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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
ラセリア
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一族会議

 ザルリディア一族の成人男性が勢ぞろいし、会議が始まった。

議題は当主であるラセリアの夫についてだ。

 過日、前夫ルーベンは、ラセリアの怒りを買い、ザルリディア一族から追放された。

もちろん、その時にラセリアとの婚姻関係も解除となった。

 ザルリディアの当主であるラセリアをいつまでも独り身にしておくわけにはいかない。

加えて、現在ラセリアには子がいなかった。

そのため、正式な後継者が不在の状態が続いている。

一族の安泰の為にも、一刻も早く夫を決めなければならなかった。


 ラセリアは若くて美しい。

ザルリディア家当主の夫ともなれば、それ相応の地位が約束される。

美しい妻に権力。

男なら誰しも一度は夢見る、好条件だ。


「どなたか居られませんか? 自薦他薦、どちらでもかまいません」

 家宰・ダルベルトの問いかけに、室内はしーんと静まり返った。

 一斉に、老いも若きも皆、視線を落とし軽く俯いたのだ。

息をひそめ、身じろぎすらしない者もいれば、目だけをキョロキョロ動かして様子をうかがっている者もいる。

お互い目が合いそうになると、何気ない風を装って、さっと視線を逸らす。

年寄り連中に至っては 、腕を組んで難しい顔をし、目をつぶってピクリともしない。


 美人妻と権力は非常に魅力的だ。

しかし、皆、命は惜しかった。

先日、ラセリアが前夫・ルーベンを打ちのめすところを目の当たりにしたばかりだった。

 ラセリアは、ゆっくりと嬲るようにルーベンの魔力を削っていき、血まみれで倒れた後は、高らかに嗤いながら足先で弄んでいた。

その姿は、我を忘れて魅入ってしまうほど、美しく壮絶だった。

 魔力に満ち溢れ、気高く美しい鬼神。

それが、当主ラセリアだ。

当主としてのラセリアにならば、どこまでもついて行きたい。

あの場にいた者は誰しもそう思った。

 しかし、ルーベンにだけはなりたくなかった。

 ラセリアの夫になるということは、それ自体が名誉なことだ。

だが、一歩間違えば、死よりも恐ろしい目に合うのかもしれないのだ。

元来、大人しい気質のザルリディアの男たちに、その恐怖を受け止める気概を求めるのは無理な話だった。


 会議がはじまる直前まで、誰か適当な人物を推薦し、その者に押し付けようと、水面下で根回しが行われていた。

しかし、上手くまとまらなかった。

 誰かを推薦すれば、その者は逃れる為に別の誰かを推薦する。

最終的には、主だった人物全員の名が挙がって、盛大な褒め殺し合戦となり、収拾がつかなくなった。

 事なかれ主義の年寄り連中は、具体的に名を挙げることすらしようとはしなかった。

無理矢理に押し通して、下手に恨まれた場合、後々厄介なことになると思ったらしい。

当主の夫になるということは、巨大な後ろ盾を得るということだ。

ラセリアは私情に流されるような当主ではなかったが、取り巻く者たちは必ずしもそうではない。

夫が権力をかさに着て威張りだしたとしても、寛大なラセリアは、多少のことには目をつぶってしまう。

それは前夫・ルーベンで実証済みだった。

重い口の年寄り連中は「私たちは老い先短い。これからのことは若い人に任せましょう」ともっともらしい逃げ口上を述べる時だけは、なめらかに口を動かした。


 室内には気まずい空気が漂っていた。

 ダルベルトは室内を見回しながら、心の中で大きなため息をついた。

陰ではいつもブツブツ言っている癖に、いざとなると大人しくなる。

皆、いい年をして引っ込み思案にもほどがあった。

王家の世継ぎ争いに巻き込まれたあげく、甚大な被害を被ったのは、こういう弱気で曖昧な気質が原因の一つであったということを、彼らは全く理解していないようだ。

そういえば、いっそのこと他家から婿を迎えるということも視野に入れるよう、それとなく進言したこともあったが、その時の拒絶反応だけは凄まじかった。

事なかれ主義のわりに、プライドだけは一人前、いや十人前くらいあるのだから、本当に厄介な人々だった。


「あのぉ。すみません……」

 弱々しい声が沈黙を破った。

皆、一斉に声のする方向に注目する。

部屋の隅っこの方で、髪の毛の薄くなった中年男が、妙な愛想笑いを浮かべていた。


「なんですかな? マティアス殿」

 中央に座っている長老・セッパイルが片眉をあげた。

その態度に、マティアスはビクッと反応したが、意を決したように、自信なげな愛想笑いを浮かべながら口を開いた。


「2,3確認させていただきたいのですが……、いいですか?」

「どうぞ」

 ダルベルトは怪訝な顔をした。


 マティアスはザルリディア一門でも末端の方に位置する家の出身だ。

いつも居るのか居ないのかわからないくらい存在が薄い。

ダルベルトは、影の薄いマティアスが質問をしてきたということ自体に、かなり驚いていた。


「魔術師協会の幹部にならなくていいんですよね?」

「はい。ご当主様は当分の間、協会とは距離を置かれるおつもりです」

「政府の仕事もまわってきませんね?」

「はい。宮廷とも距離を置かれるご所存」

「協会の仕事も最低限。弟子もとらなくて良いと?」

「はい」

 最初はびくびくしていたマティアスだったが、だんだん調子に乗ってきたらしく、矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。

