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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
イーウイア
62/63

親友の家(後編)

「そろそろパパが帰ってくる頃よ」

 アンナはそう言って立ち上がった。アンナとイーウイアは連れだって玄関へと向かった。


 アンナは玄関のドアを開けると、イーウイアがその隙間からスルリと外にでて、門扉上から身を乗り出し、

「あ、おいちゃん発見」

 とゆびさした。

  

 アンナは門扉を開け、父を出迎えようと道へと出た。向かって右を見ると、視線の先に短髪の大柄な男性がのしのしと歩いてくる姿が見える。アンナの父親のジルベルトだ。

 アンナは満面の笑みを浮かべると手を振ろうと、手を挙げかけた。


「先生っ」

 突然、背後から声が聞こえた。アンナが反射的に声の方に振り向くと、そこにはひとりの少年が立っていた。

 年の頃はアンナやイーウイアと同じくらいだろうか。とても仕立ての良さそうな絹の服を着ているて、一目で良い家のお坊ちゃまと分かるような出で立ちだ。

 少年はジルベルトにてけてけと走り寄った。


「坊ちゃん」

 ジルベルトは驚いたように立ち止まった。   


「先生っ」

 少年は再度、甲高い声でジルベルトにそう呼びかけた。

「坊っちゃん。俺はただの用心棒。坊っちゃんにとっては家来みたいなもんです。坊っちゃんに先生と呼ばれるような者じゃございやせん」

 ジルベルトは少し困ったように太い眉を寄せた。

「父は先生と呼んでます」

「そりゃ、便宜上のことでさ。とにかく、日の暮れないうちにお帰りください。お送りいたしやす」

 ジルベルトはそう言うと、少年を今来た道の方へ誘おうとした。

「帰りません!! 入門させて下さるまで、ボクは絶対に帰りません」

 少年は拳を握って叫ぶように言った。

  

「坊っちゃん、困らせないでくだせえよ。そもそも商家しょうかにお生まれのあなた様に、剣術など必要ないはずだ。それよりも、算術とかなんだとか、そういうお勉強をなさった方がよっぽど有意義なはずでございましょう?」

 ジルベルトは落ち着いた声で諭すように言った。

「ええ、もちろん承知しています。ボクは三男。将来、どこか別の商家に婿入りするか、兄に暖簾分けをしていただくためにも、商売の勉強をしなければなりません。もちろん、それをおろそかにするつもりもありません」

「そこまで分かってらっしゃるなら……」

「ですが、ですが!! ボクは強くなりたいんです」

「強くなる必要はないでございましょう? 心配なら護衛を雇えばいいだけの話です」

「いいえ。ボクはもう誰にもバカにされたくないんです。ボクは生まれつき身体が小さくて、みんなにバカにされきました。もう嫌なんです。もうこれ以上誰にもバカにされたくはない。先生っ、どうかボクをおとこにして下さい!!」

 少年は顔を真っ赤にして叫ぶようにジルベルトにすがりついた。

「まいったなぁ~」

 ジルベルトは困り果てた顔で頭をボリボリ掻いた。

 

「おいちゃん、教えてあげればいーじゃん」

 イーウイアはジルベルトの傍にスッとよると

「あたしに教えてくれてるみたいにさぁ」

 そう言って、小首をかしげながらジルベルトの顔を見上げた。

「おい、イー坊」

 ジルベルトは慌てた様子でイーウイアを制する。

「え? あなたは先生に入門なさってるんですか? 先生は弟子はとらないと……」

 少年は怪訝な顔でイーウイアの顔を見る。

「違う、違う。こいつは俺の弟子じゃない」

 ジルベルトは首と手を大きく横に振って否定した。 

「こいつは魔術師だ。知り合いの子供ってだけ。な、イー坊」 

「うん。けど、おいちゃん、あたしに剣術とかいろいろ教えてくれてるよ。ね、アンちゃん」

「うん」

 アンナが大きく頷いてイーウイアに同意した。

「おい、こら」

 ジルベルトはしかめ面をし、アンナを軽く睨む。

「いーじゃん、ちょっとくらい教えてあげてもさぁ」

 イーウイアはニヤニヤしながら言った。

「そーよ、パパ。教えてあげたらいいじゃない」

 アンナもイーウイアのすぐ横で援護射撃した。

 少女たちは「ねー」と顔を見合わせてから、責めるようにジルベルトの顔をジッと見上げた。

「……」

 少女たちに責められ、ジルベルトはちょっぴりたじろいだようだ。

「先生っ。どうしても入門が無理というなら、ちょっとでも構いません。ちょっとだけでも、ボクに教えて下さい。どうか、お願いいたします」

 少年がダメ押しをするかのように、頭を下げた。

 

 ジルベルトは腕を組み、無言で考えているかのように視線を斜め下に落としていたが、しばらくすると大きくため息をついた。 

「……仕方ねぇなぁ。近所の悪ガキを追っ払える程度でいいんだよな?」

「はい」

 少年は茶色い瞳をキラキラと輝かせ、大きく肯いた。

「わかったよ。ほんのちょっとだけだぞ、いいな?」

 ジルベルトは腕を組んだままチラリと少年をみる。

「ありがとうごさます!!」

 少年はバッと勢いよく頭を下げた。

 イーウイアとアンナは顔を見合わせてニッコリと笑いあった。


 「大旦那や若旦那にはちゃんと許可をとってくれよ。食い扶持がなくなるのは御免だかんな」

 ジルベルトが少年の下げた頭に向かってそう言うと、少年はパッと顔を上げ、

「はい。もちろん、父や兄はボクが説得いたします」

 大きく頷きながらそう言った。

 

「そろそろ日暮れだ。騒ぎになる前にさっさと帰んな」

「はい。先生っっ!! よろしくお願いいたします」

 少年は大声で言うと、再び深々と頭を下げたあと、クルリと向きを変えて歩きだした。

 

「あ、待て。何かあっちゃまずい。店までお送ってく」

 ジルベルトはハッとしたように少年をおいかけた。

「お手数おかけいたします」

 少年は一旦立ち止まって軽く会釈すると、追いついたジルベルトに先導され、再び歩きだした。


 アンナとイーウイアはニコニコしながらその後ろ姿を見送った。

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