会議直後
長老たちに続き、主だった人々が会議室から出て行った。
ギンビスは待ってましたと立ち上がると、一目散に部屋から飛び出した。
「すいません。すいません」
軽く謝りながら、廊下を歩く人々の間を、超特急で縫うようにすり抜けていく。
「おっと。若い者は元気ですなぁ。ハハハハハ」
後方から年配者の声が聞こえてきたが、ギンビスは気にせず走り続けた。
最終コーナーは目前だ。
あの角を曲がったすぐ先に、目的のゲートがある。
ギンビスは角を曲がり、ラストスパートをかけようとした。
前方に人影が見えた。
その人影――イルトリーリが、ギンビスに向かって「待っていたわよ」とでもいうように満面の笑みを浮かべた。
慌てて急ブレーキをかけたギンビスの上半身が、大きく前のめりになる。
反動を利用して体勢を立て直したギンビスは、くるりと向きを変えた。
しかし、向きを変えたギンビスの目の前に妹・エミリーナが立ちはだかった。
ギンビスはガックリとうなだれると、イルトリーリとエミリーナに前後をはさまれ、屋敷の奥へと連行された。
予想通りだった。
今回こそは逃げ切りたかった。
しかし、ギンビスの願いは無残にも打ち砕かれたのだ。
おそらく、この先に待っているのは、ザルリディア家の恐ろしい魔女たちだ。
会議の内容を事細かに報告させられる。
なぜいつもこういう役回りなのか、ギンビスには分かっていた。
ギンビスが師範魔術師だはないからだ。
普段は、誰の子供だとか、誰の弟子だとか、そういう事をグチャグチャいっているが、ザルリディア家で最も優先されるのは魔術師としての技量だ。
年が若かろうが、傍系だろうがなんだろうが、魔力があれば、技量が優れていれば、真ん中で大きな顔をしても、誰も文句をいう事ができない。
だから、師範魔術師でないギンビスは、何の発言権すらない、ゴミみたいな扱いなのだ。
近頃では、師範魔術師の妹にまで馬鹿にされて足蹴にされているくらいなのだ。
イルトリーリが扉を開けた。
室内にはソファーが円形に並べてあった。
そのソファーの上には、一族の貫録たっぷりのババアもとい、素敵なお姉さまたちが、思い思いのお姿でくつろいでいた。
ギンビスはまるで死刑台に連行される囚人のように、ビクビクしながら、円陣のど真ん中に引き連れられ、立たされた。
真正面には、白髪の小柄な老婆がちょこんと座っている。
齢90を超える、一族の最長老・エルトファナ。
魔力はそうでもないが、ゲートを利用した瞬間移動術を編み出した才女だ。
高齢のため、滅多に外出しないレアキャラのエルトファナの姿に、ギンビスの緊張は増した。
「はい。どうぞ」
イルトリーリはギンビスにそう言うと、自身の席に座った。
大魔女たちの鋭い視線を全身に浴びながら、ギンビスはしどろもどろに報告をはじめた。
「で、誰になったの?」
核心に触れようとしないギンビスに向かって、イルトリーリの母・ライリーリが低い声で尋ねた。
ギンビスは口ごもった。
マティアスが夫に選ばれたなどと、口が裂けても言えないという気分だった。
影だけでなく、魔力も薄く、そして毛も薄い、カエル人間。
ギンビスですら、陰でこっそり小馬鹿にしているくらいなのだ。
マティアスの名を出せば、大魔女たちは怒り狂うに違いない。
そしてきっと、ギンビスにとばっちりがくる。
勘弁してほしかった。
「チッ」
左の方から、険悪な舌打ちが聞こえてきた。
突き刺すような視線を感じる。
この視線は、ギンビスの師匠・ラールベルに違いない。
気が短いことで知られる雷姫・ラールベル。
ギンビスにとって、最も恐ろしい存在だ。
「キンビス!!」
ラールベルの鋭い声が響いた。
「マ、マティアスさんですっ」
縮みあがったギンビスは直立不動で叫んだ。
「ほぅ」
軽い間の後、正面に座るエルトファナが目を細めた。
ギンビスは反射的に身構える。
「ギンビス。ご苦労さんでした」
エルトファナはニッコリと笑いかけると、「よっこいしょ」と立ち上がった。
それを合図に、室内の空気が一気に緩んだ。
他の魔女たちも、それぞれに動き出す。
「ギンビス。おつかれー。帰っていいわよ」
キョトンとするギンビスの肩をイルトリーリが、ポンと叩く。
「あ、え? 終りっすか」
「うん。終り。ばいばーい」
イルトリーリ―は軽い調子でそう言うと、向こうへと行ってしまった。
ギンビスは首をひねりながら、出口へと向かった。