トリしゃん
「とりしゃん、だいしゅきー」
いつもの昼時。いつもの大六畳間。
本日の昼食はチキンステーキ。鶏のモモ肉、丸々一枚は、ろとにはちょっと多すぎるかなー、と思ったが。
ぱくぱくとご機嫌で食べているので、一枚、ぺろりと、そのかわいい胃袋に収まってしまいそう。
よかった。テレビの3分間クッキングでやっていたので、慌てて作りかたをメモって(そのあいだに俺のキャラは惨殺されていたが)、今日の昼食に作ってみたわけであるが……。
よし。レパートリーに加えよう。
俺はもともと料理が得意なわけでもなく、かろうじて自炊の真似事をしていたようなレベルだったので、作れる料理の種類は限られている。
いま、ろと(と、ろとまま)を食わせるために、頑張って修行中の身である。およそ週に一品ずつレパートリーは増えつつあるので、何年かしたら、結構すごいことになっているのではないだろうか。
ろとままは、ご飯をたかりに来ることが多い。
俺たちのアパートの一室に住み着いて、ろとままは、近くの職場(?)に通っている。
仕事はなにしているのか、よくわからない。
どうも話をきくからには、なんか難しいことを研究しているっぽい。「今日は大学の講義がないので」とか言って、昼飯をたかりにやって来ていたりしているから……。
まさかとは思うが、大学で「教授」をやっていて、教えていたり……?
ははは。まさかな。想像できん。
「とりしゃん。おいしいよ。とりしゃん。とれぼー、たべないの?」
「ああ。食べるぞー」
ろとに言われて、俺も箸を持った。
ソテーした鶏モモ肉に箸をつけようとして――。
ふと――。
「そういえば、ろと、知ってっかー?」
「ふぁーひー?」
口の中いっぱいにして、ろとが言う。
これはきっと「なーにー?」と言っているのに違いない。〝ろと学〟の第一人者である俺が言うのだから間違いはない。
こっちを向いたまま、ろとは、もぐもぐとやっている。鶏肉をおいしそうに食べている。
ろとは以前、シャケの切り身――朝食でよく見かける〝あの物体〟が、あの〝切り身〟の形のままで、海の中を泳いでいるものだと思いこんでいたのだ。
ろと、くっそかわいい。テラオカス。
――じゃなくて。
ろとの、いかにも、ろとらしい、かわいいエピソードであった。
そして――。
シャケの切り身が、そういう生き物なのだと思っていたのなら――。
ひょっとして、鶏のモモ肉というものも、そう思っているのではないだろうか――?
「なー、ろと、ニワトリって、知ってっか?」
「うふー、ひっひぇふよほー」
知ってるらしい。
「コケコッコー、って鳴いて、白くって、二本の足で歩いて、トサカが赤いやつだぞ?」
「めひゅふふぁ、あふぁふふぁいふぉー」
なに? メスは赤くないのか。そうか。知らんかった。
まあそれはいいとして――。
「いま食ってるトリしゃんのモモ肉ってなー、そのニワトリなんだぞー? 知ってたかー?」
ニワトリを知ってるなら、さすがに知ってるのだろうと思って、そう言ったら――。
ぴたっ。
――ろとの動きが、止まった。
おや?
「それ。ニワトリしゃんな。足のとこな」
俺はそう言った。
ろとは、俺のほうを見ながら、もぐもぐ、ごっくんとやって――。
それから――。
「えええええええーーっ!?」
ろと大声をあげて、大騒ぎしていた。
あー、やっぱりなー。
ろとだしなー。
そっちだったかー。
「と、と、と、……トリしゃん? ……って、ニワトリしゃん?」
「そうだぞ。トリしゃんはニワトリしゃんだぞ」
俺は〝ろと語〟を使って、そう説明した。
ろと語における〝トリしゃん〟というのは、きっと、現代語でいうところの〝鶏のモモ肉〟のことなのだろう。
「じゃ、じゃあ……、ぼ、ぼく……、ニワトリしゃん……、たべてたの?」
「そうだな。トリしゃんはニワトリしゃんだから、ニワトリしゃんを食べてたことになるな」
「そ、そっか……」
ろとは目の前の、チキンステーキ(残り半分)に、手を合わせると――拝んだ。
「残りは、どうするんだー? 食べるかー?」
「う、うん……」
ろとは箸を手にするが……。
「だ、だめー! なんか……、たべられないよー!」
すぐにギブアップ。
「そうかー」
俺は、ろとの皿に箸を伸ばした。
ひょいぱく。ひょいぱく。ろとが食べるのは、いつも半人前だから、じつはこれでちょうどいい。
「とれぼーが、へんなこというからだよー」
「悪い悪い。……でもほんとのことなんだぞ?」
ろとは、ぷう、と、ほっぺたを膨らました。
「いいもん。お野菜たべるもん」
つけあわせのニンジンを、箸の先でぶっ刺して、口元へと運ぶ、ろとに――。
俺は――。
「そのニンジンなんだが」
「ぴゃっ!」
ろとが動きを止める。
「ニンジンという野菜はな。畑に生えているものなんだが。じつは〝人型〟をしていてだな。土から引き抜くときに〝ぎゃー〟と絶叫するんだ。その声を聞くと生き物は死んでしまうので、犬に紐を引かせたりするそうだ」
「ひいぃぃぃぃ!」
ろとは顔を両手で押さえて、〝ムンクの叫び〟のポーズ。
「うそだよー! うそー! とれぼー! うそきんしー!」
「さて。どうだろうな。俺は嘘を言っているのかもしれないし。そうでないのかもしれないな」
なんか面白くなってきてしまった。
キンピラゴボウの鉢を、箸先で示して――。
「あとそっちの鉢に入っているゴボウだが――」
ろとは言う前から、「びくう!」としている。
わはははは。
◇
調子に乗って、あれもこれも、じつは! ――とやっていたら、あとで、ろとに叱られた。
ろとは鶏肉が苦手になったりすることもなく、あいかわらず、鶏肉は大好物だった。
〝ニワトリしゃん〟に感謝しつつ、〝お祈り〟をしてから食べるようになった。




