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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
シンシア
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遭遇

 ハイパール邸を出たソニアは、降りしきる雪の中をゆっくりとした足取りで歩いていた。ご厚意で振る舞われたお酒と、リタのカイロのお蔭で、あまり寒さを感じなかった。

 いつもは賑やかなこの辺りも、さすがにこの大雪では、人影はほとんどなかった。

 

 心付けもたくさん頂戴し、上機嫌で歩くソニアは、向こうから人がやって来るのに気がついた。道のど真ん中を歩いていたソニアは、避けるために少し端に寄る。前方からやって来た人物はソニアの目の前で立ち止まった。

 

「あの、すみません。お尋ねしたいことがあるのですが……」

 声をかけられ、ソニアその人物をチラリと見た。

 それは黒髪の若い男性だった。20代くらいだろうか。静かな光をたたえる翠玉色の瞳が印象的だ。

 ソニアは違和感をおぼえた。

 その男性はコートを羽織ってはいたが、大雪の中にしては軽装だった。その上、すっかり日も暮れて辺りは薄暗いというのに、男性の端正な顔立ちがはっきりとわかるのだ。雪あかりを考慮したとしても不自然だった。

 警戒心を強めたソニアは、無言で男性にジロジロと無遠慮なまなざしを投げつけた。

 男性はそんなソニアの警戒心に気がついたのか、ハッとした様子で居ずまいをただし、

「申し遅れました。私は、ザルリディア家・あるじ、師範魔術師・レクラスと申します」

と、ソニアに向かって会釈をした。

 ソニアは身じろぎもせず、いぶかしげにレクラスを観察していた。


「シンシアという女性をご存知ありませんか?」

「さぁ、そんな名前、聞いたことないわ」

 レクラスの問いに、ソニアは警戒心を保ったままの固い声でこたえた。

「そうですか。では、それをどのように入手したのか、お教え願えませんか?」

「それ?」

 ソニアは首を傾げた。

「保温の術がほどこされたモノです」

「保温?」

「何かあたたかくて小さい……、そうですね、てのひらぐらいのモノです」

 レクラスの言葉に、ソニアは何かを思い出そうとするかのように、視線を斜め右上にさまよわせる。

「……あ、もしかして、これのこと?」

 ソニアはそう言うと、ふところからリタのカイロを取り出した。


「ああ……。それです。間違いありません。シンシアの魔力だ……」

 レクラスはカイロをジッと見つめながら呟くように言うと、

「それを施した女性をご存知ありませんか?」

と、ソニアに尋ねた。

 ソニアはしばらく上目遣いにジロリと観察するかのようにレクラスを見ていたが、何かに気がついたようにチラッと視線を落とし、すぐに視線を戻すと、レクラスの顔をまるで睨むかのように、冷えた目でジッと見つめた。

  

「ご存知だったら、どうするつもり?」

 ソニアは低い声で問うた。

「どうか、彼女に、シンシアにお会わせ下さい」

 レクラスは頭を下げた。

「あなた、あのがどんなに辛いおもいをしたのか、分かってる?」

 ソニアは冷えた顔つきで小首をかしげた。

「非は全面的に私にあります。私がいたらなかったばっかりに、彼女に辛いおもいをさせてしまいました」

 レクラスはそう言って、視線を落とした。

 

「今更そんなこと言ってももう遅いわ。あの娘はやっと新しい生活に慣れてきたところなの。それを今頃になってのこのこ現れて……。これ以上あの娘の心をかき乱すようなことはしないでくれる?」

 ソニアはレクラスを睨めつけた。

「おっしゃる通りです。ですが、どうしても諦めきれないのです。彼女は私にとってかけがえのない女性なのです。どうか、どうか彼女に会わせて下さい」

「かけがえがないのなら、なぜもっと早く来なかったの?  あなた、3年もの間、一体何をしていたの?」

 懇願するレクラスに、ソニアは冷静に言ったつもりだったが、声は怒りで少し震えてしまってた。

「……」

 レクラスは下を向いたまま押し黙っていた。

「話せないの? あたしには聞く権利があると思うけど?」

 ソニアは眉尻を上げ、目を見開いてレクラスを見据えた。

 

「……捜しておりました」

 レクラスはポツリと言った。

「え?」

「ずっとシンシアを捜し続けておりました」

 レクラスは顔を上げ、ソニアの目をジッと見つめながらそう言った。

「ずっとって……。あなた、師範魔術師でしょ? 何でもできるんじゃないの? どうして見つけられなかったのよ」

 ソニアは驚き、眉間にシワを寄せる。

 

「師範魔術師と申しましても、万能ではありません。彼女は何の痕跡も残さずに姿を消しました。おそらく彼女はずっと意図的に魔力を隠していたはずです。魔力を隠されてしまったら、見つけることは容易ではありません」

 レクラスはそういうと、やるせなさそうに視線を落とした。

「この3年間、彼女の魔力を全くといっていいほど感知することが出来ませんでした。ですが、つい最近、2週間ほど前から、ごくまれにですが、かすかに彼女の魔力を……。それを手がかりに、やっとこうしてあなたに辿り着きました」

「そうだったのね……」

 ソニアはそう言うと視線を落とした。


 ソニアは今の今まで、リタが魔術を使えるということを全く知らなかった。確かにリタのカイロは、不思議なくらい長持ちしていたが、魔術が施されているとは、思いもよらなかった。

 リタがソニアのためにカイロを用意してくれるようになったのは、ここ最近。冷え込みが酷くなってからだ。出先で手がかじかんで思うように仕事がはかどらないとソニアがこぼしたのを聞いたリタが、ソニアのために用意してくれるようになった。

 状況的にレクラスの話は辻褄があう。

 

「あの娘、もうほとぼりが冷めただろうって思ったのね、きっと。もう自分を探してはいないだろうって……」

 ソニアは今日のリタの様子を思い出し、呟いた。

「……」

 レクラスは黙って視線を落としたままだった。


 この3年間、リタはソニアに過去のことを全く話そうとはしなかった。自分の本当の名前すら……。

 そんなリタが、しくも今日、ソニアに過去の出来事を話してくれたのだ。リタの心境が変わったに違いなかった。

 

「でも、あなたは諦めてなかった。捜し続けていた……」

 ソニアはレクラスの顔を覗き込んだ。

「ねぇ、あなた、見つからなかったどうするつもりだったの?」

 ソニアの問いに、レクラスは顔を上げ、真っ直ぐにソニアの顔を見る。

「見つかるまで捜し続けるつもりでした」

「あの娘は、もうこの世にはいなかったかもしれないのよ?」

「たとえそうだったとしても、私は捜し続けました」

「見つけることが不可能だとしても?」

「はい。この命が尽きるまで、捜し続けたことでしょう」

 レクラスの瞳に強い意志を感じたソニアは、「フフッ」と笑い、小さく「あの娘幸せね」と、独りごちした。

「はい?」

 ソニアの言葉が聞こえなかったのか、レクラスが不思議そうに首をかしげた。

「ううん。なんでもない」

 ソニアは首を小さく横にふると、「フッ」と息を吐いた。


「分かったわ。あの娘に会わせてあげる。でも、これだけは約束して」

 ソニアはレクラスの瞳を真っ直ぐに見据える。レクラスは応えるかのように居ずまいを正した。

 

「あの娘を強引に連れて行くことだけはしないで。あの娘があなたを拒絶したら、大人しく引き下がるのよ」

「はい。お約束いたします」

 レクラスはコクリと頷き、ソニアに向かって頭を下げた。

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