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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
ラセリア
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本当の姿

 前方からダルベルトがやってくる。

ダルベルトは、イルトリーリとヴィオラに気がつくと立ち止まり、会釈した。

ヴィオラもつられて頭を下げる。


「ご当主様は?」

「執務室にお一人で居られます」

 ダルベルトは、イルトリーリの問いこたえると、そのまま行ってしまった。

イルトリーリもすぐに歩き出す。

ヴィオラは気合を入れて後に続いた。


 執務室の扉の前でイルトリーリは立ち止まり、ヴィオラに目配せをする。

意図を察したヴィオラは、扉をノックした。


「誰じゃ?」

 中からラセリアの凛とした声が聞こえてきた。

「ラセリアちゃん?」

「お姉ちゃま?」

 ヴィオラの問いかけに、先ほどの声色とは全く違う、ラセリアの弱々しい声が聞こえてきた。

すぐに扉を開けようとしたヴィオラだったが、ハッとして手を止め、イルトリーリの顔を確認するかのようにみた。

イルトリーリはにっこりと頷き、「頼んだわよ」と声を出さずに言った。

ヴィオラはこくりと頷くと、ゆっくりと扉を開けた。


 室内は薄暗かった。

胸騒ぎを覚えたヴィオラは、室内に入りながらラセリアの姿を探した。

ラセリアの姿が見えない。

しかし、どこからか微かな息づかいが聞こえてくる。

ヴィオラはキョロキロ見まわしながら、耳を澄ました。

机の向こうにうずくまる人影を見つけた。


「ラセリアちゃん」

 ラセリアは、慌てて駆け寄ってくるヴィオラに向かって、「誰にも言わないで」とでも言いたげに首を横に振った。

「わかったわ」

 ヴィオラはそうささやくと、脂汗をにじませ、荒い呼吸をするラセリアの肩を抱き、机を背もたれにして床に座らせた。

「ありがと」

 ラセリアはそれだけ言うと目をつぶり、呼吸を整えようと深呼吸する。

ヴィオラは室内を見まわし、衣桁にかかっていた上着を見つけると、それをラセリアの膝にかけてやり、額ににじむ汗をハンカチでぬぐってやる。

 しばらくすると、ラセリアの表情はだいぶ和らいできた。


「お姉ちゃま。ありがと」

 ラセリアはゆっくりと目を開けると、大きく息を吐きながら言った。

ヴィオラはにっこりと笑いかけ、ラセリアの肩を、元気づけるように優しくさすった。


「ちょっと力を使い過ぎちゃったの・・・・・・。あの人、やっぱり強かった・・・・・・」

 ラセリアは、途切れ途切れにつぶやくと、右手を広げた。

そこには瑠璃色に輝く宝珠がのっていた。

ヴィオラは、それがザルリディア家に代々伝わる宝珠だと知っていた。

特別な力を持つ宝珠。

使い方を誤れば、使用者の命を吸い取ってしまうという、恐ろしい宝珠。

ザルリディア家当主であるラセリアはその危険な宝珠を、子供の頃からずっと肌身離さず持っているのだ。


「使いたくなかったのに、また使っちゃった・・・・・・」

 ラセリアは宝珠をぎゅっと握りしめる。

「私、何歳まで生きていられるのかな・・・・・・」

 瞳を潤ませるラセリアを、ヴィオラはギュッと抱きしめた。


 ラセリアの祖母も母も、宝珠の力を使い過ぎたため、40代と20代という若さで亡くなっている。

あの内乱時代と違って、今は国内外はいたって平和だ。

宝珠を使わなければいけないくらいの状況になることはほとんどない。

しかし、この平和がいつまで続くという保証はないのも事実だった。


「きっと大丈夫。もうこんな事は無いよ。うん。絶対ない」

「お姉ちゃま・・・・・・」

「これからはきっと良いことしか起こらないよ。悪いことばっかりずっと続くなんてないよ。悪いことの後は、とっておきの良いことがあるはずなんだから」

 ラセリアは物心つく前に、両親と祖父母を失い、一族を背負わされ、その上、子供を失い、夫に裏切られたのだ。

それでも必死に当主として頑張っているラセリアに、ヴィオラはこれ以上辛い目に合ってほしくないと願っていた。


「そうかなぁ・・・・・・」

「私が保証するよ。ラセリアちゃんは絶対幸せになれる。だって、みんなのために、こんなに一生懸命頑張ってるラセリアちゃんが幸せになれなかったら、おかしいもの。(いにしえ)の名も無き神様はとっても優しい神様でしょ? 一人ぼっちの夜の女神さまを可哀想にお思いになられて、再降臨なさったんだから。きっと、頑張り屋さんのラセリアちゃんにとっておきのご褒美をくれる筈だよ」

 ヴィオラはラセリアにと言うより自分自身に言い聞かせるように、そして古の名も無き神に届いてほしいと願いながら言った。


「お姉ちゃま、ありがと。お姉ちゃまにそう言われると、なんだか、ホントにそうなるんじゃないかって気がしてきたわ」

「気がするんじゃなくて、そうなるの」

 鼻を膨らましながらキッパリと言い切るヴィオラをみて、ラセリアはクスクスと笑いだした。

そんなラセリアの様子を見て、ヴィオラはホッと息を吐いた。


「良かった。だいぶ落ち着いたみたいね」

「うん」

 ラセリアはこくりと頷く。

先ほどまで青紫色になっていた唇に赤みがさしてきていた。


「どう? 立てそう?」

「うん」

 ヴィオラはラセリアを半ば抱きかかえるようにして、ソファーに誘導する。

ラセリアはソファーに倒れこむように横たわった。


「少し休むといいよ。誰も来ないように見張ってってあげるから」

 ヴィオラはラセリアの靴を脱がせてやった後、上着をかけてやる。

「ありがと、お姉ちゃま」

 ラセリアはニッコリ微笑んだ。


「ラセリアちゃん。おやすみ」

 ヴィオラはソファーの横に座ると、ラセリアの頭をなでてやる。

「おやすみなさい」

 ラセリアはそう言うと、微笑みながら目を閉じる。

すぐに気持ちの良さそうな寝息が聞こえてきた。


 ヴィオラはラセリアの寝顔をいつまでも眺めていた。

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