備え付けられており、両側共に開錠しなければ開かない仕組みになっておった。
これは敵勢力がこの地まで攻め入った際でも侵入を拒むと共に、内部からの脱走をも阻止すると言う意味合いもあった。
こうした点からしてこの建物は、崇拝する神に準ずる存在の住まう聖域と言うよりは近寄り難い怪物を隔絶して管理する為の牢獄と表現した方が正しいじゃろう。
“アイテール”は聖女が最後に産む男の赤子として再臨すると言う伝承の観点からも、その機会を逃さぬ為にも一つ所に留めておきたかったのもあろうな。
水晶宮には聖女以外にも、聖女の身の回りの世話を行なう為に十人前後の宮女達が生活しておった。
宮女は一度水晶宮に入れば死ぬまで出る事は許されず、聖女が出産し世代交代した際には死後の世話役として年嵩の者達から順に半数が殉死する。
この様な人身御供以外にも事故や病等で死に欠員が出ると、新たな宮女が水晶宮へと補充される。
宮女に選ばれる娘達は生まれた時点で選別され外界とは隔離された場所で育てられており、そこで宮女としての教育を施される。
人間の中で唯一聖女に接する事が出来る存在であった宮女だが対話については一切許されておらず、身の回りの世話を行なう際も全て直接聖女と接する事の無い様に形式化されており、その姿を直視する事や身体に触れる事すら禁じられていた。
なので宮女達は直視を避ける為の目元を覆う面紗と、接触を避ける為の手袋を身に着けておった。
その様な見え辛い状況でも決して聖女の姿を見誤る事のない様に、全て純白で統一された聖女の装束に対して宮女達の衣服は全て黒一色であった点も、単に見分け易くする為だけでなく、決して相容れぬ光と影の様な立場である事を示していたのかも知れん。
聖女に唯一言葉を掛ける事が許されていたのは、神託を聞く為に訪れる枢機卿団の者達のみじゃ。
彼等は定められた日時に水晶宮へと赴き、内部と隔絶された啓示の間にて硝子越しの聖女に謁見し、“アイテール”より賜った未来視の内容を告げられる。
その際の応対についても形式が事細かに決められており、枢機卿達は正装として緋色の法衣を纏い目深な頭巾を被ったままに殆んど平伏した姿勢で告げられる言葉を聞くだけで、頭を上げて聖女の姿を目にする事すらしない。
これ程までに聖女を避けたのには穢れと言う概念が根底にある。
そもそも“アイテール”とはその姿も見えなければ声も発さず近づく事すら叶わぬ存在であり、そこからそうした行為を試みたり望んだりする事は魂が穢れ『選ばれし民』としての資質を失うと信じられていた。
更に一旦穢れると時と共に悪化し度合いを増せば他者にも伝播するとされており、対処するには穢れた者をいち早く排除しなければならないとされていた。
これは元々単に教義に忠実ではない不心得者を咎める為のものであったが、『光の聖女』の容姿の変貌を期にこの解釈が大きく変わった。
民は聖女がより神へと近い存在になったと見做し、それに伴い聖女と関わる者の魂は皆穢れてしまうと考える様になったのじゃ。
その為の対策としてそれまでは共に暮らしていた聖女を隔離し、枢機卿達は直接関わらない様に儀式のやり方を改め、どうあっても関わる事で穢れてしまう者達を限定すべく宮女の制度を作り出し、健全な民にまで穢れを伝播させない様に配慮した。
こうした経緯に因って聖女は水晶宮と言う軟禁施設へと罪人の様に囚われる事になった訳じゃ。
そんな国の趨勢に合わせて翻弄され続けた哀れな存在とも言える『光の聖女』は、お主の予想の通り儂等と同類ではない。
あの外見に囚われてしまうと、あれの本質を神や半神の類と見誤る事になる。
聖女の正体を一言で言うならば神の力を人間の肉体に込めた生ける神器じゃ、つまり超自然の力を封じた装飾品や道具と大して変わらん。
只それが人間を元にしておったから、人の姿形をして喋り動いていただけの事じゃよ。
その証拠に“アイテール”が不在でお主が現れている状況であっても回復能力は機能していたじゃろう? それはあれ自体に施された特質だったからじゃ。
そもそも“アイテール”が何故あの民を選んだのかと言うと、それには相応の理由がある。
元々この民の長をしていた氏族が代々祈祷師の家系であったと、この国の前史を記した古文書にも記載が残っておる。
その様な者達は、先天的に神の力を受ける媒体として優れた親和性を有する。
特に初代聖女を産む原初の聖母に選んだ長の娘の予言の力は突出しており、そこに“アイテール”は目をつけたのじゃろうて。
さてここからはお主の体験と断片的な記録から検証した仮説になるが、あれに付与されていた様々な能力は、恐らく命を凝縮する事で実現していたのじゃろうな。
