移籍
「ロドヴィーゴ。あたし、もうここに来なくなるんだ」
イーウイアは塀の上に腰かけ、足をプラプラさせながら言った。
「え?」
隣に座っていたロドヴィーゴは驚いた様子でイーウイアの横顔をまじまじと見つめた。
「こないだ、師匠が『もう手に負えない』ってこぼしてるの聞いちゃったの。たぶん、近いうちにクビになると思う」
イーウイアの声に暗さは全くなく、あっけらかんとしたした口ぶりはまるで他人事のようだ。
「僕のせいだ。僕が君を連れ出したりしなければ……」
ロドヴィーゴは沈んだ声でうつむいた。
「ううん、違うよ」
イーウイアは首を軽く横に振り、ロドヴィーゴの方を向いた。
「いつものことなの。あたし、あなたと仲良くならなかったとしても脱走しまくるから。だって、魔術の訓練ってつまんないんだもん」
イーウイアは頬を膨らませ、おどけた声で言った。しかし、ロドヴィーゴは無言でうつむいたままだった。
「私ね、常習犯なの。いろんな師範のトコに入門させられては、破門されまくってて……。今の所で5カ所目。だから、気にしないでね」
イーウイアはロドヴィーゴの顔をのぞき込み、優しく微笑みかけた。
「……」
ロドヴィーゴは顔を上げたが、その瞳は悲しそうに揺れていた。イーウイアは少し困ったように視線を落としたが、すぐに顔をあげ、
「ロドヴィーゴ。今まで仲良くしてくれてありがとう。いろんな所に連れてってくれて、とってもとっても楽しかった」
と、ロドヴィーゴに満面の笑みを向けた。
「僕も楽しかった」
ロドヴィーゴは瞳を揺らしながら少しぎこちない微笑み返した。
「あ、そだ」
イーウイアは斜めがけしていたポーチの中に手を突っ込み、何かを握って出してきた。
「これ、あなたにあげる」
そう言って、ロドヴィーゴの目の前で握った手を開いた。掌の上には小さなペンダントがのっていた。
「こないだ出された課題で作ったの。このペンダント、付与魔法が仕込んであるんだ」
「付与魔法?」
ペンダントを手に取ったロドヴィーゴは首をかしげた。
「お守りみたいなもんかな」
イーウイアは小首をかしげてそう言うと、ロドヴィーゴに顔を近づけ、
「でね、ちょっとした機能を加えたの。ギュッと握るとパッって光るの」
と、まるで内緒話をするように言った。
「光る?」
ロドヴィーゴは不思議そうにイーウイアの瞳をのぞき込んだ。
「多少の時間稼ぎにはなるでしょ? 軽くじゃダメよ。思いっきりギュッ」
イーウイアはお手本を見せるかのように空っぽの手をギュッと握った。
「イーウイア……」
「ロドヴィーゴ。また攫われないように気をつけるのよ。もうあたしはいないんだから」
イーウイアは右の人差し指を立てて、言い聞かせるように言った。
「ありがと。大切にするよ」
ロドヴィーゴはペンダントを両手で軽く包みこみ、ニッコリと笑った。イーウイアはちょっぴり困ったように眉間にしわをよせた。
「大切にするようなシロモノじゃないって。訓練用だし、試作品だし、いつまで効果がもつかもわかんないし……。もっといいのが手に入ったら、気にしないで捨てちゃってね」
「うん。ありがと。でも、大切にするよ」
ロドヴィーゴはイーウイアをじっと見つめながらニッコリと微笑んだ。イーウイアは応えるようにニッコリする。
「ロドヴィーゴ。どこかで会ったら、その時はよろしくね」
「うん。その時はまた遊ぼうね」
「うん」
「あたし、そろそろ行くね」
イーウイアはそう言うと、ロドヴィーゴのほっぺに軽くチュッとキスをした。ロドヴィーゴはびっくりしたように頬に手をやり、イーウイアの顔を見る。イーウイアは悪戯っぽくニヤリと笑うと、塀からポンと地面に降り立った。そして塀の上に座っているロドヴィーゴを見上げた。
「ロドヴィーゴ、元気でね」
イーウイアはロドヴィーゴに向かって大きく手を振り、驚いて何も言えないロドヴィーゴを尻目に、
「じゃ、またね。バイバイ」
と、さわやかに笑いパッと身をひるがえして駆けだした。
ロドヴィーゴはその後ろ姿をいつまでも見つめていた。