お礼
イーウイアはトイレに行くと断って修練場から出ると、辺りを見回した。
先日と同じ手口では、見つかってしまう可能性が高い。
イーウイアはそう考え、他に手ごろなところはないかと、建物の裏手に回った。
すぐに使用人用の勝手口を発見した。幸運なことに、その勝手口は少し開いていた。
「詰めが甘いな」
イーウイアはニンマリとすると、その勝手口から外に出ると、足早に歩きだした。
「イーウイア」
名前を呼ばれ、イーウイアはギクリと飛び上がり、おそるおそる振り向いた。
近くの木の陰から、巻き毛の少年が姿を現した。
「あ、ロドヴィーゴ」
イーウイアは驚きの声を上げた。
少年の名は、ロドヴィーゴ。先日、イーウイアが悪の手先から救ってやった少年だ。
「この間はありがとう」
ロドヴィーゴはイーウイアににっこりと笑いかけた。
「どうしてここに? あたしがここにいるの、知ってたの?」
イーウイアは首をかしげながら矢継ぎ早に尋ねる。
「うん。まぁ、いろいろとね」
ロドヴィーゴは含みのある笑みを浮かべた。
「それより、こないだのお礼に、君を面白いところに連れてってあげる」
「ほんと?」
イーウイアは期待に目を輝かせた。
ロドヴィーゴは微笑みながらイーウイアに目配せをすると歩き出した。
ルンルン気分でロドヴィーゴの後を歩いていたイーウイアの足が止まった。
バッっと振り向く。
少し離れたところに人影を見つけ、イーウイアは反射的に身構えた。
「あ、大丈夫だよ。僕の護衛だから」
ロドヴィーゴがイーウイアに向かって言った。
「護衛?」
イーウイアはロドヴィーゴの方を向いて首をかしげた。
「またあんなことがあったら大変だって、お祖父さまがね。ちょっと人相は悪いけど、根は良い人たちだから安心して」
ロドヴィーゴは、イーウイアを安心させるかのようにやさしい声で微笑む。
「ロドヴィーゴって、もしかしてお坊ちゃまなの?」
イーウイアはロドヴィーゴの顔を覗き込んだ。
「う~ん。ちょっと違うけど……。まぁ、お祖父さまはそこそこ名前が知られてるから、当たらずとも遠からずかなぁ」
ロドヴィーゴは少し首をかしげながら言った。
「へぇぇ。よく分からないけど、なんかカッコイイね。名前が知られてるとか」
「そうかなぁ。うちはあんまり人に言えるような家業じゃないからなぁ~」
「人目を憚る家業。お芝居の世界みたいでカッコイイ」
イーウイアは翡翠色の瞳をキラキラと輝かせた。
「あはは。そういえば、こないだも名台詞を言ってたね。芝居、好きなの?」
「うん、大好き」
ロドヴィーゴの問いにイーウイアは身を乗りだした。
「ロドヴィーゴは、お芝居、よく行く?」
「たまにだけどね」
「好き?」
「うん。わくわくするよね」
ロドヴィーゴは青藍色の瞳をかがやかせた。
「だよね。違う世界に行ったみたいな気分になるよね」
「そうだね。日常を忘れられる」
「うんうん」
イーウイアは全身を揺らしてうなづいた。
「良かった。これから行くところ、きっと気に入ると思う」
ロドヴィーゴはそんなイーウイアの様子をみて、ニッコリと微笑んだ。
「楽しみっ」
イーウイアは両手をグーにし、胸の前で揺らしながら言った。