本来はもっと複雑な話なのじゃが要点を説明すると、仮に五十年の寿命を持つ人間の生存期間を五年に圧縮する事で、その者の身体能力は十倍に上がると言う仕組みじゃよ。
これに因って聖女には人並み外れた驚異的な治癒や成長の能力と未来予知の力が与えられたが、その代償として短命の宿命を負うと共に脳にも影響を及ぼしていた。
通常の人間は自身が見聞きした過去を思い出す力を持っており、これは表現を変えると一定の過去まで見通す力があるとも言える。
この誰しもが持つ過去視の能力もまた拡張された結果、己の過去以上の記憶を手繰れる力を得たのではないかと考えられる。
だが過去視の能力を得たとしても、手繰るべき記憶が無ければ手繰りようもない。
何故脳を移植した訳でも無いのに前世以前の記憶が踏襲されているのかについては、継承され続ける“アイテール”の存在が影響しているのじゃろうて。
次世代の宿主となる胎児を形作る際に現状保持している力を継承させている筈で、その時に意図せず“アイテール”の持つ歴代の聖女の記憶までもが取り込まれておるのではなかろうかのう。
この副作用に因って聖女にこれまでの歴史的経緯を知る機会を与えてしまう事となる。
そしてそれは“アイテール”であった者にとって己の企みを悟られる危険を孕んでおった。
それ故に聖女の過去視の力を封じていたのじゃが、宿主を代える妊娠期間だけは自身の力が弱まってしまい過去視の封印も外れてしまう。
その問題を改善すべく胎児として生成される期間を極力短くし、本来の人間の胎児であれば十ヶ月を要するところを一ヶ月まで短縮していた。
更に誕生してから成人の肉体になるまで十数年掛かるところを僅か一年で成長させていた意図については、いち早く生殖能力を確立させたかったからじゃな。
この聖女というものを生物学的観点で見ると、単為生殖に因りひとつの個体しか産生出来ない極めて繁殖力の低い生物であり、言ってしまえば決して個体数の増えない固有種とも言える。
であるから、個体の生存に著しい問題が発生した場合の対処法が次の世代の個体を産生する以外に無く、この観点で捉えても未成熟な期間を減少させていたのは理に叶っていたと言えよう。
そんな問題点がありながらも単為生殖に拘っていたのは、原初の聖母の優れた素質を劣化させない様にする為であったのだが、そこで思わぬ誤算が生じた。
媒体として適正の高い個体を単為生殖し続ければ、その性質は全て継承され衰えない筈だったのだがそうはならず、聖女は代を継承するに連れて初代の持っていた予知能力の資質が弱まっていったのじゃ。
その事態に対応すべく更なる短命化に因る力の増強を図り、圧縮した寿命分の増幅率で以って損失を補う形で対処し続けた。
その結果、早急な変質の副作用に因り聖女の容姿をあの様に変貌させるに至り、それが聖女と民の間の軋轢となっても構わず続けられた。
だが遂に原初の聖母の素質が完全に失われた世代が誕生してしまい、聖女の予知能力は完全に失われた。
かなり憶測が含まれてはおるが、これが『光の聖女』の顛末なのではないかのう。
それにしても、只の道具でありながらあれ程までに自由な生き様に執着し、その妄執の末に終いには気が触れてしまうとは。
いや、寧ろ逆にあれが既に人でもなければ完全に物にもなり切れぬ、中途半端な存在であるが故に辿った末路なのかのう。
それとも急激な変容が齎した副作用のひとつであったのかも知れん。
何れにせよ、やはり人間なんて面倒なものを素材として利用しておるから、あの様な事になってしまうのではないかのう。
因みに術者にその素材に対する資質や技術さえあれば実のところ何にでも込める事が可能で、そういう意味では超自然的力の付与対象とする物体に制限は無い。
だがその形状や状態の保持力がより高い物体にした方がより長く保てる点を考慮し、比較的変化し辛く壊れにくい物が多く選ばれる傾向がある。
故にその多くが宝飾品や武具等となっておる訳じゃが、しかしながら“アイテール”が選んだのは、そこを敢えての人間だったと言う事じゃ。
或る意味今回の一件は、人間を利用する危険性が露呈した結果とも言える。
これは若しかすると今後の儂等の計画にも応用出来るかも知れんぞ。
何せ儂等の宿敵である侏儒めも“アイテール”と同様、人間を素材とする術を得意としておるからのう。
どちらも己の我欲を満たすべく消費しておるが、その扱い方に関してはほぼ真逆と言っても良いじゃろう。
侏儒めは人間を純粋に素材としか捉えておらんのに対し、“アイテール”はその生態を崩す事無く利用しているのじゃから。
その結果が、片や世界を滅ぼした悪神であり、片や民を導く救世主と言う訳じゃな。
