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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
イーウイア
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挑戦

 イーウイアは身じろぎもしなかった。

 アンナは舞台の上の人々に拍手をおくりながら、いつもと様子の違うイーウイアの顔を覗きこんだ。

 はたして、イーウイアは口を半開きにし、舞台の上のアリスティアを見つめていた。その締まりのない表情に、アンナはたまらず笑い出した。

「おやおや、ほんとにこの子ったら…… 」

 イーウイアの反対隣に座っていた祖母のミルドレットも、イーウイアの顔を覗きこみ、あきれたように言った。

 イーウイアはアリスティア達が退場したあとも、しばらく惚けたまま、舞台を眺めていた。


 イーウイアとアンナは、ミルドレッドに連れられ、花街のイベントに来ていた。

 このイベントは、毎年、真夏に「暑気払い」と称して開催されていて、普段はあまり花街に来ることのない人々に、花街を知ってもらうため、踊り子たちがちょっとした踊りや芸を、披露しているのだ。

  

 観客たちが一斉に出口へ続く階段を降りていく。イーウイアとアンナもミルドレットの後に続いてゆっくりと階段を降りていった。

 と、階段の下のロビーに、踊り子たちが並んでいる姿が見えた。おそらく、観客たちをお見送りするために出てきたのだろう。

 その踊り子の一団の中には先ほど勇壮な舞をみせたアリスティアの姿もあった。

 イーウイアはアリスティアの姿を認めると、一目散に脇目もふらず早足で突進していった。


 アリスティアの目の前に立ったイーウイアはアリスティアをキラキラした瞳で真っ直ぐ見つめた。

「アリスティアさん。とっても素敵でした」 

 目の前に現れた少女に反射的に微笑みかけたアリスティアは、その言葉に嬉しそうに目を細めた。

「あら、ありがとう存じます」

「あの、あたし、踊り子になります。アリスティアさんみたいな踊り子に、絶対なります」

 イーウイアは両こぶしをギュッと握りながら宣言した。

「ちょ、ちょっと、イーちゃん、待ちなさい」

 イーウイアに追いついたミルドレットが慌てた様子でイーウイアの腕をつかんだが、イーウイアは気にする様子もなくアリスティアをジッと見つめたままだった。

 ミルドレットはアリスティアに軽く会釈をすると、イーウイアの両肩を掴み「こっちへ来なさい」とでもいうように、イーウイアを強引にロビーの片隅へと移動させた。


「イーちゃん。あなたはね、魔術師になるのよ」

 ミルドレットはさとすように言った。やっと追いついてきたアンナは心配そうに二人の様子をうかがっている。

 

「おばあちゃま。あたし、魔術師になんかならない。なりたいなんて思ったこと、一度もない」

 イーウイアはミルドレットを軽く睨みながら言った。

「あのね、魔術師になりたくても、魔力がなくてなれない人はたくさんいるのよ。あなたは魔力に恵まれてて、その上、ザルリディアの生まれ。とても幸せなのよ」

「幸せ? どこが?」

 イーウイアは鼻で笑うような声で、わざとらしく首を大きくかしげた。

「勝手に魔術師になるって決められて、つまんない訓練ばっかさせられて……。あたし、魔力なんて要らない」

「なんてこと言うの! 」

 ミルドレットの叱責に、イーウイアは頬をふくらませ、プイッと顔を背けた。

「あーあ。あたし、ザルリディアになんか生まれたくなかった。そしたら好きなことできたのに」

 口を尖らせ、そううそぶくイーウイアに、ミルドレットは目をつり上げ、口を開こうとした。


「まぁまぁ、ミルドレットさん。そんなにお固く考えなくてもいいじゃございませんか」

 のんびりした声にミルドレットは振り向く。そこには、ミルドレットより少し年嵩としかさの、菫色すみれいろの髪を襟元で一つにまとめた女性がたっていた。

「フランチェスカさん」

 ミルドレットは少し慌てた様子でフランチェスカに会釈した。

 フランチェスカはこの辺りの踊り子たちが所属する流派の宗家だ。 

 フランチェスカは会釈をかえすと、

「魔術師が踊り子になっちゃいけないっていう法はない。魔術師と踊り子、二足のわらじを履けばいいだけのことさね」

 と、事もなげな様子でそう言って、イーウイアにニッコリと笑いかけた。

「そんなことできるんですか!?」

 イーウイアは驚きで目を見開き、フランチェスカに食いつくように近づいた。

「さあ、どうだろうねぇ。今のとこ挑戦したコはいないからねぇ。できるかどうか、あたしにはわからないよ」

「そうですか……」

 イーウイアはシュンとしおれたようにうつむく。

「おや? お嬢ちゃんは、それで諦めちまうのかい?」

 フランチェスカか屈んでイーウイアの顔を覗きこんだ。

「なーんだ。もっと気概のあるコに思ってたんだけどねぇ」

 イーウイアは顔を上げ、小首をかしげた。

「今まで誰も挑戦してないってだけさ。出来ないって決まったわけじゃない 」

 フランチェスカはそう言ってイーウイアの瞳をジッと見つめた。

 イーウイアはしばらく何かを考えるかのように目線を上げて、黙っていたが、突然、ハッとしたようにフランチェスカの瞳に目線を戻した。

「あたし挑戦したい。魔術師と踊り子、両方になります」

「二つの道を極めるってのは、生半可なことじゃないよ?」

 フランチェスカは少し意地の悪い目つきでイーウイアの瞳を見つめた。

「はい。それは承知してます」

 フランチェスカは少し腰を屈め、イーウイアの視線を合わせ、イーウイアの瞳の奥を探るようにジッと見つめた。

「本気だね」

「はい」

 イーウイアのは大きく肯いた。


「よしっ。なら、うちにお稽古に来なさい」

 イーウイアの顔がパッと輝く。

 フランチェスカは背筋をピンと伸ばすと、イーウイアの後方に目をやり

「アリスティアっ。今からこのコはあぁたの妹だ。面倒をみておやり」

 と、フランチェスカの姿を認めてこちらに向かってきていたアリスティアに命じた。

「ご宗家、かしこまりました」

 アリスティアは腰をおり、深々とお辞儀をした。

「よろしくお願いいたしますっ!!」

 イーウイアは元気よくそう言うと、フランチェスカとアリスティアばっと頭を下げた。

 ミルドレッドはそんなイーウイアを「やれやれ」とちょっぴり困り顔でで眺めていた。

「イーちゃん、良かったね」

 アンナはニコニコしながら呟いた。

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