ベビーシッター・ロボット(9枚)
お題「3000字以内 超どんでん返しをキメなさい」
ベビーシッター・ロボットのところに現れた9歳の女の子
「何かありましたら、すぐに直接ご連絡いたします。逆にご連絡頂ければ、いつでも対応いたします」
午前中。アパート前の駐車場で、わたしが説明すると、高そうなスーツを見につけた女性は面倒くさそうに頷いた。彼女は横にいた少女をにらんだあと、車に乗り込み、サングラス越しにこちらを見た。
「夕方ごろには戻ってくるわ。沙希、良い子にしてなさいよ」
派手な車が音を立てて発進する。アパート前の駐車場には、7歳の女の子と、わたしだけが取り残された。
サキ、と呼ばれた少女は、わたしの右腕をじっと見つめた。わたしの右腕は銀色のフレームに覆われ、肌が見えなくなっている。サキはつぶやいた。
「ロボット?」
わたしは微笑んで、頷いた。
「ロボットだけど、よろしく、サキちゃん」
ベビーシッターロボットに子どもを預けたい、という需要は結構ある。わたしたちロボットは、ヒトに降りかかる危険を一番に回避するよう作られているし、予測能力も高い。ヒトに預けるよりロボットの方が気楽でいい、という利用者もいる。
サキと共にアパートの階段を上がり、二人でわたしの部屋に入った。サキは緊張しているのか、折りたたみテーブルの前にちょこんと座った。わたしは事務的にトイレの場所を教えたり、暑くないかと尋ねたりした。
サキは首を振った。緊張している、というよりは、おびえているような気がした。彼女はえらく大きなリュックを背負っている。わたしは先ほどの、サキの母親の様子を思い出し、もしかしてと思った。ひょっとしてあの母親はサキをここに置いていくつもりかもしれない。最近起きたそういう事件のことは耳にしている。だがロボットは、基本的に依頼を断ることができない。依頼を決めるのはヒトであるオーナーの仕事だからだ。
わたしがサキにテレビを薦めると、彼女は素直にテレビを見始めた。わたしは遊ぶ必要もないと判断し、洗濯をして昼食の準備をすることにした。普段は料理などしないが、大事な記憶はちゃんと確保してある。わたしはパスタとサラダを作ることに決め、料理の手順を思い起こした。
サキがキッチンを覗いてきた。
「なに作ってるの?」
「サラダよ。サキちゃんって、何かアレルギーとかない?」
わたしはサラダのキュウリを小口切りにしていた。トントンと規則的な音が響く。
「さきもね、おりょうりできるよ」
サキはよたよたと歩いてきて、キュウリが乗ったまな板を覗こうとする。ちょうどわたしが握っている包丁と、彼女の顔が同じ高さなので、わたしは危険度レベルを上げた。
「サキちゃん、危ないから、お部屋にいてね」
「キュウリ、かわいいね」
サキがそう言って、まな板に手を伸ばしたとき。ちょうどわたしが包丁をひっこめようとして、嫌な感触がした。あっと声が聞こえたときには、真っ赤な血の斑点がまな板についていた。
サキは派手に切れた指をぼんやりと見つめ、不思議そうな顔で血にまみれた指を眺めた。やがて我に返ったのか、顔をくしゃくしゃにしてわめき始める。驚いたわたしは居間にすっとび、こんな時のための救急箱を取ってきた。血をふいて絆創膏をていねいに貼る。
「ほら、痛くない、痛くない」
わたしが懸命に笑いかけて彼女の頭を撫でたが、サキはなかなかうなり声を止めなかった。「いたい、いたい」とつぶやくのが聞こえた。
わたしは目を閉じて、頭の中でストレス値――負荷を計算していた。どうして子どもは危険だとわかっていて、手を伸ばしてくるのだろう。こういう経験を積み重ねて刃物の危険性を知る、ということはわかっているのだけれど、理解できない。
サキがようやく落ち着いたころには、昼すぎになっていた。わたしたちは食卓についた。サキはテーブルに並べられた昼食をぼんやりと眺めていたが、やがて首を振った。
「食べたくない」
「お腹、すいてないの?」