だが人を人として扱わぬ侏儒めの方が今回の様に足元を掬われる可能性は低いじゃろうから、彼奴の方がより狡猾と言えなくもない。
それも踏まえた上で、今後の教訓として記憶に留めておくべきじゃな。
今回の召喚の要因であった聖女の女には色々と驚かされたが、やはりあれを作り出した“アイテール”こそ最も興味深い。
より正確に表現するなら“アイテール”としてこの企みを行なっていた者と言うべきかのう。
その者が件のペテン師だったのではないかとの疑いがあっての召喚じゃったが、一切の痕跡を残しておらんので残念ながら探る術も無い。
じゃが其奴は侏儒めと同じく、地上に己の存在を永続させんと画策していたのは間違いあるまい。
その手法は人間の女を器として利用し、そのままでは長くは持たない肉体を神の力に耐え得るものへと作り替える事じゃった。
処女受胎に因る単一生殖で神の力との融合と生成を繰り返し、長い時間を掛けて聖女の身体を純然たる神を生む器へと変質させる手法で目的を達成せんとした。
そして最終的には完全なる器が生成可能となった時に男の赤子を誕生させ、改めて現人神として君臨する心算であったに違いあるまい。
じゃがこれは人間の遺伝的進化能力に依存した品種改良の様なもので、成果が出るまでに途轍もなく膨大な時間を要する。
言ってみれば一粒の種から巨木を育てる様な気が遠くなる作業じゃな。
“アイテール”であった者はこの遠大な計画を遂行するに当たり、周到な準備を施していた。
己を絶対的な神であると信じさせる『選ばれし民』への洗脳や、成果物となる『光の聖女』の偶像化じゃ。
それらは概ね成功していたが、求心力の要としていた聖女の予知能力に衰えが生じ、その事態に対処し切れなくなり全てを放棄して逃亡した。
完全に聖女が力を失うまで立て直そうと足掻いていたとすれば、“アイテール”であった者は忍耐力と知恵はある様じゃが大した力は持ってはいまい。
若しここまでのお膳立てが容易く出来る程の能力があれば、予知能力が衰え始めた段階で即座に見限っている筈じゃからのう。
そうして“アイテール”が見棄てたところにお主が呼び出され、あの出来損ないに引導を渡す事になった訳じゃな。
おっと、その様な言い方をするとお主は無駄に思い悩みそうじゃから、もう一言だけ付け加えておこう。
歴史とは常に結果こそが唯一無二の真実であり、それ以外の展開などは在り得ないのじゃよ。
故にどの様な状況であっても全てを受け入れ、確定した過去に対して余計な推測はすべきではない。
そんな不毛な事よりも、お主には遥かに重要な考え事があるじゃろう?
おや、そろそろ時間切れの様じゃ。
次に会う時は『振り子の悪魔』との対面は済んでいる事じゃろう、朗報を期待しておるぞ。
良いな? 今一度言っておくぞ、決して彼奴の口車に乗せられるでないぞ?
己が意志を強く持ち、惑わされて己を見失うでないぞ!
彼奴の言葉に耳を貸すでないぞ!」
こうして今回の夢は終わり、私は目覚めた。
今回の召喚は、多くを考えさせられる内容であったと言わざるを得ないものとなった。
召喚者の要望に応じられないばかりか、私の対応の不手際に因り破滅的な結果を招いたのも否めない事実だ。
こうした失態は常に覚悟している心算ではあったが、ここまで露骨に現れてしまうと悔やまずにはいられない。
私が上手く立ち回っていさえすれば聖女は考え直していたのかも知れないが、あの急場では見知らぬ神を演じるのはほぼ不可能だった。
それに仮に騙しきれたとしても、“ロゴス”の推測通りなら本物の“アイテール”は既に姿を消しているのだから、あの聖女の死後も『光の聖女』は無力なままに継承し続ける事になる。
それなら聖女の望んだ自由を与えられたならとも思うが、ひとつの世界に閉じた神の器では全く力不足なのは言うまでもなく、実現の可能性は全く無かった。
この状況ではどう考えても私が召喚された時点で既に手遅れであり、あの結末は起こるべくして起きたのだと納得するしかない。
どれだけ様々な可能性を仮定し推察しようとも、結局導かれる結論は常に変わらないのだ。
これでは正に“ロゴス”の忠告通り、単なる時間の浪費だと自嘲し思考を切り替える。
彼の話に因れば、近日中にも『振り子の悪魔』との対談が行なわれる事になる。
大抵の相手を軽んずる銀木菟があれ程までに忠告を繰り返す相手となると、只者ではないのだろう。
結局“嘶くロバ”にも騙され続けていた程度の洞察力しか持ち合わせていない事を考えると不安が過るものの、精々語られる言葉に気をつける以外に手立ては無く、後はその日が来るまで待つだけだ。
そう結論づけると、私は寝床から身体を起こしたのだった。




