番外編 ラセリアの遺言
ラセリアはマティアスの前に座ると口を開いた。
「マティアス殿。あなたはレイラとレクラス、どちらが次期当主に相応しいとお思いになられますか?」
「ご当主様、私はそのような重大なことに口をはさむ権限を有してはおりません」
マティアスは顔を上げ、ラセリアの瞳を真っ直ぐに見ながらそう言うと目を伏せた。
「マティアス殿。あなたは我がザルリディア一族の一員であり、あの子たちの父親でもあります。あの子たちについては、わたくしよりもよくご存じでいらっしゃるはず。一族の将来に関わることです。どうか率直な意見をお聞かせください。あの子たちのどちらが相応しいか、もしくはどちらも相応しくないのか、是非、お聞かせくださいまし」
ラセリアは懇願するかのようにマティアスの顔を覗きこんだ。
マティアスは黙って目を伏せたまま何かを考えているようだったが、しばらくすると大きく息をつき、顔を上げた。
「分かりました。ですが、飽くまでも私の個人的見解ですよ? 参考程度にお留め下さいね」
「はい」
ラセリアはコクリと頷いた。
「そうですね。魔力、技術、年齢だけを考えればレイラこそ次の族長に相応しい。ですが、その資質は……。レイラは容姿に大きなコンプレックスを抱いています。それ故に、他家、特に男性に対しての不信があり、他者を拒絶するところがあります。他者を信用できぬ者が、人の上に立つことはできません。その点、レクラスは、今のところ、そういった不信を持ってはいない様子。彼は一見大人しそうにみえますが、あれでなかなかの食わせ者です。その魔力も、レイラに少々劣るとはいえ、一族の中でも抜きん出ています。そう遠くない将来、必ずや素晴らしい使い手になることでしょう。以上のことから、私はレクラスこそが次期当主に相応しいと判断します。レイラは己の資質をよく心得ています。レクラスが継ぐことに異存はないでしょう。彼女はレクラスを立て、その補佐をしっかりと務めてくれるに違いありません」
マティアスの回答に、ラセリアはホッと息をつき、
「わたくしの見解も同様。安堵いたしましたわ」
そう言って微笑んだ。
「あの子たちは聡明、かつ優秀です。一族を任せるのに、何の心配もいりません。流石はあなたの産んだ子供たちですね」
マティアスはラセリアにニッコリと笑いかける。
「マティアス殿。あなたの子供たちでもあるのですよ」
ラセリアの指摘に、マティアスはハッとしたように、
「ああ、そうでしたね」
と、言った。
ラセリアはクスクスと笑ったが、急に真剣な顔つきになり、居ずまいを正した。
「マティアス殿。わたくしに残された時間はもうあとわずか。レクラスの成人を見届けることは叶いませぬ」
「ラセリア……」
「レクラスが成人し、当主としての責務を立派に果たせるようになるまで、どうか支えてやって下さいまし」
マティアスはさっと立ち上がり、ラセリアの足元に跪いた。
「ご当主様。不肖マティアス、次期当主であらせらるレクラス様が、無事ご成人あそばされ、その責務を立派にお果たしなされるようになるまで、全力でお支えすることをお誓いいたします。古の名も無き神の御名にかけて」
ラセリアも立ち上がり、屈んでマティアスをじっと見つめ、
「レクラスを、我が一族をくれぐれもお頼みいたします」
と、言った。
「はい。承知いたしました」
マティアスはしっかりと頷いた。
*****
レイラが扉を開けると、ラセリアは待ち構えていたかのように立ち上がった。レイラは部屋の奥――ラセリアの前にたどりつくと、深く一礼をした。
「レイラ。妾は次の当主をレクラスに定める。よいか?」
「はい」
ラセリアの言葉にレイラはニッコリと頷く。
「良いのか? 魔力、技術、年齢、全てにおいてそちが優っておるのじゃぞ?」
訝しげに首を傾げながら、ラセリアはそう問うた。
「はい。わたくしはレクラスが生まれたときから、レクラスが次期当主になるものだと思ってまいりました。それにご当主さま。わたくしには一族を率いていく器量はございませんわ」
微笑みながらそう応えるレイラは、柔らかい口調で、何一つ腹に持っていないことを示すような晴れやかな声だった。
「レイラ……」
ラセリアの呟きに応えるように、レイラは跪き、
「ご当主さま。わたくしはレクラスを支えていく所存でございます」
そう言って、礼をした。
ラセリアは「うむ」と深く頷き、口を開いた。
「妾に残された時間は残り少ない。レイラ、くれぐれも次期当主を、我が部族を頼んだぞ」
「母上さま……」
レイラの瞳が揺れる。
ラセリアはレイラが言葉を続ける前に、
「レイラ、そちに今一つ頼みがある」
と言って、レイラに書類を差し出した。レイラは立ち上がりうけとると、興味深げに目を通し、
「これは……」
と、ラセリアを見て小首をかしげた。
「現時点でのレクラスの花嫁候補じゃ。こればかりはマティアス殿に頼むわけには……。殿方はまことにこういったことには疎いからのぅ」
ラセリアは瞳の中に微かに笑みを浮かべた。レイラもつられるように微かな笑みを浮かべる。
「もちろん、今後、妾亡き後、他に相応しい娘が現れるやも知れぬ。それも含め、そなたにしかと頼みおくぞ」
「心得ましてございます」
レイラはニッコリと頷いた。
ラセリアは応えるようにニッコリと大仰に頷いたが、すぐにその顔から表情を消し、
「レイラ。もし、レクラスが当主にあるまじき振る舞いをいたすようであれば、よいな? 」
と、低い声でレイラの顔を見据えた。レイラはコクリと頷き、真剣な顔つきで、
「ええ。おイタが過ぎるようでしたら、その時はわたくしめが……」
静かな低い声で応えたが、すぐに表情を緩め、
「ですが、そのような日はまいりますまい。あの子はわたくと違うて、ひねくれてはおりませぬ。よく気の利く優しくて真面目な……。なにより、誰よりも一族のことを考えているような子です」
と、ニッコリと微笑えんだ。
「うむ。そうであるな。じゃが……」
ラセリアはふっと視線を落とした。
「だからこそ、妾は母として心配なのじゃ。あれは内に秘めてしまうからのぅ」
そう言ったラセリア顔は、いつものザルリディア本家当主の表情ではなく、柔らかく慈しみを含んだ母としての顔だった。
「お母さま……」
「レイラ。レクラスを頼みます」
ラセリアは深々と頭を下げた。
「はい」
レイラはニッコリと微笑んだ。
「レイラ。今のうちに伝えておきます。あなたがわたくしの元に生まれてきてくれて、どんなに嬉しかったことか」
ラセリアはレイラの手をとる。
「あなたの立派に成人した姿をみることができ、わたくしは、母は、思い残すことはありません」
「母さま……」
レイラの瞳がみるみる潤む。
「あなたはわたくしにとって、かけがえのない宝物です。ありがとう、レイラ」
「母さまっ」
ラセリアはポロポロと涙を流すレイラを抱きしめた。