「すいてる、すいてない」
「何か、食べられないものがあるのね」
サキは首を振った。わたしはストレスを感じつつ、パスタとサラダを片付けた。料理がもったいないとは思わないが、単純にサキの希望を叶えてやれなかったことに落胆した。親が親だけに、もともと気難しい子なのかもしれない。
陽が傾きかけてきたころに、部屋の掃除を終えた。サキの母親は夕方には戻ってくると言ったが、なんとなくそれはない気がした。それか、わたしがどこかで母親の帰宅を拒否しているのだろうか。そんなことはない。
「サキちゃん」
テーブルで本を読んでいたサキに話しかけると、彼女が腰に絡みついてきた。
「遊んでくれるの?」
「うーん、遊んでも、いいんだけどね」
「やった。おばさんはママより優しい」
「ありがとう。でもわたしはロボットなのよ」
「うそ、そんなふうに見えない」
サキは急に目を見開いて、わたしの手を見つめた。
「おばさん、血が出てるよ」
わたしは自分の指を見つめた。先ほど包丁でついた切り傷から、絆創膏の外へじわじわと赤い血が染み出ていた。その瞬間、わたしは急に痛みを感じ始めた。
おばさん、ヒトだよね。
わたしはサキに言われた気がした。いや、私はロボットのはずだ。さっき思わず自分の手を切ったのだって、サキの手を切る前に、サキに包丁の危険性をわからせるためだ。ロボットはヒトを傷つける前に、自分を傷つけるのだ
そうでなければおかしい。ヒトなら、子どもを愛せなければいけない。他人の子どもならいざ知らず、自分の子どもを愛せない母親など、いるわけがない。かつて私は子育てに疲れ、自分の子どもをぶったこともある。ちゃんとやらないといけないのに、私は全然だめだった。こんなだめな母親がいていいはずがない。私は子どもを愛せないロボットなのだ。
ベビーシッターとして、今まで多くの子どもの世話をしてきたけど、私が本性を現せばきっと子どもを傷つけてしまう。わたしは常に仮面をつけていなければいけない。
気がつくと、私は床に横になっていた。目頭や頬が濡れている。だめだ、ロボットは涙を流さない。私は泣いてはいけない。
サキが不安そうに覗きこんでくる。
「おばさん、ゆび痛いの?」
私は起き上がって首を振った。
「大丈夫よ。……おばさんね、昔、自分の子どもに、酷いことをしてしまったの。だから、自分のことはロボットだと思うようにしてるの」
「うそ、おばさんは優しいよ。さきにもやさしい」
ありがとう、と私は微笑み、サキを抱き寄せた。こんなことをしてはいけないけれど、私は自分の周りの壁が少しだけ剥がれていくのを感じた。自分自身が身に着けた大きな鎧。剥がした自分を見るのがこわい。
だけど、もしサキの母親が戻ってこなかったとしても、なんとかなるかもしれない。
「ありがとう。困ったことがあったら、何でも言ってね」
「さき、ちょっとおなかすいた」彼女は無邪気に答える。
「あれ、じゃあ何でも食べたいもの言って。一緒に買いに行こうか」
サキは拳を握って私を見つめた。
「電気が、ほしい。さき、充電したい!」
私はサキの目を見つめた。私は微笑んで、彼女の頭をなでた。
だから彼女は、親に捨てられたのか。
「……最初から、言ってくれてたら良かったのに」
「ヒミツにしておきなさいって、言われてたから」
サキは恥ずかしそうに笑い、私は彼女の背中をさすった。腰の辺りに、骨とは違う硬い感触を見つけた。つかんだコードはしっとりしていてやわらかく、温かった。
ちょっと伏線がイマイチ…。
そして伏線を張ることも大事だけど、もっと大事なのは回収することだと。
・右腕の金属フレームは、自傷をかくすために自分でつけた
・駐車場からスタート→ロボットに反応する犬を登場させる予定だった
・もっと女性をロボロボさせれば良かった
ご感動等、お気軽にどうぞ。
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