 ダルベルトは「お前は何が言いたいんだぁー」と叫びそうになりながらも辛抱強く質問に答えていた。

他の者たちも同様に思っているらしく、室内はさっきとはまた違った気まずさに包まれていた。


「ご当主様のご機嫌を損なわなければ、研究に没頭しても構わないですね?」

「はい」

「三食昼寝付き?」

「左様」

 この時点で、ダルベルトは真面目に返答する気が失せていた。


マティアスの意図が全く読めない。

冗談を言っているつもりなのだろうか。

前々から変な奴だと思っていたが、このマティアスという男は、変わっているだけでなく、場の空気も読めない男らしい。

ダルベルトは、とりあえず、マティアスの質問を適当にあしらって、一刻も早く黙ってくれるのを待つことに決めた。


「でしたら、立候補いたします」

 ダルベルトは適当に返事をしようとして口を開いたが、マティアスの言葉の内容に気がついて、動きを止めた。


「へ?」

 らしくない、素っ頓狂な声を出し、慌てて咳払いをして誤魔化す。


「あなたがですか?」

「はい。何か問題でもございますでしょうか?」

 マティアスは妙な愛想笑いを浮かべながら、小首をかしげる。


「いや……。本気でございますか?」

 ダルベルトは、思わずマティアスの顔をまじまじと見た。


 考えられなかった。

マティアスはラセリアよりも一回り以上も年上だ。

しかも、ザルリディア一族の末端も末端。

はっきり言えば、この会議に参加できて良かったねというくらい、崖っぷちと表現するに相応しい隅っこの出身だ。

 その上、その容姿ときたら、まるで栄養失調のカエルのようだ。

のっぺりした顔に、血色の悪い薄い唇。

上向きの鼻に、ギョロギョロした目、頭には弱々しい毛が申し訳なさそうにぽわぽわと生えているだけ。

唯一人並みなのは身長くらいだった。

 さらに、目立った功績は何一つ無く、いつも自信なげに隅っこの方でこそこそしている。

あまりの影の薄さに、ダルベルトですら、その存在を忘れてしまうことがあるくらいだ。


「私は末端とはいえ、ザルリディアの一員。師範魔術師で独身です。それに子もおりません。条件に叶うと思うのですが、やっぱりダメですかねぇ……」

 マティアスは自信なげにうつむいて、ニタニタしながら薄い頭をポリポリと掻いている。


「そ、それは……。他に立候補なされる方はおられませんか? 推薦でも構いません」

 ダルベルトは助けを求めるように室内を見渡した。

先ほどまで、二人のやり取りに注目していた人々は、ダルベルトの視線がやってくる前に、サササッと逃げるように俯いて視線を逸らした。

 所在無げに視線を彷徨わしたダルベルトは、首をすくめるようにしてこちらをうかがってるマティアスと目が合ってしまった。

マティアスは、ダルベルトをじっと見ながら、にへらぁっと曖昧に笑った。

ダルベルトは頭を抱えたくなった。

 

「ダルベルト殿。少しよろしいかな」

 見かねたらしい、長老・セッパイルが声をかけた。

「はい。皆様、少々お待ちください」

 ダルベルトはセッパイルら数人の年より連中の後に続き、会議室をでた。


 

「よろしいのではありませんかな? 控え目でおられるが、マティアス殿は非常に優秀。魔力も群を抜いておられる」

 廊下を少し歩き、手ごろな部屋に入ると、セッパイルが口火を切った。

 ダルベルトは自分の耳を疑った。


 あのマティアスが非常に優秀とは、セッパイルはとうとう朦朧したのではないだろうか。

魔力が群を抜いているなんてことは考えられない。

マティアスからは、微々たる魔力しか感じたことがない。

ダルベルトは、常々、あの程度で、よく師範魔術師になれたもんだと思っているくらいなのだ。


「年齢的にも、まだまだお子は望めますしねぇ」

 ウィクバイドが長い顎鬚を撫でながら言った。

 ダルベルトの目は驚きで丸くなった

思わずウィクバイドにつかみかかり、ご自慢の髭を引っこ抜きたい衝動にかられる。


「一族の運営にに興味がないのも、好都合と言えば好都合。ご気性の荒いご当主様には、むしろあのような大人しい人間の方が釣り合いが取れるやもしれませんな」

 ホーレイスがしたり顔で眼光を光らせる。

 ダルベルトは回し蹴りを食らわせたい気持ちを必死で押さえ込んだ。

なにしろ、いつもわけのわからない御託を述べて、政策を引っ掻き回すのはホーレイスなのだ。


「そうですなぁ。考えてみれば、これほど好都合な人物はいない。その上、立候補までなさっておいでじゃ」

 長い眉毛のドレテスは腕を組み頷いている。

ダルベルトは気づかれないように薄目でドレテスを睨んだ。

どうせドレテスは真面目に考えてない。

浮き草のように、流れにまかせて、あちらへゆらゆら、こちらへゆらゆらと、自身の保身のことしか考えてないに決まってる。


「ですが、あのご器量。ご当主様がなんとお思いになるか……」

 ダルベルトはマティアスの風体を思い浮かべて反論した。

納得しかねるが、魔力も人柄も肯定された今、残るはあの容姿しかなかった。

どう贔屓目で見ても、美男とはかけ離れ過ぎているあの容姿。

美しいラセリアとは不釣り合いだった。


「ダルベルト殿。ご当主様から何かご内示はありましたか?」

 セッパイルの質問に、ダルベルトのイヤな予感は膨らんでいった。

 この流れをどうにかしたいと思いながらも、嘘をつくわけにはいかなかった。


「いいえ。ご当主様は、皆様にお任せすると……」

「でしたら、儂はマティアス殿を推薦いたそう」

 セッパイルの言葉に他の年寄り連中は一斉に頷いた。


「そうですね。私も推薦いたしましょう」

「では、私も」

「私も」

 こうしてダルベルトの願いもむなしく、ラセリアの夫はマティアスに決まった。

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