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一つの個体

作者: 竹ノ葉一心

正午に差し掛かる頃、僕ら二人は蓼科湖周辺の標高1200mほどにあるレストランでランチを済ませようとした。埼玉の中央部に住む僕が、彼の長野の実家に訪れたのはたったの二日前で、晴れた今日は最終日である。僕と彼との関係を文字に起こそうという気はさらさらない。


レストラン館内は照明が弱く、冷房は控えめだった。要は、非常に落ち着いた雰囲気と言えた…。僕らが案内されたのは、大きなガラス一面の先に遠くとも、山肌がうかがえるようなテーブル席だった。手前には芝の生えた庭が広がり、木々が並ぶ最高のロケーションである。彼が先に、背景に背を向けるようにして座る。「別に良いよ、譲るよ」と気を遣われてしまった。席に置き方に不満を覚えたのは言うまでもなかった…。


オーダーとして、七品あるなかの主菜を選ぶ。さらに、コーヒーや紅茶、スープなどが飲み放題、サラダやパンが食べ放題だ。これで1900円ということだから、避暑地のレストランの自信は揺らぎないようだ。


食前のアメリカンコーヒーは、胃に活を入れるのにぴったりだ。また、向こうの山々が織り成す安定感が、心に安らぎを添える。


次に、僕らはサラダを盛りつけてくる。僕といえば座ってからドレッシングのかけ忘れに気付いた。何とも気恥ずかしい奴である。


箸でサラダをつまみながら、後ろに目をやる。流るる雲と凪ぐ木々とが調和したのを見、少し眉をひそめる。


僕はそれを一つの個体として見ていたのだろう。この瞬間的な営みでさえ、僕という個体はどうすることもできないと考えた。さらに、ヒトが決して抗えない絶対的な法則を悟った。


例えば君が一人でその中へ踏みいったとしてどうすることができるだろうか。この連続する営みにどのような侵略を行えるのだろうか。火炎放射機を携え、山火事でも起こそうというのか。ヒトが何百人、何千人、何万人とつながってみてようやく、この自然という大器をどうにか出来る。しかし、いざ一人になれば、どうしようもないじゃないか。人類の幾千年と先の未来を考えて、君らが築き上げたものは無為に帰る。


待ちわびたマグロカツ丼がテーブルに置かれたので、それをゆっくり食す。マグロのやわらかさとタルタルソースの風味に舌鼓を打つ…。


全ての自然の成すことに、僕らが行えることはただ従属するだけなのだと思う。だから、一つの個体を越えた物事は実行してはならない。僕らは壺の内の一滴として全うするのである。そして、その恩恵を受ける上では感謝をする必要がある。


僕はコーヒーを一口啜る。

ブラックコーヒーの苦みがこの幸福を締めくくるのであった…

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